「雅そのもの」を豪語する 翻刻の翁
好かん娘やの。お嬢への第一印象は、それだけやった。
無表情、物言わず、常に『萬葉集』を読んどる、地味な髪型、年中喪に服しとるんかちゅう暗い色の服装。こないな娘の担任をせなならんのかと思うと、わたし自身が可哀想になってしもうた。
「出席番号一番、安達太良まゆみ」
なんや、簡潔を通り越したさびしい自己紹介やな。そちは、必要最低限のことしかしゃべらへんのか。二番以降の学生が、えらいざわついとったで。空気を読まれへんのやない、このお嬢は「私は、あんたらとは違う存在や」と端から線を引いとったのや。ちと説教せなならんな。個人研究室に呼び出しや。
「そちは、独りで文学を四年学びに来たのかや?」
お嬢は、射るような険しい目でわたしを見返した。若い娘がする態度ではなかった。
「学びは、孤独に行うものですわ」
私はどこも間違っとらへん、ちゅうこっちゃな。
「誰とも語り合わへん学びは、空虚や。何も身につかへん」
「あの人達に語っても、意味がありませんわ。あの人達は、行使できませんもの」
「行使、とな」
お嬢の家は「あれ」を行使できたな。なるほど、さいふことかえ。
「行使できない人は、一生、行使できる人と並び立てませんし、分かり合うこともできませんわ」
偏った見方を、家の主から吹きこまれたか。これは、水の流れを変えてやらんとなりませんな。
「行使云々関係なしに、人同士は、いつまでも分かり合われへんな」
「むべなり、です」
「心が別々なさかい、思うとることが完璧に通じるわけあらへん。ズレが生じるのが当然や。しかしやな、ズレを少なくすることは不可能やないで」
お嬢が首をかしげとった。
「日本文学国語学科でことばと文学を知ってゆけば、ズレを少なくする技術を得られるかもしれへんな」
お嬢は、鳩が豆鉄砲を食らふたような、えらい顔をしとった。
「ちなみに、わたしは『あれ』を行使できる人間やで?」
お嬢よ、そちは四年で「思いのズレを少なくする」技を自分のものにできたな。口数は増えへんかったが、そちのいう「行使できない人達」と器用にやっていけるようになれた。分かり合われへんかっても、言わんことは大方つかめるものやろ? わたしのクラスで、超進歩したのは、そちやで。
そちは覚えとるかや、卒業式にわたしに「あれ」を行使しよったことを。
「色詠・巻第三・第二七〇番歌 旅にして もの恋ひしきに 山もとの 赤の赫舟 沖を漕ぐ見ゆ」
この歌は、わたしの身につける物の色に効果を及ぼした。赤に魔除けの力を与えたのや。以来、わたしは赤系統のネクタイを締めて勤めとる。にくらしいぐらいに、よう効く。石につまづく小さな災難から、命を落とす大きな災難まで避けてこられた。すぐれた歌詠みとは、わたしは認めへんが、そちにはセンスがあるで。人を幸福にするセンスがな。
わたしには、お嬢の厄を福に転じる術はあらへん。できることとしたら、そちを見張っておくだけや。そちに良き風を送ったりますぞ。そちの教え子にも、もれなくプレゼントや。ありがたく受け取るのですぞ。ふぉっふぉっふぉ。
特別企画:もしも、日文の先生が某人気カードゲームになったら
②土御門先生篇
土御門 隆彬 (つちみかど たかあき)
体力:100 属性:青 弱点:黄(ダメージ二倍) 抵抗:緑(受けるダメージ30減)
技:うらなう(占う)、エネルギー不要
→自分の山札を上から3枚引いて、好きな順番に並び替えて戻す。
技:いんぼう(陰謀)、青エネルギー1枚と白エネルギー1枚
→ダメージ印を5個、相手の場にいる登場人物に、好きなように乗せる。
技:きょうふのついし(恐怖の追試)、青エネルギー3枚、80ダメージ
→硬貨を投げて表なら、相手の戦闘人物のエネルギー札を2枚まではがす。
【八十島評】えらく攻撃的そしてトリッキーな1枚ですね。序盤で手札の巡りが悪いときに「うらなう」で山札操作して、中盤で「いんぼう」で場をかき乱して、「きょうふのついし」でとどめ! という使い方が良いでしょうか。