聖女の予知夢は本物でした。婚約破棄され妹に全てを奪われましたが、劇薬が効いたようです
わたくしは夢を見た。
この力は『予知夢』で、その夢が現実となり必ず起こりうる。
「ようやく、ルーベル伯爵と一緒になれるのですね。では、夢に従い……この帝国にある錬金術師のお店へ参りましょう。そこにあるポーションを手にした瞬間――運命は変わるのですね」
お店は直ぐそこにある。
あと数分もすれば開店し、中へ入れる。
更にその数分後に運命は訪れる。
ゆっくり歩いて、お店へ。
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ。おや、見ない顔ですね」
このお店のオーナーらしい、優しい顔立ちをした金髪の男性が迎えてくれた。……これは驚いた。貴族のような容姿をしていた。わたくしは、つい魅入ってしまう。
「……」
「どうか、なされました?」
「い、いえ……。少しポーションを拝見させて戴きたいのですが……あの隅のヤツです」
「どうぞ、ご自由に。ただ、あの隅の棚にあるポーションは劇薬で大変危険です。取扱いには十分ご注意下さい。では、僕はこのカウンターにいますので、いつでも何でもお申し付け下さいね」
彼は爽やかに椅子に座り、錬金術師としての仕事を始めたようだ。優しそうな人だなぁ……と、思っているとお店の扉が開く。
同時にドアベルのカランカランという心地よい音色が響いて、夢の通りにクレクス・ピピエンスは現れた。彼が……ルーベル伯爵。まだ顔はよく見えないけれど、赤い髪が揺れ動いていた。
「……」
彼はオーナーと軽い会話を交わし、こちらへ。
ポーションを探しているようだ。
わたくしも同じように探す動作。
距離が縮まって、ポーションを取ろうとした所に手が重なった。……あっ、本当に夢の通りになった。ここから始まるんだ、幸せが。
「すみません、お嬢さん……あ!」
ルーベル伯爵がこちらを向く。
流れるような輪郭。毛色同様のルビーのような赤い瞳。新品の紳士服がビシッと決まっている風姿。なんて美青年。
「こちらこそ、申し訳ございません。……あのう、わたくしの顔を凝視されて、どうかなされましたか?」
「いえ、その……青と赤色のオッドアイが大変お美しいと思いまして……。もしかして、その聖十字教会のドレス……噂の聖女様ですか?」
「そうなんです。今日はたまたまこのお店に……。そちらは伯爵様ですよね」
「私を知ってるのかい?」
「ええ、ルーベル伯爵を知らぬ方などおりません。女性は、みんな憧れています……このわたくしでさえも」
重なっている手を握り取って、距離を縮めた。すると、ルーベル伯爵はすっかりわたくしの虜となり、見つめて下さっていた。
「あ、あの……お名前を」
「アエラです。アエラとお呼びください」
――夢は叶った。
わたくしはお屋敷に招かれ、しばらく生活が続いた。それから直ぐに婚約を交わし、誰からも邪魔されない幸せがずっと続くと――
そう……
思っていたのに。
「――――」
夢を視ました。
今日は悪夢を視ました。
恐ろしい夢。
どうして、そんな怖い夢を見せるの?
それが現実になるから……?
嘘よ。そんなの絶対嘘。
今回の夢は当たらない。
――翌朝――
いつものようにルーベル伯爵に挨拶を交わしたけど、返事はなかった。彼の顔は険しく、こちらを睨んでいるようにも見えた。
「あ、あの……どうかしましたか」
「……」
無言のまま彼は歩み寄って来て、わたくしにこう告げた。
「アエラ、婚約破棄だ!!」
「……? な、なにを仰るのです。ご冗談でしょう?」
「すまないね。私は……本当は君を愛していない。他に愛する人がいるんだよ……紹介しよう」
伯爵が呼ぶと、見知った顔が現れた。
「……」
あの堂々とした顔。わたくしと同じ銀髪の髪色は、妹のケティア。昔から嫌がらせばかりしてきた。わたくしが大切にしていたものを破壊してくるような……そんな散々な目に遭わされた記憶しかない。けれど、わたくしは挫けず、絶対に負けないと心に誓って今まで立ち向かってきた。
だから、今度こそ幸せをこの手で掴もうと必死になっていた。それなのに――
「ケティア……ルーベル伯爵を奪ったのですか!」
「勘違いしないでよね。最初から伯爵はわたしのモノ。そう、彼もね、わたしを愛しているの。つまり……あんたは誰からも愛されていないの! ふふっ、どうだった? 少しは幸せな夢を味わえたでしょう? 最愛の妹からのプレゼントよ」
口元を歪ませ、ケティアは満足気に言い放つ。
……ひどい。
最初から騙されていたんだ。
あの夢にさえも。
なにが予知夢よ!!
こんなの……こんなのって……。
「アエラ、君はただの他人だ……早急に屋敷を出て行ってくれないか。さあ、ケティア、こちらへおいで」
二人は抱き合って、わたくしの目の前で……。
もうこれ以上は見たくない。
なにも見たくない。
「……」
覚束ない足取りで屋敷を抜け出した。
何もかもを失って、全てを妹に奪われた。
夢は夢に散ったのだ。
……終わりね。
絶望しかけたその時だった。
「おや、貴女は……少し前に僕のお店に来てくれた、聖女アエラ様」
「……もしかして、あのお店の?」
「そうです、僕は錬金術師のウィス。ですが、それは表向き。……本当はこの帝国の皇子なのです」
「お、皇子!? ご、ごめんなさい……取り乱しました」
驚いた。まさか彼が帝国の皇子様だとは……。
そんな方がお店を経営されているとは思わなかった。
「いえ、それよりアエラ様。どうかなされたのですか……目元が赤いようですが」
「……あ。あの、これは、その……」
わたくしは彼に事情を話した。
この胸の内を誰かに聞いて欲しくて。
すると、彼は真剣に聞いてくれた。
妹のケティア事やルーベル伯爵の婚約破棄などを聞いて貰った。そうして全てを打ち明けるとウィス様はこう提案した。
「もし良ければですが、お店に来ませんか」
「良いんですか?」
「ええ、歓迎しますよ。一緒にお店をやって戴けると僕も助かりますし、何よりも一人になってしまったアエラ様を放ってはおけません」
――行くアテもなかった、わたくしは彼の御厚意に甘える事にした。
一日、三日、一週間と彼のお店を手伝っていけば、お互いの理解も深まって信頼し合うようになっていた。
「いつもありがとう、アエラ様。こんなにお店を綺麗にして貰えるだなんて、僕は嬉しいです。おかげでお客さんの笑顔も増えたし、大変好評。満足して貰えていますよ」
「こちらこそお世話になっていますから、当然の労働です」
その夜。
わたくしは久しぶりに『予知夢』を視た。
「――――ッ!!」
悪夢というよりは……アレは。
本当に起きるの?
信じられない。
だって、予知夢は一度外れたし、もう的中率も高くないと見積もっていた。この力は聖女の奇跡ではなかったのだと――勝手に思っていたのだけど。
――翌日――
「た……大変ですよ、アエラ様」
ウィス様がカウンターで血相を変えていた。
なんだか尋常ではない表情。
「どうか、なされたのですか?」
「ルーベル伯爵なんですが、亡くなられたようです」
「――――え」
うそ……亡くなられた?
ま、まさか……予知夢が当たっていた?
昨晩、ルーベル伯爵と妹のケティアが死んでしまう夢を視た。詳しい死に方までは分らないけど、そんなまさかと……わたくしは気にしないでいたのに、現実となってしまった。
「しかも、君の妹……ケティアも死亡したそうです」
「ど、どうしてですか?」
「ほら、一週間前です。アエラ様とルーベル伯爵が劇薬の棚におられたでしょう。あの後、伯爵は洗剤用として劇薬ポーションを買われておりまして、お屋敷のキッチンに放置されていたようなのです。つまり、彼のずさんな管理が仇となったわけです。なんの因果か……劇薬が料理に混ざったとかそんな所でしょう」
――そういう事なのね。
やっぱり、予知夢は当たっていた。
「……そうですか、亡くなられてしまった事は残念ですし、お気の毒です」
「そうですね……」
仕方がなかった。
妹は……ケティアは、わたくしを騙していたのだから……どのみち止めようがなかった。
――その後――
わたくしはウィスと婚約を交わし、一緒になった。幸せなお店生活がずっとずっと続いた――。