清く、厳しく、美しく 月陰に詠う妖花
「ふむ、遣らずの雨かい」
講義棟の一階に下りたら、硝子戸がくもっていた。
「食堂だったならば、お茶でもしながら待てるのだけれどもね」
上司は、流し目を作って言った。
エナメル加工の手提げから折りたたみ傘を取り出す。淡いオレンジの地に、白い小花が各面に一輪ずつ刺繍してある物だ。
「森君、急がぬとも好いでないか。今日の講義が済んだのだよ?」
「事務助手より、時進主任がひどく酔われていると連絡があった。主任の介抱は、最優先事項である」
「私達は、学科主任の護衛を任されている。けれども、だね……」
ほとほと困る上司を、部下はまばたきせずじっと見ていた。
「君には降参するよ。行こう」
一本の傘に、二人。大雨のもとを歩き始めた。
「十年ぶりだなあ。あの頃通いつめていた店の若女将だったかな。うなじに紫陽花の香りをつけていたよ」
「誤りである。正しくは、八日前。二限目の移動時に、国際学部外国語学科伊国語コース所属伊藤ガリバルディ美亜講師の傘に入っていた」
「はは、ははは……そうだったかね? 夢でも現でも、似たようなことを経ているものでね、ひとつひとつ覚えられぬよ」
「……いつでも初恋の気分だと、近松先生は仰っていた」
上司が、ネクタイを締め直す。分が悪い時の仕草だ。部下は、何年も目にしてきた。
「君との思い出は、身をもって刻みつけているからね。安心しなさい」
「生々しい表現である。誤解を招く可能性が極めて高いといえよう」
量が増えてきた。上司は、自然な手つきで部下を抱き寄せた。
「濡らすわけにはいかぬ」
「自然現象に嫉妬しているのだろうか」
「いや、私自身の問題さね」
「近松先生」
上司は色っぽく首をかしげた。
「本朝の歌に、神の涙が空に降りて、飴になったというものがある」
「ドロップ、かね」
「涙ではあるが、雨と飴をかけているのだろうか」
「なにしろ、『雫』だからね……。狙いはあったと思うよ」
「森君には、負かされてばかりだ」
「先生が、勝とうとしていないだけではないだろうか」
上司は、わざとらしく肩をすくめた。
「雨の歌といえば、私は蛇の目傘だね」
「母親が迎えに来る童謡か」
「結局、母の傘に入れてもらえず、だったがね」
詳しくは明かされていないが、上司の母親は事件で帰らぬ人となった。
「湿気のせいかね、胸の傷が疼いてしまうよ」
「『毒雨の変』で受けた傷は、大層深いのだろうか」
「なに、私の力が及ばなかっただけさ。恥のひとつだ。これと引き換えに、母を守れたら名誉になれたろうにね」
部下としてできることは、静かに聞くのみ。
「だから、今度こそ折れぬ剣となるのだよ。守るべき者のために」
「自分は、貴方の副官、そして盾である」
剣がもうこれ以上刃こぼれしないように、盾はかばい害を防ぐ。
果てない道を共にゆく、二人に甘き雫よ、降りかかれ。
特別企画:もしも、日文の先生が某人気カードゲームになったら
⑤森先生篇
森 エリス (もり えりす)
体力:180 属性:桃色(現在は紫タイプに入れられているらしいですね。でも、桃色タイプ期が好きですので) 弱点:なし 抵抗:金色(受けるダメージ30減)
特性:じんのこころ(仁の心)→自分の番に一回だけ使える。自分の場にいる人物のうち一人のダメージを20取り除く。
技:げっこうのうた(月光の詩)、桃色エネルギー2枚、30ダメージ×
→自分の場にいる桃色か灰色の人物の人数×30ダメージ。
技:ようえんのはな(妖艶の花)、桃色エネルギー2枚、白エネルギー1枚 80ダメージ
→次の相手の番、相手は技を使えない。
【八十島評】回復系をデッキに入れるか、入れないか。昔は入れたくない派でした。補助札で可能ですから。今は「保険」として入れておこう派ですね。「げっこうのうた」を成功させるため、桃色単色もしくは桃色・灰色単色デッキを組みましょう。攻撃系の近松先生とデッキ相性は良いです。