十四 涼平の過去Ⅱ
リィトが帝国軍に入隊したのは、リィトが9歳になる年だった。兵士育成学校を卒業した生徒以外は、帝国軍に入隊できないので、リィトが歴代で最年少入隊となった。
帝国軍に入隊していきなり、戦争に参加することはない。最初の一年は訓練所で、軍の規則や軍の隊列・作戦、より高度な実戦形式の訓練を行う。この目的は、学生に軍隊の厳しさを実感させ、戦争で足手まといにならないように鍛えあげるためだ。兵士育成学校の卒業はスタートラインに立ったに過ぎないのだ。
訓練が開始し、多くの新人(リィトと同時期に兵士育成学校を卒業した者)は、訓練の厳しさに音を上げる者もいた。リィトは訓練如きでは後れをとらなかった。ただ、ここでもリィトは独りだった。同じ年に兵士育成学校を卒業した者たちが同期なので、同期に仲の良い悪魔はできるわけがない。リィトが少し期待していたのは、訓練時の教官や先輩兵士たちの存在だった。軍は学校以上に実力主義なので、戦闘能力の高いリィトは有望な新人として重宝されるのではと微かな希望を持っていた。しかし、そんなことはなかった。没落貴族出身で強い存在、それは悪魔の遺伝子学的にはあり得ない存在である。それが、軍の中で不気味な存在、化け物みたい等と煙たがられた。結局、環境を変えても変わらなかった。
リィトが軍に入ってよかったことといえば、訓練期間は寮生活ということで、両親に会うことはなくなかったということだ。
リィトが軍に入隊して一年が経った。新人たちは、それぞれ部隊に配属され戦争に参加することになった。リィトは戦争でもいつもと変わらなかった。目の前にきた敵をただ倒す。負けることはない。一人で何十人の敵を殺した。不思議なことに、リィトには人を殺すことに何のためらいもなく、何の感情も出てこなかった。訓練の時の教官の話では、実力がある者でも人を殺すことに抵抗があり、怖気づいて戦えなくなってしまった者を何人もいたらしい。一応、学校や訓練では魔獣を殺すということで、命を奪うという行為は練習してきた。しかし、悪魔が命を奪う時、同族である悪魔と魔獣では命の重みが違う。魔獣を殺せても、悪魔を殺せない、そういう悪魔はいても、悪魔は殺せて魔獣は殺せない、そんな悪魔はいないのだ。それだけ、同族を殺すということには精神力や胆力がいるのだ。
戦争に区切りがついて自国に帰ってきた。リィトは軍の食堂で一人で食事をとる。食堂では悲しんでいる悪魔が大半だ。戦争自体は敵の進軍を阻止し、撤退させることに成功した。だから、戦争自体は勝利したも同然だった。もちろん、戦争が終わった瞬間は皆が皆喜んだ。しかし、戦争での熱が冷め、冷静になると亡くなった仲間の存在を思い出し辛くなる。リィトには仲間なんていないので、そういった感情はでてこない。リィトの同期約1000人の中で、176名が戦死した。新人だったので、最前線で戦ったわけではないが、戦場に安全な場所はない。新人は初戦争で、死亡してしまう者が多々いる。初戦争で生き残った新人は、仲間の死や人を殺すという感覚を経験し成長していく。
リィトが戦争に参加してから1年が経った。リィトはこの1年の間に多くの悪魔を殺してきた。その圧倒的な戦果を理由に、リィトは部隊ではなく単独で行動できるようになった。一見聞こえはいいが、リィトは厄介払いされたのである。その理由はリィトは強すぎたからだ。部隊で連携する場合、リィトは味方に合わせるために、全力を出すことができない。逆にリィトが全力を出してしまうと、味方との連携をとることができない。つまり、強者にとって仲間のサポートは不要、むしろ足手まといなのだ。群れる奴らは弱いから群れる。結局、リィトの強さが学校でも軍でも孤独になってしまう原因だったのだ。
さらに1年が経った。代り映えの無い毎日。ただ、戦争に出て敵を殺す。それだけ。最近では、訓練に出る必要がないと上官に言われ訓練にも出ていない。理由はいつもと同じ。強いから、訓練する意味がない。周りの兵士が勝手に嫉妬して部隊に不和を生むから、むしろ参加しないで欲しいと言われた。リィトは独りで訓練し、独りで戦争を戦い抜く。誰とも会話をしなくなり、コミュニケーションをとることが無くなった。この時には、リィトの中から、喜び・悲しみといった多くの感情が失われていた。
リィトに転機が訪れたのは、一人の男の話からだった。
「貴様がリィトだな。」
「・・・そうだが。」
リィトは久方ぶりに話しかけてきた男に警戒する。自分に話しかけるような奴にろくな奴はいない。リィトは悪魔不信に陥っている。
「そう警戒するな。俺はアラン。名前くらいは聞いたことがあるだろ。」
(アランか。)
リィトはその名前を確かに聞いたことがあった。アランと聞いて、リィトが思い当たることといえば強さだ。アランは、近接戦闘・魔法において高水準の能力をもち、戦争でも多くの戦果をあげ、上位の貴族の期待の星とか言われている男だ。
「俺に何の用だ?」
リィトは警戒を続ける。上位の貴族が自分に用がある。やはり、何か怪しい。それに、リィトは初対面であるが、アランのことは好きではない。アランの戦果はリィトが聞く限りでは、自分と大して変わりはない。むしろ、リィトの方が戦果をあげているくらいだ。なのに、リィトは忌み嫌われ、アランは期待の星とか言われて持ち上げられてる。結局、家柄が大切なのだ。
「俺と一対一で模擬戦をしろ。」
「・・・いいぜ。」
リィトは少し考えたが、すぐに結論を出した。アランの意図は分からないことが不気味だが、上位の貴族をボコボコにできる絶好の機会だと考えた。ボコボコにすれば、少しは鬱憤を晴らせると思ったからだ。
訓練所に移動し軽く準備運動をする。
「軽快な動きだな。」
アランはリィトの準備運動を見て言う。
「・・・。」
リィトは無視する。リィトはアランが自分を品定めしているような感じがして気持ち悪かった。
準備運動が終わりいよいよ戦う。
「ルールは相手に降参と言わせれば勝ちだ。」
「分かった。」
リィトは返事と同時に攻撃をしかける。アランはリィトの攻撃を剣でいなし、そこから剣での打ち合いが始まる。
(噂通り強いな。)
リィトがアランと剣を交えた感想だった。アランにはパワーとスピードの両方が兼ね備わっており、リィトの攻撃を後退することなく受け止め反撃してくる。反撃を剣で受け止めると、そのパワーからリィトの手が少し痺れた。
(面白い。)
リィトは久しぶりの強敵にワクワクする。こんな感情はいつ以来だろうか。戦闘がただの作業のように無気力ではなく、勝つためにあれこれ思考するほど真剣になる。リィトはやはり、自分の最大の強みである魔力の多さを武器に、身体強化魔法を倍率をあげる。
リィトの動きが格段に変わった。アランはその動きについていくことができず、防御に専念するしかない。
「もう品定めは十分だな。ここからは本気でやろう。」
アランも身体強化魔法の倍率を強化する。今まではリィトの強さを見極めるためにあえて手加減をしていた。しかし、リィトはアランの予想を上回る力を持っていることを確認できたので、もう手加減する必要はない。
アランは先ほどまでの防戦一方とは打って変わって、攻撃重視の戦闘をする。今までは使用してこなかった魔法も織り交ぜ、攻撃に緩急をつける。リィトは物理攻撃か魔法攻撃かの択を迫られるようになった。攻撃の多段化により、リィトが押され始める。二人の実力はそこまで変わらない。しかし、アランとリィトの戦闘経験の差が、戦況に大きく影響を与える。リィトは今まで自分と同等の強さを持つ相手と戦ったことがなかった。自分の攻撃を耐えてくる敵の対処法が、リィトの中では確立できていなかった。
リィトがさらに押される。先ほどまでは反撃もできていたが、防戦一方になる。さっきのアランと真逆の展開になった。さらにアランの攻撃のペースが速くなる。リィトは対応が難しくなってきた。
(負けるのか。)
リィトにとって初めての感覚。負けるということに対する恐怖。
(ダメだ。俺から強さをとったら何が残る。俺は勝ち続けなければならないんだ。)
リィトの全てがリィトの覚悟を受け止めた。
その瞬間、リィトの動きが変わりアランの攻撃をかいくぐり一撃を与える。そこからはまた逆の展開になる。リィトの速く重い攻撃はアランの防御では防ぎきることができず、どんどん身体にダメージが蓄積されていく。
(まさかここまでの実力とはな。)
アランはリィトの攻撃に耐えることができないと確信し、降参を宣言する。
リィトはその言葉を聞いて攻撃を止める。それと同時に身体の疲労から膝をつく。
「噂以上の実力だ。まさか、俺が負けるとはな。」
アランは素直に称賛する。
「なんかよく分からなかったけど、負けると思ったら、急に身体が動くようになっただけだ。」
リィトは自分のことをいまいち分かっていなかった。あの場面、リィトが覚醒して強くなったとかそういうわけではない。アランを圧倒した時のリィト、あれが本来のリィトの強さだった。つまり、リィトは自分の能力を完全に理解していなかった。その理由は二つある。一つは身体の成長の話だ。リィトの年齢は11歳。まだまだ成長途中で、学生時代から比べても体格は大きくなっている。当然、大きくなれば、その分筋力が増し、パワーやスピードが上がる。つまり、学生時代と同じ力を出すのに、身体強化魔法を昔ほどかける必要が無くなったのだ。9歳の時点で兵士として一人前だったリィトは、敵を倒すのに今まで以上の力が必要なかった。だから、頭が勝手に学生時代と同じだけ動ける程度の身体強化魔法しかかけていなかったのだ。もう一つはリィトの心の話だった。リィトの強さには周りの悪魔が嫉妬をしていた。今以上に強くなると、さらに嫉妬が増してしまうことを恐れたのだ。これはリィトが無意識に感じていて、涼平の脳が勝手に自分の能力に制限をかけていたのだ。それがアランとの戦いで解けただけだ。リィトに足りなかったものは、ライバルになれる存在だった。
「それで、わざわざ模擬戦までして何がしたかったんだ?」
リィトはアランとの戦闘で満足したが、アランには模擬戦をする何か理由があったはずだ。リィトにはその理由が分からなかった。
「それはお前を俺の部隊に誘おうと思ってな。」
アランは模擬戦をした理由を話し始める。
アランの部隊は少数精鋭を持ち味としており、普段の戦争での活躍はもちろん、人数の少なさを利用し隠密作戦でも名をはせている。そのアランの部隊の一人が、先日の戦争で戦死したのだ。少数精鋭なので、一人でも欠けると辛い部分が出てくる。なので、戦力を補強しなければならない。だが、アランの眼鏡にかなう悪魔はいなかった。そんな時に噂話を聞いた。没落貴族のくせに上位の貴族以上の強さを持つ生意気なガキがいると。アランはその話を詳しく調べた。リィトの戦績は噂ほどよくなかった。噂と戦績での強さが乖離することに疑問をもったアランは、リィトのいる部隊の上官に問い詰めた。すると、上官はリィトの戦績が気に入らないので、リィトの手柄を他の者の手柄として報告したそうだ。それが原因で、完全実力主義の軍でリィトは出世できなかったのだ。アランは報告書の内容ではリィトの強さが分からないと考え、リィトと直接勝負してみることにしたのだ。
「理由は分かった。それで、俺があんたの部隊に入るメリットは何だ?」
リィトはアランが強い悪魔を求めていることは分かった。けど、リィトは没落貴族だ。アランのような上位の貴族の中でも、指折りの実力者の部隊に入れば、また多くの悪魔たちの反感を買うことになるだろう。それに、リィトは今の生活で十分だったのだ。軍での地位が低いから給料は少ないが、食事と住む場所を無料で提供してくるので、十分に貯金ができる。退職した後を一人で質素に暮らすには、十分な資金が溜まると考えている。
「お前に与えるメリットは、実力に見合った報酬と強敵の戦闘を提供してやることだ。」
「・・・それだけか?なら答えはNOだ。」
リィトはアランに背を向け自室に戻るために歩き始める。リィトにとって報酬はそこまで必要と感じなかった。強敵と戦うことそれ自体は魅力的だったが、リィトにとって一番必要な物ではなかった。
「リィト。お前は今のままでいいのか?没落貴族というしょうもない理由で、自分を出し切れないままで。今日、俺と戦ってどうだった。俺には楽しそうに見えたぞ。俺といればそんな戦いをたくさんできる。お前は上の舞台で輝く存在だ。お前が心配していることは分かる。けど、心配するな。俺がお前のことを悪く言う奴は黙らせてやる。」
その言葉を聞いたリィトは振り返り、アランの顔をじっと見る。
「今の言葉本当なんだな。」
リィトにとって一番必要なことを聞けた。リィトはいくら強いと言っても、11歳の子どもだ。自分と同年代、上官ともなると自分よりも倍以上離れた年齢の悪魔たちから敬遠されている。リィトは持ち前の忍耐力と精神力で耐えていたが、正直言って限界だし辛かった。アランがそれを解消してくれるならリィトは満足だ。
「俺を誰だと思っている。」
「分かった。アランの部隊に入る。」
リィトはアランの一言で部隊に入ることを決意した。アランは上位の貴族でさらに実力がある。発言力は大きいとリィトは感じたのだ。
次の日からアランの部隊に入った。部隊のメンバーはリィトを含めて4人で本当に少数精鋭といった感じだった。
部隊の隊長はアラン。上位の貴族の期待の星で、軍トップレベルの実力者にして、優れた頭脳を持っており、指揮・参謀といったこともできる。
副隊長はヴィルと呼ばれる大柄の男。大きな体格を生かした攻撃性能と防御性能を兼ね備えていて、部隊の切り込み隊長の役割も担っている。
魔法をメインとして戦う女性フブキ。上位の貴族の中でも、トップレベルの魔力を持ち、詠唱速度も速いことから、大魔法を連発できる部隊最大火力を持つアタッカーだ。しかも、魔法だけでなく、近接戦闘でも並み以上の能力を持つ。
リィトは顔合わせを兼ねて、アランたちの訓練に参加した。その訓練で、リィトは3人のレベルの高さを実感する。明らかに、今まで会ってきた悪魔たちは格が違った。単純にパワー・スピードがあることはもちろん、戦闘IQが非常に高いところが今までの悪魔とは違う。リィトは強い仲間と研鑽できることに期待した。
しかし、そんなことはなかった。アランは帝国議会の一員であるので、城で議会に参加していることの方が多い。ヴィルは普段は酒ばかり飲んでいるダメ男で、たまの訓練も彼の知り合いとしてばかりで、リィトとはしてくれない。フブキは結婚したばかりで、夫と共にいることが多く、そもそも訓練に参加しないことが多い。しかし、これは仕方がないことだった。ヴィルは40歳を超え、フブキも31歳と二人とも30を超えていた。年をとればとるほど、悪魔は成長しなくなっていく。悪魔は寿命は確かに長いが、20代で成長限界まで達すると言われている。ヴィルもフブキも今の能力から落ちない程度には訓練をするが、それ以上に訓練をする必要がない。まして、新入りであるリィトの世話など、面倒くさくてやってられないのだ。結局、リィトは一人で訓練するしかなかった。ただ、この部隊のメンバーはリィトを没落貴族だからといって無下に扱わなかった。アランの指示もあるのだろうが、少なくとも今までよりは居心地が良かった。
部隊入隊後の初戦争の時が来た。リィトは今まで弱い部隊にいたので、最前線又は戦場で最も激化しているところには行かなかった。いったところで、足手まといになるし、無駄死にするだけだからだ。最前線には強者が集うことが多い。戦争はいかに相手の戦力を削ぐかが鍵となる。最前線という敵と多く対峙することとなる場所に強者を置くのだ。両軍ともその配置になるので、必然的に最前線が強者の集いになる。アランの部隊は軍でもトップレベルの部隊なので、当然最前線に置かれる。
「リィト、俺は指示を出さない。この部隊は個人で好き勝手に戦うスタイルだ。手助けできるとも限らないから死ぬなよ。」
出陣する前アランに言われた。
アランの言った通り、この部隊にチームワークなどなかった。ただ目の前の敵を倒すだけだ。部隊としているメリットは。一人当たりの討伐数の負担を減らす、ただそれだけだ。リィトは敵を倒す。倒す。倒す。最前線ということで、今までよりも敵の質が高い。それでも、アランとの戦闘で自覚した自分の強さを、思う存分発揮した。
戦争には勝利し、軍は敵陣地の一部を侵略することに成功した。敵陣(今はもう自陣なのだが)に拠点を作成し、戦争での疲れをいやす。多くの者が酒を飲み、肉を食いバカ騒ぎしている。リィトは少しだけ料理をとり、拠点の隅っこでご飯を食す。
「こんなところにいたのか。探したぞ。」
アランがリィトの隣に立つ。
「何の用だ。」
「用はない。賞賛しにきただけだ。初めての前線で俺の部隊で、一番戦果をあげたのはお前だ。これからの活躍を期待している。」
アランはそう言うとその場を去った。
リィトはその後も、アランの部隊で戦果をあげ続けた。戦争は帝国軍の連戦連勝。リィト一人の存在が戦況を大きく変えたのだ。それだけリィトの力が強かった。
リィトがアランの部隊に入って5年が経った。戦争の状況は帝国が優勢ではあるが、攻めきれないといった感じだった。リィトの存在は敵軍にも知れ渡っており、リィトとの対決を避けることが多くなり、リィトが戦果をあげれなくなったことが原因だ。他には、この5年の間にフブキは部隊を抜けた。理由は、出産と子育てだ。フブキは3人の子どもを産み、3人ともフブキ譲りの魔力を持っており、今後に期待できそうだった。アランはフブキの代わりを部隊に入れなかった。フブキほど強い悪魔がいないこと、リィト一人でフブキの穴埋めはできることが理由だ。
さらに2年が経った。ここ2年戦況に特に変化は無く、お互いにらみ合いが続いているといった感じだった。変わったことと言えば、アランの部隊にリィトの妹であるラナが加入したことだ。ラナはアランの眼鏡にかなう悪魔ではなかったが、リィトが頭まで下げてお願いしたことが理由だった。アランにとって必要なのはリィトの強さであり、それを手中に収めておくために必要な処置だと考えた。リィトの考えは、ラナを自分の目の届く範囲に置いておきたかった。ラナは弱いので、リィトの知らにところで死ぬ可能性がある。最前線という危険な場所でも、自分が守れる場所の方がいいとリィトは考えた。ラナは持ち前の明るい性格から、すぐに部隊に溶け込んだ。さらに、元アラン部隊の一員であるフブキに、魔法の指導をしてもらい、実力はメキメキついていった。
そして、リィトに最大の転機が訪れる。
アラン部隊が隠密作戦中のことだった。その時、一人の少女がアランの部隊の前に姿を現す。アラン部隊は隠密行動中で、悪魔がいない道を進んでいた。そんな中、少女が一人こちらに向かって歩いてくる。明らかに異質な状況だった。アランとヴィル、リィトは戦争での経験から、この少女には何かあると感じ、すぐさま臨戦態勢に入る。まず、ヴィルが攻撃を仕掛ける。ヴィルは防御力が高いのので、敵の動きを見る役目に最適だ。ヴィルの攻撃を避けるもしくは受けることで、相手の動きを見ることができる。もし、反撃がきてもヴィルの防御力なら耐えられるという寸法だ。少女はヴィルの攻撃をすんなり躱す。この動きを見ただけでも、少女が強いことは理解できた。3人で連続攻撃を仕掛る。少女はそれらをあっさり躱し、ヴィルに一撃を食らわせる。ヴィルは剣で防御するが、受けきれずヴィルの身体ごと吹っ飛ばされた。少女の体型は150センチにみ満たないくらい小さかったが、その体型に見合わない凄まじい一撃だった。
「アラン、ヴィルとラナを連れて撤退するんだ。」
リィトは勝てない相手だと瞬時に悟った。そうなると、ここに全員いても全滅するだけだ。リィトにとってラナの安全が第一。かと言って、ラナ一人で逃がした場合、少女の仲間がいる可能性がある。その時にラナを守ってくれる存在が必要だ。つまり、アランかヴィルのどちらかが傍のいることが理想だ。それに、この少女相手に人数差で有利をとったところで勝敗に関係ない。なら、リィト一人が残ることがベストだと考えた。
「分かった。死ぬなよ。」
アランもリィトと大体同じことを考えていた。誰か一人が残って、その間に逃げるということを。
「・・・ラナを頼む。」
「分かった。」
アランはヴィルとラナを連れて撤退する。ラナは「お兄ちゃん。お兄ちゃん。」と自分の兄の名前を叫んでいた。ラナも分かっていたのだ。自分の兄と今生の別れになることを。
「これで邪魔者はいなくなった。」
リィトは少女に向き合う。アランとヴィル、二人とも確かに実力者だ。しかし、それでもリィトに比べればまだまだで、リィトが全力を出す行為の足枷になる。先ほど、三人で攻撃したのは、攻撃の手数を増やし、少女の意識を三人に分散させることが目的だった。しかし、三人で戦っても勝てない以上、リィトが一人で戦うしかない。リィトは身体強化魔法を自分の身体だ耐えられる最大までかけた。
リィトの動きは先ほど3人で攻撃した時よりも2倍速い。リィトは一瞬で少女の背後に回り攻撃する。少女はそれを剣で防御する。リィトは続けて攻撃する。少女は剣で防御したり、攻撃を躱したりして、リィトの攻撃をいなしていた。リィトは当たらない攻撃を繰り返す。
(何だこいつは?)
リィトは攻撃を続けながら考える。少女の実力はリィトよりも遥かに上だ。リィトとしては、アランたちが撤退するという目的を達成したので、もう勝負に負けても構わない。少女にはリィトを瞬殺できる力があるとリィトは考えている。
「あなたの実力は十分分かったわ。合格ね。」
少女はそう言うと、攻撃に移行する。リィトは少女の攻撃を剣で受け止めるが、受け止めきれなかった。リィトが剣を持っている右手が痺れ剣を落としてしまった。リィトは武器を失い隙だらけになった。そこに少女の重い追撃がリィトを直撃する。リィトはそこで気を失った。