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タイムカプセル

作者: 市井れん

文字がぎゅうぎゅうです。あしからず。

 成人式が終わった。僕はすこし前に二十歳になっていたけど、ようやく大人の仲間入りをしたような心持ちになった。当時のクラスメートから、僕と仲の良かった友だちが亡くなっていたことを聞いた。突然すぎて気持ちが追い付かなくて、涙も出なかった。式の間中そのことがぐるぐる頭を巡り、遠い記憶の彼方にあったタイムカプセルのことを思い出した。追悼というには遅すぎるかもしれない。だって、僕はあいつに会えるかもしれないって成人式にきたんだ。なのに…

 誰とも連れ合わずに帰り、スーツのまま家の庭の楠の根元をシャベルで掘った。しばらくして先端がガチッと固いものに当たった。僕はその周りを慎重に削って、埋まっていたものを掘り出した。家の縁側で一人分だけ戸を開けたまま、錆びかけの柿の種の四角い缶についた土を手で拭って、分厚くテープで密封されていたそれを、寒さでかじかむ手で格闘しながら取り、缶の蓋を上に引っ張って慎重に開けた。中にはさらに三重になったビニール袋、外側とは違い缶の中は浸食がすくなく、小学六年生の時に友だちと一緒に埋めたままの姿をしていた。太陽と会うことのなかった白いままのルーズリーフと小さいワインの瓶。熟成すると美味しくなると聞き、二十歳になったら開けて一緒に呑もうという話になったけど、当然買うことはできないので、友達が父親のを一本こっそり持ってきたのだ。その後さんざん叱られたらしい。それでもどこにやったかは決して言わなかった。結局小遣いから引かれたと言っていたので後で僕も半分渡した。二人で呑もうって言っていたのに、その友達は小学を卒業して転校してしまった。最初の頃はたまに手紙を出したりしていたけど、年々減っていき、そうこうしている間に高校受験に揉まれ、どうしているのか分からなくなってしまった。今さら後悔なんてしても全てが手遅れだった。

 二十歳の自分に宛てたものと、お互いに宛てた合計四通の手紙。そして、数枚の写真。修学旅行の時に使い捨てカメラでふざけ気味に撮り合った時のもの。一枚だけ札幌の夜景と一緒に二人で並んだのがある。一緒の班だったやつが撮ってくれたのだ。両手でピースした後に、その手で目つぶしとかしてくるんだから本当にあいつは人をからかうのが好きだった。

 まず自分からの手紙を開いてみた。へったくそなへろへろした字で、「二十歳の自分へ。いまはなにをしていますか?夢はできましたか?彼女はできましたか?まだ髪の毛は健在ですか?もし大学に行ってたら、がんばって卒業してください。二浪してたら、がんばって受かってください。二十歳はもうおじさんです。無理しないでいきましょう。六年生の自分より」となんともアホらしいことが書いてあった。自分アホすぎる!アホすぎて鳥肌が立った。怖い。過去からの手紙怖すぎる!一体こんな具合であいつにはどんな手紙を書いたんだ。おそるおそる、そっちも読んでみる「よう。二十歳のじん、おまえの名前難しい漢字だな。数回書き直しました。でも、かっこいくてうらやましいです。僕はかんたんな文字すぎてださいから。親にもっとかっこいい名前に変えてくれってたのんだけど、ダメだって言われました。大人はりふじんです。僕たちは今までずっと同じクラスで、尋ほど一緒にいて、楽しい友だちはいません。卒業したあとにどうなるかは分からないけど、きっと一生忘れないと思う。だから、こうしてタイムカプセルを埋めようと思ってくれてうれしかった。大人になって、果たせる約束がある。それはきっとこれからの僕の生きる勇気になると思う。今だから書いておくけど、僕と友だちでいてくれてありがとう。なんてちょっとじーんとしちゃった?さすがに照れくさいね。恥ずかしすぎてやぶりそうになるのを必死でこらえました。たまには恥ずかしい手紙を書いておく。そんな思い出もあったっていいと思う。おたがい元気で会おう、まあこれを読んでたら元気ってことか。じゃあ、これからも元気で友だちでいよう。次は日本酒でも一緒にのみましょう」

 なんだよ。こっちはまともに書きやがって、あいつ、読んだらどう思ったかな。尋がなんで死んだのか詳しいことはみんな知らないみたいだった。事故っていう話もあるし、自殺っていう話もあった。けどどちらももういないという事実の前では同じだった。

「尋、おまえ宛の手紙、読ませてもらうな」

 一応断って読むことにした。あっちに行ってから勝手に読んだって怒られたら嫌だし。

「二十歳のぼくへ。卒業したらだれも友だちがいない場所に行くけど、なんとかがんばってなれましょう。本当はずっとここにいたいけど、今は自分で生活していくことができません。とてもはがゆいです。はやく大人になって、自分のお金で生きて、自分が一緒にいたい人の近くで生きたいです。できるなら、お金を作って、またここに戻って住みたい。自転車で行くにはすこし遠いけど、冬にはスキーができる嵐山、リフトに乗ってそりで下りたらすごいスピードで怖くて楽しかった。夏は暑いけど夜は涼しくて、網戸から入ってくる風が気持ち良かった、自転車で町内を競争をして転んで痛かった、近くの公園でみんなでキャンプしたら、足の裏を蚊に刺されてぽっこり腫れて土ふまずがなくなった。夕暮れが似合う西につらなる日高山脈。さえぎるもののない青い空。ぼくはたくさん思い出があるここが好きです。二十歳になってもまだ好きだったら、ここで生きよう。もう自分でえらべます。君は大人になったんだ。よくがんばった」

 尋が旅立つ時に、飛行場に見送りに行った。なんにも出来なかった。一緒に頑張れる訳じゃない。ただ出発まで隣に座って待った。最後なんだからもっと話せば良かった。どんな街に行くのかとか聞けば良かった。時間が来たらお互いに「またな」って手を振った。そのまたなをずっと信じてたのにな。

 遠く離れてしまったら、分からなくなってしまうのかな。約束を覚えていても、信じていても、果たせない約束があったり。死ぬって、いないってそうゆうことなのかな。

 続けざまに読んでしまうと自分の心がパンクしてしまいそうで、少しためらわれたけど、今読まなかったら僕はもう読めない気がして、尋からの手紙を読むことにした。先延ばして、もし読めないまま死んでしまったらそれこそあっちであいついに殴られそうだ。プロレスが好きで、よく技をかけられたっけ。小さいのに強いんだよな。おかげで僕は技をかわすのが上手くなった。でも得意という訳じゃないから、テレビでプロレスを見ると今でもぞわっとしちゃうんだ。

「仁へ。一緒にタイムカプセルを埋めてくれてありがとな。ぼくは中学からいないけど、二十歳になっても友だちでいてくれたらと思って、これをやろうと思ったんだ。ここへきたのは小学一年生の時で、幼稚園までぼくは違う街にいた。そのころはまだ小さくて、住所とかわからなくて、友だちとはすっぱり別れるしかなかったんだけど、今は分かるようになったから、これからも手紙かなんかで連絡できたらいいな。まあ、めったに書かないかもしれないけど。女子はふつうに手紙を書いているけど、男同士で手紙を書くって、なんでこんなに恥ずかしいんだろうな。もう恥ずかしいっていう文字が恥ずかしいもんな。でも、この手紙はがんばって書くよ。一生に何回書けるか分からない大切なものだから。仁と初めて会ったのは、小学一年の教室でだった。となりの席になって、名前が一緒だって話したんだ。漢字は違うけど嬉しかった。それがきっかけでよく話をするようになった。そうしたら、両親の名前も一緒でびっくりしたっけ。おまけに産まれた日も同じだったんだよな。神様もびっくりしただろうな。いや、神様がびっくりさせるために、ぼくたちを出会わせたのかもしれないね。なーんてきざなことを言ってみたり。まあ、そう言いつつも、好みとかは全然違って、ぼくはうどん派で仁はそば派だったり、同じでも同じじゃないから、それがまたぼくは楽しかったんだ。仁は牛乳が嫌いなのにどうしてぼくより大きいんだろう?それこそおかしな話だと思う。まあ遺伝もあるから仕方ないのかもしれないけど、二十歳になって会う時までにはもっと大きくなってたい。二十歳になって、無事に会えたら、一緒に行きたいと思ってる場所があるんだ。夜に一人で行くには少し心細くて、一度行ったんだけど、風で木が揺れる音が怖くて帰ってきちゃったんだ。身体が小さいせいかな。ぼくはすこし暗闇が苦手です。ぼくには見てみたいものがあって、小さい頃からずっとずっと見てみたくて、でも、暗闇が怖くて、それは暗闇と友だちにならないと見つけにくいもので、テレビや写真で見るだけだったんだけど、二十歳になってもうすこし勇気が育って、おまけに仁が隣にいる心強さがあれば、きっと大丈夫だと思う。願わくば、それまでどうか友だちでいてください。遠く離れても忘れないでいてくれたら嬉しい。ぼくも忘れません。最後に六年間友だちでいてくれてありがとう。それまで達者で、あばよ!」

 尋は僕よりずっと大人だったんじゃないかと思う。友だちと別れて違う場所に住む経験が彼を大人にしたのかな。哀しいのは、心が大人になっても、年齢で大人になれないことだ。一緒に中学に行ってたら、どうなってたんだろう。もう考えても仕方ないけれど、来ることのなかった未来について思いを馳せてしまう。一緒に味わうことの出来なかった色々なこと。一番大事な時に、役に立たない友だちっている意味があったのかな。

「ごめん」

 もっともっとできることがあったはずなのに。もっともっと話してくれたら良かったのに。

「尋のアホ。辛いことあったら電話くらいしてこいよ。なんで、死んだんだよ」

 枯れることを知らないみたいに涙がぼろぼろ出た。何度拭っても足りないくらい。哀しくて、悔しくて。

 ひとしきり泣いて目が腫れた頃、尋が一緒に行きたいと思っていた場所はどこなんだろう?という疑問がぐるぐるしだした。ゆっくりとあの頃の記憶を掘り返す。

 尋は暗闇が苦手なのに夜が好きで、外で遊んで夕暮れになるといつも横から楽しそうな鼻歌が聴こえた。

「なあ、流れ星の素ってなんだか知ってる?」

「メタンとかのガス?」

「うわ、あながち間違いじゃない回答!でもな、それはどっちかっていうと、星の素で流星じゃないんだ。それぞれの流星には核となる彗星があって、そこから零れ落ちたチリが宇宙から地球へ突入して大気圏で燃え尽きるのが流れ星なんだ。夏ならペルセウス座、冬ならふたご座が有名で、それぞれ違う核の彗星の軌道が地球の公転周期によって近づいて毎年同じくらいの時期に流れるんだけど、凄い時には、一時間に何十個も肉眼で見ることができるんだってさ。考えてみれば、それは星の最後の姿なのかもしれない、でもだからこそ、ぼくは見たいって、ちゃんと見てあげたいって思うんだ。そこにいたってことを、ぼくが証明できるように」

「彗星ってたまにくるってニュースになるね」

「そうだね。流れ星は彗星が近くになくても、彗星が残していった欠片が流れるから。そっちは中々ニュースにはならないね。一体何年周期で周ってるんだろう。ぼくたちがじいちゃんになっても来ないんじゃないかな」

「凄いな。じゃあ、それはもうじいちゃんエキスみたいなもんじゃん」

「そんな夢のないこと言うなよ、じいちゃんエキスの流れ星なんてやだよ」

「そもそも星の年齢って何歳が上限?」

「さあな。なんせ地球が四六億歳だからな」

「じゃあ彗星はまだまだ若いのかな」

「だな。ぴちぴちギャルかもしれないな」

「ぴちぴちギャル…」

 小学生の頭の中で、それぞれが浮かべられるギャルの程度はともかく。その後、尋は嵐山に登りたいんだよなあとぼやいていた。家からは結構遠かった。高さは東京タワーより少し低いけど、夜は周囲に明りがなくて、星がよく見えるそうだ。

「嵐山か」

 久しく行っていない。車を運転できるようになっても、目的がないと中々行かない場所だった。でも、今日は目的がある。尋が一緒に行きたがっていた約束の場所かもしれない。

 夜ご飯を食べてから、ダウンジャケットに、ヒートテックのシャツ、マフラーと身体のあちこちに仕込んだホッカイロ。そして、水筒にホットコーヒーを用意して僕は嵐山に向かった。三十分くらいで下の宿泊施設まで着いて、冬は閉鎖されている山道を歩いて登ることにした。外はもちろん寒いんだけど、歩いているとだんだん熱くなってきて、少しホッカイロが多すぎたかなとぼんやり考えた。そんなに高くないとはいえ、雪で道が凍っているせいもあり頂上までは四十分くらいかかった。車とは違って、人の一歩はとても小さい。でも、車では行けない場所を進むことができる。

「ジレンマだなぁ」

 両側に木が生い茂る車一台が走れるくらい細い道。見上げると星がイルミネーションみたいに枝の近くにあった。そうだったのが頂上に近づいて、少しずつ宇宙が広がっていって、登りきった先には、三百六十度の本物のプラネタリウム。雲一つない満点の星空。この日は月も眠っていて、星が眩しいくらい光っていた。ちゃっかり用意してきた厚みのあるレジャーシートに座って空を見上げる。

「仁、目が暗闇に慣れないと見えにくいんだ。すぐにやめないで、ちゃんと見るんだぞ。ボールは友だちならぬ、暗闇は友だちだぞ」

「キャプテン尋だな」

「そうは言っても、これなかなか個人戦なんだぜ。ぼくが見えても、おまえに見えなかったりするんだ。方向が違うだけで見えなかったりするんだ。仁が見たのに、ぼくが見えないとかちょっと悔しいな」

「じゃあ、一緒に見る方向決めたら?」

「いや、そこは固定したくない。一時間で何個見られるか勝負なんだ」

「勝ち負けなの?」

「そう、選手権なんだよ。どれだけ動体視力が良いかのね!」

「もっと良い眼鏡してくるんだった」

「へっへー、ぼくなんてアフリカの人並に視力良いからね」

 流れ星が、左から右へ空を横切るように通り過ぎていった。

「今の見た?」

「見た」

「勝負だけどさ、同じ星見れたら嬉しいね。同じ最後を見れたんだね」

「ああ、本当にそうだな」


 その日、僕は八個の流れ星を見た。下へ上へ、横へ、斜めへ、流れ星は下に流れるだけじゃないんだって初めて知った。ホッカイロをたくさんしていても寒かった。来年はもっと防寒対策を強化してこなきゃ。

「尋、勝負の結果はあっちで聞くからな。約束だぞ」

 帰るためにゆっくり立ち上がったら、答えるみたいに星が上へ流れた。肯定しているみたいにそれは長く空を駆けていった。

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