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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第二章 リネスタード騒乱
22/272

022.馬鹿が簡単に暴れられるほど世の中甘くはないのである


 いつの時代も、どんな場所であろうとも、悪ガキというものは出てくるもので。

 そういった馬鹿共の中の一部が、そのまま暴力を生業とする職業に就くことになる。それはどんな街であってもある話なのだが、少なくとも今リネスタードの街で幅を利かせている多数のチンピラ共は、そういった地元生まれの馬鹿共ではない。

 辺境区というものは、他所で住めなくなった者が流れてくる流刑地の如き場所でもある。地元で馬鹿をやりすぎ、或いは食い詰めてしまった若者が流れてくる場所でもあるのだ。

 そういった連中には地縁もクソもない。あるのは今の己の生活だけだ。それ以外がどうなろうと、知ったことではない連中なのだ。

 もちろんリネスタードにも地元出身のチンピラはいる。鉱山街のチンピラは半数以上が鉱山街出身の者たちで構成されており、彼らのあり方は比較的他の街にもいるチンピラたちに近い。

 そういった差異があるせいか、鉱山街のチンピラは残る二つ、商業組合の傭兵や、ブランドストレーム家のチンピラとは驚くほどにソリが合わない。

 だとしても、人数差から鉱山街が強く出られるはずはなかったのだがここに、強力無比なカリスマを備えたリーダーが存在するとなれば話は変わってくる。

 そのリーダーこそが、鉱山街のアンドレアスだ。


「その宿だ。クソバエ共が集まって悪だくみしてやがんのはよ」


 武器屋の店番の男がそう言うと、アンドレアスは顔中に狂相を浮かべる。当人笑ってるつもりなのだが、悪意と殺意がむき出しになりすぎているためこうなっているのだ。

 一瞬の躊躇もなくアンドレアスはその扉を蹴り開ける。


「あ?」

「てっ! てめえ!」

「アンドレアスだあ!?」


 宿の中にいた十人の男たちは、アンドレアスの顔を見るなり一斉に席を立つ。

 男たちの隊長格であった男が怒鳴る。


「てめえアンドレアス! ここは商業組合の宿だぞ! てめえがいったいここになんの用だ!」


 男の声にアンドレアスは呵々大笑で応える。その笑い声を恐ろしく思えたのは相手の男たちだけではなく、味方のはずの仲間たちもだ。


「けひゃーっひゃっひゃっひゃ! おまっ! なんの用っておまっ! けっひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


 ぴたりと笑いを止め、言った。


「俺がてめえらのシマに来てやることなんざ決まってんだろ。皆殺しだよボンクラ共が」


 男たちの顔が驚愕に歪む。ありえない、彼らがそんな顔をしているのは、この宿を襲うという行為が商業組合に真っ向からケンカを売る行為に他ならず、これをやられたらたとえ商業組合側にその意思がなかったとしても、面子の問題から何が何でも鉱山街から大きなケジメを取らなくてはならなくなるのだ。

 しかも今の商業組合には辺境の悪夢、シーラ・ルキュレがいるというのに。そこに、シーラ抜きでも戦力で劣っているはずの鉱山街が真っ向から突っ込んでくるなどと。

 そんな彼らの常識は、アンドレアスの狂刃一振りにて容易く打ち砕かれた。

 アンドレアスに従う鉱山街の男たちもまた、それがリネスタードの拮抗していた戦力バランスを崩す決定的な一撃になることも恐れず刃を振るう。生き残りは無し。全員、念入りに何度も何度も剣を突き立てられ殺された。




 商業組合の宿を襲撃した後、アンドレアスはその足で街を練り歩く。

 先頭のアンドレアスだけでなく、後ろに続く男たちにも返り血の跡は残っており、幾人かは血のついた抜き身の剣を肩に担ぎ周囲を威嚇している。

 商業組合のシマ内を歩き進みながら、怪訝そうにアンドレアスは親友に問う。


「よう、シーラ、出てこなくねえか?」


 アンドレアスとはガキの頃からの付き合いであり親友でもある武器屋の店番の男は、警戒を解かぬままだ。


「何か企んでやがるのかもな。気を抜くんじゃねえぞ」

「そうかねぇ。アイツが来る気だってんなら、とっくに出てきてなきゃおかしいだろ」


 アンドレアスの言葉通り、出てきたのはシーラではなくそれ以外だ。


「アアアアアアンドレアスウウウウウウウウウ!!」


 商業組合の特攻隊長的立場にある、傭兵部隊の中でも最も好戦的な隊長を先頭に、数十人の男たちがアンドレアスたちの行く手を塞ぐように立ちふさがっていた。

 数はアンドレアスたちの優に倍はいるだろう。圧倒的数の優位を背に、隊長は声を張り上げる。


「てめえ死んだぞ! 今日! 今! ここで! くたばっちまうぞてめえはよお!」


 アンドレアスが宿を襲ったこと、宿の人間は皆殺しになっていること、全て相手に伝わっている。

 そうである以上、連中に下がるはない。ありえない。ここで引いたらもう二度とリネスタードの街でデカイ顔はできない。少なくともこの場に集った連中の大半がそう信じている。

 もちろんアンドレアスもそんなことはわかっている。いや、或いはわかっていないかもしれないが、どちらでも関係ない。アンドレアスは、立ちふさがる全てを踏み潰すつもりで今こうして進んでいるのだから。


「けっひゃひゃっ! そうだよなぁ! そうでなくっちゃあなあ!」


 誰よりも先にアンドレアスは剣を抜いた。


「ぶっ殺すぞおらあああああああ!!」


 そして先頭きって商人組合の傭兵たちに向かって突っ込んでいく。

 アンドレアスが配下の者より絶大な支持を得ている理由だ。

 恐れを知らず、喧嘩となれば誰よりも先に走り出す。彼は万人が認める狂人であろうが、その限度というものを知らない突き抜けた感性は若者から見れば斬新で鮮烈なものに見えるのだろう。アンドレアスの理不尽な暴力に晒されて尚、彼らのアンドレアスに向ける敬意が失われることはない。

 当たり前の顔で突っ込むアンドレアスに対し、商業組合側の隊長はこちらもまた当然のこととして先頭きって突っ込んだりはしない。

 どれだけ血の気の多い男でも、ここが殺し合いの場だとわかっていないほどではないのだ。むしろ集団の長である人間が真っ先に突っ込むほうがおかしい。リネスタードの街でそんな真似をする馬鹿は、アンドレアスの他には若い頃のコンラードぐらいであった。

 だからと商業組合側の士気が低いなんてこともない。皆がアンドレアスを殺し名を上げようと息巻いているような連中だ。どちらも、血の気の塊のような連中同士がぶつかりあうわけであるからして、その結果は凄惨なものになった。

 結果だけ見れば、鉱山街側、アンドレアスの勝利だ。

 だが鉱山街の側にも大きな被害が出てしまっている。それでも勝てたのはアンドレアスの武の力によるもので。

 シーラをすら打倒しうると、当人もその配下たちも信じるほどにアンドレアスの武は強力無比なものであるのだ。

 路上に倒れる敵と味方と。

 屍は半分ほど、残りはまだ息はある。

 アンドレアスは、動く敵の全てがいなくなったことに気が付くと、とてもつまらなそうに踵を返した。

 店番の男が怒鳴る。


「引き上げだ! 動けねえ奴は抱えてやれ!」


 動けない奴、の中には死体になった者も含まれる。アンドレアスはソレには見向きもしないので、店番の男がこれをフォローしているのだ。

 皆疲労困憊ではあったが、仲間を放り出すような奴もおらず、残った全員で手分けして倒れた者を抱え、引き上げていった。

 路上に残ったのは、商業組合の傭兵の死体と、死体化から逃れ得ぬ者と、死体の成り損ないだけだ。

 街の人間は、遂に始まってしまったのか、と畏れ怯えて家の窓を閉める。

 路上の呻き声が消えてから少しして、商業組合の他の傭兵隊が駆けつけてきた。







「なーーーーーーーんでてめえが俺に命令してやがんだ!」


 そんな甲高い喚き声は、ブランドストレーム家の幹部デニス・セルベルのものだ。

 この頭の悪い甘ったれ中年を諭さなければならない不幸な役割は、コンラードがいつも背負わされるもので。


「人の話、ほんっと聞かない奴だなお前は。命令を出したのは俺じゃなくて上だ、長老会だっての」

「長老会からは俺に任せるって話だったんじゃねえのかよ!」

「連中の指示がころころ変わるのは今に始まったことじゃねえだろ。いいか、もう一度言うからよく聞けよ。ブランドストレーム家は今回の喧嘩には加わらない。鉱山街と商業組合の間に入って仲裁に動く、だ」

「ふっざけんな! こんな好機見逃せってのかてめえ! 商業組合じゃああのシーラが日和ったって言うじゃねえか! 鉱山街の連中にぼこぼこにやられて、挙げ句シーラも頼りにならねえってんならぶっ潰すのは今しかねえだろ!」

「シーラが日和る? ぬめる刃のシーラがか? ありえねえ夢見てんじゃねえよ。アレに踏み込まれたら止められる奴なんざ何処にも居やしねえんだ。もちろん、アンドレアスにもな」

「だったらなんで昨日の喧嘩にゃ出てこなかったんだよ!」

「知るか。お前が自分で聞いてきたらどうだ? 俺は御免だがね」

「俺だって御免だボケ! クソッ! どいつもこいつも!」


 苛立たし気に壁を蹴飛ばすデニス。ちなみに何故シーラがいなかったのかはコンラードは知っている。凪と秋穂のところにお泊りしていたせいである。

 話を聞いたシーラは、アンドレアスとの殺し合いと凪と秋穂とのおしゃべりを天秤にかけ、おしゃべりのほうが楽しいと思い悔しがるのを止めることにしたそうな。

 コンラードはデニスに言うべきことを言い終えたので、屋敷を出た。

 なんだかんだ言いつつも、デニスはコンラードの目と判断を信頼している。コンラードが言ったのならば、シーラは日和ったりはしておらず脅威は残ったままだと理解してくれる。ならばこれ以上は無用だ。シーラを相手に喧嘩を吹っ掛ける度胸はデニスにはない。

 だが、コンラードが出ていった後で、それを確認するかのように見張っていた男たちが。


「お、おい。コンラードさん行ったぜ」

「おしっ! んじゃあ行くとするか!」

「ったくよぉ、コンラードさんと来たら二言目には暴れるな、大人しくしてろ、ってもううんざりだぜ。デニスさんならきっと話、聞いてくれるだろうぜ」

「おうよ。商業組合のクソ共、さんざっぱら調子に乗ってくれやがってよ。連中をのさばらせたままじゃあ俺たち恥ずかしくって道歩けねえ。弱っちまってる今こそ、きっちりトドメを刺してやらねえとな」


 男たちは、本来許されていないデニスの屋敷へ乗り込んでの直談判を実行する。

 ブランドストレーム家をさんざなめくさった商業組合の傭兵共を、ぶち殺して名を上げようという男たちが集まっていたのだ。穏健派のコンラードの目を盗んで。

 そして彼らの放つ威勢の良い言葉たちは、デニスの機嫌を心地よく持ち上げ、分不相応の矜持を刺激してくれるものであった。


「はっ! はっはははははは! おめえらよう! それでこそブランドストレーム家の男たちよ! コンラードみたいな年食って腑抜けちまった奴なんざほっとけ! 他にもくすぶってる連中、いるんだろ? ぜーんぶまとめて俺がケツ持ってやる! ありったけ人数集めとけや!」


 商業組合が強引に動いてきたツケは、こんなところにも出ていたのである。






 商業組合の役員たちとの話し合いは、概ねギュルディの思い通りに進んだ。

 幸か不幸か、アンドレアスによる襲撃事件が役員たちの危機感を煽ってくれたようで、ギュルディが思った以上にすんなりと話はまとまった。

 金の話も問題無し、コンラードのほうも既に地主との話は済んでおり、コンラードの説得により地主はこの混乱を収束させるべく動くことも了承してくれた。

 万事順調であるが、急ぐ必要もある。

 ギュルディがいつも使っている宿に戻ると、そこには待ち構えていた傭兵団赤狼団長イェルド・ネレムがいた。


「おい、ギュルディ。役員たちはなんて言ってやがった」

「……お前が聞きたいのは、喧嘩の許可が出たかどうかだろ? 出るわけがないだろう、今の状況で」

「ふざけんな! 誰も先制攻撃させろって言ってんじゃねんだぞ! やられた分やりかえすだけだ! その程度も駄目ってんじゃ俺たちぁどうやって面子立てるってんだよ!」

「それを私に言ってどうしようというのだ。まさか私に役員説得しろなんて話でもないだろう?」

「お前ならできんだろうが!」

「できるか! 役員たちは皆が皆、喧嘩は分が悪いと思っているんだぞ。盗賊同盟がどうやって山の魔術師を怒らせたかも判明していない。なら上が慎重になるのもわかるだろ」

「山も上も関係あるか! 俺の面子の問題だっつってんだよ!」

「だーかーらっ、それを私に言ってどうするんだと。口約束だけならば、それこそ金さえ積めば役員も許可は出すだろうよ。だがな、それで問題が起こったら連中当たり前の顔でお前のこと見捨てるぞ。商人ってのがどういう生き物か、お前だってよくわかってるだろうに」

「だからなんとかしろって言ってんだよ!」


 この男が何を言いたいのか、ギュルディにはよくわかっている。

 シーラを使わせろ、と言いたいのだ。シーラならばどうにもならぬ現状でも動き、そして戦果を挙げ面目を立てることができる。シーラがやらかしたことならば役員も文句は言えない。シーラ・ルキュレという存在にはそこまでの力があるのだ。

 溜息を吐くギュルディ。


「お前が追い詰められてるのもわからんでもないがな。間違ってもアレにお前が直接交渉なんてするなよ? リネスタードじゃ随分と大人しくしてるが、アイツはシーラ・ルキュレなんだぞ。ただでさえ戦力不足の状況で、お前と赤狼が皆殺しにされたなんて話聞きたくもないんだからな」


 歯軋りしながらギュルディを睨むイェルド。


「てめえなら上手くやれんだろうが」

「勘違いするな。機嫌を損ねないのと上手く利用するのとじゃまるで難度が違うんだ。アイツを利用なんてしたら私だって殺される」


 本来、利用したい顔しただけで殺されかねないんだがな、という言葉は口にはしない。

 シーラは人斬りを楽しむまごう事無き殺人鬼ではあるが、案外に社会性もあるのだ。ボスであるギュルディが困るようなことは極力しないよう努力はしてくれる。

 基本的にイェルドは堪え性のない男である。

 ギュルディの気分を害するなんてことは一切気にせず、近くのテーブルを蹴り飛ばした後、ずかずかと歩み去っていった。

 その顔を見て、ギュルディは天を仰いだ。


「ああ、ありゃ駄目だ。間違いなく暴発する」


 イェルドが強硬な姿勢を求めるのも当人の面目もあろうが、下の者からの突き上げもあるのだろう。

 今までは赤狼の事務所にも気安く立ち寄れたのだが、今はもう下手な真似はギュルディにもできない。赤狼だけではない、他の傭兵隊も皆殺気立ってとても近寄れたものではない。

 かといってアンドレアスから譲歩が引き出せるとも思えない。

 やはり和解ではなく、より強力な武力によって抑えつけるしかない。それが確保された後ならばイェルドを排除しても問題にはならないだろう。

 アンドレアスもいずれシーラを使って排除しなければならないだろうが、今はまずい。街中が殺気立っている中でアンドレアスが消えたなんてなれば、街中の馬鹿共はもう誰にも止められなくなるだろう。


『しかし、完全に不意を突かれたな』


 アンドレアスによる奇襲は、街の平穏を望む者が動き出すと予測していなければできなかっただろう、絶好のタイミングで行われた。

 アンドレアスの暴挙に対し、今この時これを咎めることは誰にもできないのだ。そんなことをすれば何処もかしこもが破裂してしまう。

 仮にシーラを迎撃に出せていたとしても、アンドレアスを斬ることだけはできなかった。そうしてしまえば商業組合の傭兵もブランドストレーム家のチンピラも自制が利かなくなってしまう。鉱山街の利権を考えれば、長老会や商業組合役員もこれに混ざりかねない。

 そして襲撃の結果、アンドレアスはあのシーラをすら恐れぬと名と男を上げた。

 ギュルディには理解しがたい感覚であるが、傭兵やらチンピラといった者たちにとって男を上げるというのは命すら懸けるに値する行為であるようだ。

 アンドレアス自身はさして頭がよくないのはよくわかっているので、アンドレアスにこのタイミングでの攻撃を指示した者は他にいるのだろう。


『誰の差し金だか知らんが、これで当分の間、馬鹿共の標的はアンドレアスと今回動かず相対的に名を落としたシーラに絞られる。名を上げたいだけの馬鹿に狙われるってのは並大抵じゃあないぞ。シーラならともかくアンドレアスに堪えきれるか?』


 事が実力行使となれば、ギュルディはシーラに全幅の信頼を寄せている。

 シーラならば一時的に名を落としたところで、勘違いした馬鹿共なぞ物の数ではないだろうと。

 これがギュルディの読みであったが、数日後、ギュルディは己の浅はかさに頭を抱えることになる。

 鉱山街のアンドレアスの狂気を甘くみていたと。






 役員たちの指示を無視して戦いの準備を進める商業組合傭兵隊、コンラードの目を盗んでデニスの下に集うブランドストレーム家、そしてここで終わる気の全くない鉱山街。

 この全ての動きを把握できていた楠木涼太は、宿の一室に不知火凪、柊秋穂、ネズミのベネディクトを集めて相談中である。


「だから言っただろ。こんな街さっさと出といたほうが良かったって」


 涼太の言葉に凪は得意満面に言い返す。


「だから言ったでしょ? 残ってたほうが良かったって」


 頭を抱える涼太に、その肩を小さく叩く秋穂。


「諦めたほーがいいよ。凪ちゃん、シーラと話してる時からもうずっとやる気だったし」

「凪のそのぶっ殺すぞオーラはいったい何処から湧きだしてきやがんだよ」

「もっちろん、溢れんばかりの正義の心よっ」

「ムカツクだの気に食わないだのって感情は正義とはほど遠いもんだろうがっ!」


 おー、と感嘆の声を漏らす凪。


「さすが涼太、きちんとバレてるし」

「ちったー悪びれろ!」


 ベネディクトは盛大に溜息を吐いた。これは凪の馬鹿さ加減にではなく、涼太に向けられたものであった。


「何度考えてもありえん。なあリョータ、お前がしたかったのはこんな下らんことなのか? 街のチンピラが何処で何をしていようと知ったことではないだろう。そんなものを知るためにわざわざ貴重な魔術を使うなどと」

「いやいやいやいや、この上なく便利だろこれ。ベネが教えてくれた魔術の中じゃダントツで最強だって」

「……何度聞いてもわからん。私は全く好まんが、まだ精密工作系魔術のほうが有意義に思えるぞ」


 魔術は、一人の人間が覚えられる種類に限界がある。まだ学びたての涼太ならば猶更だ。

 この種類の多さが魔術師の格の高さに繋がるのだが、どれだけ格が高かろうと何十もの魔術を覚えられるわけではない。

 である以上、どの魔術を覚えるかは魔術師にとっての死活問題である。

 そんな中涼太が選んだ魔術は、遠くを見る魔術と、遠くの音を聞く魔術であった。


「コソ泥じゃあるまいに」


 ベネディクトはそう言って最後まで反対していたのだが、涼太はこの魔術で何を何処までできるのかを確認すると、これ以外ないとこの二つの魔術に決めたのだ。

 この魔術により、涼太は宿に居ながらにして街の様々な場所で起こった出来事を知ることができるのだ。

 同時に二か所、三か所を知れるわけでもないので何もかもを知るとはいかないのだが、相手に気付かれることなく、距離制限さえクリアできれば何処でも盗み見、盗み聞きできるというのだから破格の魔術であろう。

 その魔術の有用性はベネディクトには伝わらなかったが、凪と秋穂はすぐに理解した。


「いいわね涼太、その魔術、私はものすごく強いと思うわよ」

「うん、うん、涼太くんエライ。この魔術ならきちんと戦う前に勝てる」


 この魔術が素晴らしいのは、ベネディクトを始め魔術師はこの魔術を嫌っていること、故に研究があまり進んでいないことだ。研究が進んでいないということはつまり、対策もまだ少ないということで。

 ベネディクトは、こんな魔術学ぶ者などそうそういない、と言っていたが、涼太はその言葉を額面通りに受け取ってはいない。

 応用すれば、一方通行とはいえ遠距離の通信も可能となるものなのだ。更に諜報という面で言えばもうこれはただの反則だろう。

 国家という枠組みがある世界ならば、絶対にこの魔術を重要視している者もいるはず、と涼太は確信していた。

 実に幸いなことに、この魔術、教えられる者も著しく少ないそうだ。

 ベネディクトのような高位の魔術師でもなくば、そもそも存在すら知らないだろうと。

 知識欲の塊であるベネディクトだからこそこんな魔術も覚えていた、という話らしい。新たな魔術の創造は、こうした既存の魔術の応用から生まれるそうで。

 この『遠目』『遠耳』の二つの術で、涼太はこの街の現状を調べ、そして涼太なりに推測を述べる。


「暴れたいって連中よりも、抑え込もうって奴らのほうが上手うわてだわ。多少の暴発はあっても概ねまとまるほうで収まるだろうな。何処でもそうだが、血の気だけで突っ走るようなのはきちんと物考えてる奴には絶対に勝てないわ」


 血の気の多い凪も、別に他人が困るのを見て喜ぶような趣味は無い。問題が起こって誰かがヒドイ目に遭わないのというのであればそのほうが嬉しいのだ。


「いい話じゃない。コンラードってのとギュルディってのが頑張ったのかしら」

「あの二人、率先して動いてるってわけじゃないな。街にいる喧嘩になってほしくない大物たちにきちんと話を通して、後はそういった連中に任せるって感じだ。上手い手だよ、アイツらどっちも当事者みたいなもんだから、二人が出張るよりずっと感情的な抵抗は少なくて済む」


 しみじみと呟く秋穂。


「大人だねぇ」

「俺たちには望むべくもない老練なやり口ってやつだ」


 ギュルディなぞは二十代前半でまだまだ若造であるのだが、十六才の涼太たちからすれば断然大人なのである。

 なんやかやと大きな騒ぎにはならないで済みそうだ、そんな弛緩した空気が吹っ飛んだのはこの三日後である。


 きちんと物を考えて突っ走る奴に、コンラードもギュルディも出し抜かれたのだ。


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