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第4話

 二日後。

 窓から差す朝日の光で目を覚ます。今日のことを考えていたらろくに眠れなかった。重たい身体を起こして、ベッドから降りる。


「っ……」


 捻った足の痛みは幾分かましになったが、体重をかけるとまだじんわりと広がっていく。歩けないこともない。それに、顔をしかめるほどの痛みでもない。これなら今日行われるまだ見ぬ婚約相手との顔合わせも、問題なくこなすことができるだろう。


「支度、しなきゃ……」


 とは言っても、このみすぼらしいドレスを着て行けばいいのだろうか。今持っている一番上等な服でも精々町娘程度にしか見えない、気がする。

 そう悩んでいたら、部屋の扉がノックもなくいきなり開いた。

 そこには、メリジッタと数人のメイドが数着のドレスといくらかの服飾品を持って立っていた。


「メ、メリジ――」

「国の恥にならないようにしっかり着飾っておけ、と、プロスト様の御命令でやってまいりました。すぐに準備してください」


 久しぶりに会った彼女は、私と目を合わせることなくただ要件だけを述べて、他のメイドにこの場を任せて、さっさと部屋から出て行った。

 あの日、聖女の力が判明した日、誰からも見放された。味方などいなくなった。分かっていたのに。心のどこかでメリジッタだけは違うと、思っていた。

 でも、そんなことはなかった。こんな使えない力しか持たない私に優しくしてくれる人などいない。そう再確認した。


「……早く着替えてもらえますか? 髪やお化粧の必要もあるので」

「……自分でやれるので……」

「そうしてもらったらわたくしたちも楽ですが、これも仕事ですので」

「……分かりました」


 どんな些細なことでも私には拒否権はない。ただ言われた通りに従うだけ。

 煌びやかなドレスの中から、できるだけ地味なものを選んで着替え始めた。


 --------------------------------------------------------------------------------


「――これでいいでしょう。ネスムンの方々がお見えになるまで、崩さないように気を付けてください」

「……ありがとうございました」

「王子にお気に召してもらわなければ、ルノーヴレに大災厄が降り注ぐ。感謝されるようなことは何もありません」

「それで――」

「そもそも、貴女が使える力を持っていればこのようなことにはならなかったのですが」


 私の言葉を遮るように、そう吐き捨てて数人のメイドたちは部屋から足早に出て行った。

 ふぅ、とひとつ大きなため息をついて、ベッドに腰かける。

 本格的なヘアメイクもこんな豪華なドレスも、10年以上ぶりだ。ベッドから離れた場所にあるドレッサーに映る自分が目に入る。人前に出しても恥ずかしくない見た目にはなったと思うが、一国の王子に気に入ってもらえそうには到底見えない。

 それに、万が一容姿を気に入られたとしても、能力が使えないものだと知ったら、きっといらない女に早変わりだ。この国を出たとしても環境はそう変わらないだろう。妊娠なんて夢のまた夢だ。そもそも、私はもう……。


 遠くない憂鬱な未来に思いを馳せていたら、コンコンと扉を叩く音が響いた。はい、と返事をする前に扉が開く。……ノックの意味がない気がするが、先ほどのようにいきなり開けられるよりはマシか……。


「ネスムンの方が門前にご到着されましたので、大広間へと移動してください」

「、分かりました……」


 言われた通りに大広間へと向かうと、すでに王様とプロストが待機していた。慌てて彼らの元へと早歩きで向かう。遅いとでも言いたげな迷惑そうな目で見られながら、立ち位置を指示されその場所につくと、程なくして扉の向こうから足音が聞こえてきた。

 どんな人だろう……。唾を飲み込むと同時に、扉がゆっくりと開く。

 そこにいたのは、案内役を任されていた王様の右腕的存在の大臣と、婚約相手と思しき男性の二人だけだった。


「それでは、わたくしはこれで……御前までお進みください」


 大臣はそう言って、廊下の向こうへと下がっていった。婚約相手の男性は大臣の方へ軽く会釈をした後、王様が座っているこちらへと歩いてくる。

 私が緊張しているのだから相手もきっと緊張しているはず。でも、彼の表情は読み取れなかった。前髪がとても長く、口元も髪の間から少し覗くくらいにしか見ることができなかったからだ。


「……ずいぶんと、これまた陰気な……」


 プロストが小声でそう呟く。しんとした空間だから、彼に聞こえてないといいけど……。

 王座の目の前で立ち止まり、跪き敬意を表す。


「本日は、お招きいただきありがとうございます。ネスムン国、第三王子ジェロック・リエシャールと申します。ルノーヴレ国の王様にお目にかかれて光栄にございます」

「よくぞ来てくれた。……ところで、お主一人か?」

「本来なら我が王――父上も共に訪れる予定だったのですが、外せない急用ができてしまい……ルノーヴレ国を優先するべきでしたのに、申し訳ございません」

「いやなに、構わない。……こちらの聖女の紹介がまだだったな」


 王様はそう言いながら、私のことを睨み付ける。王様の向こう側からプロストの視線も感じ、挨拶をするために一歩前に出る。


「っ……は、はじめまして。ルノーヴレで聖女……をしております、フラヴィア・オーレストと申します。本日はここまで来ていただき、ありがとうございます……」


 慌てて強く踏み出したからか足首に鈍痛が走る。少し表情にも出てしまったかもしれないが、彼の長い前髪が上手く隠してくれていることを祈ろう。


 簡単な挨拶を済ませ、婚約の条件などを軽く確認した後、王様が王子と二人で王宮の庭を見て回ったらどうだと提案してきた。あとは若いお二人で、ってやつか。

 私はもちろん、小国のネスムン側が断れるはずもなく、隅々まで手入れが行き届いている広大な庭へと向かった。


「……えっと……き、綺麗な花々です、ね……?」

「……そうですね」

「、……」


 初対面の、しかも男性と話が弾むわけもなく、ただ無言で庭を連れ添って歩く。気まずい空気が流れる。今すぐにでもここを逃げ出したい。

 チラリと王子の方を見ると、彼の顔がこちらへと向いていた。私の視線に気が付いた王子は、慌てたように顔を逸らす。自分と婚約する相手がどんな人物か気になる、といったところだろうか。気の利いたことも言えないつまんない女なうえに、聖女の能力もくだらないものしかない。しかもそれを隠してる……申し訳なさしかない……。

 そんなことを思っていたら、王子がおずおずと口を開いた。


「……あの」

「は、はい!」

「どこか、座れる場所はありますか?」

「えっと……庭園の中で、ですか……?」

「……そうですね。仰る通り、素晴らしい庭園なので、ゆっくり見ようかと」


 小さい頃――まだ私の能力が分かっていなかった頃に、庭園をメリジッタと共に散策したことがある。幼い身体にはあまりにも広すぎて歩けなくなって、メリジッタが抱きあげて連れて行ってくれた東屋を案内しよう。


「……こちらでよろしいでしょうか?」

「ええ、ありがとうございます」


 王子はふうと小さく息を吐いて腰掛ける。

 ただ屋根があって、固い石のベンチがあるだけの場所。でも、東屋を中心に植えたのかと思うくらい、そこから見る庭園は歩いて見えるものとは全然違って、感嘆してしまうほどの景色だ。

 わざわざ隣国から来て、知らない場所で、身も心も疲弊してるだろう。少しだけでも休んでくれたらいいな……。


「……あの、フラヴィアさん」

「! な、なんでしょう!」

「貴女は、座らないんですか?」

「え、あ、えっと……」


 私なんかが、王子様の隣に座っていいのだろうか。

 能力が分かってからずっと虐げられてきた。プロストたちの前で椅子に座ろうもんなら、お前みたいな無能がなに勝手に座ってるんだ、って言われるのが当たり前だった。まだ能力について知らない彼が、そんなことを言うはずがないのは分かっているが、身体に植え付けられた恐怖はそう簡単には拭えなかった。


「……立っている方がお好きなら、それでいいのですが」

「そ、そうですねっ」

「――足、痛めてますよね?」

「……え?」


 予想もしていなかったことを問われて、思考が一時停止して言葉を返すのが遅れる。

 どうして彼がそのことを知っているのだろうか。顔にはほとんど出ていない、はず。……挨拶をするために一歩強く踏み出した時以外は。あの時だって、ほんの一瞬、ほんの少し表情が崩れただけだ。それを見ただけで、痛めてる箇所まで分かったとでも言うのだろうか。


「な、なんのことでしょうか……」

「歩けているところを見るに、大きな怪我ではないのでしょう。しかし、軽傷を放っておいて後遺症が残ることもあります。ですので、お座りください」

「いや、あの、えっと……」

「婚約者の身体を案じてはいけませんか? ましてや、ルノーヴレの聖女でもあるのですから」

「……そう、ですね」


 これ以上何かを言って、使えない能力のことを知られてしまったらいけないと思い、石のベンチにゆっくりと腰を落とした。

 今バレてしまったら、婚約がなかったことになるかもしれない。そうなったら、プロストたちから今まで以上の扱いを受けることになるだろう。それだけで済めばいいが、次の聖女のために誰かに無理矢理襲われるかもしれない。前世のことを思い出し身体が戦慄く。もうあんなことは二度としたくない。



 そう思っていたのに、あっという間に結婚式まで済み、気が付いたらネスムン国の王宮のベッドの上で、王子が部屋に訪れるのを待機していた。

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