31 慰労パーティー
振られた事で気まずくなった私は、最後の試練のパートナー変更を申し出た。
そして、気持ちが落ち着くまでフィヨールで治癒魔道士の修行を続けていた。という理由をこじつけた。
これは、テオーセに帰らなかった言い訳になるだろうか。
アトラス殿下との婚約話がある事を、ローズたちは知らないようだった。
ということは、アレス様も知らないのだろうか。
この舞踏会が終わったら、一度テオーセに戻って、皆に別れの挨拶をしたい。
お世話になった、おババ様にお礼を伝えたい。
もう、戻らない事を自分の言葉で伝えたかった。
ーーー聖女が提案したという、治癒魔道士や治癒士の慰労会という名の夜会が、王宮の広間で開催される日となった。
スペリオールからは、ローズ、リリー、スノウ。
アレキサンドリアからは、ヴァネッサと私、エリス。
他にも近衛騎士団や魔道士団の治癒士や治癒魔道士の他に、チラホラと騎士の姿も見える。
もちろん、アレス様やクー様も参加していた。
そこで、ヴァネッサと私は「新人のテオーセの女神」だと、紹介された。
アレス様と微妙な距離を保ちつつ、私はヴァネッサたちと挨拶回りをしていた。
開催予定時刻をだいぶ過ぎたが、まだ、王族や聖女が姿を現す気配がなかった。
何か、問題でもあったのだろうか。
不穏な空気が流れ始め、ざわつき始めた。
領地で魔獣退治に忙しい騎士団を持つ領主や、騎士たちも参加している。
彼らは一刻も早く、領地に帰りたいはずだ。
ざわめきが、さざ波のように大きくなる。
スペリオールの目的は、ヴァネッサと侯爵家の養女となった私が『女神』となった事を周知させる事だ。
その目的が果たされた今、もう、スペリオールがここに留まる理由もない。
少し苛立っているアレス様が、王室関係者に声を掛けた、ちょうどその時、ファンファーレが鳴り響いた。
皆の視線が一点に集まった。
その先には王族と………、あの女がいた。 私によく似た顔つきの、あの女が。
「記憶を返せ」と、私に迫ってきた、あの聖女がいた。
夢でみたそのままの姿の彼女に、驚きを隠せない。
思わずクー様の背後に隠れた。
スノウが不思議そうに見ていた。
ライモンド王太子がいつものように、にこやかに手を振っていた。
その少し後には、また、いつものようにアトラス殿下が後ろ手に組んで、無表情で立っている。
ヴァネッサがクスクス笑いながら「相変わらずね」と、私に耳打ちする。
いつもと同じ夜会だった。
違うのは、ライモンド王太子の腕を取り、得意気な顔した、趣味の悪いドレスの聖女が、そこに居ることだけだ。
国王陛下の挨拶の後、ライモンド王太子と聖女がファーストダンスを踊る。
あちこちから、失笑が湧く。 ライモンド王太子の匠なリードで、様にはなっているが………。
当の本人は、まったく気にする事なく、得意気に振るまっていた。
「アテネ。少し話があるんだけど」
と、声を掛けてきたのはクー様だった。
話しかけられたのは、初めてだった。
「踊りながらでいいかな?」とダンスに誘われた。
他愛も無い世間話をしながら、私たちはステップを踏んだ。
最近のテオーセの様子や、ローズたちの近況も聞けて、少し心が軽くなった。
しかし、曲も中盤になった頃、衝撃の事実を伝えられた。
「君がスペリオール領内に立ち入る事を禁ずる。 今後、永遠に」
クー様は、その美しい顔を少しも崩す事なく、淡々と私に伝える。
これは、テオーセの総意だと。辺境伯の決定だと。
「なぜですか?」
テオーセの皆に会いたい。と考えていた私は驚いた。
もう、テオーセに戻るつもりはなかったが、今後永遠に立入りを禁ずるとは。
急に突き放されたように感じて、不安になる。
「君は危険だ。わかるだろう? このまま、ビスク侯と帰ってくれ」
音楽が止まった。
穏やかに微笑んだまま、クー様は私に向かってダンス終了のお辞儀をした。
全てが完璧で美しかった。
それが、私の心に深く突き刺さる。
彼が私を拒絶しているのを、壁を作ったのを、嫌というほどに感じた。
再び、音楽が流れ始めた時、クー様は人々であふれかえるフロアへと姿を消した。
唖然としている私を残して、華やかなダンスは繰り広げられる。
私は急いで、アレス様を探した。
広い背中の、いつも私を見守っていてくれた彼を。
もう、テオーセには戻れない。
もう、ローズたちに会えない。
何が起きたの?
私が、何をしたというの?
『君は危険だ』って何?
アレス様の姿を探すが、いっこうに見つからない。
彼の口から直接聞きたい。
私がスペリオールに立ち入れない、本当の理由を。
急ぎ足で広間を歩き回るが、こんな時に限ってローズもリリーも、スノウの姿さえ見えない。
いったい皆、どこに行ってしまったのだろうか。
その時、広間の出入り口にアレス様の後ろ姿を見つけた。
声を掛けようと小走りで近づくと、彼が一瞬振り返った。
目が合った。 暁の瞳と。
ところが、彼は目をそらし、そのまま扉の外へと消えてしまった………。
「ーーーいったい、なんなの?」
私はその場に、立ち尽くした。
しだいに、怒りが込み上げてきた。
私が、何をしたっていうの?
こみ上げてくる涙を必死に抑え、人気の少ないであろう中庭を目指す。
誰にも気づかれたくない、見られたくない。
悔しい。
二度、振られた気分だ。
なぜ、スペリオールへの立入を禁止するのか、その理由を直接聞きたい気持ちもあったが………、それよりも、最後にアレス様に伝えたかった。
アレス様を好きだった事、好きになって良かった事………。
そして、感謝の気持ちを………。
(言わなくて良かった)
満天の星空を見上げながら、私は手の甲で涙をぬぐった。
*******
「逃げてしまった………」
扉の影に隠れたアレスは、ため息をついた。
どんな顔をしてエリスに会えばいいのか、わからなかった。
彼女から逃げてしまった、あの日の言い訳はできない。
アレスは拳を固く握った。 後悔しても仕方がない。
あの時、何も伝えず、プシュケにも言わずに、逃げ帰る選択をしたのは、自分自身だ。
プシュケからの連絡を、無視し続ける選択をしたのも、自分自身だ。
結果、エリスは自分に愛想を尽かせ、第二王子との婚約を受け入れたのだろう。
ルーが、エリスの領内の立ち入りを禁じる。と、聞いた。
父である辺境伯も、それを了承しているとも。
どこか、ホッとした自分に驚いてもいた。
そして、そんな自分に嫌気がさす。
掛け違えたボタンは、もう、戻す事はできない。