222.死闘
不知火凪がこれほどの長時間戦って、たったこれだけの数しか殺せなかった戦はこれまで経験がない。
この軍の要所をおさえている敵は既に見つけてある。だが、ソレを凪は狙って殺せないのだ。その段階でもう他の軍とは比べ物にならないことがわかる。
『は、ははっ、はははははっ、強い、強すぎる、コイツら。半端ないわ、ホント。苦戦するだのなんだの考えてた自分が恥ずかしいわ、これ、絶対に負けるわ、私。いつもの私じゃ、私のままじゃ、絶対に勝てない』
凪もまた考えに考え、技を駆使し、知恵を捻りだしながら戦っているのだ。それでも、対応が間に合わない。
そもそもからして、凪に対して有効な動きを見せているのが、一部の優れた兵だけではない。たった一匹すらもが、役目に殉じ、ただ注意を引くためだけに、ただ友の足場となるためだけに、ただただ凪を惑わすためだけに、死をも恐れず決死の行動を繰り返してくる。
そう、繰り返すのだ。何度も何度も何度でも、死線を恐れることなく、狼の一匹一匹全てが、己が身が失われるその瞬間まで動き続ける。
それは最早兵士ではない。数多の英雄英傑の群だ。
そんな明らかにありえぬ逸脱した兵士の集団は、すでに軍としては常識の埒外の存在へと変貌している。
不知火凪と刃を交え続けているというのにこの軍団は、まだ十数匹の犠牲しか許してはいないのである。
凪が敗北を悟るのも必定、こんな調子では狼たちを殺し尽くす前に凪の方が先に尽きる。
『勇敢で、慎重で、連携を怠らず、個々の思考を忘れず、指揮に従いながら、指揮をすら超越する判断を選び取れる。そんな、千匹の集団。あはは、こりゃ、勝てるわけないわ』
だけど、と凪は腹をくくった。
『私はねえ、何よりも、負けるのがだいっきらいなのよ!』
凪は再び両手で剣を握りしめる。
片腕を空け、これを用い払い止めることでこれまで敵の連撃を防いできたのだ。
だが、もういい。
止めない。防がない。
『耐えるっ!』
一気に踏み込んだ凪に、遂に、これまでただの一度も命中しなかった狼よりの攻撃が触れた。
表皮が裂け、薄い血の筋が宙を走る。それを狼たちは喝采を以てむかえる。だが、フェンリルが同時に叫んだ。
『備えろ! ソイツは身を捨てて……』
そこまでで言葉を続けられなくなった。これまで滅多に決まらなかった凪の振り上げが、一匹の狼を下段より真っ二つに斬りあげる。
それは同時に、敵に対する備えを放棄した瞬間があるということでもあり。
凪の左方より迫った狼に対し、凪は膝を狼の口に突き込むようにして逆に踏み出し、これを弾き返す。
直後、弾かれた狼の胴が真っ二つに斬り裂かれる。
続く背後よりの一撃。これは急に動きの変わった凪に動揺しての一撃だ。こういったものを凪は決して見逃さない。
こちらもまた頭上よりの一撃で頭部を縦に割り砕かれた。
狼たちはそれでも怯まない。だが、突然凪が攻撃を当て始めたことに驚いてもいる。
その理由を、隊長連中は皆即座に見抜いていた。
クソ度胸のギョッルの怒声が響く。
『今だ攻めろ! 今ならばこちらからの攻撃も当たる! アレの気が変わらぬ内に、アレが斬る以上の傷を与えるのだ!』
ギョッル配下の狼たちが、一気に攻勢に出た。これを凪は真っ向から迎え撃つ。得意の正面は全て返り討ちだ。だが、足元に滑り寄る一匹がその足首に見事食らいついた。
『良くやった!』
そう叫びながらギョッルも一気に凪へと迫る。ああ、だが、人間の狡猾さを、これまで何度も信じられぬ偉業を為し遂げてきた人物の思考を、ギョッルはまだ知らな過ぎた。
そう、足首に噛みつかせたのも、凪の思惑通り。
窮地を演出し、自らを傷つけてまで引きずり出したかったもの、この軍を支える重要な歯車を、凪は叩き壊したかったのだ。
『ははっ! 機を見逃さない鋭さが仇になったわね!』
そして、配下の勇戦を無駄にはできぬ、そんな意識もあったのだろう。そうした戦士の心を凪に狙い打たれた。
魔狼の皮膚の頑強さは、既に先のゲルギャで体験済みだ。だから凪は、そうした魔狼をすら斬れるように斬った。
狼たちの悲痛な叫びが響き渡る。
『『『『ギョッル!!』』』』
肩口から胴を半ばまで叩き斬られたギョッルは、だが、地面を転がりながら叫んだ。
『引くな! 怯むな! 何処までも進め!』
そして最後に、声すら出せなくなったギョッルは目だけでフェンリルに言う。後は、任せたぞ、と。
ギョッルは、このフェンリル軍団にあって参加直後より幹部として認められたほどの猛者だ。その強さもさることながら、決して引かぬ、決して怯まぬクソ度胸の持ち主として誰からも尊敬されていた狼だ。
自他ともに認める、フェンリル軍団の中心狼の一匹であった。
引くなと言われた。怯むなとも言われた。止まるなとさえ言われた。だが、全狼が一度、その場にて動きを止めた。
フェンリル軍団において、絶対の第一人者はもちろんフェンリルだ。だが、これに続く隊長たち、スコル、ハティ、ゲルギャ、ギョッル、といった者たちも、この集団を支え守る重要な、そして信頼できる頭たちであった。
その喪失を、誰しもが嘆き悲しみ、そして怒りに震え雄叫びをあげてしまうほどに。
千匹近くの狼たちが、一斉に怒りと悲しみの叫びをあげる。
物静かで、無用な音を決して立てなかった狼たちがである。その一事を以てしても、今凪を取り囲む雄叫びたちが尋常ならざる事態であるというのはわかる。
怖い。さしもの凪もそう思った。かなり本気で。
『は、ははっ。これまで虎の尾なんて何べんも踏んできたもんだけど、こんなにもおっかない虎の尾は初めて踏むわね』
だが、これでいい。
どの道、凪ももう後戻りなんてできないし、するつもりもない。
お互いのありったけをぶつけ合い、そして負けた方がこの世から消え失せる。それは、開戦直後から一切変わっていない絶対の条件だ。
『ジリ貧なんて趣味じゃないのよ。伸るか反るか、白黒はっきりつけましょうか!』
冷徹と言っていい戦いを続けてきた狼の群は、遂にその野生を解き放った。
指揮には従っている。統率が失われているわけでもない。だが、踏み込む狼たちの目には、正気とは思えぬ激情が宿っている。
凪も、敵の隊長を倒したことで、或いは動揺する、或いは怒りに我を忘れる、なんて動きを期待しなかったわけではない。
直前に凪が仕掛けた動きは、凪自身が狂気に身をゆだねるような動きだ。だからこそ、そうなる前に凪は敵を崩しておきたかった。
だが、成らず。
『うん。認める。私が出会った中でも、アンタたちが一番強い軍だわ。オーヴェ千人長より、アンタたちの方がおっかない』
だから引くのか、否。
守らず攻めると決めたのだ。状況の変化如きで引き下がるような覚悟で、決められることではないのだ。
『私を食わせれば、その隙にコイツらでもぶっ殺せる』
凪に食らいつくぐらいの超至近への接近を許すということだ。結果、かわしきれず敵よりの痛撃をもらうこともあろう。鉄壁の守りを捨てるとはそういうことだ。
そこまでしないと、この兵は斬れない。凪が望む速度で斬り殺すには、そこまで踏み込まなければならない。
『千匹と私一人とでどっちがタフかの勝負って? 我ながら正気を疑うわ』
そんなことを考えながらも、実際に凪の肉に牙が突き立てられることはない。
戦いの序盤、千匹が縦横無尽に駆け回り入れ替わりながら、八方より襲い来るのを迎え撃ちつつも、凪はただの一度もかすり傷すらもらっていなかった。
恐るべき鉄壁。三千を相手に戦をし続けたのは伊達ではない。消耗を強いるという目的が狼たちにあったとしても、狼たちもこれほど堅固な守りは予想だにしていなかっただろう。
それが、防御から攻撃寄りに切り替えても、やはり痛打は無し。危ない橋を渡ってはいたものの、防御の破綻は遥か彼方であった。
そして今、凪は敵に自らを食いつかせる、もしくは食いつけると敵が錯覚できるところまで踏み込ませる、という戦い方を選んだ。
簡素な革鎧はたちまち傷だらけになっていく。時折、鎧のない部位をかすめられ、傷を負うこともある。
だが。
『ははっ、案外に、当たらないものね』
その理由も凪にはわかっている。
人と狼とでいざ戦うとなった時、直立し両手が空いている人間と、四足歩行である狼とで、攻める手段の多さに優劣がつくのは至極当然のことだろう。
結局のところ狼が攻めるとなれば、その牙で食らいつくのが最善となる。爪は薄めの革鎧すら抜けぬことが多いため、あまり有効な攻撃手段ではないのだ。
故に、攻め手はどうしても単調になりがちだ。
恐れを知らぬ千匹が休息の間も与えぬよう連携しながら連続で攻撃し続けてくる、といった環境下にあって、それが単調かどうかなど本来は些細な問題であろうが、この黄金カブトこと不知火凪であるのなら、こんなか細い優位点も有効活用してくる。
『そんな幸運が何処まで続くやら。さて、私は手足を食われても戦えるものかしらねえ』
フェンリルは確信する。
アレは、黄金カブトは、フェンリルの知る最強の人間、マグヌスよりも強いと。
技の多彩さや細かな技術といったマグヌスの強みの部分を比較することはできないが、あのとんでもない運動量をいつまでも続けて平然としている体力は、どう見ても人間のソレではないし、いくらマグヌスでもこの数で圧し潰せぬなんてことはありえない。
『化け物めっ』
群の全てを犠牲にするでもしなければ、これの打倒は叶わぬ。それをフェンリルは悟ったが、そんなもの到底受け入れられるはずもない。
フェンリルと幹部の魔狼たちとが生き残っていれば、群を再び作り上げることはそう難しくはない。だがフェンリルは、それを良しとするような狼ではない。
自身が前に出る、そう覚悟を決めたフェンリルのすぐ傍に、最も長い付き合いの友、スコルとハティが、いつのまにか近寄ってきていた。
『よう、今にも死んじまいそうな顔してんな』
『行くというのなら、当然我らも連れていくよな』
二匹共、フェンリルが何をするつもりなのかを察しているようだ。
心の内を読んでくれる友がいる。それが、心強くもあり、照れくさくもあり、フェンリルは二匹に問う。
『上から仕掛ける。三匹でそうできるのなら成功率は大きく上がるが、最善でも内の二匹は死ぬことになる』
『上等』
『やはりそれしかないな。うむ、本懐である』
まるで怯むことのない二匹に、フェンリルもまた腹をくくった。
『じゃあ、行こうか』
『『応っ!』』
凪の意識は、地面を滑るように駆け寄ってくる狼たちに向けられている。
時折跳躍する者もいるので、決して上を見ないではないが、凪はフェンリルの魔技、空駆けを知らないのだ。
フェンリルが空を駆ける。
空中に魔術によって足場を作りこの上を走るのだが、この足場に、他の狼も乗ることができるのだ。
だが足場が存在するのはかなり短い時間でしかないし、そもそもこの足場は不可視だ。作ったフェンリル以外にはソレが何処にあるのかわからない。
これを、フェンリルの足の動きを見極めることで、空を走るフェンリルに追随することができるのがスコルとハティである。
『ははっ、何度やってもおっかねえなコイツはよ』
『そうだな。だが、フェンリルに続いて空を駆けるのは、気分が良くもある』
『そうそう! コイツを俺たちしかできねえってのもいいな』
『他の奴らに悪い、と思わんでもないが、こればかりは我らのみの役得だ』
フェンリルに続いてくれる二匹の声は、これから死地に入るとは到底思えぬ気楽なもので。
こうした二匹の配慮に、フェンリルは何度心救われたことか。
『スコル、ハティ』
『ん?』
『どうした?』
先を走るフェンリルの表情は二匹には見えない。だが、声の調子からどんな顔をしているのかを想像するのは容易だった。
『最初に出会ってくれたのが君たちで、本当に良かった』
ソレを予測していたわけではない。むしろ完全に虚を突かれた形だ。
それでも凪は気付ける。無数の敵を全周囲に抱えて戦うなんて真似をするというのは、つまりはソレを当然備えているべき能力とみなす。
凪の警戒領域は、飛び道具を相手にすることも多いことから地上のみならず空中にまで広がっている。
駆ける音、大地を足が蹴り出す音が、大地のない空から聞こえた。
『上っ!?』
ありえぬ音こそ最も警戒すべき音。それが、これまで凪が潜り抜けてきた修羅場が教えてくれた経験則だ。
即座に警戒対象を視野に入れる。そこで凪は完全に出し抜かれたことを理解した。
この集団における最も注意すべき相手、フェンリルの存在を凪は認識していたが、この大群の中に紛れられては凪にも探しようがなかった。
それが、空を走って凪目掛けて降ってきているのだ。
この逆落とし、空を走れるフェンリルが絶対にやってこなかったことだ。
フェンリルが全速で駆け降りた場合、敵を外せば大地に激突してしまい、ほぼ確実に死ぬからだ。
だが今は、この逆落としの速度が、威力が、必要とされている。
フェンリルは吠えた。
『勝負だ黄金カブト!』
その一瞬のみ、凪は全神経をフェンリルへと向けた。
斬れる一匹を見逃し、敵の落下位置を推測する。これをかわしながら斬り上げる動きが頭に浮かぶのと同時に身体が動いた。
刹那の間に判断は介在しない。どうすべきかは身体が知っていて、凪の感覚では身体が動いてから頭がその動きを思いつく、といった感じだ。実際はそんなことありえないのだが、感覚的にはそういったものである。
それでなんとか間に合った。だが、これもまた刹那の話だ。身体が動いた直後、角度がズレたことでその奥が見えた。
『影矢!?』
影矢とは、見える矢を放った後で、その影となる軌道に別の矢を放ち、敵の目をくらます技だ。
フェンリルの影から、スコルとハティの二匹が飛び出すことで、凪の逃げ道は完全にふさがれてしまっていた。その上、刹那の猶予は凪が動いたことで既に消費されてしまっている。
『しまっ……』
スコルとハティは、凪が迂回路に滑り込んだ時、凪の首を取る軌道をとっていた。
そちらに踏み出すはできず、そして次の動きを云々する前に、フェンリルが凪の首元目掛けて突っ込んできた。
もう、避ける時間はない。
激突。
せめてもスコルとハティは回避した。両者は大地に激突し、だが、フェンリルは凪の首元へと食らいつくことに成功する。
当然踏ん張ることもできない凪の身体は、フェンリルとの衝突の勢いで大地に引きずり倒され、勢いそのままに滑り進む。
土煙があがる中、幹部、そして小隊長をやっている魔狼たちが動いた。
今こそ好機。フェンリルの一撃で死んだに決まっていようとも、虫の息であろうと見逃さずに必ず殺しきる、そんな圧倒的殺意と共に即座に殺到できるのが、魔狼という知能の高い獣たちなのだ。
そして彼らは正しかった。
『何だと!?』
駆け寄るゲルギャの目に信じられぬものが映る。
あの速度で、あの威力で飛び込んだフェンリルの、首元を両手で掴んでこれに食いつかれるのを黄金カブトは防いでいたのだ。
だが、アレで完全に動きは止まった。
ゲルギャの脇を駆け抜ける影がある。魔狼たるゲルギャより速いその影は、ハティの友であり、黄金カブトの雄姿に怯え震えていた男、レージングであった。
『うおおおおおお! ハティいいいいいい!』
大地に激突した友の遺志が、レージングに勇気を取り戻させていた。
他にも、隊長になれなかった魔狼たち、小隊長たちが六匹、ゲルギャに遅れることなく踏み出せていた。
『仕留めるぞ!』
ゲルギャはその脇腹に食らいついた。
フェンリルから離れろとばかりに二匹はそれぞれ右腕左腕に、レージングはゲルギャとは逆側の胴に食らいつき、三匹が絶対に立てぬようその足に食いついた。
そして何ともう一匹は、良い位置にいれたおかげか、黄金カブトの首後ろから食らいついたのだ。
殺した、そう確信したゲルギャであったが、食いついた瞬間、己の見込みの甘さを知る。
『な、なんだこの肉は!? これが人の、いやさ生き物の肉か!?』
歯は肉に食い込んでいる。だが、表皮を抜け、薄く肉を抜けたその先に、ゲルギャの牙ですら刺し貫くことのできないナニカがあった。
骨ではない。だが広く張り巡らされているコレのせいで、牙が深くまで刺さっていかないのだ。
『ふざけるな! 魔狼の牙に食らえぬものなぞありはせん!』
必死になって食いつくも牙は進まず。驚愕の気配は食いついた全ての魔狼たちから感じられた。肉が薄いはずの首後ろに食いついた魔狼からすら。
だが、既に引きずり倒してあるし、ここからの逆転は最早ありえない。知能が高いだけに、それを食いついた皆が理解していたが、そんな彼らの背筋が凍る音が聞こえた。
ぼき、ばきき、みきめしい。
骨が砕ける音だ。
まさか、と横目に音の発生源を見ると、黄金カブトが首を掴んで止めたフェンリルの、首がその凄まじい膂力によりゆっくりとへし折られていたのだ。
そして食いついた魔狼たちの身体が引きずられる。
ゆっくり、ゆっくりと、持ち上がっていく彼らの身体。
「ああああああああああ!!」
黄金カブトが吠えた。
一際大きな音と共に、フェンリルの首はあらぬ方へとねじ曲がり、そして黄金カブトは、ゲルギャたち八匹を食らいつかせたまま、その場に立ち上がったのである。
首の折れたフェンリルを投げ捨てると、黄金カブトは両腕に食いついたものを引きはがしにかかる。
引っ張りはがす、なんてものではない。頭部を掴んで握り砕いて外すのだ。
不覚にもゲルギャほどの男が、これは勝てぬ、と一瞬勝利を諦めかけた。
そこに声が聞こえた。
皆が望む声だ。無事だと、そう言ってほしいと心から願っている、フェンリルの声が聞こえたのだ。
へし折れねじ曲がった首を、その強烈な発声でたださんとするかの如く、フェンリルは大きく強く叫んだ後で、皆に命じたのだ。
『走れ! 跳べ! そして勝て!』
それが、伝説になり損ねた魔狼フェンリルの、最期の言葉であった。
フェンリルの声は、群の全ての狼たちへ届けられた。
フェンリルは、いつでもできることしか言わない。到底不可能に思えることでも、フェンリルが言ったことを実行すれば、必ずそれは実現してきた。
だから群の全ての狼たちは思ったのだ。
走れば、跳べば、この恐るべき化け物にだって勝てると。
フェンリルがそうしたように、走って跳べばいいのだ。それだけならば、彼らにだってできる。
この開けた場所のみならず、それこそ付近の山一帯にまで轟くような、雄叫びと共に狼たち全員が黄金カブトへと殺到した。
誰しもが、フェンリルのようになれると信じ、各々ができる限りの速さで走り、ありったけの力で跳び上がった。
黄金カブトである凪は、身体中に魔狼を食いつかせながら、こちらも一切怯む様子も見せず、血走った目で口の端をひり上げながら叫んだ。
「かかってきなさい!」
狩人は、その一部始終を自身の目で見ていた。
途中でこれを誰かに語り聞かせるのはやめようと思った。絶対に誰も信じてくれないだろうから。
最初の内こそ、勝てるか負けるかなんて目で見ていたものだが、凪のやることも、魔狼たちのやることも、どちらも狩人には意味がわからないので、そういった目で見るのも止めた。
ただただ見ていよう、そう思った。
長い時間そうしていると、遂に終わりが見えてきた。
随分と数が減っていて、それでも狼たちは怯むこともない。こんな狼を狩人はこれまで見たこともない。
そして、最後の狼が倒された。
凪はその後、しばらく立ったままであったが、その場に腰を落とし、そして全く動かなくなった。
「や、やべえ!」
そこでようやく狩人は動き出した。
まだ残っている狼がいるかもしれない、そんなことは頭をかすめもせず、ただ一心に、凪を助けなければ、と彼は考えていた。




