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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第一章 盗賊同盟
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009.女殺しのカスペル


 山中でそれを発見したのは全くの偶然だ。だが、盗賊砦の周囲を、人気のない場所を選んで探って回っていれば、コレを見つけてしまうのも順当ではあった。

 真っ青な顔でソレを見下ろす。

 女性の遺体だ。

 周囲には男の遺体もバラ撒かれているが、女性の遺体は女性だとすぐにわかる形で、かつ、それが誰なのかわからぬ有様で、無造作に転がされていた。

 その場で立ち尽くし、全身が震えだす秋穂。

 その異変に気付いたのは秋穂の肩に乗るベネディクトだ。


「おい、アキホ」


 秋穂からの返事は無い。ただ、見るも無残な姿になった女性の遺体を見下ろしているのみだ。


「おいアキホ。今更何をそんなに怯えている。まさかとは思うが、コレがナギだと勘違いしておらんか?」

「え? え、違う、の?」

「よく見ろ馬鹿者。肌の色から体つきから全然違うだろうに。日焼けの仕方を見るだけでもわかろう、どう見ても農作業に従事している者だ。あの透き通るような薄白い肌のナギとは比べるべくもない。見間違えたなんて言ったらナギに本気で怒られるぞ」


 ベネディクトの言う通り、誰がどう見ても凪ではないとすぐにわかる遺体だ。だが、冷静さを欠いていた、不安に怯えていた秋穂はこれが凪に見えてしまうほどであった。

 そんな自らの有様を自覚した秋穂は、二度、三度と首を横に振った後、深呼吸を三つで落ち着きを取り戻す。


「……ごめん。もう大丈夫」

「頼むぞ。状況がどう転ぶにせよ、お前の武の力が頼りなんだからな」

「うん、頑張るよ」


 秋穂とベネディクトはまず真っ先に砦の正門を確認する。

 すぐに異常事態が発生しているとわかる。遺体が二つ、放置されたままなのだ。

 いくら人非人の盗賊であろうと、仲間の死体を放置するほどではあるまい。ならばこれは、異常事態が継続中である証にもなろう。

 幸い一度冷静さを取り戻した秋穂は、焦る気持ちは変わらぬままだが、希望が見えたからとすぐにそれに飛びつくような真似はしなかった。

 人の気配を探り、周囲にそれがないことを確認しながらゆっくりと剣を抜き、音もなく遺体の下へ駆け寄っていく。


『……うん。これ、凪ちゃんだ』


 斬り傷を見ただけでそう判断する。まっすぐで両刃の剣を用いるに相応しい斬り方をしていないのだ。斬る、に特化したかのようななめらか過ぎる切り口は、凪独特のものなのである。

 見上げんばかりの高い高い城壁に相応しい、巨大な木の扉は開け放たれたままで、城壁の分厚さを表すかのように扉の奥には暗い通路が伸びている。

 その通路の先、明るさが戻った場所には、狭い視界ながらも数人の遺体が転がっているのが見える。

 秋穂はすがるような目で肩のベネディクトを見る。

 ベネディクトも言いたいことはすぐにわかった。涼太が来る前に城壁を抜け中に入りたい、そう秋穂は言っているのだ。


「……涼太の魔術はきっと役に立つぞ?」

「それでも。だめ、かな?」


 大きく嘆息するベネディクト。真っ白でふわふわ毛玉なネズミベネディクトがそうすると、今の状況を忘れてしまいそうになるぐらい愛くるしい。


「わかった。だが、引けと私が言ったら従うのだぞ」

「うん、ありがとうベネくん」


 秋穂はやはり足音も立てぬまま、するりと城門を潜っていった。







 火付けのヤンネ、そう呼ばれている男は、まずはそのやたら手強いという女を自分の目で見ることから始めた。

 砦の居住空間である建物の二階から中庭を見下ろす。


『強ぇ。おっそろしく強ぇぞアイツ。それにあの妙に剣先の速ぇ剣術はなんだ、見たことがねえ。後は、アイツの使ってるのは魔法の剣だな、幾らなんでも斬れ味良すぎだ。だとすると鉄鎧も意味がねえか……』


 多少の誤解は含まれるものの、概ね金髪女剣士の傾向は理解したヤンネは、これに確実に勝てる手を考える。


『弓で射殺すのが一番だが……弓の数が揃わねえ。となれば多数で一斉に飛び掛かって囲み殺すか……』


 なんてことを考えていると、窓から別の盗賊団の盗賊が弓を構えるのが見えた。


『馬鹿がっ、弓一つでアレを捉えられるかよ。無駄に警戒させるだけ……』


 すると眼下の金髪女剣士がこれに劇的に反応し、中庭のど真ん中で戦っていたのがこの建物目掛けて突っ込んで来た。

 舌打ちするヤンネ。


『くっそ、言わんこっちゃねえ。屋内で待ち構えて……ああ、くそっ、くそっ、くそっ、ウチの連中じゃ練度が足りねえ。おびき寄せるのはできるから後は……』


 建物の中に突っ込んでこられたせいでそこら中からやかましい怒鳴り声が聞こえてくるが、ヤンネはじっとその場に留まったまま考え込んでいる。

 そして、にやりと笑うと身を翻す。

 すぐ傍に控えていた側近を怒鳴りつける。


「エドガーは何処だ!」

「三階に集まって戦力温存の構えです」

「アホか、何が温存だ。たった一人に手出しなんざ面倒だってだけだ。俺は今から連中に話つけてくる。お前はウチの連中集めて二階通路、赤い空がたまり場にしていた部屋のすぐ前に、イスやら机やらでデカイ壁作っとけ。いいか、その先に絶対に抜かれるんじゃねえぞ。壁が出来上がって、金髪女がその壁の前まで来たら三階に合図を寄越せ」

「……はい」


 ヤンネはいつも作戦の全てを口にはしない。だが、その作戦が的を外れたことは今まで一度もない。

 だから側近は一言も抗弁せず言われるがままに動く。

 ヤンネの一党は皆が皆そうだ。火付けのヤンネ。彼は対外的には頭のイカれた外道なんて言われているが、彼の配下たちからすればヤンネはただ手段を選ばないだけで極めて理知的で理性的な男であるのだ。

 今回もまた、例の金髪女が作った壁に向かって突っ込んでくるかどうかも定かではないはずなのだが、ヤンネがそうだと言うのならきっと何か理由があるのだと、彼らは疑問を口にもせず従うのであった。




 凪には自身に降りかかる異常疲労の理由がわからない。

 腕力は変わらず。ならばこの世界に来てから身についた力や体力が消えたという話でもない。

 だが考えていられる時間もそれほどない。階段は三階へと続いていて、これを昇るか二階の廊下を走るかのどちらかだ。

 二階の廊下には多数の盗賊がいて、凪目掛けて突っ込んできている。凪の目的を考えるならば進路はこちらだ。

 それに、多数の盗賊の中に一人、にたにたとしまりのない笑みの男がいる。その男の歩く姿が妙に凪の印象に残った。


『きっと、あれは今すぐに殺さないとダメな奴よね』


 あの男を放置するのは危険だと、凪の中の何かがそう言っていた。

 引き寄せられるように二階廊下へ足を踏み入れる。どの道、たくさん殺す、全部殺すのが目的なのだから二階を素通りはありえない話だ。

 三人。にやついた男の指示でまず三人が突っ込んできた。

 その目的はすぐにわかる。凪の剣筋を見るのが目的だ。

 ならば思惑に乗ってやる謂れもない。敢えて単純かつわかりやすい剣筋で、ただ速さと力にて押し切る剣を見せる。

 右袈裟、左に薙ぎ、突きを一つ。

 男の声が聞こえた。


「うーわ、すっげぇなおい。三度も見たのに流派が見えねえ。おいおいおいおい、これ本気で出た所勝負しかねえのか? しかも! 女で! 女なのに! 女と殺し合いだ! おいおいおいおいおいおいおいおいありえねえだろ! なんだよこれこんなことあっていいのか!?」


 他にも十人以上盗賊がいるが、彼らを制してその男、アーレンバリ流の恥晒し、女殺しのカスペルは超が付くご機嫌な様子で前へ進み出た。


「俺よお! 女と斬り合いしたのってもう五年も前の話でよ! すっげぇ面白かったんだよ! 楽しかったんだよ! なのによお! ものの十合も打ち合わねえで終わっちまったんだよ! そっからはもう俺と打ち合えるような女ぜんっぜんいなくってさ! つまんねえなんてもんじゃねえんだよ! わかんだろお前もよう!」


 凪は不機嫌顔のままで答える。


「その話長いの? なら面倒だからさっさと殺すわ」

「えー! せっかくなんだから聞けよ!」


 凪はもちろん、一切の手加減をしなかった。

 踏み込みの動きからは絶対に切っ先を読めなかったはず。また剣の振りがどう動くかもぎりぎりまで隠しきれていたと思う。そして伸びる剣先の軌道は胸元、胴、顔、何処に行ってもおかしくはないものであったし、そこから首へと伸びたのは凪がそう切っ先を変化させたせいだ。

 だが、避けられた。

 紙一重で、上体を揺らしながら首を傾けかわしたのだ。これは剣の動きを見切れていなければ決してできぬかわし方だろう。


『へぇ』


 この男、凪の速さにも反応できるのだ。

 凪は突き込んだ動きから、男の左方へと身体をずらし、間合いを取る。男の剣が避けると同時に飛んできたが、片手で雑に振り回す剣なぞに当たるほどぬるくはない。

 凪はこれを完全に避けることができたのだが、敢えてその一撃を剣で受けてみた。

 重い。思った以上に重い一撃だ。受けきれないほどではなかったが、まっとうな膂力の持ち主ではないことがこれではっきりとした。

 この男、凪がそうであるように、この男もまた普通とは違う力を持つ者なのかもしれない。


「嘘だろ!? あれで受け間に合うのかよ!」

「驚くほどのこと? アンタの剣が遅いだけじゃない」


 剣を両手で持つ凪の持ち方と、これによる剣先の機敏な動き、そして本来であればあまり力の入らぬ小さな挙動でありながら、押し斬る、引き斬るといった動きで致命傷を与える剣の用い方は、アーレンバリ流の道場で数多の剣を見てきたカスペルにとっても斬新で画期的なものであった。

 斬ることに一家言あるカスペルの目から見ても、その刃を最大限駆使した剣の使い方は驚きであり、容易に対応しきれぬものである。

 カスペルの感覚で言うのならば致命の一撃になりえぬ弱い、剣先が触れるような動きでありながら、刃部がカスペルに触れればそこから引くなり押すなりして綺麗に斬ってくるのだ。

 剣術の動き、術理で対抗できぬのであれば、もう当人の反射神経のみでどうにかするしかない。後は道場で鍛えに鍛えた体捌きが凪の剣に対応しきれると信じるのみだ。

 凪の攻勢は容赦がない。

 カスペルが戸惑っている間に、次々とカスペルの知らぬ技を繰り出していく。

 正面よりまっすぐ正眼に構えた姿勢から、右、左、と剣先が自由自在に飛び回る。

 その全てに触れてはならない。カスペルは剣で受けるを半ば放棄しながら必死にかわし続ける。

 カスペルの動きを見た凪は、ただただ感嘆するのみだ。

 訓練した動きも当然ある。だが、明らかに訓練していないだろう動きをすら見せてくるのだ。凪の連続技を、その場の反射でかわしてくる信じられない対応能力に、怒るよりも感心してしまう。


『は、ははっ。こんな真似できるの、おじさんぐらいしか知らないわよ私。どーいう才能なのよコイツ』


 身体能力だけでは無理だ。凪の動きの先を読む勘の良さが必要で、それはもう訓練やら教育やらでどうこうできるものではない。カスペルはそこに天性の才がある。

 凪は知らないことだが、アーレンバリ流という剣術流派はこの国でも五本の指に入る規模の流派で、カスペルはその道場で剣を学んだ。

 大規模流派で門下生も多数いるなかカスペルは圧倒的な才で頭角を現すも、ただ彼は、趣味が良くなかった。

 カスペルは剣が好きだ。なので鍛錬も欠かさない。何故剣が好きなのか。それは、人を斬りたいからだ。それもできれば女のほうがより好ましい。

 そんな素敵欲望に従って機会をつかまえては女を斬っていたら、いつの間にかアーレンバリ流を破門された挙げ句『アーレンバリ流の恥晒し』『女殺しのカスペル』なんて不名誉極まりない名前を付けられてしまったのだ。

 当人はこんな二つ名も気に入っているようだが。

 そんな誰が見ても討伐対象でしかないカスペルがここまで生き残り、盗賊とはいえ生活を続けていられるのはただ偏に、強い、それだけが理由だ。

 それと、どれだけ執着していようとも、見切らねばならない一線を心得ていることだ。


「だーめだこりゃ。コイツ、俺じゃ斬れねえわ」


 凪の連撃をどうにかこうにか凌ぎきったカスペルは、頬やら腕やら胴やらに付けられた無数のかすり傷を、空いている手でなでて確認している。目も剣も凪からは全く離さぬままで。


「おいてめーら! 俺の指示通りに動け! 二人右! 一人左! 後は指示を待て!」


 カスペルの指示はつまり、三人の部下たちに、カスペルが凪と斬り合っている間に脇をすり抜け包囲しろ、といった指示である。

 部下たちからすれば、何十人集まろうと絶対に勝てないと思える自らの頭と同等以上に戦う化け物相手にしろと言われても、腰が引けるに決まっていよう。だが、カスペルは続ける。


「いいか、俺がまだ生きているうちにコイツ仕留めるぞ。さもなきゃお前ら、俺抜きでコイツどうこうしなきゃなんなくなるぜ」


 部下たちは全員、だったら逃げようと言いたかった。だが、内の半数は理解している。カスペルと同等に動ける化け物から走って逃げるなんてありえない。絶対に捕まるだろうと。

 そして残る半数はカスペルが怖くて逃げたくても逃げられないわけで、結局、全員が腹をくくって剣を構えた。

 この時、凪は正直に言ってなめていた。雑兵が加わったところでなにほどのことがあろうかと。

 だが、いざカスペルが動き、それに続いて盗賊たちが動き出すと、凪は自らの考えが浅かったと悟る。

 カスペルの指示は細かく頻度の高いもので、もちろんその指示全てが凪にも聞こえている。

 だが、カスペルはまるで部下たち一人につき一本手が増えたかのような動きを見せてきたのだ。

 カスペルが正面より凪を抑え込む間に、部下が或いは左方から、或いは右方から、後方から、カスペルの指示に従い斬りかかってくるのだ。

 そのタイミングに合わせてカスペルも動く。凪は高い身体能力を持つが、だからと剣が当たれば怪我もするし急所に当たれば死にもしよう。敵が殺意を持って剣を振るってきたならば、相手がロクに訓練もしていない雑兵であろうときちんとした対処が必要であるのだ。

 カスペルが出す指示の声のおかげで左右後方よりの攻撃は全て事前に知ることができるが、だからとそちらを見もせずかわせるという話ではない。

 あちらを向き、こちらを向き、そしてカスペルに対処し、といった忙しない動きを強要されてはさしもの凪も防戦一方となる。


『コッ! イッ! ツッ! 外でやった時は囲まれても対応できたのに! コイツの指示のせいで攻める余裕がもらえない!』


 対するカスペルは絶好調である。


「よーしよしよしよしっ! これで斬れる! ぶった斬れるぜえええええ! よおおおおおおやっとてめえを叩っ斬ってやれるぜええええ! なあおい何処がいい! 何処を斬って欲しい!? いいぞ何処でもいいぞ! てめえの身体の隅から隅までぜーんぶ斬って斬って斬り落としてやっからよおおおおお!」


 凪必死の防戦。だがそんな中でも凪は、周囲の環境変化にも気を配っていた。

 だからその声にも驚くことはなかった。


「おいっ! ちょっと待てお前らなんのつもりだよ!」


 カスペルの部下の声だ。カスペルは無視。だがこれは無視していいものではない。

 通路の奥へと続く場所に、盗賊たちが机やら椅子やら樽やらを積み上げ壁を作っているのだ。

 意図がわからない。これでは盗賊たちの後方より援軍が来ることもできず、彼らが後ろに逃げることもできない。

 だが、あまり良い予感もしない。

 カスペルたちが邪魔で凪はこれを阻害することはできず、カスペルも後方は放置で凪に集中しており、後ろにできあがっていくバリケードにビビっているのはカスペルの後ろで控える数人の盗賊だけだ。


『仕方ないか。ま、良く考えたら本気の殺し合いの最中に変に拘るのも、よくないわね』


 ただ一閃のみ。

 防戦に徹していた凪が、たった一度だけ剣閃を放つ。


「あ?」


 その切っ先が見えなかったのだ、カスペルには。

 逆に凪にとっては確殺を期せる一撃であったはずなのだが、包囲のせいか、はたまた疲労のせいか、凪はここ一番での一撃が甘く入ってしまった。

 カスペルの脇腹から血が噴き出す。しかし、カスペルにはほんの僅かに身をよじる余地があった。


『しまったあああああああ! 恥ずかしいいいいいいっ! 失敗した! 失敗した! 失敗したあああああああ!』


 内心穴掘って隠れたくなるぐらい恥ずかしかった凪であったが、対するカスペルはといえばそれどころではない。

 見切るまではいかずとも、その剣先に慣れてきた、そう思っていた凪の剣を完全に見失ってしまったのだから。

 凪の父の親友は、カスペルに似た特技を持つ。剣筋を見切り先を読む才があったのだ。

 そんな親友と長らく共にあった凪の父は、この親友の特技を打ち破る術を常に模索し続けてきた。それが、今凪が見せた一閃である。

 剣の振り方もそうだが、剣の組み立ての理から完全に外れた一撃で、かつ有効な一撃を出せれば先読みの才を凌駕することができる。そんなある意味矛盾する事柄を両立させた一撃を、凪は学んでいたのである。

 勝機と見ていたカスペルの背筋が凍った。

 引きつった顔でカスペルは笑う。


「はっ、ははっ、や、やばかった。ほんっきでやばかったぞ今の。とんでもねえの隠してやがったなてめえ。すっげ、やっべ、俺今、めちゃめちゃ膝震えてるわ」


 その一閃がどういった技なのかカスペルには全くわかっていない。だが、カスペルの意識の外から襲いくる恐るべき技であるということはわかった。

 次はかわせるかカスペルにも自信はない。それでも、そういう技がある、それまでの剣の動き全てを無視し懐に伸びてくる剣があると知っていれば、次はもっとかわせる可能性が高くなろう。それが剣士カスペルの恐るべき才である。

 カスペルの心から慢心と油断が吹っ飛んだ。部下を全部使ってもまだ殺せるかどうかわからない。トドメを刺すその瞬間まで、一切の手抜かりが許されない。

 一方、必殺の一撃を外された凪であったが、最初からそうであるように不機嫌顔のまま、つまらなそうに剣を構えている。

 その焦りの無さにカスペルは怯えた。

 だがしかし、カスペルは犯罪者で、人殺しで、山ほどの恨みを買っているクズの中のクズだ。危機に陥ろうとも誰の助けも得られないし、全てを自分一人で解決しなければならない。ずっとそうやって生きてきた。

 だから追い詰められても前に出る。ほんの僅かであろうと残る生存の可能性へと向かい足を進めることができる男なのだ。或いはそれまでがそうであったように、ただ生き残るだけならば己一人の力でどうにかなると過信しているか。

 そんなカスペルの何がなんでも生き残るという執念が招いたことか、ちょうどカスペルの頭上、一つ上の階では一人の男が指示を出していた。


「よし、やれ」

「えらそうに言うんじゃねえ」


 カスペル、そして凪の頭上が砕けた。


「なあっ!?」

「嘘おっ!?」


 凪、カスペル、そしてカスペルの配下数人を巻き込み、石造りの頑丈な廊下の天井が砕け、瓦礫の山が降り注いできたのである。



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