008.凪、突貫
砦と聞いていたし、遠目に見物にきたこともあるが、こうしてすぐ傍にそそり立っているのを見ると、盗賊の砦と言っているが実質は城であろうと凪には思えた。
人の通行を遮る目的であるのならば凪の背丈より少し高いていどの壁で十分で、凪もそんな壁しか見たことはなかった。
しかるにこの砦の正面を守る壁たるや。
山中に築いたものとはとても思えぬ高さがあり、凪の知る建築物でここまでの威容が必要なものは、それこそ大量の水をため込み洪水をすら防ぐダムぐらいのものだ。
実際はダムほど大きくはないのだが、すぐ側に近寄ってこれを見上げるとそうとしか思えぬほどに大きく雄々しくそびえ立つように見える。或いは敵としてこの壁を見ているせいかもしれない。
実に幸運なことに、この乗り越えるなんて思いも寄らない超高層建築物を突破する方法は、とても簡単な手段が目の前にあった。
城壁に据え付けられている重苦しい分厚い木の扉が、開きっぱなしになっているのである。
『どれだけ立派な建物造っても、ヒューマンエラーには敵いませんってことかしら』
盗賊たちはあくまでこの砦を拠点として利用しており、城壁を用いねばならぬほどの敵が襲撃してくることを想定していないだけである。
今ならまだ間に合う。
凪は物陰から入り口を覗いているだけであるし、盗賊たちにも気付かれてはいない。引き返すのなら今の内だ。
腰の剣を確かめた後、懐に忍ばせてある短剣を手に取る。
これは攻撃のためではない。最後の手段である。
じっとその短剣を見つめると、凪は薄く笑った。
『案外、さ。私程度の人なんて幾らでもいるもので。あの見張りの人に、あっさりと殺されちゃったりして、ね』
向こうで凪が勝てない相手は二人だけだった。だがそれも、単に凪の対戦経験の乏しさを証明しているだけかもしれない。
為す術なく踏みにじられるだけ、なのかもしれない。
そこまで考えた凪は、思わず噴き出してしまった。
『そんなこと、ぜんっぜん考えてないクセに。私は砦の盗賊を全員一人も残さず殺せるって、なんでかどうしてか確信してる。なんなのかしらねコレ。そんな確証、持てるはずなんてないのに。それに、ああ、それに、よ。私は、こうしている今も、アイツらを殺してやりたくて仕方がなくなってる。理由もなく、説明もなく、いきなり、突然、理不尽極まりない形で、全員殺してやりたいと思ってる』
もう止まらない。
凪は物陰からゆっくりと姿を現す。
今だけは、気に食わない相手に愛想を振りまくような真似をしても大して気分は悪くならない。むしろそうしたほうが楽しいとすら思えてくる。
「こんにちは、盗賊さん」
普段の凪が見ず知らずの相手に声を掛ける時とは、比べ物にならぬほど陽気で快活な声を出す。
砦入口で立ち番をしていた二人の盗賊は、突然道端から現れた驚くほどの美人に目を丸くしている。
「お、おう、こんにち、は?」
「今日はみんな揃ってるのかしら?」
「あ、ああ。そりゃ、もちろん……」
すぐに隣の男が口を挟んでくる。
「ば、ばか。今は黒猪団は揃って外に出てるだろ。そ、それ以外はみんないるぜ。な、なあ、アンタ何処の女だ?」
凪はくすりと笑い、自分が通っていた学校の名を告げた。
「加須高校よ」
「カゾコーコー?」
いぶかしげな顔をする男二人。その眼前で、凪はにこにこ顔のまま勢いよく腰の剣を引き抜いた。
「え?」
「は?」
左右に一度ずつ、剣を振り抜き綺麗に首を斬り飛ばす。
盗賊たちは別に鎧を着ているでもなく、通常の布の衣服なので胴でも斬れるだろうが、最初のうちは丁寧にやっていくつもりのようで。
首なしの胴体二つが倒れる音は思ったほど大きなものでもなかったのだが、それに気が付いた門の内の男がひょいっと顔を出してきた。
「おーい、どしたー?」
そんな男の眼前に、金髪の美少女が忽然と姿を現す。
この男は前の二人よりまだマシらしく、凪が剣を手にしているのを見るや後ろに飛び下がりながら剣を抜こうとするが、間に合わず。
袈裟に一撃で斬り殺された。
「何よコイツら。びっくりするぐらい弱いじゃない」
凪の耳に男の叫び声が聞こえる。
「なっ! 殴り込みだ! 金髪の女が殴り込みにきたぞ!」
凪は声のするほうへと足を進めると、分厚い城門を潜り終え、閲兵も可能なほど広い中庭に出る。
そこに居るのは盗賊たちである。
それも人間社会において忌避すべき殺人を一切厭わぬ、筋金入りの悪党たちがここには集っている。
他者を害することを躊躇しないというのは、まっとうな社会に生きている人間には相当に難しいことだ。これを、そういった価値観の人間ばかりが集まることで極自然にできるようになった集団こそが、盗賊砦の外道共である。
そんな連中が、これからのことに期待し興奮している。
社会の裏街道住まいを強要されてきた彼らが、此度遂に表舞台にて枷を外した大暴れを約束されたのだ。
元より自制心に乏しい連中が、そうしなければ殺されるからと我慢してきた数多の欲望を、全て、自由に、解き放っていいと盗賊王ホーカンが認めてくれたのだ。
奪おう、殺そう。それ自体を目的にしよう。損得をすら越えた暴虐欲求の全てを満たさんと頭に血を上らせている、最早ヒトとは到底呼べぬ悪鬼共だ。
ぱっと見、二十人ぐらいがこの中庭で思い思いに過ごしていたようだが、男の叫び声と、凪が手にした血に染まった剣を見て、彼らは即座に戦士の顔つきになっていた。
『へえ、こういうのって、見てわかるものなのね』
心を戦場でのものへとすぐに整えた男たちであったが、そんな彼らですら踏み出す足が止まってしまった。
血の滴る剣を片手に中庭へと姿を現したのは、男たちがこれまでの人生で一度もお目にかかったことのないような絶世の美女だ。
何よりも印象的な金の髪がさらさらと靡き、真っ白な肌は降り注ぐ陽光を照り返す。
だが、盗賊たちの足が止まったのはそれだけが理由ではない。
ここは、泣く子も黙る盗賊砦だ。悪行の権化であり、無法の限りを尽くす荒くれ共の巣窟だ。
そんな場所に、颯爽と現れ怯える風もなく胸をそびやかせ歩き進むのだ。まだほのかにあどけなさの残る、年若い魅力的にすぎる女性が。
美しさではなく、肉感的な体つきを惜しんだのでもなく、その堂々たる態度にこそ盗賊たちは気圧された。
既に越えてはならぬ一線を越えてしまっているというのに、この女はそれでも尚、百を超える盗賊たちに向かい、表情のみで言ってきているのだ。
かかってこい、と。
凪のあまりにも余裕に満ちた態度に対し、盗賊たちがその意味を理解し激昂したのは、数秒後のことである。
戦士の顔をした男たちは、皆適切な動きを始めている。つまり、凪に向かって人数を揃えて斬りかかってきているのだ。
女だとか、顔がいいからだとか、そういった雑事に惑わされず、殺意も露に、かつ、確実に勝てる備えをもって迫り来る。
そんな動きを当たり前にできるのだから、彼らが荒事に慣れているというのもよくわかる。少なくとも凪が警察官のおじさんに聞いた限りでは、即座に相手を殺す腹をくくれる者なぞ滅多にいないという話であったのに。
『さすがは異世界。或いは、中世の頃ならこっちでも盗賊なんて輩はみんなこうだったのかもね』
他者より本気の殺意を叩きつけられるのはこれが初めてだ。
何よりもまず、その形相が凄い。強烈無比な害意を顔中で表現してくれている。そして踏み出す足の躊躇いの無さだ。
手には確実に人を死に追いやれる武器を持っていながら、その使用を躊躇しようなどとは欠片も考えておらず、むしろ殺し過ぎるつもりで振り回そうと全身が力んでいる。
当然のように放たれる怒声、罵声は、腹の底に響くような重苦しいもので、声にはきっと人の動きを封じる魔力があるのだ、と思えてしまうほどに恐ろしく感じられた。
だが。
『そんなもの、全部私にもできるし』
真っ先に突っ込んできていた足の速い、運動能力の特に高い男が、初見相手ならばそれなりに効果的なフェイントを交えつつ斬りかかってきた。
対する凪は、フェイントの動きの時に突き出すフリをした男の手首を、引き戻す前に凄まじい速度で上から斬り落とす。
剣の握り、構えの段階で、両者には既にどうにもしようがないほどに速度差が存在していたのだ。
手首より先と剣を失った男の腕が戻しきられる前に、凪の剣先は上へと跳ね首前を斬り抜く。
盗賊たちは皆、剣を片手に握るのが常であるようだが、凪は両手に持ち、右手を柄の上端に、左手を柄尻に添える形だ。
すぐに次なる敵が襲い掛かる。
凪の一歩を踏み出しての斬撃に、男は咄嗟に剣を受けの形に構えようとするが、速度差からまともな受けの体勢も作れず。またそもそも片手で受けられるような一撃ではない。
受けた剣を弾き飛ばしながら男を斬り倒すと、半回転して逆側より迫る男の剣を弾く。いや、弾く際、敵の剣を表面を滑らせその手を深く斬りつけている。
もちろん敵の剣にも鍔はあるが、これをどういった技術か凪の剣はすりぬけその手を斬ったのである。
そしてお得意の、手を斬ってからの跳ね上がる剣先にて頭部を縦に両断する。
『遅い!』
一気呵成に襲い掛かった盗賊たちであるが、味方の身体が邪魔で思うように斬り掛かれず。もちろん凪がそうなるように動いたせいである。
それでも最速最善の判断が為されていれば、凪を多少なりと困らせる連携も可能であったのだろうが、盗賊たちは凪の動きのあまりの速さに狼狽し口汚く罵るぐらいしかできていなかった。
『度胸はあるけど技術はまるでダメね。というか、剣の振りからしてもうダメダメ。これもしかして、基礎的な剣術の訓練やってないんじゃないかしら』
盗賊たちはあっという間に凪に見切られてしまった。
だが、と凪は思う。殺し合いに最も必要な要素をこの盗賊たちは備えている。即ち、なりふり構わず躊躇なく敵を殺すことだ。それができている相手は、どれだけ技量が劣っていようと見くびる気にはなれない。
油断なく、容赦なく、躊躇なく、盗賊たちを斬っていく。
それが十人を超えた辺りで、凪の表情に変化が生じる。
険しいそれから、少しずつ、口の端が緩んでいっていた。
『ああ、いいわね、これ。私、やれてるじゃない。ほら、私が思ってた通り。全部まとめて、殺してやれてるじゃない』
人を殺すことを楽しいとは思わない。だが、殺せる自分を確認できることは、とても、嬉しい。そして必死に挑んでくる盗賊たちより、己が鍛えに鍛えてきた技が勝っていると確信できることは、とても、楽しい。
だから凪は笑っていた。
人を傷つけ、二度と戻らぬよう壊し続けながら、とても楽しそうに笑っていたのだ。
そしてその笑みを見た盗賊たちは、ある者はなめられたと激昂し、ある者は魅惑の笑みに赤面し、この世には人知の及ばぬ怪物が存在すると知る者は、同じ怪物をぶつけるべく無理押しは控え救援を呼びに向かうのである。
凪は笑う。
盗賊砦のど真ん中、中庭の中心に立って周囲全てを荒くれ盗賊に囲まれながら、もっと来い、もっとたくさん掛かってこいと。
そうすれば、もっともっとたくさん殺せるのだから。
凪の敵は人間であった。
人間とは知識がなかろうとも知恵を巡らせる存在である。与えられた状況の中で、如何に効果的に、効率的に、物事を達成するかを考えられる存在なのである。
であるからして、上手くいかないやり方でいつまでも戦ってくれたりしないのである。
『前言撤回っ! ちょっと! ちょっとこれズルイわよ! ていうかさすがに? マズイ?』
凪の武器が剣だけと見切った盗賊たちは、全員が長物を手にしてきたのだ。
これで凪の剣が届かぬ距離から突いてくるのである。これまでは剣先の速さのみで敵を打倒しえたのだが、こうなってくると全身で踏み込み踏み出さなければ殺傷圏内に敵を収めることすらできない。
『こーのひきょーものー! たった一人相手にびくびく震えて槍の後ろに隠れてんじゃないわよー!』
内心で盗賊たちを罵りながら、凪は凪にできる最善を試み続ける。そして、盗賊たちからしても現状はあまり好ましいものではないようだ。
「くっそ! ふっざけんなこの女! 馬鹿みてぇに速ぇ! 槍が簡単に潜られちまう!」
「槍を並べろって言ったろうが! えいくそ! 軍隊経験者だけで集まれ! 陣形組まねえと太刀打ちできねえぞ!」
「な、なあ、その、ウチの、大将がさ。そいつ、できればでいいんだが、足とか、腕とかだけ斬るとかできねえかなーって……」
「できるわきゃねーだろ馬鹿野郎が! そんな寝言ほざいたボンクラぁ何処のどいつだ!」
「い、いや、無理ならいいんだ。一応、聞くだけは聞けって話だったから……」
「そんなもん見りゃわかんだろ! つーか二十三人殺しや火付けや恥晒しはどーした! ……ってあああああああ! 嘘だろ! ウチの切り込み隊長一発でやられちまったじゃねえか!」
「うわー、ボクルンド三兄弟、あっという間に二人がやられちまった。あ、残りも死んだ。駄目だこりゃ。まともに勝負してたら話になんねえ」
凪は父の教えに従い、乱戦の最中にある時は、必ず一定時間毎に周囲の状況を改めて確認するようにしていた。
そうできるように訓練を積み重ねてあったのだが、その凪の視界に見逃せぬ敵の姿が見えた。
『ぎゃー! 遂に来た! ゆー! みー! やー!』
銃よりはマシだ、と自分に言い聞かせながら、凪は即座に身を翻す。
飛び道具は走っていれば驚くほど命中率が下がる、と凪は父に教わっている。
銃とはどんなものかを知るために実際に撃たせてもらったことがあるが、最初凪は止まっている的にすら当てることができなかった。
『だーかーらっ、ぜったい当たんないでよー』
ちなみにこの時弓を構えていた盗賊の言葉がこれである。
「そんな撃て撃て言うんじゃねえ! あんなはえーのに当たるわきゃねーだろ!」
途中に突っ立っていた障害二人を斬りながら、凪は中庭を突っ切って奥の建物へと走る。
今斬った二人は、戦うフリをしているだけの臆病者であった。
殺し合いはこれで二度目だし、人の殺意なんてものを浴びたのもこの地に来てから。
それでも、何故か殺意の有無は感じ取れた。殺意というか真剣味とでもいうべきか。
『本気で殺し合いの場に踏み込もうって意思のある奴は、もっと、こう、気配が濃いのよ。どうしてこんなのが……って、まあ、殺し合いじゃなくて、一方的に殺したいって話なのかしらね』
そんな言い訳めいた言葉で、殺意を向けてきていない相手を殺したことで感じたほんの少しの罪悪感を誤魔化す凪だ。
もっとも、それも一瞬の気の迷いのようなもので、凪は怯え悲鳴を上げながら斬られた二人のことはあっという間に忘れ去り、悲鳴と怒号が飛び交う最中にあって敵がどう動くかに意識を集中させる。
建物の扉を蹴り開き中へ飛び込む。
ロビーに当たる場所であるが、それほど広くはなく、左右に長く廊下が伸びており、正面にも通路が続いている。待ち伏せは無し。
凪の動きが予想外であったようで、ここには慌てふためく男たちが五人。
一人目、剣を抜く前に斬った。
『ここにいるの、全部盗賊でいいのよね? ちょっと不安になってきたわ』
二人目は剣の柄に手を掛けるも、抜ききる前に腕ごと斬り倒す。三人目は焦りすぎたせいで抜いた剣を取り落としたところをあっさりと斬れた。
四人目五人目はどうにか剣を抜き構えることができたが、凪の剣先の動きに対応できるものではなく、反撃どころかまともに受けすらできずに斬り殺された。
声が聞こえる。凪が建物に入り込んだと、皆で圧し潰せと、そんな声だ。
今の凪は、結構焦ってはいる。焦りの理由は自分でもよくわからない。何かもっと考えて行動しなければ追い詰められ追い込まれどうしようもなくなる、そんな不安があるのだ。
だが同時に、周囲の音も景色も、よく見えている気もする。
例えば声だ。切羽詰まった声で、盗賊たちがあれこれと指示を出しているのが聞こえてくる。
その指示が適切なものであるのかどうか凪には判断がつかない。判断能力が低いのではなく単純に、こうした殴り込みに対する指示として適切かどうかを判別する知識がないだけだ。
ただ、少なくとも中庭での戦闘においては彼ら盗賊の指示により凪は格段に戦い難くなっていたので、これらを甘く見るつもりはない。
『なら! そっちが対応できないぐらいに走り回る!』
凪の走行速度は、向こうの世界に居た頃とは比べ物にならないほど速い。そして体力も自分でも信じられないほどについている。
何度か限界を確認してみたが、半日程度なら走りっぱなしでも身体は保ってくれていた。なので凪は遠慮なく全力を出し続ける。
砦内の廊下を駆ける。
屋内では槍は不向きだと盗賊たちは剣を握っている。それだけでもありがたいが、屋内には凪をより有利にする地理的条件があった。
『今の私なら、絶対にできるっ!』
走る凪が廊下の壁際に寄っていく。すると、そのまま凪は床を蹴り、壁面を真横になりながら走り出したではないか。
盗賊たちの驚愕の声。そして真横に立つ人間に対しどう剣を向けるべきかに戸惑い、その剣の振りが鈍る。
一方仕掛けた方の凪にとっては、不注意に曝け出されている急所を通りすがりに斬るだけの簡単な作業である。
この壁走りを駆使しつつ廊下の端まで走る間に、六人の敵を何もさせずに斬り倒す。廊下の端には階段があった。
階段からは十人近くが押し寄せるようにして駆け下りてくるのが見える。
『こーんどはこっち!』
再び凪は走り出す。
階段前に三人の盗賊が並び、一度に襲い掛かろうと待ち構えていたが、凪はそちらには向かわず壁へと走る。
そして、壁を蹴り、更に上へ。天井に足をつき逆さまになりながら階段の天井を駆け上っていったのだ。
見下ろす凪の眼下には、無防備に晒された盗賊たちの頭部が並ぶ。驚き慌て、頭上に剣をかざす者もいたが、強い構えでない以上障害にはなりえない。
階段の天井を、逆さまになりながら走り登りつつ、頭上の盗賊の頭部を次々斬り飛ばしていく。
階段を上まで駆け上ると、天井よりひらりと落着。階段下から斬り損ねた盗賊たちが襲い掛かってくる。
膝を曲げ、腰を落とす。
剣の位置は膝の高さに、敵は足を狙ってくるが、低い姿勢の凪はこれを易々と捌き盗賊の首より上を斬る。
凪の剣の握り、そして立ち回りは剣道のものに酷似しているが、こんな動きは剣道にはない。
剣は階段の下から攻めるほうが優位、といった彼らなりの常識に従い突っ込んだ盗賊たちは、凪のこの構えの前に全てが斬り倒されてしまった。
謎の力だけではない。凪が積み上げてきた技も通用する。それが凪に自信と勇気を与えてくれる。
「さて、次はどんな手で……」
ふと、凪は気付いた。
頬を汗が滴っている。
まつげに沿って汗が流れるのも感じる。そう、全身に、結構な量の汗をかいている。
「あ、あら?」
まだ戦い始めて一時間も経っていない。なのにこれはどういうことだと。
意識するとはっきりとわかる。呼吸も荒く、ありていに言うならば疲れが出始めている。
幾らなんでも早すぎる。突入してからの運動量を考えるも、やっぱりこうまで疲れているのはおかしい。
「あらら?」