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第2話

 5歳の誕生日を迎えてからは、メリジッタをはじめとする王宮の人たちは、毎日どこかソワソワした様子だった。もちろん私も。食事中や勉学中に、もしかしたら今、無意識に何か力を使っているのではないか、と。

 今までの聖女の力は、どれも見て確認できる変化が起きるものだったから、私の力もそうだろうと神官のプロストは言っていた。だから、無意識に使っていたとしても、誰かしらは気付くから大丈夫だ、と。それを受けて、メリジッタはこれまで以上に私の異変に目を光らせていた。


 そんなある日。


 今日も、聖女になった時のための勉学に励んでいた。まだ小学生にも満たない年齢なのに、一般常識をはじめ、この国の政治のことや周辺国との関わり、さらには世界中のことまで、いろいろと教えられた。

 細かい部分は省かれたとは言え、5歳児の頭に詰め込む内容ではなく、見守っていたメリジッタも何度かもう終わりにしようと、止めに入っていた。だが、中身の私はもういい年齢なので、国の名前を覚えるのが少し大変なくらいで大まかな情勢はすぐに把握できた。

 そんな様子を見て、メリジッタは顔をぱあっと明るくさせて私を抱き締める。


「すごい、すごいです! フラヴィア様!」

「あ、ありがとうございます……」


 結婚してからずっと存在を否定されて生きてきたから、このフラヴィア・オーレストという身体になって5年以上経つが、褒められるのはいまだに戸惑う。

 もっと喜んでもいいんですよ、とでも言いたげなメリジッタから視線を逸らすと、足元に何か落ちていることに気が付いた。小さな白い粒だ。一つだけではなく、数十粒散らばっていた。


 こんなものあったっけ……。


 いつも私が過ごしている部屋は、これでもかというほど掃除が行き届いていた。だから埃やゴミなんかはあるはずがない。そう思いながら少し屈んで手を伸ばすと、その手のひらから床にあるものと同じものが落ちてきた。

 何も握っていないはずの手のひらを上に向けると、中心から小さな白い粒がにょきっと現れてはポロっと皮膚から離れていく。なんだろうとまじまじと見ていると、耳元でメリジッタが慌てたように大声をあげた。


「フ、フラヴィア様! もしかして、聖女のお力では!? すぐに、神官様を呼んでまいりますっ!」

「え、あ、待っ――! 行っちゃった……」


 止める間もなくメリジッタは部屋から飛び出て行った。

 たしかに聖女の力は目で見て分かると言っていたし、この粒は今までにない異変には違いない。でも、これはどう見ても――。


「アレ、だよね……」


 忌々しき記憶の傍には、必ずこれがあった。好きだったけど、これのせいで私の人生はひどいものになってしまったから、嫌いとまではいかないが、あの辛い日々を思い出すからできればもう見たくないと思っていた。幸い、この世界は小麦のようなものが主食だったから、フラヴィアになってからは見ることはなくて安心していたのに。


「お米、かぁ……」


 床に新たに落とさないように、ソファに移動してテーブルの上に手のひらから出てくる米を溜めていく。どうやって止めるかも分からずどんどんとできていく山に、これが本当に聖女の力なのかと疑いの目を向ける。


 メリジッタの話によると、母のヴェレーナは所謂いわゆる癒しの力を持っていたらしい。妙に髪や爪が伸びるのが早いと思ったら、細胞を活性化していたんだとか。その力で怪我をした人を治療したり、土に力を送って農作物を育てたりと、国に大きく貢献したそうだ。母だけではなく今までの聖女も、似たような癒しの力か、魔を祓うような力を持っていることがほとんどだったらしい。

 もし、この米を生み出す力が聖女の力なのだとしたら、母と比べてあまりにも限定的で、災厄から国を守ることができるとは到底思えない。なにしろ、この世界には米が存在しないのだから。

 そんなことを考えていたら、部屋の外からどたどたと足音が聞こえてきて、扉が勢いよく開いた。メリジッタがプロストと共に戻ってきた。


「はあ、はあっ! ――それで、お力というのは?」

「プロスト様、こちらの白い粒が、おそらくそうかと。先ほど、いきなりフラヴィア様の御手から現れまして……」

「白い粒……? これは、なんだ……?」


 プロストがテーブルの上の山から一粒手に取って、それを不思議そうに観察する。無理もない。見たことがないのだから。メリジッタも一緒になって、手の上で転がしたり叩いたりしていた。

 騒動を聞いて駆けつけた他の大人たちも、二人と同じように白い粒を見ては、これがなんなのかと真剣に議論を交わしていた。その光景があまりにも滑稽すぎて思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、米粒が溢れてくる手をゆっくりと上げた。


「フラヴィア様? いかがなさいましたか?」

「えっと、その、この粒、何か知っているんですが……」

「本当ですか!?」


 プロストの言葉と共に、一旦静まり返っていた部屋がまたざわざわとし始める。どうして知っているのかだとか、聖女にしか知り得ないものなのかだとか、口々に意見を言っていたが、徐々にまた静かになっていき、みんなの視線が私に降り注ぐ。この粒の正体は何か早く教えろ、という視線が。


「これは、食べ物で……」

「……食べ物?」

「は、はい。主食で、水と共に炊く……えっと、温めて食べるもので、米と言います」

「コメ、ですか……」


 炊くという技術があるかどうか分からないから言い直したが、ニュアンスとしては微妙に違うからきっと彼らは炊きたてのご飯を想像できていないだろう。そもそも、この世界には米がないのだから、無理難題ではあるが。

 食べ物だったということに驚いているのか、変わらず静かな部屋に、フラヴィア様、とプロストが私の名前を呼ぶ声が響いた。


「フラヴィア様はどうしてご存知で?」

「えっ? あ、えっと……か、神のけいじ、と、いいますか……」


 この世界にはなくてここにいる大人たちは誰も知らないのに、私だけが知っているなんてどう考えてもおかしい。前世の記憶を持っているということが知られても構わない気はするが、知られて話がややこしくなるのは避けたかったから適当に取り繕った。聖女なら神の啓示くらいあっても不思議ではない。と、思いたい。


「そうですか……それで、このコメとやらは、食べるとみるみる病気や怪我が治るだとか、魔を祓う力が宿るだとか、そういうものなのですか?」

「そういうものではないかと……」

「では、ただの食べ物だと?」

「は、はい、おそらくですが……」


 今現れたばかりの力で実際に食べてみないと断言はできないが、一見するとなんの変哲もないただの白米だ。これが薬や新たな力になるとは思えない。

 そう推測して答えると、プロストが大きなため息をついた。米粒に向けていた視線を上げてプロストの顔を見ると、今までとは違う冷ややかな目で私を見ていた。驚いて周りの他の大人たちを見ると、同じように呆れ返った表情をしていた。


「次期聖女の力が、こんな小さな粒で、なんの効果もない食べ物を出すだけ……?」

「あ、あの、プロス――」

「触るな!」

「っ!」


 綺麗に整った前髪を片手でぐしゃりと掴んで震えていたプロストを心配して手を伸ばすと、思いっきり払いのけられた。衝撃に加え、唐突に出された大きな声に、身体を強張らせる。

 男性、特に身長の高い人は苦手だった。夫がそうだったから。普通に立っていても頭上になるのに、私を地べたに這いつくばらせて高いところから罵声を浴びせる。自分が圧倒的に上の立場だということを分からせる、思い知らせるために。

 プロストも子どもの身体にとっては背が高い存在で、最初は夫を思い出してびくびくしていたが、常に私に優しく接してくれた。立って歩けるようになってからは、話すときは屈んで目線を合わせてくれた。だから、男性だけどプロストのことは大丈夫だと思っていた。でも、その優しさは“使える聖女”に向けられていただけだった。


「ヴェレーナ様も亡くなっているというのに、こんな力で、これからこの国をどうやって守っていけばいいんだっ!」

「っわ、わたしは――」

「うるさい、黙れ無能が!」

「ひっ!」


 私だって、聖女として産まれたからには国を守りたい。そのためにいろいろなことを勉強してきた。聖女の力が米粒を生み出すものだと知っていたら、私はこんなにも頑張らなかった。それどころか、すぐに自ら命を絶っていただろう。


 だって、私はいらない存在なのだから。


 恐怖からぶるぶると震える私の身体を、メリジッタは強引に腕の中へと引き込む。彼女の体温が心に染みわたっていく。


「プ、プロスト様! おやめください! まだ5歳の子どもですよ!?」

「子どもだろうと、無能の聖女には変わりないですよ」

「ですが!」

「……そもそも、メリジッタの育て方が悪かったのではないですか?」

「……え?」


 私の味方をしたせいなのか、それとも何か原因を見つけたいからなのか、プロストの怒りの矛先がメリジッタへと向けられる。


「きっとそうに違いない。だから、その無能を庇っているのだろう?」

「違っ! そういうわけでは!」

「では、コメというものを生み出す力は生来のものだと?」

「そ、れは……その……」


 メリジッタは言い淀む。聖女の力がどのようなものかということは解明されていないからだ。聖女からしか聖女は産まれないこと、力は5,6歳で出現すること。聖女に関することはそれくいらしか分かっていない。

 ただ、力は生まれ持ったものだとは思う。生後に何か変化が起こることはきっとない。もし起こっていたとしたら、今までの聖女の力が程度や仕様の差はあれど二種類しかないわけがない。もっと細分化するはずだ。……なぜか私の力は特殊なものになってしまったが。

 少し冷静になれば分かるはずだが、プロストからの詰問はその思考すらも奪っていく。


「やはり、メリジッタが原因だったのか。なら、王に申告して貴様の首をねて――」

「そんなっ! ……わ、わたくしは、聖女様のお力は生来のものだと、思い、ます」


 私の身体に回ったメリジッタの腕がスッと離れる。控えめだが冷ややかな視線がひとつ増えた。


「はっ! 私も同じ考えですよ。お互い、こんな無能のせいで無駄な時を過ごしましたね」

「そう、ですね……」

「王になんとお伝えすればいいのやら……とりあえず、ここからさっさと出ましょうか。その無能の証を見ていたくないのでね」


 そう言って、プロストはテーブルの上の山盛りの米を一瞥してから、部屋から出て行った。それに続くように、駆けつけた大人たちも帰っていき、メリジッタまでもがいなくなってしまった。

 彼女は、プロストに私を裏切るように無理矢理誘導されたから、ああ答えたのだろうか。それとも、私なんかのために己の命を捨てられないと判断したのだろうか。


 真相は分からないが、私の味方は誰一人としていなくなってしまった。傍には米だけ。この乳白色の粒にまた忌々しき記憶が刻まれた。

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