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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第三章 ウールブヘジン
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034.魔術師ダインの工房


 シーラが魔術師ダインのもとに行くにあたって、ギュルディもこれに付き合うことになった。

 なので一行は、涼太と凪と秋穂とベネディクトを加え全部で五人と一匹でとなる。

 ダインは人間社会の権威というものが大嫌いであり、人付き合いもするつもりがないので、リネスタードの街から離れた場所に工房を作りそこで暮らしている。

 ダインの工房は総部屋数が二十を超える三階建ての大きな建物で、一行が敷地内に入ると、ダインの弟子がこれを出迎えてくれた。

 豪華な応接室で待つことしばし、初老の小男、ダインが部屋に入ってきた。


「おう、ギュルディと……おぬしシーラか? 驚いたな、こりゃまたとんでもない美人になったもんじゃ」

「ダインのおじいちゃん、ひさしぶりー。えっとね……」

「ちょっと待てシーラ。おいギュルディ、そっちの三人は誰じゃ?」


 ダインに促されギュルディが涼太と凪と秋穂を紹介した後、涼太が懐からベネディクトを取り出し言った。


「あー、そんでもって、だ。この白ネズミが魔術師のベネディクトだ」

「お初にお目にかかる! 私はベネディクト! 偉大なる魔術師ダインよ! 貴方に会えるのを楽しみにしていた!」


 ダインの目は、ベネディクトに釘付けとなる。


「……ほうほう。意識転送の魔術か? いや待て、おぬし、魔術師だと? その状態で魔術が使えるのか?」

「もちろん! まあ見ていてくれ」


 ベネディクトが簡単な魔術を披露すると、ダインはほうほうほうほう、と言いながらベネディクトのすぐ傍まで顔を寄せる。

 既にダインの意識からベネディクト以外の五人は消えてなくなっている。


「どうやった? 意識転送は転送先の身体に意識が引っ張られる、が通説であったよな?」

「転送前にネズミの知能をできるだけ引っ張り上げておき、後は己の意識の持ちようだな」

「それだけで解決するものか? いや、そもそもこの術を我が身で試そうなどという魔術師はそうはおらんか。欠点は、あるのじゃろ?」


 二人というか一人と一匹で話し込み始めたので、ギュルディは凪と秋穂とシーラに、コイツら放置で退室しようと持ち掛ける。

 この場にはダインの弟子もいるので、工房を案内してもらうなりシーラの魔剣を見てもらうなり、もちろんギュルディも用事があってここにきたのでそれをこなすなりしようという話だ。

 ここに全く顔を出していなかったシーラと違ってギュルディは、研究者肌のダインとの付き合い方を心得ているようだ。

 そして、ベネディクトをダインと目の高さが合う場所に保持する役目を仰せつかっている涼太は一人、この場に取り残されるのである。

 きっと多数の人間のためにその身を投げ出す生贄というものは、こうやって決まってしまうものなのだろう。

 一応曲がりなりにも涼太は魔術師であるあたりがこの場に残らされる言い訳になってしまっていて、本当に悲しい出来事であった。


 ダインの弟子の一人で、シーラの魔剣作成に深く携わった魔術師は、シーラから渡された魔剣を見て目を見張った後、深く深くため息を吐いた。


「十人斬ったら持ってくるように、と師匠言ってませんでしたか?」

「えへへー、ごめんねー。十人とかすぐすぎて」

「でしょうね。噂は聞いています。ですが……ここまでとは。コレ、完全に魔力詰まってしまってます。いったい何人斬ったらこんなことになるんですか」

「えへへーえへへー」

「……魔力を整えます。半日ほどお借りしますよ」


 同行していた凪が不思議そうに彼に問う。


「これ、折れないだけの剣じゃないの?」

「その折れないを維持するために魔力を用いてるんです。大体、一人斬れば一月は保つ造りだったと記憶しております」


 ちなみに。この世界は太陽暦がほぼそのまんま使われている。

 一年は三百六十五日か三百六十六日で、一年を十二に割った月があり、更に一月は三十日か三十一日である。

 わかりやすくていいわね、というのが凪の感想で、異世界気配があっという間にふっとんだな、というのが涼太の感想だ。魔術要素がなければ過去の世界とでも言われたほうがしっくりくるね、と秋穂が漏らしている。


「硬い剣なら作れる者は幾らでもいますが、人を斬っている限りいつまでも硬度を維持できる剣を作れるのは師匠ぐらいしか居ないと思いますよ」

「でももう一本作ったりはしないんでしょ?」

「シーラの魔剣の噂を聞きつけた者が既に多数来ておりまして。師匠はそれに嫌気がさしていますからねえ、意地でも作らないと思います」


 凪に対し彼が敬語の理由は、ここはリネスタードの街から多少離れてはいるが噂話が届かないほどでもなく、風刃ナギと黒髪のアキホの話を聞いているせいだ。二人の麗しすぎる容貌も影響はしているのだろうが。

 ギュルディがこの弟子に数枚の紙を渡す。


「おい、朗報だぞ。鉱山街と契約できた。かねてから発注のあった鉱石全部、今月中に揃えられそうだ」

「本当ですか!?」

「他にも、その紙に書いてある分なら今後も定期的に入手可能で、希少鉱石も応相談だ。どうだ? これで随分と話が進むのではないか?」


 紙を眺めながら弟子は嬉しそうに何度も頷く。


「ええ! ええ! これでようやく溜まっていた実験に取り掛かれます。これなら師匠に何か新しい依頼出しても、喜んで請け負ってくれるんじゃないですかね」

「それはとても嬉しい話だが……」


 ギュルディに向けて期待に満ちた視線を向ける凪と秋穂に、ギュルディはきっちりとくぎを刺す。


「魔剣は頼まんぞ。戦士にとってアレが極めて利便性が高いものであることは認めるが、かかる費用に対してその分の効果があるかと言われれば甚だ疑問だ。大体、シーラだって魔剣持ってなくてもほとんど戦闘力は低下せんのだからな、お前たちも同様だろうに」


 秋穂が即座に。


「けちー」


 凪が続いて。


「どけちー」


 はいはい、と聞き流すギュルディ。リネスタードで噂の怪物二人を相手にそんざいすぎる対応であるが、こういうのはシーラで慣れているのだろう。


「鉱山街の鍛冶屋で作った武器ならなんでも買ってやるから文句を言うな」


 二人は同時に応える。


「「ならよしっ」」

「……あっさりと納得したな」

「鍛冶屋に頼んで私好みの武器作ってもらうわ。なんでも、なのよね?」

「そうそう、私色んな武器使えるからね、ぜーんぶ作ってもらうよー」

「まあ、構わん。支払いはウチの商会につけておけ」


 嬉しそうにきゃっきゃと騒ぎ始める凪と秋穂に、羨ましそうな顔を向けた後シーラがぽつりと問う。


「わたしは?」

「その魔剣の補修に幾らかかると思ってるんだお前は。武器が欲しいのなら給金払ってるんだからそこから自分で出せ」

「ぶーぶー。私だけ仲間外れよくないー、よくないよー」

「……予備の武器程度なら、好きにしていい」

「やたー、ギュルディーだいすきー」

「今回は面倒な仕事が多かったからな、その分だと思え」


 シーラも凪と秋穂の武器談義に喜んで加わる。

 三人をそのままに、ギュルディは他の弟子との打ち合わせに向かう。ダインの工房にギュルディが頼んである仕事は多岐にわたり、幾人もの弟子に進捗を確認する必要があったのだ。


『リョータの奴はもう少しかかるか。すまんな、ああなったダインは自身が納得するまではテコでも動かんのだ』




「まあ待てベネディクト。その発想はあまりに短絡に過ぎるであろう、そもそも人の頭とネズミの頭では明らかに大きさからして異なるのであるから同等の能力を望むのは前提からして誤っていると考えざるをえぬ。なればお主の現状にはもっと別の魔術ないし法則が働いていると考えるのが適切ではないか? 意識転送の不可逆性もまたネズミの頭故の能力の低さからくるものではなくその新たなる魔術の何かに囚われているが故と考え、別視点での実験を重ねるべきだとワシは考えるぞ。そも精神は身体からの影響を受けるものであるという点に固執しすぎではないか? 身体からの影響は受けるだろうし単独で成立しえぬものかもしれぬが精神には独自の機構と性質があるという論文には一定の正しさがあるとワシは考えておるぞ。それに精神に関する得られている確証は極めて乏しいと言わざるをえない現状、否やの可能性全てを潰してまわるような研究は逆に非効率的ではないか?」

「いえいえ魔術師ダインよ、ネズミの腕は確かに小さいがネズミの身体を支えるには十分な力があるものですし、大きさと出しうる膂力を比すれば相対的に人間のそれより優れている部分もある。そういった考えでネズミの小さな頭を見れば、それが必ずしも大きさの差が性能の差であるとは言い切れないのではないかと私は考えます。実際私は、最初こそかなり低い記憶能力や思考速度に苦労しましたが、今では以前と比べても大差無いと断言できるほどの思考力を手に入れております。ただこれではネズミの頭がそもそも持つ可能性であるかどうか、という疑問に対して是とも非とも答えは出ておりません。その時点で新たな魔術の影響を考えるのは拙速にすぎるのではと。貴方ほどの魔術師ならばこそ辿り着ける理論発想着想からそういった結論が出たというのであればそれを言語化することで、整理確認する作業は絶対的に必要であると私は考えますが」


 とても楽しそうな二人。考えてみれば、これまで数十人の魔術師に囲まれ、そういった欲求だけは満たされていたであろうベネディクトは、例の実験失敗異世界転移以来、魔術論議などといった知的活動から遠ざかっていた。

 それが今回、尊敬する魔術師と心ゆくまで語り合える機会を得られたのだから、ベネディクトが暴走するのも無理はないかもしれない。これに当たり前に付き合う魔術師ダインがどうなのかは知らないが。


『だったら! 俺抜きでやってくれよ! 時々思い出したよーに俺に話振るのやめてくれ! なーにがベネディクトの弟子は面白い見方をするのう、だ! こんなSF談義みたいなもんにいつまでも付き合ってられっか!』


 だが、魔術師ダインはギュルディにとってもシーラにとっても、そしておそらく今後のリネスタードにとっても極めて有用な人間であろうことは、この二人の会話からなんとなく想像がついた。

 なのでその機嫌を損ねることのないように、涼太は二人が疲れ果ててこの場で寝入ってしまうまで、最後の最後までこの議論に付き合ってやったのである。





 ウールブヘジン傭兵団三百はランドスカープの国に入ってからも、お行儀の良さを維持したままで。

 歩兵たちが馬鹿をやらかしそうになることはあったが、小隊指揮官級は皆教育の行き届いた戦士ばかりで、歩兵たちの狼藉を決して許しはしなかった。

 これは傭兵団団長であるフロールリジによる指示であったが、本来傭兵団というものにはある程度の狼藉が許容されるものである。

 ましてやここにはウールブヘジン傭兵団が配慮せねばならぬ何者もいないというのだから、指揮官級の兵たちにもフロールリジの指示に対する不満はあった。

 こういった兵士の不満を大将であるフロールリジに上げるのは、この軍の副将の一人であるレスクという名の大女である。


「フロールリジ様、今回は特に軍規に厳しいじゃないですか。元から居た連中はまだしも、雇った兵たちはそろそろ抑えが利かなくなりますよ?」


 フロールリジは彼女を見上げる。フロールリジも結構な大男であるが、レスクの大きさはより上だ。

 部下たちは、レスクは巨人族の末裔であるとまことしやかに語っているが、フロールリジも時々本当にそうなのではないのかと思えてしまう。こんな大きな人間を、フロールリジはレスク以外に見たことがない。


「……標的を油断させるため、って話はしただろ」

「そこまでしなきゃならない敵だと思えないんですよ。城壁も結構なものがあるって話ですが、こっちは千ですよ千。しかも途中まで味方顔していられるってんだから負けようなんてないじゃないですか」


 レスクの言葉にフロールリジは真顔のまま頷く。


「俺もそう思う。……他言無用だぞレスク」

「はい」

「今回の件、出所は『予言者』だ」


 レスクの目が驚きに大きく見開かれる。フロールリジは続けた。


「詳しい予言の内容までは知らん。だがこの予言に基づいて今回の任務が与えられてる。ありえないほどの予算も、装備の更新も全部このためだ。ここまでしてもらって油断できると思うか?」


 とんでもない、という顔で首を何度も横に振るレスク。そうする様は、サイズはともかくとても女の子っぽい仕草で可愛らしく見える。


「今回は一切の手抜きは無しだ。完璧に、完全に、一分の隙もなく、完膚なきまでに任務を完遂する。いいな」

「了解しました。となると、移動に時間をかけているのは……」

「ああ、噂を流させている。ウールブヘジンという名の品の良い傭兵団がいるとな。この噂にきちんとリネスタードまで届いてもらわんといかん」

「なるほど。後はシャールの奴が上手くやるかどうか、ですな」

「そこは心配しとらんさ。ちょっとなめられたからと即座に相手を半殺しにするような奴とは違うからな」


 ぎょっとした顔のレスク。


「げ、バレてたんですか」

「お前のその図体で秘密裏にとか無理に決まってんだろ。殺さないでいてやったことだけは評価してやる。ランドスカープの戦士はどうだった?」

「街一番の剣士、らしかったのですが正直お話にならなかったですね。剣術としては、まあ悪くはなかったのですが、剣ばかりでそれ以外への対応がお粗末すぎました」


 よしよし、と嬉しそうに頷くフロールリジ。


「対剣術用の武器と訓練、上手くはまりそうだな」

「ええ、これならランドスカープの凄腕を殺すのも難しくはないでしょうよ。国に戻るまでに四、五人は仕留めておきたいですなぁ」

「そこまで都合よくはいかんだろうがな。腕利きは誰も彼も、馬鹿みたいに皆が剣ばかり使う。ならば腕利きを殺すには、剣を相手に有利に立ち回れる武器を使えばいい、剣術相手に有利に戦える術を学べばいい、それだけのことだろうに」


 腕利きを殺せば強くなれる、それを少なくともこの二人は知っているようだ。そしてそのための準備を整えている。

 もちろんリネスタード攻撃のための準備もだ。

 ウールブヘジン傭兵団三百は堂々とランドスカープ入りし、残る七百は大きく迂回し森林地帯を抜けることで、人知れずリネスタード側まで接近する。

 寸前でこの二隊が合流し、油断しているリネスタードを一息に制圧する。これが今回ウールブヘジン傭兵団が、リネスタードの街を完膚なきまでに滅ぼすべし、という依頼に対し考え出した作戦である。

 もし、迂回部隊が早い段階でリネスタードに捕捉されたとしても、これを打倒するための戦力として、ウールブヘジン傭兵団は自らを売り込むつもりであった。

 ウールブヘジン傭兵団が調査した段階では、辺境区域に千の傭兵団をどうにかできる戦力は存在しない。

 辛うじて隣町のボロースの軍が対抗しうるかもしれないが、それにしたところで距離がありすぎる。リネスタードの懐に入り込んでしまえばもうどうにもできない。

 ウールブヘジン傭兵団団長フロールリジ。彼は、当たり前に勝つための準備を整えてから戦う、極めてまっとうで、優秀で、案外に稀有な指揮官なのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] まあ学者肌の二人が出会うとこうなりますよね。 涼太、ご愁傷様ですw そしてこれって、凪と秋穂と買い物いったときも同じことが起こり得るんですよね。 まあこの二人の場合、ファッションじゃなくて…
[一言] 対剣術によってさらに強くなるフラグが。
[一言] そしてその有能な指揮官は永遠にこの世からおさらばしちゃうのか。 もったいないなぁ・・・・・・。
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