幻霧の中に龍を見ゆ 其の二
幻魔龍オボロの能力によって発生した霧のせいでこっちから攻撃を仕掛けるのが一気に厳しくなった。
「どこから仕掛けてくる?」
ここに来るまでよりも濃い霧による視界の妨害効果は絶大だ。少なからずオボロは今、俺が見ることができない位置にいるということはわかる。だが、それだけしかわからない。どこにいて、何をしているのかを捉えることが全くできない。
「ギャアァァァ!」
「ッ……!来たか……!」
やはりオボロにはこの霧が妨害にはなっていないのだろう。正確に俺を狙って攻撃してくる。流石に相手が近づけば姿は見えるし、気配というか存在感みたいなもので近くに来たことはわかる。
今回は正面方向から攻撃を仕掛けてきたからなんとかなるが、問題は後ろから攻撃された時だ。視界に映らない位置からの攻撃を気配だけで避けるのはかなり厳しいだろう。
「フッ!危ない、危ない」
尻尾の攻撃はジャンプするだけで避けることができるから優しい攻撃だ。あいつ、性格は最悪だな。攻撃が終わった瞬間に霧の中に引っ込みやがった。霧の中でも俺の姿が見えているなら、あっちはさっきみたいにヒットアンドアウェイを繰り返すだけでこっちに確実にダメージを与えられるだろう。
一方、俺は今のままなら相手が近付いてきたタイミングしか攻撃チャンスがない。霧の中をむやみやたらに歩き回ったところで相手に有利になるだけだろう。
「にしても……さっきから攻撃が……」
オボロの霧の中からの攻撃、不自然なくらいに隙が無いというかあまりにも間隔が短すぎる。正面からの攻撃を対処するとすぐに霧の中に引っ込むがその直後―――
「ギャアァァァ!」
―――ついさっきまで正面から攻撃してきたはずのオボロがもう後ろに回り込んで攻撃を仕掛けてきている。技巧剣舞の補正を受けたラスティ・ホワイトでなんとか攻撃をはじいてダメージを減らす。この異常なまでに余白のない攻撃には何か仕掛けがあるはずだ。なんとかその仕掛けを暴きたいのだが―――
「―――また霧が濃くなってるせいで、なんにも見えないんだよな……」
戦闘時間が長引くほど霧が濃くなるのか?だとしたらこいつを考えたやつかなり性格の悪いだろ。視界が悪くなればなるほどこっちは攻撃を当てることも避けることも難しくなっていく。実際、攻撃を避けるのに精いっぱいで相手の攻撃をはじいたときのちょっとしたダメージぐらいしか与えられていない。
「まずは視界の問題からどうにかするか」
俺の視界を遮る霧だが、多分これは空気が冷えて発生したわけではない。証拠は俺の左手に握られたラスティ・ホワイトの刀身だ。あいつが霧を発生させてから錆びるスピードが早くなっている。つまりこの霧の正体は魔力ってことだろう。じゃあこの霧が魔力だとして、この霧を晴らす手っ取り早い方法は何か――――――
「――――――ラスティ・ホワイトで吸いつくす……!」
ラスティ・ホワイトの魔力吸収効果、実は任意で加減を調整できる。ラスティ・ホワイトの魔力吸収効果を全開にしたことでラスティ・ホワイトの刀身がすごいスピードで錆びていく。しかしこの不思議武器はどれだけ錆びようとも切れ味が落ちることはない。
効果はすぐに出てきた。証拠にさっきよりも圧倒的に視界がよくなったのがわかる。霧の正体は魔力で確定として、まだ相手の姿を捉えられるほどの視界は確保されていない。流石に剣が魔力を吸うことができる範囲も限られているので、さらに視界を確保するためには動きまわって魔力を吸う必要がある。
「ふぅ……」
一度深呼吸する。これから霧を晴らすまでオボロの攻撃を避けながらひたすら走り回る必要がある。覚悟は決めた、後は実行に移すだけ。
「行くぜ」
ストームロックグリーヴに魔力を込めたことで、俺の足は風をまといAGIが強化される。ゲイルアーマーは俺への風の抵抗を減らしてくれる。加速系スキルはオボロの気配がするまでなるべく使わないよう心掛け、スタミナ管理を怠らないよう気をつける。色々と意識することが多いがそこは気合で頑張るしかない。
「ギシャアアアアア!」
「ッ……!きたッ!」
ひとまず攻撃を避けることだけに集中、反撃することは考えない。後ろからやばそうな気配が近づいてくるのがよくわかる。はっ、馬鹿め。殺気が駄々洩れだっつうの。このまま追いかけっこをしてもいいが、スタミナがなくなったら終わりだからなぁ……。一度相手に向き合うことにしよう。
走るのをやめて後ろから迫るオボロに向き合う。オボロの右前足が俺に向かって振り下ろされる。ここで「アクロバットステップ」発動。できる限り最小の動きで振り下ろされる右前足を避け、ラスティ・ホワイトの「フラッシュ・リペア」を発動。目の前で刀身が発光したことで、相手は一時的に目が見えなくなったはずだ。ここで新入りスキルの「風魔脚」を発動。
このスキルは一時的にAGIを上げる効果に加え、足音や気配などによって敵が俺のことを感知しにくくする効果を持ち、今のように俺のことを見えていないオボロから離れるような場面でこのスキルは最適だ。敵に気づかれなくするスキルのため爆発を起こす「ダイナマイト・ブースト」とは相性が悪いのが残念なポイントだ。
少しずつ視界が良くなっていくのを感じる。この作戦は効果的ってことだ。こう、自分の作戦がうまく行った時、ついテンション上がってしまう。ようするにだ―――
「よっしゃあ!このまま全部吸い尽くしてやるよ!」
俺とオボロしかいないが思わず叫んでしまう。ひたすら走り回ってラスティ・ホワイトで霧を吸っていく。オボロは必死に俺に攻撃を加えようとするが、全力で走り回っている俺になかなか追いつくことはできず、走り回るのをやめたと思って攻撃しても避けられるのでそろそろイラついてるんじゃないか?
10数分、ひたすらラスティ・ホワイトで霧を吸いまくっていたわけだが、ついにそれも終わりが来た。
「ようやく、霧が晴れたな」
霧が晴れたことでオボロの姿をはっきりと捉えることができるようになった。
「ッ……、そういうことか」
オボロの以上までの攻撃間隔の短さ。正面から攻撃されたと思ったら間髪入れずに飛んでくる背後からの攻撃。純粋な高速移動か何かだと思っていたが違った。
「分身してたのかよ……!」
目の前には2体の幻魔龍オボロ。分身こそがあの攻撃間隔の短さの正体だったわけだ。片方の攻撃が終わった瞬間にもう片方が攻撃してきたのだろう。それならあの攻撃間隔にも納得がいく。再び霧を発生させるがさっきほど視界が遮られるということはなく、これならなんとか見える。
ただまあ分身はヤバい。あれで連携して攻撃してこようものならひとたまりもない。モンスター同士の連携が厄介なのはウインドウルフたちとの戦闘で痛いほどわからされた。未だ俺が不利な状況であることに変わりはないが―――
「さて……どうやって倒そうか……」
―――俺はこの戦いを楽しんでいた。




