第3話
私の聖女の力が米を生み出すだけだと分かってからは、周りの人たちの態度が一変した。
それまでは、次期聖女で母親も亡くしていたから蝶よ花よと育てられ、この国の宝であるかのように接してくれていた。
力が判明してからは、私の身の回りのお世話をしてくれていたメリジッタが部屋に来なくなり、豪華だった食事や衣服はおそらく一般市民とそう変わらない、下手したら貧困層にも匹敵するくらいのものになった。幸いなことに、私みたいなのが聖女として産まれたということを知られたくないのか、王宮を追い出されることはなかった。
雑巾にされる一歩手前というくらいのズタボロの服を渡され、何品もあったおかずは多くて二品、ひどいとパンのみの時もあった。成長期の身体にはこれだけでは足りなかったが、自分から米がいくらでも出てくるので、夜にこっそりと厨房で米を炊いて適当に調味料を選びおにぎりを作って飢えを凌いだ。
また、なぜかパンのみの時の次の食事は必ずおかずがあった。食事を持ってきてくれる人に、どうしてかと、答えてくれるか分からないが聞いてみたら、私に死なれたら困るから最低限の栄養はあげろと言われているからと、吐き捨てるように教えてくれた。
聖女からしか聖女は産まれない。私には兄が3人いるが、兄たちが結婚して子どもが産まれたとしてもそれは聖女にはならない。私がきちんと大人に成長して子どもを産まないと、次の聖女がいなくなり国にそれまでにない大災厄が起こると言い伝えられているらしい。そういう意味での『死なれたら困る』ということだ。
せっかく私を人間と思わないあの家から抜け出せたというのに、生まれ変わったこの場所でもまた道具のように扱われるのか。あんな思いは二度としたくない。
そうは思っても、この監獄のような王宮から逃げ出すことは容易ではなく、気が付いたら17歳の誕生日を迎えていた。
「――縁談?」
いきなり王様の御前に呼び出され、何を言われるのかと思って深くお辞儀をしながらびくびくしていると、プロストの口から思いがけぬ言葉が出てきた。無礼だとかそういうことが吹っ飛び、つい顔を上げてその言葉を反芻する。王様と目が合ったが、それを咎められることなく、横に立っているプロストがそのまま話を続ける。
「そうだ、お前がやっと婚姻可能になったから、隣国ネスムンと縁談を取り付けてきた」
「ネスムンと……」
「ネスムンは小国だが希少な資源が多くとれる地域があり、その資源を我がルノーヴレ国に優先的にかつ安く輸入してもらうことを条件に、聖女を差し出すということだ」
「え……? で、ですが、私は力が……」
私の言葉を聞いた王様とプロストは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。私はその瞬間になんとなく察してしまった。
ネスムンを騙して縁談を持ちかけたのだ、と。
聖女にろくな力もないことを黙って、その希少な資源とやらを好条件で手に入れ自分たちだけが得をしようとしている。
ネスムンは小国だが裕福な国だと聞いたことがある。それは全部希少な資源のおかげだとも。もし、この縁談のせいで国が危機に陥るようなことになったら、私はきっと無事では済まないだろう。背筋がゾクッとし、身震いをする。最悪の未来を予想できても、縁談を断る権利は私には持ち合わせていなかった。
「お前はいい交渉材料になったよ。聖女としては無能だから、初めて国の役に立ったな」
「……はい」
「ああ、それと、もう一つ使い道があった」
プロストはそう言って私の目の前まで歩いてきて、無造作に伸びた私の髪を思いっきり掴み上げる。いきなりの行動と痛みに喉の奥からうなり声が漏れ出る。そんな私の様子を見て、プロストは下卑た笑いを浮かべた。
「ネスムンの王子とさっさと子を生せ」
「いっ……」
「お前のような無能から産まれる子の能力がまともになるかは心配だが、どちらにせよ次期聖女を誕生させる必要がある。分かったな?」
「わ、かりっまし、た……あっ!」
プロストは掴んでいた髪を放り投げるように離す。その反動で私は地べたへと倒れ込む。プロストは私を上から見下ろした後、王様の横へと戻っていった。
王様の前だから立ち上がろうとしたら、足首に鈍い痛みが走る。おそらく捻ってしまったのだろう。そのズキズキとした痛みに耐えながら、ゆっくりと起き上がる。
「ネスムンの王子――ジェロック王子は顔合わせのために、ルノーヴレへ明後日に訪れる予定だ。お前は愛想よく適当に相槌を打っておけばいい。くれぐれも力のことを言うような粗相はするな」
「は、い……っ」
痛みで顔を顰めながら返事をしたが、深々と頭を垂れていたおかげで見られなくてすんでよかった。縁談が気に食わないと捉えられていたら、髪を掴まれる以上のことをされていたかもしれない。
話は縁談に関することだけだったようで、終わったからすぐに部屋に帰れと言われ、痛む足首を庇いながらひょこひょこと自室まで戻った。
ベッドに腰掛け怪我の具合を確認すると、軽く足首が腫れていた。やはり捻っていたようだ。冷やすものなどないので、自然治癒を待つしかない。王子がやってくるという明後日まで安静にしていたら、きっと治るだろう。
「縁談、か……」
小さくぽつりと呟く。聖女からしか聖女は産まれないと教えられた時に、いつかはそういう日が来るとは思っていた。
前世のことに加え、力が判明してからの扱いから、男性が今まで以上に苦手になってしまった。そんな私が結婚、ましてや妊娠などできる気がしない。でも、そう断る術を持ち合わせてはいない。
私はこの国の言いなりになるしかないのだ。使えない力だった。理由はただそれだけ。それだけだけど、この国の人全員の安全を脅かすくらいには大きなことだから。
「……どうして……」
聖女なんかに生まれ変わってしまったのだろう――。