王剣
マ、マダム・ヘルタ……?
両者の速度が拮抗したことで戦闘はさらに高速化する。王城の前の広場では目にも止まらぬ速さで、夜火の刀とライシオンの爪がぶつかり合っていた。しかし、押しているのは夜火だ。
ライシオンの動きが精彩を欠き始めた……。空兵炉心の過剰稼働を使ってから様子が変わった。厄災由来のアイテムであることに理由があるんだろうか?とにかく、今この状況はこちらに有利だ。このまま王子を戦闘不能にできれば、モリベが逃げるには十分な時間だろう。
あちらは今が最高速といった感じだが、こちらはまだ速度に余裕がある。グローリー・エンハンスに注ぎ込まれるMPにはまだまだ量がある。試したことはなかったが、MPに余裕があればここまでのバフを盛れるのか。
デメリットである継続ダメージもAGIが強化され、被弾が減ったことであまり不利に働いていない。なんなら攻撃時にわずかに雷が相手に流れ込むなんてことがあったので、少しでもダメージを与えたい今ではメリット効果と受け取ってもいいだろう。
とはいえ、自傷系強化スキルの発動をするには心もとない体力になってきているので、普段からこの戦法を取りはしないだろうな。時間制限に加えてスキルも制限される。今回みたいに死んでもかまわない短期決戦ならともかく長期戦ではうかつに使える技ではない。
何度目かわからなくなってきた刀と爪のぶつかり合い。パワーはもちろん、爪の方が攻撃の小回りが利く。それを速度に物を言わせて気合でひたすら回避し続ける。時間制限まで残り半分。そろそろ勝負を決めに行く必要がある。
純粋に斬り合っていては拮抗して決着がつかないのはここまでの攻防でわかりきっている。となれば必要なのは拮抗を崩す新たな手だ。
タイミングを見計らいながら、ライシオンに接近。こちらの時間制限が近づいていることを見越してか、ライシオンは回避の一手を取る。ライシオンとの距離を詰めるために新たに手にしたスキルを使う。
「ギアーズ・シフト!」
ギアーズ・シフトは現在の俺自身の「速度」を参照し、さらなる加速を行う。もともと高速で移動していたところに更なる加速が行われ、ライシオンに肉薄する。移動しながら刀を納刀しておいたことで、今の俺は抜刀の構えを取っている。
「フッ……!」
抜刀術「真打」へと強化された抜刀攻撃を補正するスキルによる一撃がライシオンを襲う。その攻撃は変化した剛腕に防がれるが、確かなダメージを与える。抜刀攻撃は受けられたが、まだこちらの攻撃は終わっていない。
「朧影「此岸」」
朧のもう一つの能力である朧影。此岸は実体を持った分身を生み出す。分身たちはライシオンの周辺にドームを作るかのように無数に生み出される。そして、全員が既に必殺を放つ準備を終えている。
「行け……!」
朧影は発動時点のプレイヤーの状態をそのままコピーする。つまり、今生み出された分身たちは皆、過剰稼働状態の空兵炉心の力を持っている。その溢れ出るMPを使って放たれるのは――――――
――――――光来撃
莫大なMPを惜しみなくつぎ込んだ光来撃は、三界戦線時の俺の速度を余裕で上回っている。真っすぐライシオンに突撃するだけだから難しいコントロールもいらない。刀を持って突撃してくる超高速ミサイルの完成だ。ライシオンにぶつかった衝撃で分身たちは次々にHPを失うため、次の「弾」が飛んでくるころにはライシオンの周りに分身の姿はない。
「残り時間は少し……。このまま抑え込む……!」
際限なく飛んでいく人間ミサイル。しかし—―――――
――――――それらが突如として全て消し去られる。
ライシオンの体は光来撃ミサイルを受け、傷だらけとなっている。しかし、それ以上の変化は右腕に握られた一振りの剣だろう。それを見た瞬間に脳裏に浮かんだのは、獣魔王や剣神、SOLと対峙した時のような圧迫感と圧倒的な迫力。それがあのひと振りには存在した。
あの剣が一度振られるたびに生み出した無数の分身が瞬く間に消えていく。
光来撃ミサイルはもうだめだな……。そろそろタイムリミット……。次で決める。
光来撃ミサイルは継続する。今、あれの対処にあの剣を使っているからまだ俺は生きているんだろう。MPにも余裕はある。ならば、辞める理由はない。
スキルをフルに発動させ、現状出せる最高速度を持って、ライシオンへと迫る。
「終わりだ。異界人」
「ああ、終わりだ。ギアーズ・シフト……!」
ライシオンはギアーズ・シフトを一度見ている。再び急加速するであろう夜火の動きを予測し、その移動先に剣を振るう。しかし、そこに夜火の姿は無く、夜火はむしろ減速していた。
ギアーズ・シフトの真骨頂、それは加速と減速の2つの使い方ができるという点だ。「トップ」は現在の速度をもとに更なる加速を与える。そして「ロー」は現在の速度をもとに減速し、減少した速度をSTR、力へと変換する。
目の前に振り下ろされたライシオンの腕。その無防備な腕に全身全霊の一撃を叩きこむ。それはライシオンの体に消えることのない深い傷を残す。
しかし、その命を奪うには至らなかった。
「名は?」
「夜火」
「そうか。お前の実力に敬意を示し、我らが王剣にて死ぬがいい」
そうして振るわれたライシオンが持つ剣、王剣は夜火の体を消し去った。
「まさかこれを使うことになろうとは。父上が不在であったことに救われたな……」
ライシオンが振るった剣の名は王剣ルナーミア。王権にして王剣たるルナーミアは獣の国の王に更なる力をもたらす。
国王が不在であったために王剣を預かっていたライシオン。王剣の有無はこの戦いの結果に大きな影響をもたらした。
「それにしてもあれは間違いなく厄災の力……。なぜ異界人が……?」
「負けた……」
何だあの剣……。後で聞いてみるか……。ベッドから起き上がり、工房へ顔を出すとそこにはウォーグとモリベの姿がある。
「作戦は無事成功だ」
「とりあえずお疲れ。今日はありがとう、夜火」
「どういたしまして」
とりあえず作戦は成功。色々聞きたいこともあるし、まだまだ眠れそうにはないな。
王剣は各国に存在します。本大陸の王国アヴァロニカにも王剣が存在しています。
そのうち詳しい性能とかも出てくる……かもしれない。
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