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真夏、午後のかみさま。

作者: 萩原なお


今作は、「初夏、午後のかみさま。」の続編となります。

お読みになる際は、そちらのほうを先にお読みください。




かみさま。このヒトをどうにかしてください。





初夏がすぎて真夏が来て。

爆発寸前の太陽がアスファルトにたっぷりと熱気を注ぐ。


四角の窓からいっぱいにこぼれ落ちてくるヒカリ。

雑に並べられた机。散らばっている白。

そして目の前にいるのは―アクマ、もとい早川センセイ。


帰してもらえないかもしれない。


真っ白な英語の問題集をまえにして、あたしが導き出した答えはコレだった。


高校生初めての夏休み。

海にお祭りにお泊りに。心おどらせているのに。


「オイ。もう3分経ってんぞ。中学内容1問も解けねーのか、おまえは。」


どうしてあたしは補習なんてうけているんだろう。


「よくこんなんでウチの学校入れたな。be動詞さえよくわかってねえのに。」


それも血も涙も無い、アクマのような早川センセイと一緒に。

白い紙の上の文字はちんぷんかんぷんで。

解読不能な単語が連なっている。


『花子とジョンはどんな関係か?』


…友達以上恋人未満的なアレじゃないですか?


限界。もう無理。

シャーペンを投げ出して、真っ白の問題集とセンセイから逃れるべく窓の外へ顔をそむける。

窓の外は、自由で楽であたしをしばりつけるものは無い。

今すぐあの窓を蹴ってあの空の青に溶けてしまいたい。


「工藤。」


目の前から、掠れた低音ボイス。

反射的に顔を前に向けると、彫刻のように端正な顔がまつげが触れるほど近くにあった。


「っ、!?せ、せん―」

「工藤、ジョンは女じゃねーんだぞ。Sheにしてどうすんだよ、バカ。」


いつものセリフがやけに近くで聞こえたかと思うと、ゆっくり離れていった。

冷静をよそおうため、大きく息を吐きだして顔をプリントに向ける。


センセイは知らない。

その白い肌に、長いまつげに、切れ長の透き通った瞳に、学校中の大半の女子が恋焦がれているってことを。

こんな1対1の補習をあたしがうけているなんて知れ渡ったら、リンチどころでは済まないかもしれない。


「工藤?顔赤いけど?」

「あ、あつ、いんです。」


これは天然か、はたまたわざとなのか。どちらにせよ、タチが悪い。

ほでった頬から熱が引かずに、じわじわと体の中が侵食されていく気がする。

熱は止まることを知らず、内で大きくなっていく。


体内の血液はめぐる温度を上げて。

シャーペンを動かそうにも、体がいうことを聞く様子はなく。

ああまったく、タチが悪い。


こんなはずじゃ、なかったのに。

目があっただけでどうにかなりそうなんて、あたしはどこぞの恋する乙女なんだ。


「センセイ、帰ってもいいですか。」

「中学の分の復習が終わったらな。」

「いえ、今すぐに。」

「よし、おまえの英語の成績は1に決定だ。」


ささいな会話にもわずかに体温が上がって。こんなの、ぜったいおかしい。

夏の蒸しかえるような暑さか、きっと神様のせい。


頬に熱気を帯びた風を感じて、我にかえる。

気付けば、センセイが思い切り窓を開け放っていた。

直接降ってくる日光ビームに目を細めれば、いつか聞いた乾いた笑い声が降ってきた。


「工藤はボッーとしてるか空見てるかのどちらかだよな、普段。」


だって。

だってあたしをとりまく日常は、あまりにも味気なくて無意味だったから。

いつだってふわふわした不安が心の底にあって。


きっと待ってた。 この色あせた心に何かを巻き起こす風が吹き込むことを。

探してた。 この空の果てに、見えないどこかに。


その壁を突然壊して、いとも簡単に窓を開け放ったのは。


「真紀。」

「え?って―わっ、」


高みから降ってきた自分の名前。

いきなり落ちてきたセンセイに思わず目をつぶる。


「真紀。」


恐ろしいほど優しく呼ばれ、まぶたを持ち上げてみればいつのまにかセンセイは両手ではさむように机に手をついて、あたしを真上で見下ろしていた。


「せせせせんせい…?この体勢は?」

「オレが工藤を襲ってる。」

「わあ、わかりやすい。じゃなくてっ!!」


どうして。その理由が聞きたい。


―外なんかより、オレを見てろよ。


開け放たれた窓。初夏の風。白いシャツ。

甘酸っぱい午後に爆弾をもたらしたのも、センセイだった。

あたしの日常を、白と黒のセカイを、壊すのはいつだって。


「せ、センセイ、あたし、」

「なんてな。こわかったか?」


…は?


小さくて甘い監獄からの突然の追放。

一瞬にして和らぐ空気。

張りつめていたそれは、あふれる寸前だったモノと流れ出していった。


「かっ、からかったんですか?」

「工藤はいいリアクションすんなあ。いじめがいがあるっつか。」


口からふるえて飛び出すはずだったコトバに、惑う。

何を言おうとした?

よりによってこんなヒトに。


まとわり突くような風に、息を吐き出す。

言い返すことも怒ることも、今はできそうになかった。

あまりにチカチカして熱い、心の底にあるものによって。


「…早川マジック。」


捕らえられた、完璧に。

自分だけは無縁だと思っていたあのヒトに。


白い紙の上のシャーペン。四角い枠から差しこむ直射日光。彼方には、蜃気楼。


「こ、今度こそ本当に帰ります。身の危険を感じるので!」


かみさま。平凡は、好きじゃなかった。

けれど、こんなのってあんまり。

突然こんなにカラフルすぎてまぶしい感情を投げ入れられても、持て余すだけ。


「ばーろ、からかっただけだろ。」


じょーだんじゃない。センセイも、あたしも。


「遊びでもっ、生徒にすることとは思えませんっ。失礼しますっ!」


ドアに突進して、廊下に飛び出す。

少しだけ冷たかった空気は、ゆっくり肺を満たしていった。


戦わなきゃならない。この感情と。

被害者に加わるだなんてまっぴらだ。







「生徒だなんて、思ってね―けど。」


あのアクマを、振り向かすために。



お読みいただきありがとうございました。

あまりに季節外れのタイトルと、勢いで書いた話のために恥ずかしいです…!


この作品はもうちょっと書きたいと思うので今後ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  主人公の心理描写がなんとも瑞々しく、かわいらしかったです。まるで甘酸っぱいオレンジのような味わいに、ああ青春の味だなぁと思いました。前作から引き続き色っぽい先生は、もうささやくたびにくら…
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