054.五条理人と不知火凪
不知火凪が見つけた集団は、ボロースへ向かう第二陣であった。
生徒たちは三十数人。傭兵と商人が二十人。そんなところだ。
学校にここの傭兵が攻撃を仕掛けてきた段階で、秋穂もそうだったが凪にとってもこの傭兵たちは敵認定を出されている。
であるのなら、狙うは不意打ち。さっさと面倒な奴を殺す。
騎乗しているのは三人。ウチの一人に狙いを定め、一直線に走り出した。
ここは開けた荒野だ。凪が集団から視認されないような場所にいるためには、結構な距離が必要で。
そこから飛び出したのだが、集団は当然皆進行方向を向いたまま歩いている。
土煙を上げるような走り方ではなく、静かに音を殺し気配を殺して走る走り方にて近寄ると、驚くべきことに集団の誰ひとり凪の接近に気付かなかった。
『森を抜ければもう魔獣は出ないってことかしらね。この油断っぷり。よっぽど高見さんたちなめられてたみたいね』
吹っ掛けといて警戒もせずとは、と凪の口の端が上がる。
結局、最後の一歩の瞬間まで、騎馬の主は凪の気配に気付くことはなかったのだ。
「ん?」
踏み出しの瞬間の音はさすがに気付いたようだ。見下ろした彼の胴を斜め下より斬り上げられ落馬した。
凪はすぐ傍の敵は狙わず、残りの騎馬を優先する。二騎目も凪を敵とは認識しておらず、二騎目の傍にいた三騎目になってようやく凪に反応した。
「貴様! 何者だ!」
返事してやる義理もないのですぐに斬って黙らせた。
三騎目を斬る直前辺りで、徒歩の傭兵が敵襲の声を上げる。驚き慌てる生徒たちがとんでもなく邪魔そうだ。傭兵は生徒たちを突き飛ばしながら凪を取り囲むように動く。
そこで、大声を上げて割り込んできた勇気ある男がいた。
「待て! 不知火! お前不知火凪だろう! 俺は五条理人! この人たちは俺たちの味方だ!」
他の生徒たちはまるで動けていなかった中、傭兵たちとほぼ同じ速さで対応に動けたことに少なからず凪は驚いた。
理人の言葉は傭兵たちにもわからないが、理人が止めようとしているのもわかったし、この襲撃者が理人の声に足を止めたのもわかった。
なので包囲はするものの、一度傭兵は動きを止める。この間に理人が声を掛け続ける。
「不知火! どうしてこの人たちを襲った! 理由を聞かせてくれ!」
既に死人が出ている。並大抵のことではもう収まらないだろうと理人にもわかっているはずなのだが、理人はまだ解決の余地はあると思っているのか、はたまた時間稼ぎのつもりか、凪との会話を続けようとしている。
「……敵だからよ」
「君の敵? 彼らが君になにかしたのか?」
「私じゃないわ。学校に残った高見さんたちを力ずくで攫おうとした連中の仲間だから、見つけるなり殺してやろうとしただけよ」
「なに!? どういうことだ!」
どうもこうも、と商人が傭兵五十人連れて学校にきてお前ら攫いにきたとか寝言をほざいたので、皆殺しにしたと正直に教えてやる。
「そ、そんな……まさか、それじゃあまさかコイツら!?」
「コイツらが貴方たちをどうするつもりかは知らないわ。でもね、案内してくれてる商人たちが善人であると考えるのはさすがに無理があるわよね」
「くっそ……なあ、なにかの間違いってことは……」
「私の言葉が信じられるかどうかって話でしょそれ。それなら幾ら言葉を重ねても無駄よ無駄。お互いに、お互いの言葉を全て信じられるようなものを積み上げてきてないんだから、私の話を聞いてどう判断するかはアンタが自分で考えなさい」
理人の顔が苦渋に歪む。
凪としては五条理人は問答無用でぶっ殺すリストに入れていたのだが、どうもこの男、他の生徒と比べるとかなり話が早い。こちらの世界での対応に順応しているように見える。
なのでとりあえず処刑は保留にしておいて、凪は理人に向かってひらひらと手を振る。
「ま、せいぜい好きなだけ悩んでなさい。その間に私はコイツら殺しておくから」
「お、おい、殺すって。お前、さっきもそうだが、違う世界だかに来ちまったからって無茶しすぎだ。こんだけの人数相手にこっからどうするんだよ」
くすくす、と笑う凪。その笑みがあまりに魅力的にすぎて、理人は言葉を失ってしまう。
「それは誤解よ。私は、向こうにいる時からずっとこんなもんだったわよ」
理人から周囲を取り囲む傭兵たちに顔を向ける凪。
「ってわけで話はついたわ。アンタたち傭兵は皆殺し、その邪魔をしないってんなら黒髪軍団は生かしておいてあげる。んじゃ、そういうわけで」
凪の言葉に傭兵たちは皆緊張し、その瞬間に備えた。
だが、それでも凪の剣は防げなかった。
手強い相手だと思い、傭兵たち全員がかりで完全に封殺すべく周囲を取り囲み、一斉に襲い掛かれるようにしたのが逆によくなかった。
凪が飛び掛かるのを見た包囲最前列の傭兵は、ここぞとばかりに凪に向かって踏み込んでしまったのだ。
相手がそこそこ手強い相手ならそれでもよかったのだろうが、対ウールブヘジン戦を経て、戦を知ってしまった凪の相手にはあまりに不足。
この好機を逃さず瞬く間に撃破数を増やしていく。
とんでもないのにぶつかってしまった、そう気付いた傭兵たちであったがもう遅い。逃げづらい間合いにまで踏み込んでしまっている。それでもどうにか逃げ出す算段をつけなければ、そう気の利いた傭兵が考えている間に、馬鹿な傭兵が次々殺されていく。
その騒ぎの中、凪の耳に理人の声が聞こえてきた。
「そいつは絶対に逃がすな! 捕まえて口を塞いでおけ!」
それは凪に対しての敵対行動ではないので凪は無視した。
馬鹿共が殺されていく中、賢い傭兵は皆これは勝てぬと理解し逃げ出し始める。
だがその中でも特に焦った者は、生徒たちから上着をかっぱらう。
「早く寄越せっ!」
生徒たちは皆、男女がそれぞれ同じ服を着ている。これさえ着ていれば誤魔化せると考えたのだ。
凪は逃げようとしている傭兵の背中からばっさばっさと斬っていき、結局逃げ切れたのは二人ほどだ。
ふう、と一息ついた後、凪がじろじろと生徒を見て歩く。中に一人、傭兵が混じっているが彼の前を凪は通り過ぎる。もちろんすぐ隣には上着をとられてどうしたものかと困り顔の生徒もいる。
「ん? なんだ、傭兵じゃないのね……」
ほー、っと安堵する傭兵に、凪が普通につっこんだ。
「って、幾らなんでも無理があるでしょ!」
足をぶすーっと刺してやると、男はその場にひっくり返るが、必死に命乞いを口にした。
「ま、待て! わかった! 知りたいことがあるんなら全部話すから待ってくれ! お、俺たちはボロースのオッテル騎士団に雇われてる者だ。ボロースで今一番勢いのあるオッテル騎士団だぞ。なあ、その中の話、聞きてえだろ。聞いといて損はねえって」
理人にとっては意味もなくぎゃあぎゃあ喚いているようにしか聞こえなかったが、凪はこの言葉に剣を止める。
「でも、貴方の話が本当か嘘か、私に判断する方法ないわよね? 後で誰かに話聞いて嘘かどうか判断できる内容なら、それこそ今貴方に聞かなきゃならない理由はなくなるし」
「信じてくれ! 神に誓う! お、俺の持ってる物も全部差し出す! アンタに従う! だから頼む!」
ふーん、とつまらなそうに凪。
「じゃあ話してみなさいな。私ボロースの街のことほとんど知らないから、一通り聞いて、気分が良くなったら考えてあげるわ」
男が緊張に喉を鳴らした後、話し出そうとしたところで五条理人が声をかけてきた。
「お、おい不知火。お前、もしかして、コイツらの言葉わかるのか?」
「わかるわよ。邪魔だからちょっと黙ってて」
にべもない態度で追い払う凪は、男の話を聞き始める。
五条理人は一度凪の傍を離れみんなの所に戻る。他の生徒たちにも凪と理人の話は聞こえていた。
皆は口々にどうするかを理人に問うてきた。
不知火凪の言葉全てを信じるのならば、理人が信じたこの商人たちは理人たちを騙して外に連れ出し、学校に残った高見たちを攫おうとしたと。
その場合、同じくボロース商人のやっかいになる予定の理人たちの行く末は、とても暗いものであろうことは容易に想像ついた。
理人は、仲間に言って捕まえさせた男を見下ろす。彼は組み伏せられ、もがもがと喚いていた。
彼に向かって理人は言う。
「……俺たち全員に翻訳の魔法をかけろ。さもなきゃここから生かして帰さん」
五条理人は、凪との話し合い、そしてその後の混戦の最中に、商人たちと袂を分かつことになるかもしれない選択をしていた。
同行していた魔術師への実力行使は本当に最後の最後の手段であった。そしてこの混乱状態で即断できたのは、理人はソレを以前から選択肢に入れてあったということであるし、その指示を受けた生徒がすぐ動けるよう理人の考えを説明してあったということでもある。
五条は話し中の凪に声を掛ける。
「おーい、そっちの用が終わったらソイツもういらないだろ? なら俺たちに譲ってもらえないか?」
「は? ……どういうつもりよ」
「ソイツには親切にしてもらったんだ。だからどうか、命乞いを聞いてはもらえないか?」
もちろん五条は彼に親切にしてもらったことはない。魔術師に翻訳の魔術を本当にかけてもらえたかどうかを確認するために、言葉の通じない現地の人間が一人必要なだけだ。
ここまでをこの短い時間で一人で判断しきったのだから、五条理人もこちらの世界にきてその追い詰められた環境の中で、己の才を大きく伸ばした逸材の一人であったのだろう。
そういった逸材のもう一人、高見雫を見ている凪ならばこの理人の策略に気付いても良さそうなものだったが、学校で理人の話を聞いてしまっていたが故に、逆に見逃すことになってしまったのだ。
学校にて傭兵五十人を蹴散らした後、涼太が魔術で敵の動向を探っている間、凪と秋穂は休憩がてら高見雫と橘拓海の二人から色々と話を聞いていた。
高見、橘の二人にとっては大虐殺としか言いようのない惨劇の直後であったが、戻って剣を収めた凪も秋穂もそれまでの二人とまるで変わらない様子で、普通に話しかけてくるのでこれに返事をしている間に、戦いのときに感じていた恐怖はすぐに薄れてしまった。
二人が感じていたのは、恐るべき戦力を持つ者への恐怖ではなく、そんな戦力を躊躇なく行使し他者を平然と傷つけ殺す未知の価値観への恐怖だったのかもしれない。
なのでいざ話してみて比較的近しい価値観があるとわかれば、後は味方への頼もしさと受け取ることもできるのだろう。そうでなければならない必要性もあることだし。
橘拓海は、しみじみと言った。
「五条もなぁ、アイツ、最初の二週間はそりゃあもう頼もしい奴だったんだよなぁ」
苦笑しつつこれに同意する高見雫。
「そうよねえ。最初の一週間はまだ線の細い感じあったけど、二週間目あたりからもう一気に頼もしくなっちゃって。あの時期だけなら正直、学校二つに分けて片方任せるってなったら橘じゃなくて五条に頼んでたもの」
「わかるわかる。あの頃の五条って神がかってたよな。目端も利くし人の心の機微ってのもすげぇ見えてて、男子はもう五条に任せておけば全部上手くいくだろって状態だったし」
五条理人はサッカー部のレギュラーであったが、一年二年の頃からレギュラーやってるような学校のトッププレイヤーというわけでもなく、先輩との付き合い方も、後輩の育て方も、その後輩に肩を越された時の悔しさの処理も、先輩や同級生から向けられる嫉妬の軽減方法も、一通り心得ている男だったのだ。
つまり元々リーダーではなかった男がこの世界に来て、自分がそうするしかないと自覚し一気に成長したのだ。
この時までは確かに、リーダー高見雫の下で参謀橘拓海とサブリーダー五条理人という布陣が最善であった。
「それがなぁ。どーしてこうなっちゃったんだか」
「理由ははっきりしてるじゃない。五条が童貞捨てたのが全ての原因よ」
いきなりな話に聞いていた凪と秋穂が噴き出すも、拓海は少し頬を赤らめながら肯定する。
「だよなぁ。五条以外がそうなる分には良かったんだけど、五条も一緒になってあのザマになっちゃったらなぁ……」
五条を中心としたグループの男子たちは、みな運動能力に長けていて人気のある男子生徒ばかりで、こんな難しい環境の中で生活していくうちに自然と男女で番になっていった。
男女で交際するではなく、番になるという表現がより相応しかろう。付き合いだした男女は即日、遅くとも翌日にはもう性交渉に及んでいたのだから。
そうなってしまう原因は色々あったが、避妊手段のない状況下であってもそうしてしまうのは、かのグループで最初にそういった関係になった男女の行為が多数の生徒に覗き見られていたことが大きな要因であった。
それでもそういった行為に慣れた者であればまだマシであったのだろうが、生まれて初めてでいきなりそこまで踏み込んでしまうと、男子はその精神のバランスを大きく崩してしまうのだ。
具体的な症状を挙げるのであれば、番相手を大切であると表現するためにそれ以外の人間を殊更に低く扱ってみたり、番相手に良く見られたいという欲求を我慢しなくなった結果実像以上に己の力量があると口にするようになりその虚言を自身が信じてしまうようになったり。
総じて、自身と番相手、百歩譲ってその仲間たちは優れた存在であると考え、それ以外は、具体的には童貞を捨てていない者は著しく劣った者であると錯覚するようになる。彼らを取り囲む極限の環境が、そうしむけていたのだ。
判断基準、価値基準は大きく崩れ、彼らは直接的な表現をするのであれば、女ができて浮かれていた、のである。
それでもそういった馬鹿共を、二週間目のその時までは五条理人がきちんと抑えまとめていたのだが、その日、イカレた教師から理人が女生徒を守った日、五条理人もそちらの世界に行ってしまったのだ。
「そっからは速かったなぁ。すげぇ勢いで伸びてったのが、これまたすげぇ勢いで崩れてくんだから。もうどーしていいかわからんかったぞ」
「まさか、ねえ。五条までああなるなんて思わなかったもの。男子の童貞ってよっぽどなシロモノなのねぇ」
ちなみに、今ここに居るのは高見雫、橘拓海、不知火凪、柊秋穂、の四人である。女が三人なのである。その会話は女子視点を主軸としたものとなるのである。
凪も秋穂も思い浮かべたのは同じ人物だ。秋穂がフォローするように言う。
「人と状況によるんじゃないかなぁ」
だが雫はそんなお優しい意見にはなれそうにない。
「人だけじゃなく状況にもよるってことはつまり、状況が極端なら誰でもなりうるって話でしょ。橘、お願いだからそういう機会あってももーちょっと我慢してちょうだいね。アンタにまでおかしくなられたらもうどーしよーもなくなるわ」
「へいへい、高見センセの篤い信頼が嬉しい限りでごぜーやす」
ちょっと焦った様子の凪だ。
「そ、そうやって浮かれない男子ってのも、いたの?」
「程度の差はあれ、みんな変になってたわよ。ああ、もしかして楠木が心配?」
「う、うう、ま、まあ、そうなんだけど」
「保護者無し、外部との交流無し、先行きの不安は山盛り、先駆者あり、って感じでウチの場合はなにしろ条件がよくなかったってのもあるとは思うけどね。それに楠木がなんか普通の男子とは違うってのにはまあ、同意はしておくわ。馬鹿にならないって保証はしないけど」
こんな話を聞いていた凪は、五条に対してあまり優秀な人物であるという印象を持っていなかったのだ。
生かして帰す理由もない。コレは優位に立ったらまたこちらを襲うし、常に全てに対して優位を保つこともできないのだから、敵は殺すべき、というのが不知火凪の発想である。
とはいえコレ一人ならば許容範囲と見ることもできる。なので凪は色々とボロースの話を聞いたこの唯一の生き残り傭兵を理人たちに引き渡してやることにした。
また、高見たちを襲ったうえで見捨てた理人たちは凪基準では殺害を伴う攻撃対象でもあるが、襲ったのはあくまで一部の人間であるし、なによりその高見自身が、五条理人含む彼らの帰還と無事を望んでいるのだから、必要性が生じない限り息の根には手を出さない。
なので一応、帰還を促してはみるが、そうしなくても構わないと思っていた。
現地の言葉を話せる凪たちの存在とリネスタードという交易相手がいること。この辺を話すと生徒たちは皆食いついてきたが、結局帰還に応じたのは三十人のうちの十人ていどだった。
学校には戻らないと言った理人に対し、凪はまじまじとその顔を見た。
「……ヤケになった、って顔じゃないわよね。勝算あるの?」
「ああ。俺たちは高見とは一緒にやっていけない」
「それは向こうの台詞でしょうに。聞いたわよ、アンタがしでかしたこと」
殺すのは止めてやるがそれ以外ならば構わないのでは、とも思ったが、涼太は生徒たちの離脱も構わないと言っていた。
ふう、と息を吐き、凪は最低限のことだけで見逃してやることにした。凪は心底腹が立っていたが、高見雫も橘拓海も、五条理人への殺意を持っているようには見えなかったのだから。むしろ出先でうまくやれるかどうかの心配をしているほどだった。
「ま、いいわ。んじゃ、学校から持ち出したもの、全部渡しなさい。後はどうなりと好きにすればいいわ」
凪の要求に理人たちは引きつった顔をしたものだが、学校時代の冷酷高慢という評価が活きたか、彼らは凪の恐るべき武威と殺意に対し逆らうことなく素直に言うことに従った。
恐らく、ここで道が分かれたのは、五条理人が中途半端に優れた人間であったせいだろう。
理人はこの一連のやり取りの中で、彼らのみで異世界で生きていく目途が立ってしまったのだ。少なくとも理人には目途が立ったと思えてしまっていた。
だから、高見たちのもとへ戻らず、自身だけでやれると彼らは未知の異世界に踏み出していってしまった。
彼らには、金色の剣鬼もいなければ、剣の魔術師もおらず、学生でありながら大人の社会をよく知りこれとの付き合い方を身に付けている異常に早熟な高校生楠木涼太もいないというのに。




