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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十三章 流れ星フェンリル
210/272

210.迫る危機は一つではない


 イデオンの下に、新たな情報が届く。

 二人の美姫の従者が何やら画策し仕掛けてきたというのだ。

 内容を聞くと、イデオンは一人ではこれを判断しかねた。


『ハッセもだが、かの従者も、何故ハーニンゲによる対策をこうまで推し進めるのだ? ハーニンゲに輸出自由化を受け入れさせアーサへの圧力とするというのなら……』


 或いは、ハーニンゲではこのていどの問題でしかなかった、とアーサに見せることが目的か、とも思ったが、アーサがそんなことで自国の経済政策を左右するとも思えない。


『チッ、狙いが見えんとこちらも対策が絞れぬ』


 それにイデオンも今目立つ動きをすることはできない。対ハッセの仕掛けを準備しているところだ。やるのならば一息で仕留めなければならない。ハッセという商人の力をイデオンは見くびってはいないのだ。

 数多の仕掛けが同時に起動するよう、慎重に、丁寧に、段取りを整えていくのだ。

 そんな最中、下手に注目を集めるような行動はとれない。イデオンにとっては、実に嫌らしい時に仕掛けられたことになる。

 それにこの仕掛け、随分と良くできている。聞いた人間が皆、今動かなければならない、と判断せざるをえないような仕掛けだ。イデオンですら、この従者よりの情報を得たのならば無視はできぬところだ。


『やはり美姫二人は囮で、あの従者こそが本命であったか。篭絡が上手くいってくれればいいのだが……』


 かなりの手練れを寄越してきたようだ、とイデオンは警戒を強める。

 篭絡のための人員は、イデオンが考え得る中で最も優秀な女を用意できた。そんな自分の先見の明を密かに誇るイデオンだ。

 思考を進めているイデオンのもとに、また新たな情報が届けられる。

 イデオンの郎党がとても険しい顔で報告にきた。


「イデオン様。美姫の従者による警告に、どうも我らが派閥の者すら動いている模様です」


 そう言ってランドスカープよりの経済侵略対策に動き始めた者のリストを提出すると、イデオンの表情もまた不快げに歪む。


「敵の手が見事であったとはいえ、こうまで多くの者が動くのを見ると、やはりあまり良い気はせんものよな」


 イデオンの派閥の者の中でも特に重要な立場の者や、王家の幾人かにはイデオンがハッセに仕掛ける話を通してある。

 そんな者たちの中にも、ランドスカープ対策に乗り出している者が出ているのだ。それはつまり、イデオンの策が失敗した時の備えが必要と考えたということでもある。

 それ自体は当然の発想であり、イデオン自身が認めたように従者涼太の仕掛けを受け、対策に動くことは決して間違った判断ではないのだ。


『その分の資金をアーサ工作に用いるべき、なんてことは誰しも言うまでもなく理解しているのだろうが……それでも最悪に備えねばならぬのもまた統治者のあり方よ』


 ハーニンゲ貴族や商人が真っ先にすべきこととして従者が勧めていることに、一刻も早くランドスカープの現状を知るべく人を送り込め、というものがあるのがまた小憎らしい。

 従者の出した数字は正しいのだ、少なくともイデオンが把握している分においては。その正しい数字をもとに理路整然とした説得を行なうのであるから、物事の理非を正しく見定める能力のある者ほど、従者の話に乗ってしまうことになる。

 ランドスカープは尚武の土地柄。故にこそ、優れた人員と言えば武に長けた者を彼らは優先するが、ハーニンゲでは正に涼太のような、理によって人を動かす者こそが優れた者と言われるのだ。


『だが、見誤ったな、ランドスカープの知者よ。お主は攻勢に出ずハッセの屋敷に残っているべきであった。お主ならば我が策略、見抜くこともできたやもしれんのにな』


 涼太の仕掛けにより今は僅かにイデオン不利となっているが、こんなていどであれば、イデオンの仕掛けによってただの一撃でひっくり返すことができる。

 優れた者とイデオンにすら思える者を相手に、勝利を確信することの愉悦は何にも代え難い。こんな時イデオンは、自身の才知を最も感じることができるのだから。






 凪にとってなかなかに受け入れ難いことに、魔獣と呼ばれる種の怪物の中には、明らかに人間から魔獣へと変化したと思しき存在もいるのだ。

 凪も涼太から魔獣化の原因を聞き知っている。魔核と呼ばれる人の信仰が結晶化した魔力の塊のようなものが、周囲の動植物に影響を与えることにより、常の生物にはありえぬ形状の生物と化す。これが魔獣である。生物が対象であるからして当然コレには人間も含まれる。

 中には敢えて魔核の影響下に浸ることで自らを異形へと化す一族もいるらしいが、一般的にはソレは不幸な事故がもとでそうなるものだ。


 奇妙な声が聞こえる。

 それは決して獣の声ではないが、人の声と言うには意図が不明瞭だ。

 甲高く、耳障りで、不定期に鳴ったり止んだり、発声器官が人に近いのだろうが、だからこそ、不快感はより増すものだ。

 とはいえこれを不快と思っているのは凪だけで、同行した狩人二人はもう明らかに顔色が悪い。不快ではなく、不気味に感じているのだ。

 がさり。

 そんな音と共に、声が止まり、そして、ソレが姿を現す。

 垂直に伸びあがる勢いで目尻が跳ね上がっている。真っ白な肌と、熊を思わせる剛毛とが交互に全身を覆う直立二足歩行のナニカ。

 再び声があがる。


「氷室山のオキョップリヨだ! やべえ! 本当に出ちまった!」


 これこそが氷室山と呼ばれるこの地に古くからある伝承。この地に入る者を祟り、呪い殺す恐るべき悪意。

 狩人二人が逃げようとした時、あれ、と思った。

 一緒にいた凪がいない。もう逃げたのか、と思った彼らはしかし、オキョップリヨの眼前に突如舞い降りた凪の姿を見た。

 一刀両断。まっぷたつに叩き斬られたオキョップリヨは、二つに分かれていながらずざりと動くも、二撃目にて十文字に斬り裂かれると、その場に崩れ落ち、四つに分かれた部品がそれぞれ痙攣を始めた。


「ああ、なるほど。あの声ね、確かに、おきょっぷりよーって言ってるように聞こえる、かな?」


 祟りも呪いも、全く気にせぬ凪の剣により、氷室山のオキョップリヨは打倒された。




 それは幽世谷と呼ばれるこの世のものとは思えぬ場所。

 ごつごつとした岩場に、煙が噴き出し、大地は白く染まり、ところどころが黄色や赤に濡れている。

 とてつもなくヒドイ臭いが立ち込めるこの一帯に、何故か住み着くソレは、巨大な身体と、まるで人のように器用に物を掴める前足を持った、猿である。


「おりゃっ」


 出てくるなり凪が即座に斬り殺してしまったので、それがどんな生態なのかはついぞわからぬままであった。




 鬼鳴き峠とは「百年早いわよっ」つい先ごろ、通りすがりの狩人の活躍により鬼無き峠へと名称が変更された。




「いやー、意味わかんねーな、アンタほんとに」


 もう、驚くも怯えるも呆れるをすら通り越してしまった、凪とずっと同行している狩人は、これで六か所目の難所を攻略した凪に向かってそんな言葉を漏らした。


「そう?」


 なんて返す凪は、馬に乗って結構な速さでこれを走らせる狩人の脇を、わざわざ重い鎧を身に着けた上で、走って移動していた。

 こんな馬鹿げた移動にも、慣れてしまった狩人である。


「近場からぐるっとヤバそうな魔獣のねぐらを順に回ってるが、いやま、この段階で既に意味がわかんねえんだが、アンタ、これまで殺った魔獣がどんだけウチの国の人間殺してきたと思ってんだよ。そいつをまーいとも簡単に仕留めてくれちゃってさ」

「どうかなー。確かに二体ほどはちょっとヤバイのもいたけど、今のところ残る四体はアンタらでも数揃えれば倒せたんじゃない? 正直、山歩きって部分じゃ私アンタに勝てる気しないわよ」

「……おめーはそもそも山を歩いてねーだろ、つーか当たり前に山を走んな。まあ、それはそれとして。俺たち狩人は狩人で飯食わなきゃなんねんだ、そんなヤバイもんとそうそう勝負なんてしてらんねえよ。勝ったところで、何が出るでもねえんだしよ」

「国から賞金とか出ないの?」

「出るわきゃねーだろ。何? ランドスカープじゃ賞金とかあんのか?」

「んー、ないわね。そもそも、辺境部でも人が住む付近には魔獣なんて出ないし。それに魔獣が出る森に進出するってなったら普通に軍が出たみたいよ」

「羨ましい話だね。ご領主様はそういうのあまりやらねえからなあ」


 凪がランドスカープで見た限りにおいては、ハーニンゲの魔獣の近さは少々異常にも思える。

 狩人の言う通り、この近さでは確実に領民に被害が出ているだろう。都市であれば問題はないのだろうが、農地を広げ都市の外、森の近くにまで住むとなればやはり魔獣の駆除はしておかなければ定期的に人死にが出る。

 ふと、思いついた凪が言う。


「ねえ、この間言ってた魔狼の群、賢いボスが率いているそういうのがきたら、都市部以外全滅もありえるんじゃない、これだと」

「やめてくれ、縁起でもない。かといって都市の軍は魔獣との戦いなんて、それこそ主街道沿いに出てくるはぐれを狩るぐらいしかしてねえんだから、魔獣狩りにはそもそも向いてねえんだよ」


 この辺の狩人と兵士の違いに関して、凪も一応理解はしている。ただ、凪や秋穂は山中で獣を相手にしたとて走って追いつけるので、狩りも問題にならないというだけだ。

 凪はこの狩人の案内で各地を回りながら、一つ調べていることがある。

 それは、各地の狩人が知っている限りで、魔獣がどれだけ増えてきているのか、人の領域がどのぐらいの速さで削られていっているのか、である。


『私の予想だと、コレ、結構洒落になってないと思うんだよねー』






 ヴィクトル老は突然の来客に目を丸くして驚いた。


「なんじゃお主ら、戻ってきおったのか」


 老に対するは、中年の男を先頭に、十余人の男たち。誰も彼も鍛えた身体とカタギとはとても思えぬ鋭い眼光の持ち主である。

 中年の男は顔をしかめる。


「久方ぶりに故郷に戻った息子に、最初に言う言葉がそれか父上」

「カカカカカカカ、いやいや五体無事に戻れたのなら何よりじゃ。まあよい、積もる話は後じゃ後。まずはゆっくりいたせ」


 ヴィクトル老の屋敷は、剣術道場も兼ねており、また門下生が寝泊まりできるようにもなっているので、とにかく大きい。

 これだけの数の不意の来客にも、道場に布団を敷く形であれば宿泊まで対応できる。

 屋敷の中に招き入れると、使用人が彼らを案内する。

 ふと、ヴィクトル老は一人の男に目がいった。


「おぬし、アウグストか?」

「おお、覚えててくれたか。久しぶりだなじいちゃん」

「覚えていたモンより倍以上デカくなっとるがな。よし、アウグスト、お主はちっとこっちに来い」


 ヴィクトル老は大声で使用人に、息子と客人たちにすぐに飯を食わせてやれ、と命じた後、孫であるアウグストを連れて庭の洒落た石椅子に並んで腰かける。

 そして、じっと孫の顔を見た後で問う。


「あの中ではお主が一番と見たが?」

「……そこまで大きな差があるわけじゃない。親父ともう一人には時折してやられるさ」

「アレが、息子に負けて黙っておるか?」

「…………やっぱじいちゃんは誤魔化せねーかー。親父もなー、もうちょっと、周りに合わせてくれりゃあなあ」

「昔っからソレができんから剣を振るしかなかった男よ。ランドスカープの王都で何があった?」


 ヴィクトル老は、息子からは正確な話を聞きだすことができない、と考えたのである。

 孫のアウグストは王都で起こったことを淡々と語ってくれた。

 剣の都とまで言われたランドスカープの王都では今、無数にあった剣術道場のほとんどが潰れてしまっていた。

 彼らは貴族や商人などの有力者を味方につけ、資金提供を受けていたのだが、王都の全ての貴族がこの資金提供を断ってきたのだ。

 また、直前にあった王都の騒乱において、数多の剣術道場が出撃しており、戦いを生き延びた者も敵対した相手次第では捕縛されたり殺されたりしていた。


「これでもさー、親父すげぇ頑張ってたんだぜー。ベロニウス流は王都じゃ五本の指に入るってな。門下生も百人近くいてさ。それが今じゃこのザマだ」

「母親はどうした?」

「……巻き込むわけにはいかねえってんで、実家に帰ってもらった」

「ほう、あやつにしては上出来ではないか」

「向こうから言われたんだよ。かーちゃんさ、王都の商家の出だったじゃん。当主の伯父さん、かーちゃんの兄貴が随分と心配しててさ。俺も残れるよう手配はしてくれてたんだけど、俺ぁベロニウス流の剣士だからさ。商人はできねーよ」

「そう、か。今後の予定は考えてあるのか? 今日来た人数ぐらいなら受け入れも問題ないが、さすがに門下生百人はどーにもならんぞ」

「もうあれしか残ってねえよ。さて、親父はどう考えてるんだか。ここで力を蓄えて、また王都に乗り込むとか言ってはいるが」

「力を蓄えて、か。それは、他所の道場から力を吸い上げるという意味か?」


 アウグストは頬をかく。


「まあ、間違いなくそうなるわな」

「なるわな、ではないわ。ここはランドスカープではないぞ。剣術比べであろうと怪我人が出れば詮議が入るし、死人が出ればお縄となろう」

「さて。親父が直接手を下さなければいい、なんて話で門下生が名うての剣術家を斬る、って話になると思うが、それでもマズイか?」


 大きく嘆息するヴィクトル老は、自身の門下生を呼びつけ、他道場へとこの件を報せに走らせるのであった。






 フェンリルの前に、魔狼としても明らかに一回り以上大きな巨躯を誇り、額が潰れた魔狼が立つ。

 フェンリルが集めた仲間たちはとうに百匹を超えている。それだけの数を率いていても、ここ一番ではフェンリルが前に出るのだ。

 額が潰れた魔狼の名はゲルギャ。ここら一帯を治め、数十匹の魔狼を率いる男は、大軍にも、フェンリルという恐るべき魔狼を前にしても、堂々とその歩を進めてくる。


『俺は、このパチキ(頭突き)で全てを捻じ伏せてきた。てめえにコイツを受ける度胸があるか。それすらできねえ腰抜けに、折る膝なんざありゃしねえんだよ』

『ふっ、正面勝負か。望むところだ。やってみろ、鉄パチキのゲルギャ』

『ぬかしおったな小僧! ドタマぶち割られて中身噴き出しても恨むんじゃねえぞ!』


 フェンリルとゲルギャと。

 双方が十分な距離を開いて相対する。

 両者の部下たちが自身の大将を見ている。どちらの部下たちも、自らの大将が負けるなぞ欠片も考えてはいない。


『行くぞ小僧!』

『来いゲルギャ!』


 両者は同時に走り出す。

 正面勝負だ。お互いが真正面から突っ込んでぶち当たる。紛れも何もない男の勝負。

 だがゲルギャはこの正面勝負を最も得意とする男。


『正面勝負の肝は、衝突の瞬間を如何に外すか、だ。俺のこの鉄の額も、デカイ身体も、勝負を有利にはするが決定打にゃあならねえ。走る力が最も乗った時に叩き込み、相手の力が乗った時を如何に外すかが勝負のカギとなる』


 だからこそ、安易に跳躍なんぞをしてはいけないのだ。勢いよく体重を乗せるには良いやり方ではあるのだが、相手が跳んでしまっているのなら、地に足がついている方が衝突の間を外すのは難しくはないのだから。

 だから、跳ばない。ゲルギャも、フェンリルも。ギリギリまで駆けるを選択する。


『ははっ、やりおるわ小僧。勝負は、最後の一歩』


 お互いの駆ける足の調子を見切り、最後の一歩を自分の方が遅くなるように調整する。

 あまりに小刻みに走り過ぎると今度は速度が落ちてしまう。男の勝負ではあるが、刹那の見切りの勝負でもあるのだ。

 そして、お互いギリギリにまで、ほんの一瞬の差を競うところまで踏み込んだところで、フェンリルとゲルギャの身体の差異が勝負を決めた。

 激突、そして、凄まじき質量を持つはずのゲルギャの身体が、高々と宙を舞った。


『……見事っ。逆に、その小さな身体が、最後の一歩で有利をもたらしたか』


 それ以外全ての点においてフェンリルが不利であったのだが、その、最後の最後の一歩のところで、フェンリルは小柄で歩幅が短いという自身の有利を活かし勝利を得たのである。

 アーサ国にて最大勢力を誇る鉄パチキのゲルギャを下したことで、フェンリルは名実共に、アーサ一の魔狼となったのである。

 着々と、フェンリルは力をつけていっていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >当主の叔父さん、かーちゃんの兄貴が随分と心配しててさ この場合"伯父さん"では?
[良い点] 誰が悪いとも言えず(いや、悪いけどね?)必然として導き出されるだろう地獄。 [気になる点] オオカミ君達がナレ死せん事だけは祈ってもエエか・・・? [一言] さて、今度は断末魔が聞けるかな…
[良い点] なまじ裏をかいて、ライバルを蹴落とすことばかりしてたもんだから 純粋な好意で話しても額面通りに受け取れないイデオンくん。 [気になる点] わんわんもふもふ
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