242.拳士マグヌス
敵スヴァルトアールブ三人の布陣の内、最も問題であるのは、この場にスラーインが残っていることだ。
アールとヴィースの二人には『疾走』の術があった。これは、作戦の前提を覆すような魔術だ。こういった優れた魔術を、より古いスラーインが持っていないはずがない。
だからもし、この都市でスヴァルトアールブに対し何かを仕掛けんとするのなら、このスラーインへの対策は必須であるのだ。
そこでたとえばアルフォンスなどのエルフであれば、魔術合戦にて騙し合いなんて選択肢もありうるのだが、こちらの戦力は凪と秋穂とマグヌスだ。
スラーインをどうこうしようと思えば、近接戦闘を仕掛ける以外に選択肢がない。
少なくとも近接戦闘の間ぐらいは、他所に手も魔術も出す余裕はなくなるであろうから。
「かなり、強いわよ」
一目見ただけの凪がそう断言するほどに、スラーインの佇まいは他と隔絶していた。
「だから引く、は無しだよね、私たちは」
秋穂も今日、ここで果てる覚悟を決めている。
「ただ喧嘩を売られたってだけなら、まあ、逃げてもいいんだけどね。こっちが不利な状況で吹っ掛けられた喧嘩を受けてやらなきゃならない義理はないし、けど」
凪の言葉を秋穂が続ける。
「アレ、私たちが気に食わない相手、なんだよね。イングやエルフにさえバレなきゃ人間相手に何やってもいい、なんて思ってる連中だし」
凪は、敵が自身よりも強いと明確に認めていながらも、いつもと変わらぬ不敵な笑みを見せる。
「教えてやろうじゃない。人間にバレたらどうなるのか」
「お望み通り、エルフ抜きで、ぶっ殺してあげるよ」
足止めをしなければならない、なんて思考もほんの微かに脳裏には残っているが、二人共その思考の大半は既に、スヴァルトアールブ硬骨のスラーインを如何にぶっ殺すかで占められている。
凪、秋穂の知る最上級の剣士、エルフのイェルハルドと同格と言われている相手だ、二人がかりなら勝てる、なんてとても口にはできない。
そんな相手と戦うというのに、二人の心中は驚くほどに死を意識していなかった。
唯一二人が気にかけているのは、この戦いに臨むことを涼太に一言も言えなかったことぐらいか。それですら、二人を止める理由にはならなかった。
そして、その建物から標的、スヴァルトアールブ、硬骨のスラーインが出てきた。
「はい、こんにちは」
建物を出て、どこかへと向かおうとするスラーインの前に、凪と秋穂が立ちはだかる。
「単刀直入に」
完全に臨戦態勢の凪が声を掛けると、スラーインもその気配を感じ取り足を止める。
「ぶっ殺しにきたわ」
秋穂はそのまま左方に動いていく。
だが、スラーインの反応は二人が考えていたものとは少し違ったものだった。
「……待て。ちょっと待て。いや本気で待て」
とても怪訝そうな顔をするスラーインに秋穂も足を止め、凪も剣にかけた手を止める。
「何よ」
「いや何よ、ではない。まさかとは思うが、もしかしてお前ら、アキホとナギか?」
「そうよ、何よ、知ってんなら話は早いわ」
「いやまてそれはおかしい」
「何がよっ」
「ん? おかしい奴らなのだからこれで正しい? いやいや待て待て冷静になれ。アールとヴィースを妨害したのは、理不尽すぎる気もするがまあわかる。だが、その次が、私の前に出てきてぶっ殺す? おかしいぞ、何処までもおかしいだろうそれはさすがに」
とても戸惑った様子のスラーインに、何故か凪は律儀に答えてやる。
「アルベルティナは私たちの知り合いなのよ。ソレさらったんだから戦の覚悟ぐらい決めときなさい」
「……………………それはいったいどーいう偶然だ? いやいやいやいや、それでもおかしい。ここアーサだぞ? アーサに乗り込んで、私を相手に、ぶっ殺す? 普通逆だろ、どー考えても」
「逆って何がよ」
「私がお前たちを殺しにいくのならばわかる。十分すぎるほどの理由がある。だが、お前たちは私を殺す理由はないだろう。それは、確かに、私がそこらの人間みたいな無力な相手ならばそれもありえるかもしれん。だが、私だぞ? 私を相手にしようというのに敵国に乗り込んで真っ向から挑んでくる? ありえんだろう。馬鹿かお前らは」
「うんわかった、念入りに殺すわ。それはそれとして、私たちの方こそ聞きたいわよ。私たちスヴァルトアールブと揉めた覚えないんだけど」
「さんざっぱらオージン王の邪魔をしておいて何を」
「邪魔? ウールブヘジンとかの話? アレは貴方、私たちがいる街にわざわざそっちが吹っ掛けてきたんじゃない」
様々な思考が脳をめぐるも、スラーインはそれらに何一つ正答を得られる気がしない。
だが、もしかして、なんて考えが浮かんでしまった。
『まさか、コイツら、オージン王の邪魔をしようなんて気は欠片もなくて、好きに暴れていたら偶々こちらの邪魔ばかりするようになった、とでも言うのか? 本当に?』
ギュルディ・リードホルムに対する妨害工作は予言が示したものだ。本来であれば、傭兵団ウールブヘジンのフロールリジがランドスカープ中を暴れまわることで、これを成し遂げる予定であった。
そして以前から行なわれていたランドスカープ全体への弱体化工作の完遂と合わせ、アーサはランドスカープを上回ることができる、という予言であったのだ。
それがフロールリジによる工作はその一番最初の手で防がれ、その後もランドスカープ中にあった分裂や衰退の火種を次々打ち滅ぼしていき、挙げ句ランドスカープ国内全てに影響力を持つ教会をすら打倒してしまった。
これら全てを成し遂げた同一人物たちを、反予言を狙う何者か、と判ずるのは決して故なきことではなかろう。
だが、混乱するままではよろしくない、とスラーインは思考を止める。
そして一つだけ確認すべきことを確認することにした。
「で、お前たちはエルフか?」
「そんなわけないでしょ。さっきから何なのよ」
よし、ならばいい、とスラーインは割り切ることにした。
これがエルフが化けた姿であろうとも、自己申告がエルフでないというのなら配慮の余地はない。
「何が何やらわからんが。まずは貴様らを殺し、その後でじっくりと調べることにしよう」
「始めっからそうしなさいよ、めんどくさいわねえ」
このやりとりをただ見ているだけの秋穂は思った。
『まあ、戸惑うのも無理はないかなー。とはいえ、凪ちゃんほど付き合おうとは思わないけどさ』
不知火凪にとって、これから殺す相手というものは、だからと蔑ろにしていい相手というわけではないのであろう。
きちんと待ち伏せ声を掛けてから挑んだ凪秋穂と違い、マグヌスはもう最初から礼儀もクソも投げ捨てる気満々であった。
その屋敷の正門入り口から堂々と侵入し、制止に入った衛士を蹴り倒し、そのまま正面扉を開き屋敷の中へ。
左右を見た後で、迷いなく二階を目指し、一際大きな客間であるその部屋の扉を、勢いよく蹴破った。
「なんだあ!?」
そんな声と共にベッドから跳び起きたのは、室内にいたスヴァルトアールブのヴィースだ。
もう一人のアールは椅子に腰かけ本を読んでいたのだが、これをぱたりと閉じて入り口を見る。そしてそこに、何故か狼顔をした人間がいることに驚き、思わず二度見してしまった。
「人狼のマグヌスだ。てめえらがわざわざリネスタードにまできて売った喧嘩、買いにきてやったぞ」
体勢が悪いのはアールもヴィースもだが、ベッドの上でシーツをかけている分ヴィースがより悪い。
なので真っ先にそちらにマグヌスは向かう。
「やべっ!」
ヴィースが動くがマヌグスの方が速い。槍のように鋭い前蹴りがヴィースの腹部へと。
両腕で受けるしかできなかったヴィースは、腕に発生させた魔力障壁ごと壁に叩き付けられる。
この間に椅子から立ち、部屋の隅に立てかけてある剣を取りに向かうアール。だが、マグヌスの方が速い。それを床を蹴る足音で察したアールは、首だけ振り向きマグヌスの攻撃を見極める。
左の回し蹴り、ふくらはぎを狙った蹴りに、アールは一瞬気合いで耐えようかと思い、そして思い直す。
『上か!』
マグヌスの足の軌道が直角に跳ね上がる。
下から上へと、急角度で変化した回し蹴りがアールの頭部を狙う。
咄嗟にしゃがみこむことで回避。
マグヌス、これをすらかわされるのは予想外だ。この下段から上段への変化は、初見ならばそれこそ凪や秋穂にすら通る一撃である。
だが、さしものアールもその後が続かない。
思い切りよくしゃがむ、というより倒れるような形で床にしりもちをついたおかげでかわせたが、その姿勢はやはりよろしいものではない。
そして、蹴りを外したとて相手はマグヌスだ。近接距離で連撃を繋ぐのは、無手の戦士の生命線とも言える技術。すぐさま足を下ろし、その足を下ろす動き自体を予備動作に、拳を下方へ振り抜く。
こちらも魔術障壁が間に合うが、それでも止めきれずアールの口から小さな悲鳴が。
『鎧越しに殴るようなもんだな』
痛打による動きが鈍った今ならば、と急所を狙い拳を振るうマグヌスだったが、アールは必死にその場を転がって避ける。
そろそろか、とヴィースの方を見るマグヌス。ヴィースは壁際に立ててあった剣を取り、それをアールに向かって放る。
「引けアール!」
そして自身は片手をマグヌスに向けて突き出した姿勢。
『魔術か!』
アールが座っていた椅子をヴィースに向かって蹴り上げつつ、マグヌスは跳んでかわす。
それがどんなものか全くわかっていなかったというのに、マグヌスの挙動は正にこのためのものと思えるほどで、ヴィースが放った渦を巻く疾風の効果範囲より綺麗に逃れてみせる。
だがこの間に、痛みに表情を引きつらせたままアールは、渡された剣と、もう一本自身の剣を拾って窓から外へと飛び出した。
「クソッタレ! やっぱり当たらねえか!」
そう言いながらヴィースもまた窓から外へ飛び出す。
もちろん逃がすつもりもないマグヌスもこれを追う。
だが、屋敷の庭に着地したマグヌスはそこで一度足を止める。
マグヌスに対する形で剣を構える二人、アールとヴィース。
「なんだ、逃げるんじゃないのか? スヴァルトアールブってのは、盗む、逃げる、が得意技なんだろ?」
額に片手を当てるアールは、やはりか、と漏らす。
「おい狼顔、お前一人で我ら二人を相手にするつもりだったか」
「不服か?」
「……元アーサの人間がスヴァルトアールブを知らぬとは思わなかっただけだ。それとも、少し人から外れたていどで、スヴァルトアールブに届いたつもりか?」
「そういう偉そうな台詞は俺の拳をかわしてみせてから言え。お前ら、鬼哭血戦の戦士たちより鈍かったぞ」
アールもヴィースも多少なりと腹は立てているものの、どちらかといえばマグヌスに向ける視線は憐憫に近い。
首を横に振り、嘆息しながらアールは言った。
「処置無しだ。ヴィース、これ以上この愚か者の声を聞くのも気分が悪い。さっさと終わらせよう」
「ああ、ここまで増長できるってのもある意味すげぇよな……」
足手まといを抱えているでもない状況で、スヴァルトアールブが人間に負けるはずがない、とアールもヴィースも心の底から信じているのだ。
『見誤った! ここまでっ! ここまでとはっ!』
そんな内心の悲鳴を表に出さず、アールは三度目の魔術を行使する。
飛礫の術だ。石を投げる術、というと子供でもできそうな術に見えるが、金属鎧を着た人間を殺傷せしめる石を放つ、ともなればそれはもう銃弾にも匹敵しよう。
だが、そんなアールの魔術による飛礫を、マグヌスは軽く腕を払うように動かすだけでいとも容易く受け流す。
『なんたる技量か、それに加え……』
アールは距離を空けたからこそ魔術を使ったのだ、だがその開いた距離を、ほんの数歩であっという間に埋め迫るマグヌス。
『魔獣の膂力を備えるなどとっ』
踏み込みながらの左拳。これが何より厄介で、技の出が速すぎてまるで見えないのと、通常の殴るという所作からズレた動きをするため、軌道が読めないのとで。
これもまたアールがマグヌスを見誤った理由だ。この狼顔、接近戦で対峙した時の細かな技術が異常に高い。
これは逃げるではなく向かい合って戦う選択を選ばねば決してわからぬことであった。
「ぐっ!」
避けられない。アールは魔術師としてよりは戦士としての在り方に重きを置く者だ。故にこそ体術にも優れており近接戦闘にも自信はあった。
だが、それでも、こんなに速い一撃は見たことがない。
魔術による障壁のおかげで一打で倒されるようなことはないが、それでも障壁をすら貫く強打でもあるのだ。
そして恐ろしいのが次だ。
『このっ!』
恐れるべきは一打目ではない。まるで同時に放ったとしか思えぬほどの速さで繋がる二撃目である。初撃はもらっても、こちらだけは絶対にもらうわけにはいかない。
必死の形相でかわす。かすめただけで障壁を揺らすほどの強打。こちらをもらったならば、通常の障壁では到底防げまい。
せめても魔術を施した武具を使っていてくれれば、スヴァルトアールブの障壁はその魔術に干渉しより強く攻撃を弾く力となる。
だがマグヌスの装備はその全てが人の手で鍛えたものだ。
重さを軽くする魔術すら使っていないのは、むしろこの重量こそがマグヌスにとっての武器ともなるからだ。
そして落ちる速さは技術で補うことができる。
アールが魔獣の膂力故速いと思っているこの動きは、もちろんそれもあるのだがより以上に、速く動くための技術をマグヌスが磨いてきたおかげである。
アールが引き付けている間に、ヴィースがコレに魔術により仕掛ける、という分担をしていたのだが、声と共にヴィースもまた突っ込んでくる。
「アール! 魔術じゃ埒が明かん! 剣で仕留めるぞ!」
近接戦闘中の味方を誤射しないていどの魔術では、コレを止めることは難しいと判断したのだろう。
元々魔術を工夫して用いることがあまり得意ではないヴィースだ。ヴィースの判断を苦々しく思うも、かくいうアールもソレはあまり得意ではない。
前後より挟み、同時に剣を振るう。
『なんとっ!?』
『馬鹿なっ!』
マグヌス、その場に足を止め上体の動きのみで次々襲い来る剣をひらりひらりとかわしていく。
足を止めたのなら、と足を止めた状態では決して避けられぬ剣を放つ。アールとヴィースが同時に。
それに合わせ、マグヌスの全身がその場から消え失せる。
それが決定打となったのをアールが知るのは、ほんの少し後の話である。
マグヌスとしては、魔術の対策に一番気を使っていた。何せ、スヴァルトアールブがどんな魔術を使ってくるかなんて知らないのだから。
基本は弓を相手にする時と一緒で、対角線に味方がいる状況ではそれがどんな魔術であれ撃ちにくいだろう、といった動きをするしかない。
そしてこの対応を一つ間違えればそれだけで攻防は破綻する。二対一とはそういうものだ。
『せめてもキレててくれりゃ楽だったんだが、せっかく煽ってやったってのに全然乗りやしねえのコイツら。てかあの哀れみの顔ヤメレ、ちょっと悲しくなったじゃねえか』
だからこそマグヌスは魔術ではなく、剣で向かってきてほしかった。
なので大きな反撃は捨て、マグヌスは敵魔術の対策に注力する。
同系の魔術では意味がない、と思われるほどにガツンと対策してやれば、必殺の好機が生まれると考えた。
攻撃は単純だが避けにくい左右の一発づつのみに絞り、魔術を撃つ度、すぐにそちらに向かって突っ込んでやる。魔術を撃つなんて余裕いつまでもくれてやらねえぞとばかりに。
実際、魔術の行使前後には二人共に大きな隙が見られる。これを見逃さずに都度つついてやることで、敵の反応を待った。
『うしっ、来た!』
ヴィースが突っ込んでくる。これにアールも合わせる体勢だ。
『さーて、見てろよ。このかわし方、てめえらも見たことねえだろ』
上体のみで連撃をかわすこの動きは、本来即座の反撃の為のものだが、今回は敢えて避けるに集中することで、二人同時に攻撃を捌いてみせる。
『そーすっと、こっちの弱点をつきたくなる、っと』
下半身が動かぬのなら、これを利用した攻撃を仕掛ければいい。もちろん、下半身は動かさないのであって動かせないわけではない。
そして、か細い糸を手繰り寄せるように、ほんの一筋見えた勝機に手を伸ばす。
アールではなくヴィースであったのは単純に、マグヌスの読み筋そのまんまの剣であった、というのが理由だ。それも恐らくは偶々であったのだろう。
読み筋であるからして、かわす動きの後の反撃も動きも決まっている。
重要なのは、戦闘中でありながら、マグヌスを完全に見失っていることだ。
上体と下半身が崩れた姿勢でありながら、それでもマグヌスには強打を打つ理がある。
それ自体が、マグヌスの拳を消す理由になる。
来る、とわからぬところから来るのが、一番効くのだ。
ヴィースは剣をかわされたことで身体が流れそうになり、これを防ごうと後ろに重心を寄せる。この瞬間に、後頭部に一撃。
『よしっ! 会心の一発!』
後は返しの一撃を撃ち込むのみ。
動きを見ればわかる。何度も相手をこういう状態にしたことがあるマグヌスだからこそ、今のヴィースが意識を喪失しているとすぐにわかった。
だから、次は砕く一撃を。
「なっ! ヴィース!」
アールの悲鳴のような声。
後頭部を強打した直後の、マグヌスの返しの右拳がヴィースの側頭部に突き刺さる。骨の砕ける感触が拳にある。
すぐに次だ。
マグヌスは右前の構えにて踏み出し、右拳をアールに向け伸ばす。
早く、しかし耐えられる一撃。だが、それはマグヌスが利き腕ではない左腕で放った拳だったからこそ。
『ぐあっ、この重さっ、貴様、まさかこれまで手を抜いて……』
利き腕によるリードブロウはそれまでとは明らかに重さが違うもので。
アールは右前と左前で切り替わっていることに気付けず。そして右拳の後に左拳が似た軌道でまっすぐ伸びてくる、と錯覚した。
しかしマグヌスは間合いを更に詰めると、襟首を掴みアールを投げ飛ばす。首を腕で固定するのではなく服の襟を掴むというやり方を、実はマグヌスは秋穂から聞いていたのだ。
それは、秋穂の胸はデカイから胸の根本を下から掬う形で投げるのやりやすいよなー、とかいうセクハラ話題から始まった投げ議論であった。
『ははっ! やっぱり受けをしらねえか!』
そのまま、頭から斜めに落ちるように、マグヌスが鎧込みの体重を乗せ地面に叩き付けてやれば。
誰が聞いてもそれとわかる大きく骨の折れる音が響き、首をへし折られたアールはその場に倒れ伏すのであった。
屋敷の何処にアルベルティナが監禁されているのかは、アルベルティナの周辺をスキールニルが魔術で見通すことができている段階で筒抜けである。
なのでこちらも迷いなく部屋を選び、その中にいるアルベルティナに、いつも通りに、マグヌスは声を掛ける。
「よっ」
アルベルティナはとてもびっくりした顔で、しかし反射のように自分も手を上げる。
だが、自分も声を出して返そうとしたところで、声が出ないよう魔術具が口についていることを思い出す。
内心腸煮えくり返っているのをおくびにも出さず、苦笑しながらマグヌスはアルベルティナの魔術具を外し、自由に動けるようにしてやる。
「色々と説明してやりたいが、時間がない。ついてきてもらえるか」
アルベルティナはこくこくと頷く。
ちなみに、まるで二人の世界みたいな感じであるが、実際のところはそうではない。
屋敷中ではえらい騒ぎであり、兵士を呼べだの、医者を呼べだの、魔術師は何処だ、だの大層賑やかに人が走り回っている。
それらを無視し、マグヌスはアルベルティナを抱える(もちろん小脇に抱えたり肩にかついだりするような真似はしない)と、屋敷から外に飛び出し、更に繁華街に突っ込むと連なる建物の屋根に飛び移り、これをぴょんぴょんと跳んで移動しながら街外れへと向かっていった。
本来、こんなものを追跡できるのは一部の非常識戦士たちぐらいであり、そういった連中は現在、陽動にひっかかっている真っ最中だ。
マグヌスはアルベルティナを抱えたまま街を出ると、そこでようやく一息吐けた。
それが雰囲気からわかったアルベルティナは、それまでずっと我慢していた一言を、そこでようやく口にできたのである。
「よっ」
そう言って手を上げるアルベルティナに、マグヌスは思い出したのだ。
『あー、そーいやアルベルティナってこーいう、なんていうか、不思議な奴だったよなー』
きちんと挨拶のお返しができたアルベルティナは、大層満足気だったそうな。




