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第7話

「――ルノーヴレに、ですか」

「はい。フラヴィアさんも一緒に、と」


 あれから、二人でいろいろなことを話し合った。私は男性が苦手だし、ジェロックさんも人があまり得意ではないらしく、夜の営みはひとまずしないことにした。幸い、ジェロックさんにはお兄さんがいるから、跡継ぎの心配はしなくて済んだ。

 その代わり、になるかは分からないが、たくさんの会話をした。お互いのことはもちろん、料理のことなんかもとりとめもなく話した。

 この人は今までの男性とは違う。徐々にそう確信していき、彼に惹かれていった。でも、違うとは分かっているのに、彼と、男性とそういう行為をする気にはなれなかった。ジェロックさんが、欲にまみれた人でなくて本当によかった。


 そんなある日。


 ルノーヴレから書簡が届いたと、私の部屋にやってくるなり彼は言った。

 そこには、近いうちに一度二人でルノーヴレを訪れてくれないかという内容が書いてあった。婚約の条件となっていた希少な資源の流通は問題なく行っている。

 なんのために呼び出しなんかしたのだろう。

 その疑問を抱えながら、ルノーヴレにアポを取り、数日後に訪れる予定となった。


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 ルノーヴレの王宮に到着して応接間に案内される。相変わらず、ここの人たちの私に向ける視線には蔑みの感情がたくさん込められていた。

 少し前の私なら、また彼らに心を痛めていただろう。でも今は、隣にジェロックさんがいる。彼が、ネスムンの人たちが、私を必要としてくれる。それだけで十分だ。

 そう思っていた。


「いやはや、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」


 そう言いながら、応接間の扉を開けて入ってきたのはプロストだった。思わず、身体が強張る。彼とは目が合わないように、テーブルの上を見つめる。ギョロリとした目がこちらを見ているのが、頭越しでも分かる。


「いえ、こちらこそ、御予定を合わせていただきありがとうございます。それで、御用件というのは……?」

「ああ、いやなに、聖女が嫁いで何か月か経つので、現状をお聞きしようかと思いましてね」

「現状、ですか……。特段変わったことはございませんが、仲良く暮らしていますよ」


 ジェロックさんがそう答えると、プロストの顔が外向きの表情から下卑た笑顔へと変わった。

 その顔で私は思い出した。なんのために無理矢理婚約させられたのかを。条件になっていた希少な資源はメインのメリットではない。使えない力しか持たない聖女を早く捨てて、次の聖女が欲しい。それがネスムン側には隠していたルノーヴレの目的だ。

 つまり、子どもはまだか、という催促のために、ここに呼び出されたのだ。


「仲良く、ということは、それ相応のことはされているんですね? それでは、御子もすぐに――」

「いえ、そういうのは話し合って、しばらくはなしで、ということになっておりまして……」

「どういうことです? ――ああ、こんな女じゃ何も反応しませんかねぇ?」


 プロストは口の端をあげて嫌な笑みを浮かべながら、私の方をジロジロと見る。

 その視線が、この男の言うことにはすべて肯定しろと脳内に命令を出してくる。そうすれば、とりあえずはこの場を切り抜けられるのだから。ずっとそうしてきた。前の夫の時も、プロストや王宮の人たちの時も。

 顔をあげて、そうですね、と無理矢理愛想笑いをしようとしたその時、ジェロックさんの手がするりと私の腰に回った。びっくりして、前を向くはずだった顔を横にいるジェロックさんの方へ向けると、彼もこちらを見ていたようで彼の前髪越しに目が合った。


「……お言葉ですが、僕は彼女、フラヴィアさんのことを大切に思っているからこそ、軽々しくそういうことはしないだけです。彼女が望まないなら、それに従うまでです」

「! ジェ、ジェロックさん!? 何を、言って……」

「っそうだ! この女は無価値で! 子をすしか、国の役に立たないんだ! ――はっ!」


 予想外のジェロックさんの言葉に私はもちろん、プロストも驚いたようで、ひた隠しにしてきた使えない聖女の力のことをつい口走ってしまい、慌てて口元を押さえていた。

 プロストはバツの悪そうな表情を浮かべていたが、もちろん既に知られていることなので、彼が言った情報になんの意味もない。


「……聖女を交渉の材料にしたのは貴国だというのに、ろくに使える能力ではないことを黙って婚約を交わしたということですね」

「いやっ! そもそも、聖女の力が使えるものだとはわたくしたちは一言も言っておりませんが、そちらが勝手に勘違いしただけでしょうに!」

「それは……仰る通りですね」

「! はは! そうでしょう、そうでしょう!」


 ソファに前のめりになって弁明していたプロストは、目を伏せて返答したジェロックさんを見て、勝ったとばかりに大きく口を開けて笑いながら背もたれにふんぞり返った。


 たしかに婚約する際、私の力のことは明言していない。今までの聖女が絶大な力だったから、きっと今回もそうだろうという先入観をネスムンが持っていただけ。明言していたら、ネスムン側は承諾しなかっただろう。

 そういうずる賢い、ルノーヴレだけが得をする取り決めだったのだ。これにはもう反論できないだろう。諦めて、さっさと子どもを作ればいいだけ。その方が、私もすべてのしがらみから解放される。

 そう思っていたら、腰に回された手に強く力が込められた。


「婚約の条件は聖女を王妃に頂く代わりに、希少な資源を優先的に貴国に流通させることです。貴殿の仰る、子をす、ましてや、差し出すことは条件にございません」

「……は?」

「では、御用件はそれだけのようですので、失礼いたします。――行きましょう、フラヴィアさん」

「え、で、でも……」


 ジェロックさんに手を引かれ、ソファから立ち上がる。対面にいるプロストは突然のことに動かなくなってしまった。

 そのままエスコートされる形で応接間の扉の前まで来た時、待て、と後ろから怒気をはらんだ大きな声が発せられた。


「こんな! こんなことをしてただで済むと思っているのか!? ネスムン如き小国、すぐにでも潰せるんだぞ!?」

「どうぞご自由になさってください。資源はもちろん、聖女すらも失うことになるでしょう。……僕の記憶が確かなら、聖女は聖女からしか産まれてこない、と何かで読んだ気がしますが」

「っ! クソッ! お前もなんとか言え! それでもルノーヴレの聖女か!?」


 プロストは今にも掴みかかりそうにやって来て、それを私の前に出たジェロックさんが受け流した。その拍子にプロストは床へと倒れ込む。

 行こう、とジェロックさんに耳元で呟かれ、私は這いつくばっているプロストを尻目にその場をあとにした。


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