表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/39

26 祠の結界

 漆黒から濃紺に移り行く水平線の際に、黄金の光が一筋現れた。


 背後から抱えらているエリスは、背中にアレスの鼓動を感じ、なんとも言えない緊張感を味わっていた。

 呼吸の仕方も忘れてしまったようで、少し息苦しい。

 背後から伸びるアレスの腕は、服の上からでも、その厚みがわかる。

 手の置所に悩んでいたエリスだったが、結局、自身の膝の上に綺麗に重ねる事にした。

 とても、ぎこち無い。


 黄金の光は、だんだんと燃える様な暁に変わり、二人の顔を紅く照らす。


「わぁ………」と、感嘆の声を上げる、その薄っすらと朱みを帯びたエリスの横顔を、アレスはじっと見つめる。

 昨夜の()と、同じ顔、同じ声の彼女を。

 でも、アレはエリスであって、エリスじゃない。


 身体の奥底から湧き上がる、むず痒い感情をアレスは持て余し、エリスに回した腕に力がこもってしまう。


だんだんと白み始めた空を見つめていると、水平線からアレス様のような、輝く暁色の太陽が、辺りを黄金に変えゆっくりと昇ってくる。


「綺麗………」


声を上げたエリスは、思わずアレスの腕を掴んだ。

暁の光を浴び、見開かれたエリスの濃紫の瞳が、キラキラと輝く。

感嘆の声を上げたふくよかな唇から、可愛らしい白い歯が覗いている。

そのあどけない横顔から、アレスは目が離せない。

アレスは、エリスの横顔を見つめながら思い返す。


(こんな気持ちになったのは、いつ以来だろうか)


「アレス様………。ありが………」


「ありがとうございます」と、告げるために振り返ったエリスと、アレスの視線が交差した。


いつになく、真剣な眼差しのアレス様に、エリスは不安になった。


「外に出るなよ」


と、言われていたのに、私はテラスに出てしまった。

彼の忠告を、無視した形になっていた。

にも関わらず、彼は私のワガママに付き合って、早朝の寒空の下、日の出を見せてくれた………。


怒っているのだろうか。 呆れているのだろうか。


直ぐそこに、アレス様の顔がある。

彼の甘い香りが、鼻をくすぐる。

こんな近くで、彼をマジマジと見た事はなかった。


暁の瞳に私が映っている………。


その時、唇が触れた。


一瞬の出来事に、何が起きたのか………。理解できなかった。

驚きに目を見開いたままの私に、彼は言った。


「悪い。忘れてくれ」


視線を交えないように、細心の注意を払うようにして、アレス様は私を支え立ち上がった。


再び、私を見ることもなく、立ち去っていくアレス様の後姿を見ながら、私は呆然と立ち尽くす。

しかし、すぐに気持ちが逸った。


今、ここで声をかけなければ、もう二度と、普通に………、いつもの様に話すことが出来ない。

そんな気がした。


「待って!」


アレス様が、ぎこちなく立ち止まる。 

そのまま、私に背を向けたまま、私の言葉の続きを待っているようだ。


「………忘れたくない」


そう。忘れる事なんて出来ない。

この、身体の内側から湧き出るような、ゾクゾクとするむず痒いようなこの気持ち。

一度は忘れようとした、この気持ち。


驚いたように振り返ったアレス様に駆け寄り、その腕を引っ張った。

少しよろけて前屈みになった、その胸にしがみつく。


アレス様と過ごした日々も、交わした言葉も数えるほどしかないが、私の中に積もっていっていた、アレス様への憧れと尊敬は、いつしか違うものへと変化してたらしい。

もう、自分を誤魔化す事なんてできない。


ところが、アレス様は私を優しく押し戻した。


「すまない。 待って欲しい」


頭が真っ白になった。

まさか、拒絶されるとは想いもしなかった。

まさか………、まさか………。


私には、新しい陽の光に照らされる、彼の後姿を見送る事しか許されなかった。


それから、どうやって部屋に戻ったのか、私にはわからない。


*****


―――海が荒れている。

いや、大型の魚が跳ねているように見える。


今日は島に渡り、結界を張る予定だった。

巫女たちに連れられ、小島の渡しに来てみると、困り顔の騎士たちが居た。

島まで渡っている筈の橋が破壊されているのだ。

その上、大型の魚ではなく、一角海獣が、海面を飛び跳ねていた。


「まぁ、これは………」


巫女たちも、驚いていた。

この様な光景は、見たことが無い、と。


騎士の一人が歩み寄り、

「アテネ様。申し訳ありませんが、今日の審査は出来ないと思います。 海獣も出てますし………。 ここは寒いので、神殿でお待ち下さい」

と言うが、私にには、海獣たちが()()()いるように見えた。


呼ばれている気がした私は、騎士に断りを入れ、壊れた橋の側に近寄った。


『もっと先まで来て』


「もっと先?」


壊れた橋の先まで来い。と言う事なのだろうか。

私は、導かれるように橋を渡る。


「エリス!?」


アレス様の声が聞こえた。

でも、この子たちが呼んでいる。


橋の先まで来た私を、迎え入れるように、海獣たちが集まってきた。


『乗って』


数匹の海獣に囲まれて、一艘の船があった。


「船………」

『大丈夫だから』


恐る恐る、船に足を乗せた。

恐怖に脚がすくむが、あちらこちらから『大丈夫』『揺れないよ』と、声がした。


「………ほんとだわ。 揺れない………」


不思議な事に、陸の上かと思うほど、波を感じない。

馬で駆けているようだった。


「すごいわね。 貴方たち」

『カーラに頼まれたからね』


クスクスと笑い声が漏れ聞こえてきた。


()()()も連れてくるね』


小島にたどり着いた私に、海獣たちが囁く。

振り返ると、橋の先で、アレス様が立ち尽くしているのが見えた。


胸が苦しい。

会いたくない。

だって、私は振られたのでしょ?


『駄目だよ。 立会人がいるって、カーラが言ってたもん』


私の心の声が聞こえるのか、悪戯っぽい笑い声も聞こえる。

みるみるうちに、アレス様を乗せた小舟が、海獣達によって小島に渡って来る。


どんな顔をして、彼に会えばいいのか。

まだ、普通に顔を見る事ができない。 辛すぎる。

私は、素知らぬ顔をして祠へと続いているであろう、雪が薄っすら積もった小路を歩く。


『頑張ってね』

『大丈夫だよ』


海獣たちの声が、小さくなっていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ