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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第三章 ウールブヘジン
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041.豪旋風のシャール


 シーラはその男、シャールの準備運動を見て、シーラの懸念は取り越し苦労であったと知る。

 おそらくは敢えてそうしてくれたのだろう。

 シャールは手にした長柄槌を、頭上で勢いよく回転させる。

 そして棍を操るように柄の半ばを掴んで頭上横回転から胴中央横回転、斜め、そして左右両腕を縦回転にて回しつつ、最後に前方に槌部を突き出しぴたりと止まった。

 この動きが言っている。長く重い、とても扱いきれぬような武器であるが、シャールならば万全に振り回せるぞ、と。

 武器に振り回されるような無様を期待してないで、そのつもりでかかってこい、と。

 シーラはにたりと笑った。


「たい、へん、けっこー」


 暴風のような長柄槌にも、シーラは恐れず前へと進む。

 構えはない。握った魔剣は身体横にだらりとたらしたまま。その姿勢のまま歩を進めているのに、シーラの動きに隙はない。

 全く速度を変えぬまま、シーラはシャールのアホみたいに長い長柄槌の間合いの内に、入った。


『よっと』


 瞬間、シャールの長柄槌が突き出された。シーラ、頭を後ろに下げる挙動だけでかわす。

 そうできぬよう間合いを調整して放たれたシャールの突きであったが、シャールの踏み出しをすら見切ったシーラは、その歩法によりシャールの距離感を幻惑していたのだ。

 鼻先を長柄槌の先端がかすめるも、シーラは余裕の表情で。

 ただ少し困ってはいた。


『んー、思ったよりずっと鋭いなぁ。これ、一気に踏み込むのちょっと無理かも』


 シャールが槌先を斜め下地面すれすれに向ける。その前傾の姿勢が言っている。長柄で守るではなく、踏み込まれる危険が増そうと前へ殺しに出るつもりだと。

 再びシーラの顔目掛けて長槌が伸びる。が、今度は多少大きくかわすシーラ。

 シャールの舌打ちが見える。


「そうそうひっかからないよーだ」


 シャールは長柄槌の先端に、土を引っ掛けていたのだ。

 目の高さで放った槌を鼻先ぎりぎりでかわすような動きをすれば、槌先の土がシーラの目に飛ぶようにと。

 シャールの攻撃は続く。

 長柄槌の柄を大きくしならせながらの突きだ。槌先がそのしなりに乗ってまっすぐにではなく斜め横よりシーラを襲う。

 かがんでかわすも、今度は逆側にしなった反動で再びシーラへ斜め上から振り下ろされる。

 シーラ、前へは踏み出さず後退。シャール、これを許さず。

 長柄の間合いから更に内側へと踏み出していく。この動きは予想外、のはずであったのだがシーラに動揺は見られない。

 シャールは長柄の真ん中を手に持ち、長槌を棍のように振り回す。

 柄尻を突き出す、シーラは身体を回して回避。槌部が唸りを上げて真横に薙がれる。先より短く持っているのだから当然、その速度も上がる。しかも狙いは胴中央。


「んなっ!?」


 ぬめるような動きで、シーラの身体はぬるりと槌を飛び越したのだ。頭から飛び込み、片手を大地について一回転。槌部を振り回したのだから、柄尻をそうした時よりも重量があり如何なシャールとはいえ戻しが多少遅れることになる。

 この戻しの遅さのせいで大きな動きを見せたシーラへの追撃が間に合わない。

 シーラも体勢を立て直すのに時間がかかっていた、はずだったのだが、シャールが長柄槌が振り回された勢いを殺せた時にはもう、シーラは剣の間合いの内にいた。

 長柄槌に鍔はない。なので、そのまま受けたら下手をすれば長柄槌を握った手を斬られる。

 だからシャールはシーラの斬撃に合わせ、これを弾くように押し出さなければならない。

 それはつまり、シーラの剣閃が見えていなければならないということだ。しかも相手は「ぬめる刃のシーラ」である。

 触れた剣先がぬめるように進み動く、独特の剣筋を持つ剣士だ。これの弾き所を見極めるのは並大抵のことではない。


『こなっ! くそっ!』


 鋭い剣先に対処するよう待ち構えていたシャールは、しかしシーラの剣が不気味に減速するのを見て、咄嗟に動きを変化させる。

 全体重を柄に押し付けるようにして、そのままシーラの剣へと叩きつけたのだ。それは弾くというより、こちらから打ち込むといった動きがより近い。

 シーラ、無理に逆らわず剣を弾かれるままにする。シャールもまた勢いよく柄を押し付けにかかっていたので剣を大きく弾かれ隙を見せたシーラに攻撃を加えることができない。

 いや、それだけではない。


『おっ! 重っ! なんだこの剣! 遅くなってるくせにばっか重ぇ!』


 シーラの剣撃の重さが予想を遥かに上回るもので、シャールの反応が僅かに遅れていた。

 次撃、どちらが速いかの勝負は、棍のように両端を用いられるシャールに軍配が上がった。

 長柄槌の柄尻を逆袈裟に振り上げると、シーラはこれを受けず、後ろへと下がってかわす。


『殺った!』


 これでシーラは棍の間合いからは外れた。だが、長柄槌の間合いの内である。

 柄の半ばを持つ持ち方から柄尻付近を持つ長柄槌本来の持ち方に切り替えながら、遠心力をも用いた強力無比な横撃を。

 先端の槌部が唸りを上げてシーラへと迫る。

 下がる動きの最中で、これ以上下がるのは困難。ならばかわすのは上か下か。いや、そういった大きな動きが間に合うタイミングではない。

 シーラの左腕が剣先端部の平に当てられる。剣の刃を立ててしまっては、両刃の剣であるためその背を手で支えようとすれば支えた手が切れてしまうのだから仕方がなくはある。

 逆手はもちろん剣の柄を握っておりこれは即ち、シャールの長柄槌渾身の一打を、受ける構えである。

 よりにもよって剣の平を槌に向けていては、耐えられるものも耐えられまい。対剣武器としてこの長柄槌をシャールが用いているのは、正にこれこそがその理由であるのだ。

 避けるも間に合わぬ敵戦士は、最後の望みを賭け剣で受けようとする。これまで何度も見てきた敵戦士の最期の姿だ。


『!?』


 シャールの腕にかかる反動が、想定していたものと大きく違う。

 腕は振り抜けず、逆側に身体ごと引っ張られる。


『馬鹿な!?』


 両手で剣の両端を支え腰を落とした構えのシーラは、まるで巨岩の如き分厚さと頑強さと重量を備えていた。

 そして最も重要であった受けの起点であったシーラの剣は、まっすぐに陽光を照り返しきらりと輝く。


『馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿なあああああああ! アイツの剣が魔剣なのは聞いていた! だが! 俺の長柄槌は魔剣だって砕いてきたんだぞ! そいつを弾くだと!?』


 シャールの長柄槌はただの長柄ではない。その柄全ても鉄製で、まともではない人間ですらあまりに重すぎ振り回すのは至難の業。

 シャールにしてから、魔法の道具にて腕力を増強してようやく振り回せるようなシロモノであるのだ。これの全力の一撃を堪える武器があるなぞシャールの理解の域を超えている。

 弾かれた槌を構え直しながら、シャールはシーラを憎々し気に睨む。


「クソッタレ。そいつがシーラの魔剣ってやつか。俺の長柄槌を弾くたぁ大した魔剣だな、ぶっ殺してやりたくなるぜ」

「ふふっ、まるでこれまでその気がなかったみたいな言い方」


 本当に、心から、楽しそうにシーラは笑った。

 戦闘の最中でありながらシャールは数秒の間、そんなシーラの笑みに見惚れた。


『……ってアホか! しっかりしろ俺!』

「ん? なんで隙だらけ?」

『てめーはそのありえねえ美人顔に自覚ねえのか! 笑い顔可愛すぎて目とれるかと思ったわ!』


 シャールは己を省みる。

 殺し合いの相手に見惚れるなぞ、緊張感がないにもほどがある。


『集中できてねえってことだな。ったく、俺って奴ぁどうにも本気出すまで時間がかかっちまう』


 シャールはお偉い生まれではない。

 金持ちでもなければ、土地を持ってるわけでもない。

 子供の頃から何一つ持っていなかったシャールが、こうして訳アリ傭兵団の幹部にまで昇り詰めたのは、シャールという男が戦士の才に恵まれていたからだ。

 その才をフロールリジに拾われたのだ。


「おいシーラ。こっからはどっちかが死ぬまで止まらねえ。準備は、いいか?」


 シーラはやはり構えらしい構えもないまま、だらりと剣を垂らしたままで答える。


「うん、いいよ」


 シャールが、弾けた。

 そう形容するのが最も相応しかろう。

 凄まじい加速で間合いの内へと飛び込んできたシャールは、長柄槌の半ばを持ったこの武器での最速を出しうる構えにて連撃を行う。

 最初の一撃からしてそれまでとは違う。あまりの速さに、これまで受けるはほとんど使わなかったシーラが、最初からずっと受けるを選ばざるをえなくなっている。

 振り回す長柄槌は一瞬たりとて静止することなく、豪旋風の二つ名は正にこの状態のシャールを指してのことであろう。

 シーラの魔剣と長柄槌とが激突し、衝突音が連続して何度も何度も響き渡る。

 シーラの魔剣のみならず、シャールの長柄槌もまた魔術で強化されているのだろう、でもなくば傷一つつかない理由がわからない。

 どちらも考えて動いていない。鍛錬にて培った連撃を駆使し、或いは鍛錬にて積み重ねた受けを反射的に用いる。

 シャールのみが攻撃しているわけではない。シャールの連撃に割り込むようにシーラの剣もシャールへと伸びているし、これを防いだシャールは切り返しの隙を見つけるや即座に返しの一撃を見舞う。

 目まぐるしく立ち位置が切り替わり、傍目にはどちらが優勢かの判断もつかない。

 シャールの攻撃は槌や棍に限らない。蹴りが混ざったり、肩を押し付け押し出しにかかり、最接近時は目潰しとばかりに指を突き出したりもする。

 これぞ戦場闘法とばかりのなんでもアリだ。そしてこれら様々な技を使い慣れているようで、それぞれの攻撃の合間に停滞は見られない。

 こんな真似、訓練だけでできるワケがない。

 身体を用いるといった行為全般にシャールは才を持っているのだろう。

 フロールリジが己の幕下に側近として招くのは、最低でもフロールリジと同等の戦士であることが条件だ。より強ければ尚良しである。

 それ以外で劣る場所がどれだけあろうとも、戦闘に関してだけは絶対の信頼が寄せられる、そんな戦士でなければフロールリジの脇を固めることはできないのだ。

 連撃はとんでもない消耗を伴う。またとめどなく攻撃し続けることの難しさは敵手の技量が上がれば上がるほどに厳しくなっていくものだ。

 それでも、辺境の悪夢シーラ・ルキュレを相手に、シャールの連撃は止まらない。

 シーラの反撃を差し込まれても、すぐさま切り返し攻勢を維持し続ける。シーラの見た目からは想像もつかないほど重い剣を相手にそうできるのは、紛れもなくシャールという男の技量故。

 決して同じ連撃を繰り返すことなく新たな組み合わせを行い続けるのは、シャールの知能が格別に優れているからではない。

 それ以外の全てを意識の内より排除してしまったが故の、圧倒的集中が生み出す奇跡の技である。

 そして遂に、シャールの槌先がシーラの額をかすめる。引っ掛けられシーラの顔が斜め下に引きずられる。

 その偉業にも動じることがなかったのは、シャールがシーラを仕留めるまで絶対に止まらないと心に定めていたせいだ。

 シーラはというと、内心悔しい思いを抱えていた。

 この男の連撃は天晴と思わず口にしたくなるほど見事なもので。

 だからこそシーラはこれを正面から撃破するつもりだったし、そうできる自信もあった。

 だがシャールの連撃の組み立ては巧妙にして精緻、シーラの予想を裏切るものでありながら極めて効果的な攻撃であり、シーラをしてどうしても付け入る隙を見出させない。

 挙げ句、ついにたった一発のみだが見切りを超える一撃すら出てきた。


『相手一人だけなのに、私が、見切り損なうなんてっ』


 腹が立って腹が立って仕方がない。


『私より、弱いくせにっ』


 シャールがシーラより弱いかどうかは見る人によって諸説あろうが、少なくともシーラにとってシャールという戦士は、優れた戦士だと認めないことはないものの、あくまで格下でしかないのだ。

 真正面からの剣撃の最中に不意打ちを仕掛けられるような技も幾つか持っているが、絶対に使うものかとシーラは初見殺しの技を全て封じる。

 真っ向から、連撃の組み立てと剣撃の鋭さのみにて決着をつけてやると決めつけた。

 ここが敵陣ど真ん中であることも忘れて、シーラは速度を一段上げる。

 受け方もより攻撃的に、より鋭い一撃で受けにて敵を崩しにかかる。

 剣術道場で、剣士たちが木剣にて技を競い合うように、剣の技のみでシャールを打倒してやると、この後もまだまだ戦闘があるからと持っていた余裕を絞り出しにかかった。

 ぎちり、奇妙な音と共に、剣と長柄槌とが噛み合う時間が少しずつ増えている。

 その分だけシャールの連撃が途切れる場面が多くなってきている。

 それまでシャール五つにつきシーラ一つといった攻撃回数が、今ではシャール三に対しシーラ一だ。

 シャールの運動量はまだ落ちていない。これは純粋に、シーラが剣の速さを上げたのと、何よりシャールの速さに慣れてきたのだ。

 そして唐突に終わりは来た。


「あ」

「あ」


 シーラの一撃を受けそこなったシャール。長柄槌の柄の部分を滑り進んだシーラの剣は、吸い寄せられるようにシャールの胸へと突き刺さった。

 その姿勢のまま、二人は荒い息を漏らす。


「ああ、俺の、負けか」

「お、終わった? ホントに?」


 二人共それだけを口にすると、話すより呼吸が欲しかったのか少しの間また荒い息だけが漏れる。


「胸刺されちゃ、さすがに終わるだろ」

「そっか、それはよかった」


 シャールがせき込み口から血を吐く。


「負けた、な。信じらんねえ、コイツを凌いだ挙げ句、よくもまあ、押し返したもんだな」

「どんなもんだいっ」


 はいはい俺の負けだよ、と呟き、シャールは前のめりに倒れた。


「キミも、うん、そこそこは強かったかな」


 強がり交じりのシーラの言葉に、返事をする者はいなかった。


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