202.続・決着後
武侠集団クズリ。彼らは王都で散々暴れて回った後、ルンダール侯爵が討たれたと知るや即座に王都を離れた。
王都の大貴族公認で片っ端から殺して回ることができた彼らは皆満足気であった。
彼らは根城である町に戻り、地場のヤクザ組織としていつも通りの日々へと戻る。今回の騒ぎでまた恨みの種はそこら中にまき散らされている。暗殺の依頼は今後も続くだろうと予測されており、彼らはそのための準備に余念がなかった。
そんな彼らの町が、突如現れた五百の軍勢に囲まれた。
町の長が驚いて対応するも、彼らに話は通用しない。それどころか、領主に話は通してある、と言い放つ。
クズリの面々も暗殺者をやっているだけに鼻が利く。不穏な気配を感じ、即座に動くべし、と考えたのだが、五百の軍はそもそも町長との交渉なんてものをまともに進める気がなかった。
町長と話をしている間にも、五百の軍はさっさと町の中に入り込み、まずはクズリが根城としている建物を取り囲み、これに躊躇なく火矢を放ったのである。
「馬鹿な!」
まるでクズリたち犯罪者がそうするように、見るからに治安組織側である兵士たちが火を放ってきたのだ。町中でそんな真似をしたら延焼も覚悟せねばならぬというのに、兵たちは誰一人これを恐れてはいなかった。
こういう時、どうにか穏便な話し合いで済まそうと試みる人間はいる。それは何処でも一緒で、教会の神父様がその任に当たるものだ。
だが、今回に限ってはその神父様も出てこない。
当然だ。彼らを包囲しているのは教会の聖堂騎士率いる兵たちであるのだから。
「外道共め、如何な窮地にあろうと貴様ら如き下衆を好きにさせる教会ではないわ」
何故かクズリの構成員たちの情報や、アジトの場所は全て漏れており、先の任務にて恨みを買った教会戦力により、クズリの人間はほぼ皆殺しの憂き目に遭うのであった。
鬼哭血戦十番勝負にて、シーラへの恨みを晴らすべく戦った戦士ラルフ。彼のいた道場に、この地を治める領主の使いが訪れる。
「鬼哭血戦での失策を勘案し、お主らへの援助は本日をもって停止となる。直ちに道場を明け渡しこの地を去るように」
と、つい先日鬼哭血戦において、あのシーラを相手によくぞあそこまで戦った、と褒められたばかりの彼らは、いきなりの豹変に困惑するも、ここを出ては行くところがない。
それに援助は打ち切りだと言われ、はいそうですかと納得できるものでもない。
ともかくまずは状況の把握からだ、と一度は使者を追い返し、関係各所に人をやって何が起こったのかを確認する。
だが、ほとんどの部署でこの状況を把握しておらず、援助のおすそわけをもらっていた者などは彼らのために憤慨し、抗議をしてくれるとまで言ってくれていた。
長くこの地に根を下ろしているだけに、彼らの味方をする人間もそれなりにはいるのだ。これを頼りに援助打ち切りの撤回を求めるべく働きかけるべし、と彼らは考えた。
その日の晩、領主の兵が道場を取り囲んでいた。
兵を率いる隊長は事情を把握している。
「ま、納得できないのも道理だが、とはいえ、なあ、まさかギュルディ様の婚約者となる方を、殺すと付け狙ってるような連中を飼っておくわけにもいくまい。最後通牒をそれと察せぬ貴様らの不覚だ」
これまで随分と贅沢したんだから諦めもつくだろ、と投げやりに言い、道場の焼き討ちを命じる。
長くこの地にいたからこそ、誰がこの道場の人間かも全て把握されており、ただの一人も逃げ延びることはできなかった。
ルンダール侯爵の暗殺者組織において、元首領であった男は、路地の奥に追い込まれ、壁を背に口惜し気に歯ぎしりをしている。
「おのれ、ぬかったわ」
彼を追い詰めているのはギュルディ配下の諜報員たちだ。その内の一人が、冷ややかな目で彼を見ている。
「あまりなめてくれるなよ。お前が、ニナとシグルズをつけ狙っていることぐらい調べはついている。そして、如何に命懸けであろうと、そんな真似を我らが許すと思ったか?」
「ふん、所詮は田舎の凡骨よ。見ておれ、王都圏の殺しの手口はこんなものでは……」
「それもこれも、もうすぐ全てケリがつく。二度と、王都で貴様ら暗殺者がデカイ顔をすることはない。く、くくっ、確かに、暗殺者がデカイ顔をしているというのはどう考えてもおかしい、なるほど、言われてみればまったくもってその通りよ、さすがはギュルディ様よな」
笑いながら男は、既に滅びている暗殺者組織を順に告げ、残りも時間の問題だ、と語って聞かせてやる。
元首領はその言葉を信じなかった。なので男は、ルンダール侯爵が既に死んでいることも教えるのはやめた。
どうせ信じやしないだろうし、そこまで手間をかける意味もない。
「単身でここまで潜み続けられた技術と意思の強さは称賛に値するがな。お前たちも、お前たちが磨き上げてきた技も、最早今後のランドスカープには不要のものよ。貴様らは、昨日と変わらぬ明日が来ると信じて死ぬがいい」
今こそランドスカープ変革の時。そんな場に居合わせることができ、変革の一翼を担い、昨日と違う明日を信じることのできる己の立場を、男はとても幸福だと思えるのだ。
暗殺者の根城をそれと知られぬままに見つけ出すまでは諜報の仕事だが、これを包囲殲滅するのは兵の仕事だ。
諜報にも直接的な武力行使は選択肢としてあるが、やはりいざ運用するとなれば専門家には一歩譲るところだ。
なので、暗殺者たちの根城を見つけ出した後どう攻めるかは、ギュルディは最初からこの男に任せるつもりであった。
「よくきたな、ヴェイセル」
「持ってきた兵は三百ってところですが、ま、十分でしょう」
ヴェイセルの軍務に関する卓越した能力は最重要機密扱いだ。なので涼太たちすらヴェイセルが王都にいることを知らない。
諜報員が集めてくる情報を精査し、それぞれに相応しい戦力を当てる。時に地元の兵を用い、時に他領の兵を回し、官憲を利用し、存在を許されている他暗殺者に依頼するなんてこともする。
彼ら暗殺者組織が、生活の基盤としているところを踏み潰す。これにより、一時的に生き残ることができたとしても、今後継続的に暗殺者稼業を続けることはできなくなる。最低限はそれでいい。
連れてきた三百の兵は、それらが兵士たちであるとわからぬように偽装しながら、数人ずつの集団にわけて王都入りする念の入れようだ。
彼らは兵士というよりは、或いは監視の任を負い、或いは指揮官となって各地に散っていく。
ギュルディは笑い、言う。
「こういうのなら私にも理解はしやすいな。根拠地を、それも統治者側が攻め滅ぼすとなればそれはもう、国が存在を認めぬと宣言したようなものだ。その状況であれらを庇うような危うい真似は、どれだけ付き合いが長かろうとそう容易くはできまい」
「地元の者と上手くなれ合っている組織には相応の対処が必要ですが、深く潜り隠れ続けられている連中であればあるほどに、官憲に気取られるようなことはしていないものです。だからこそ、地元の兵が動けば彼らにもどうしようもなくなる。逃げる先は辺境か隣国か、どの道、一から暗殺者としての信頼を積み直さねばならない。ま、その逃げるからして至難の業でしょうがね」
ヴェイセルが潰しに動いた組織の内、ルンダール侯爵配下の組織はその内の五割にもなる。
だが、残りの内の三割は最早味方であるはずのベルガメント侯爵と懇意にしている暗殺者たちである。ギュルディは何処を滅ぼすと具体的に口にはしなかったが、ベルガメント侯爵の影響下にある組織にも手を出すからこれを認めろ、と強要している。
これだけは勘弁してほしい、という組織に関しては、その名と存在をギュルディに明示することを求められており、それでは最早、陰に潜む暗殺者組織として成立できなくなっている。
ベルガメント侯爵は、何処までやれるものか、と幾分かの見逃しを想定していたのだが、少なくともベルガメント侯爵の把握している組織に関しては、見落とし見逃しはゼロであった。
王都圏各地でかなり陰惨な事件が多発することになったが、そのほとんどにおいて、町の運営が滞るなんて話にはならなかった。逆に、村が丸々一つ消えてなくなったなんて話はかなりの数にのぼった。
そしてヴェイセルはギュルディの期待通り、潰すと決めた標的はただの一か所も逃さず、この全てを滅ぼし尽くしたのである。
ぴんと背筋を伸ばし上下動が極端に少ない歩き方で、しゃなりしゃなりと歩いているのは、慣れるためにとわざわざドレスを着ているシーラである。
訓練の様子を見る、という名目でシーラの顔を見にきたギュルディは、その動きを見て感心するよりも呆れたような声を出す。
「驚いたな。私の目から見ても直すところないぞ」
そちらに顔を向けぬままシーラは答える。もちろん、声は出しても顔はほとんど動いていない。
「動きだけならどうとでも。後は、身体を慣らすだけだよ」
事もなげに言うシーラだが、ギュルディが見て文句のつけようもないぐらいに、貴族的所作ができているというのは並大抵のことではあるまい。シーラはこの年までそういった教育を一切受けていなかったはずなのだから。
とはいえそれが身体を動かすことならば、説明を受け、良し悪しを都度指摘してくれる者がいるのであれば、シーラにとってこれを覚えることなぞ造作もない。戦闘中であればもっと細かく身体を操作しているのだ。
全身の動きを自身の意思で操作することで、戦士としての技量を見誤らせる、なんて真似をすることに比べれば、とシーラが言うと、ギュルディもなんとなくではあるが納得はできた。
貴族的動きのままで、ギュルディの傍に行く。
「そっちはどう?」
「それだ。カルネウス侯爵から打診があった。私に付きたい、だそうだ」
「へー、それはそれは……」
あくまで上品にシーラは笑う。ギュルディも笑い返す。
「ベルガメント侯爵からシェルヴェン男爵をこちらの派閥に寄越すとの話があったが、まあ、紐付きだろうな。だが、シェルヴェン男爵は最早ウチとの取引の利権で身動きが取れない。その辺の見極めが、まだまだ甘いようだな」
「その上カルネウス侯爵までこっち側にって話かー。カルネウス侯爵を使ってルンダール陣営を崩すってできそうなの?」
「できる。向こうもそれがわかっているから、そのつもりになれたのだろうよ」
「うわー、ギュルディ、顔が悪党してる」
「悪党の旦那は嫌いか?」
「悪党でも、外道でも、どうしようもないクズになっちゃったって、それがギュルディなら私は大好きだよ」
「お、おう」
からかうように仕掛けておきながら、まっすぐに切り返されて照れくさくなっているギュルディである。
新ルンダール侯爵と同格、という扱いでありながら旧来通りルンダール侯爵家の方針を踏襲する、という話でカルネウス侯爵と新ルンダール侯爵の間で話がついている。
もちろんカルネウス侯爵に対する前ルンダール侯爵のやらかしに関しては、十分な補償を行なった上でだが。これをかなり早い段階でまとめられたのは新ルンダール侯爵の早速の手柄と言ってよかろう。
だがその実、カルネウス侯爵は陰でギュルディと繋がり、王家に有利に立ち回る約束をしているわけだ。こういった出し抜くような真似をこれまで一切やったことがないカルネウス侯爵であったからこそ、他貴族も騙されてしまうだろう。
三侯爵の一人として、カルネウス侯爵は自分の足で立つことを決めたのだ。
王都の今後を決める会談に、カルネウス侯爵を呼ぼうとはベルガメント侯爵も新ルンダール侯爵も言わなかった。そしてその事実を彼に告げ、派閥の長として立つ気があるのなら自分に付くよう話を持っていっていた。これにカルネウス侯爵が応えたという話だ。
「王位継承から一波乱あるかと思っていたんだが、この調子だとすんなりと即位できそうな気がしてきたな」
「それでもリネスタードから呼ぶのは呼んでおいた方がいいと思うけど、ヴェイセルはなんて?」
「お前と同じ意見だ。……指揮官だけ呼ぶって、そんなんで本当に良いのか?」
「王様が王都にいるんなら、兵は集められるよ。ただ、千人長やれる人員はきちんと揃えてあげないと、さすがのヴェイセルもしんどいと思う」
そしてギュルディ軍の千人長をやる人員は、様々な派閥からも集める必要がある。オーヴェ千人長招集にはそういった裏話があった。
涼太にとって、それが外傷でありきちんと治療の為の時間と場所を確保できるのならば、後は丁寧に処置をしていくだけの話でしかない。
砕け欠けた骨すら魔術の効果で蘇るのだから、これを見ている者たちはもう、奇跡の御業をその目にしているかのようで。
魔術による治療に詳しい者が見れば、魔術では絶対に治癒不能とされている部分をも回復させているという点に目をつむれば、基本的には他魔術師がする治癒術と大差ないとわかろう。
何度も両手を握って開いてを繰り返したコンラードは、真顔で涼太に問う。
「俺はいったい、お前に何をどうやって返せばいいのか見当もつかん」
「長生きしろ馬鹿め」
両腕欠損なんて姿で帰ってきたコンラードに、涼太ももちろん怒っているのである。
とはいえ相手が五大魔王と聞いた凪なんかは、それなら仕方がない、というかよく生きて戻ったと称えていたし、同じく五大魔王とやりあったランヴァルトやイラリは自分たちは相性勝ちであったと思っているため、相性の悪い組み合わせで勝ったコンラードを責めるつもりは一切ない。
実は自分が相手したジジイが五大魔王であったと知った秋穂も、あのレベルの奇襲をもらって腕で済ませたのなら、コンラードも随分と腕を上げた、と納得した。
なので仕方なく涼太も矛を収めたのである。
ランヴァルトとイラリは共にベルガメント侯爵麾下であり、殴り込みが終わるとあっさりとした様子でギュルディの宿を出ていった。
だが凪も秋穂もコンラードもわかっている。あの二人とは、今後敵味方に分かれようともいつまでも戦友同士であると。
そして王都の騒乱が終息に向かうとなれば、コンラードとニナとシグルズはリネスタードに帰ることになる。アルフォンスはマグヌスを連れて既に出立した後だ。
エルフジジイのイェルハルドは何が楽しいのか王都をふらふらとうろつき回っているようで、もうあれは好きにさせることにした。
涼太、凪、秋穂の三人が、三人のみで集まる。涼太が問うた。
「で、どうする? どうしたい?」
凪は肩をすくめる。
「この後はもう、戦があったとしても勝ち戦でしょ? ボロースの時もそうだったけど、私たち勝ち戦だと居場所ないわよ」
くすりと笑う秋穂。
「ない、ってことはないだろうけど、これ以上ランドスカープ国内で揉めるのはあまりよろしくなさそうだね。まーた鬼哭血戦みたいなことあったらさすがのギュルディも怒るでしょ」
じゃあ、と涼太は用意してあった地図を広げる。
ランドスカープと、その上方にアーサ国が描かれている。
「一度国外に出てみるか。この、ハーニンゲ独立領ってところ、ランドスカープとアーサの緩衝国みたいな立ち位置なんだってさ」




