獣王
俺の安い挑発に乗っかったライシオンが霧の中へ突撃してくる。さっきの声だけを頼りに直進し、右腕を大きく振りかぶって放たれる右ストレート。その一撃は俺には一切当たることなく空を切る。しかしその一撃が爆風を引き起こす。
どんな速度でパンチしたんだよ……。かなり強いとは聞いてたが……、これは思ってたよりも厳しい戦いになりそうだ。とりあえず、あっちが何も考えずに幻霧の中に入ってきてくれたのはありがたい。
風雷朧脚を起動し、地面を蹴りライシオンの背後へと走り出す。幻霧とスキルの2つが重なることによって、存在はほぼ完全に感知されなくなる。破剣朧月を追加で発動、狙うのは首。両手で握った朧を振りぬく。
「なっ……」
首目掛け振りぬいた朧がライシオンの剛腕に阻まれる。ライシオンの腕は服を破り、完全な獣のものと化していた。
それはかつて夜火が対峙したプレイヤーの持つ力によく似た力。されど、ライシオンは他の生物の力を借りてはいない。それはライシオンの中に眠る獣本来の力。人に近づけども消えることのない獣の血。そこに眠る本来の力を引き出す。それが獣人のみが就くことができる職業「獣戦士」。そしてその力を極限まで高め、ほぼ完全に獣の力をコントロールし引き出す。彼の才と血は彼にふさわしい職業を与えた。
「獣王」
それこそがライシオンに与えられた職業。獣の王はその身に宿る力の全てを以て、獣人の誇りに泥を塗った愚者を滅ぼすべく動き出す。
剛腕はたちまち姿を変え、元の腕へと変化する。腕の変化に合わせ、体を捻り背後へ向けて逆の腕による攻撃がこちらを狙う。それをバックステップで回避するが、既に攻撃を終えたライシオンは追撃すべく、地面を蹴りこちらへ接近する。
「グローリー・エンハンス。エクスプロージョン・リアクター。イグニッション・ニトロ……!」
グロリアスの能力と2つのスキルを起動。イグニッション・ニトロによって全てのステータスが強化。グローリー・エンハンスとエクスプロージョン・リアクターによってさらにSTRとAGIが強化される。どれもHPを消費するものの、ライシオンに対抗するためなら必要経費だろう。
胴体目掛け放たれる回し蹴りを朧で受けると同時に後ろに下がりダメージを減らす。さらに幻霧「纏」を使い、姿をくらまし風雷朧脚、ファントム・シャドウの同時発動。ライシオンが俺を完全に見失う。バフとスキルによってさらなる速さを得た俺はライシオンの側面へ回り再び背後へ。
「また首か?」
そう言いながら当然のようにこちらの攻撃を防がんと背後へ振り返るライシオン。しかし、ライシオンの首に迫る刀を防ごうとした左腕に朧の刃が触れることはなく、その背には一筋の傷が生まれる。
「この程度……!」
再び振り返り反撃しようとするライシオン。その顎目掛け、朧を離しフリーになっている左腕を振り上げる。ダメージはともかく、発動した破剣朧月の効果も合わさってライシオンが一瞬怯む。
「これはどうだ……?」
ホルダーに収納されたBT-01を抜き、胸部を狙い撃つ。銃弾がライシオンに命中する。しかし、ライシオンに出血した様子はなく、せいぜい着弾地点が赤く腫れた程度だ。
「もう終わりか?」
「ここからだよ……!」
BT-01の刃を展開し、眼前に迫る剛腕を2振りの武器で受け流す。受け流した勢いをそのままに回転し、BT-01の刃を振るう。
その後も互いに攻撃を繰り出し、防ぐ。そんな攻防が何度も続く。決着はつかずとも、どちらが優勢かは見ればわかるものだった。
「クソッ……」
なんなんだ、あの防御力……。ここまで攻撃自体は何度もしてるのに手応えがない。サブに設定されている爆弾魔がこの戦いにおいてマイナスとまではいかないが、プラスに一切働いていない。それに、そもそものステータスの差が大きいんだろう。
体力を削りながらのバフでかろうじて食らいついているものの、ここままでは負けるのはこっちだ。モリベは逃げられたか?まあ、あっちはどうにかなるだろう。
「やられっぱなしは性に合わないし、どうせやるなら勝ちたいよな……」
「どうした?案外あっけないモノだったな。終わりにしてやろう」
突然立ち止まった俺に、ライシオンはそう言いながら右腕を変化させ、トドメを刺そうとする。しかし、その腕は空を切る。
「空兵炉心『過剰稼働』」
「それは……まさか……」
全身を流れるグロリアスの電流が、莫大な魔力を供給されたことでその出力を高め、俺に更なる強化を施す。
朧からは霧が溢れ続け、王城を飲み込む。それでもなお衰える様子はなく、やがて国中を包み込まんとするほどに広がっていく。
空兵炉心『過剰稼働』
空兵龍SOLですら制御できず、その身を壊しかねないほどの出力を誇る空兵炉心。それがプレイヤーが使用できるように調整されたものが俺に与えられた空兵炉心だ。
『過剰稼働』。それは空兵炉心を本来の出力で使用する切り札。
俺のMP上限にあっという間に達してしまうほどのMP回復量。それは切り札であり、諸刃の剣。MPが上限を超えた分はストックされ、ストックされたMPが一定値に達すると俺の全身は破裂する。それに加えて使用後、1分半もすれば空兵炉心は故障し、しばらく使用できなくなる。
だから流れてくるMPを全てグローリー・エンハンスと2種類の幻霧に回し、なんとかMPが溢れ出るのを押さえ込む。
ここからは集中力と時間との戦いだ。過剰な魔力を受け取ったグローリー・エンハンスによる強化は俺のSTRとAGIを大幅に強化してくれたが、速度を制御できないなんてこともあり得る。足を滑らせればそのまま死亡なんて可能性も十分にある。
「行くぞ」
左手に鬼牙を、右手には朧を装備し地面を蹴る。グローリー・エンハンスによって体力を大きく失っているが、グローリー・エンハンスのデメリットによってHPが0にならないのは確認済みだ。
急接近した俺は、両手の刀をクロスさせるようにしながら振り抜く。
「何……!?」
この一撃はこれまでの攻撃で最もライシオンにダメージを与える。
過剰稼働によって、ステータスの一部がライシオンに限りなく近づいた。であれば、勝敗を分けるのは純粋な戦闘技術のみ。
ライシオンは動物系悪魔の実の能力者を頭の中に浮かべながら戦わせてます。
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