020.巻き込まれ系には嫌々と嬉々としての二種類あると思う
リネスタードの街において、コンラードという男は結構な有名人であった。
若い頃は無茶も無軌道もやらかしたが、二十代半ばの頃には年に似合わぬ落ち着きを見せるようになり、いつしか周囲が頼り慕う人物となっていた。
そして今は三十代半ば。働き盛りの彼はブランドストレーム家の実戦部隊幹部として、様々な仕事をこなして、いやさ押し付けられていた。
馬鹿なチンピラたちに睨みが利き、育ちに似合わぬ見識を持ち、基本的に善良で面倒見の良い性質の彼は、ブランドストレーム家のみならず街のたくさんの人間に頼りにされる男であった。
なので彼の日常は多忙を極めるのだが、コンラードは再度涼太たちと接触する時間を作り、その寝泊まりする宿へと向かう。
前回は三人のチンピラを連れていたが、今回はこれが腕っぷしの強い五人に増えている。二人のフードの大暴れを見て警戒した結果だ。
揉め事にするつもりもないし相手もコンラードに害意はないとは思うのだが、コンラードはこういったところで用心を怠ったりはしない。実際のところは、三人が五人に増えたていどでどうこうできる相手ではないのだが。
そんなコンラードが護衛の不足に気が付いたのは、宿の前にて思いもかけぬ人物と遭遇してしまったからだ。
「お、お前……」
相手も驚き目を丸くしている。二人組のうちの男のほうが先に口を開いた。
「コンラード? ああ、そういえばそちらも揉めていたんだったな」
男の名はギュルディ・リードホルム。商業組合の若き幹部だ。そして何よりもう一人が問題である。
「あ、コンラードだ。ちょうどいいね。ねえねえギュルディ、こっちは後回しにしない?」
シーラ・ルキュレ。辺境区最強と謳われる剣豪だ。その青みがかった独特の髪と神秘をすら漂わせる美貌から、彼女を本気で死の精霊だと信じている者も多い。
コレが相手では五人程度ではお話にならない。
コンラードはギュルディたちもまた魔術師の従者との交渉に来たと考えたが、だからと隣にシーラを連れられてはどうにもしようがない。優先交渉権はギュルディ側にある。
あっさりと引き下がっては面目に関わるのだが、相手がシーラでは面目を口に出した次の瞬間殺されかねない。コンラードだけならば覚悟も決められようが、後ろには連れてきてしまった部下が五人もいるのだ。
ギュルディはコンラードに対するよりシーラへの返答を先にする。
「お前が何を期待してるのかはわかるが相手はコンラードだぞ。先に話させても連中の暴れっぷりを見ることにはならんと思うがね」
「ぶーぶー」
「私に抗議してどうする。おい、コンラード。お前が出てきたということは、連中と揉めるつもりはないと見ていいんだな?」
シーラを前に、連れてきた五人はビビりにビビっているのだが、コンラードは少なくとも表面上は動揺を見せぬまま答える。
「詫びは金で話がついてる。そっちはどうなんだ。わざわざシーラを連れてくるってことはやる気と見ていいんだな?」
「私をイェルドと一緒にするな。シーラは護衛でついてきているだけだ。おい、物は相談なんだが、こうしてかちあってしまった以上お互い見て見ぬフリもできまい。ならばいっそ、一緒に連中に話を聞くというのはどうだ? それならば揉める要素も少なかろう」
戦力差は歴然だ。にもかかわらずのギュルディの譲歩に、コンラードはその裏を必死に読みにかかる。
元々ギュルディは商業組合でも穏健派に属する男だ。極力トラブルは避けるべしと考えるコンラードとはぶつかる要素は少ないのだが、商業組合が最近不穏な動きをしているのはコンラードも掴んでいる。その幹部であるギュルディを無条件に信用することはできない。
そんなコンラードの迷いが見てとれたのか、ギュルディは苦笑しながら言った。
「恐らく、だがな。この情報はウチとそちらとで共有したほうがいい。変な誤解が元で喧嘩沙汰なんて冗談ではないだろう?」
「……わかった。だが、参加するのは俺一人だ。それでもいいのならば話に乗ってやる」
呆れ顔ではあるが、ギュルディはコンラードの申し出を了承する。
コンラードはついてきた五人に宿舎に戻るよう伝える。彼らは皆帰還を渋ったが、コンラードが強く言うと逆らうこともできずすごすごと引き上げていった。
ギュルディが揶揄するように言う。
「お優しいことだな」
「それだけじゃない。なあ、シーラ・ルキュレ。誘ったのはお前らなんだから、もし万が一があった場合、俺のことも守ってくれるんだよな?」
ぷっと噴き出すシーラ。
「あはは、それは確かに、部下の前じゃ言えない一言だねぇ」
「馬鹿共のボスってのも、これでなかなか気苦労が絶えないんだぜ。アンタにもわかるだろギュルディ?」
コンラードの冗談にもギュルディは真顔を崩さない。
「おいコンラード、お前、この街の現状はきちんと把握できてるんだろうな。私はここに居たのがお前だからこそ、同席を許したんだぞ」
コンラードは冷ややかな目でギュルディを見返す。
「なんだそりゃ。寝返りの打診か?」
「お前を寝返らせるぐらいならデニスを騙して裏切らせるほうがよほど楽だ、馬鹿なことを抜かすな。ブランドストレーム家で喧嘩を収める方向でまとめられるのはお前しかいないって話だ」
ギュルディの言葉をせせらわらうコンラード。
「はっ、金さえ払えば幹部連中は誰でも食いつくさ」
「同額払えば揉めるほうにも手を貸すような連中を頼れるものか」
「頼る! 頼るときたか。……くそっ、馬鹿共帰したの失敗だったか。厄介な話じゃねえか畜生」
「連中が残っていたとしても、言い方を多少工夫したていどでお前に期待した内容は一切変わらんよ。こんな厄介ごと私一人に背負わせるなって話だ」
「……より、悪化する材料持ってるって話、だな」
「正しく現状認識がなされているようで何よりだ」
ギュルディもコンラードも、それぞれ商業組合とブランドストレーム家における穏健派として知られている。
そのギュルディがコンラードに対し、敵対するお互いの所属を超えて協力を要請するとなれば中身は限られてくる。
リネスタードの治安悪化に伴い、ブランドストレーム家と商業組合、そして鉱山街の三派の仲が険悪になってきている。
既に小競り合いは頻発している。ここで変なきっかけでも起ころうものなら大規模な衝突に発展するだろう。その時の被害損害がどのようなものになるか、コンラードにも全く読めない。
さすがに全面対決なんてことにはならないだろうが、大きな喧嘩一つ起こっただけで、その損害はコンラードにはとても受け入れられぬものとなろう。
とはいえギュルディとコンラードの密談なんて真似をすれば、裏切り者呼ばわりされかねない。
コンラードが部下を帰したのはいつシーラに殺されても仕方がない状況から部下を救うため、それだけであったが、こうなってくると密談するには絶妙な言い訳となってくれた。
そのあまりの状況の整いっぷりに、コンラードは畏怖の視線をギュルディへと向ける。
「おい、もしかしてお前、ここまで全部計算通りか?」
「そんなわけあるか。そもそもお前とここで出くわすのすら予想外だったんだぞ。お前との接触の機会をうかがっていたのは、まあ、事実ではあるがな」
怖え怖え、と肩をすくめるコンラード。実際に恐ろしいとも思っていたのだが、そんな相手に対してもこういったおどけた態度が取れてしまうのだから、やはりチンピラ共のボスをしているだけあって度胸は良いようだ。
こちらの話は終わったと見たシーラが、笑いながら言った。
「貴方面白いから一つ教えたげる。私ね、あの子たち一度見たけど、もしかしたら私が本気になっても守り切れないかもしれないよ」
「何?」
一瞬冗談かとも思ったが、相手は盗賊砦を落とした一党なのだ。コンラードはそういうこともあるかと意識を切り替える。
じゃあ行くぞ、とギュルディが声を掛け、三人は宿の中へと入っていった。
「シーラじゃないっ、何よどうしたのよ」
「えへへー、こっちから来ちゃったよー」
「うわー、もしかして昨日の揉め事まずかった?」
「あー、それはいいのいいの。そーれーよーりっ、私まだ二人の名前聞いてないんだけどー」
「そうそう、なんか話盛り上がって名前言いそびれちゃってたわよね。私は凪よ」
「な、ナギ? 珍しい名前だね」
「まあねえ、色々あんのよ。その辺は見逃してちょうだいな」
「うん、いいよー。で、黒髪ちゃんは?」
「秋穂、だよ。ねえねえ、シーラって剣でずっと戦ってたんでしょ? ならさ、今の剣の流行りとかってわかる?」
「まーかせてよ、私武器大好きだからそういうの詳しいよー」
あっという間に打ち解け和やかに盛り上がる凪、秋穂、シーラの三人。
顔を見るなりこれである。さしものギュルディもコンラードも涼太も、呆気に取られてこれを眺めている。
ギュルディは涼太に聞こえたとしても言わずにはおれなかったようで、苦言を口にする。
「おい、護衛の仕事はどーした」
シーラからは即座のお返事が。
「うっさいギュルディ、邪魔しないでよっ。危ないこの二人は私がこうして抑え込んでいるんだから後は自力でなんとかするよーにっ」
これに合わせるように凪も笑い言った。
「そーいうことだから涼太も自力で頑張れっ」
「うんうん、さすがにへんきょーさいきょーの子相手じゃ二人がかりでもないと無理だよねえ、うんうん」
「そういうアホみたいな言い訳はいいからお前らもうそっちで好きなだけ話してろ」
涼太のツッコミ放棄宣言を聞いて凪、秋穂、そしてシーラまでもがにっこりとほほ笑む。
「「「はーい」」」
三人はテーブル一つを占領すると、椅子に腰掛け店のおばちゃんに飲み物とちょっとした食べ物を注文し始めた。
一応、涼太たちが使うであろうテーブルからは途中に障害物が何もないテーブルを選んでおり、何かあったら動くつもりはあるようだ。
嘆息しつつ、コンラードが言った。
「まあ、ともかく座るか。こちらは商業組合の幹部商人、ギュルディ・リードホルムだ」
椅子に座りながら涼太が渋い顔で問い返す。
「俺、アンタと顔合わすの嫌だって言ったろうに……確か、商業組合とアンタの所とは仲が悪いって聞いてたんだが」
やってられん、と嘆きながらどっかと椅子に座るギュルディ。
「どちらにとっても必要な情報なんだよ、お前たちと盗賊砦のことは」
かしましい女の子たちを他所に、涼太、ギュルディ、コンラード、三人の話し合いは始まった。
涼太はコンラードという男を、とても怖くて近寄りたくはないが、それでもまだ話の通る人間であると思っている。少なくとも先の接触ではそうであったし、宿で聞いた評判でもコンラードの良くない噂は聞かない。
既に凪も秋穂も武力を用いてしまっていることも考え、隠しておくより示威に用いたほうがいいとも思えたので、ギュルディから盗賊砦陥落の話を聞かれた時、涼太は素直に凪と秋穂がやったと話すことにした。
ギュルディもコンラードも山の魔術師がやったと当たりをつけていたので特に驚きは無かった。隣のテーブルが、それもう話していいんだー的に嬉々として砦攻略時の話を始めたが、もうアレは放置することに涼太は決めている。
そして涼太は無自覚なまま、ギュルディとコンラードに強烈な一撃を放つ。
「そうだ、ウチの二人が盗賊から聞き出したんだが、盗賊たちリネスタードの街を襲うつもりだったらしいぞ」
ぎょっとした顔のギュルディと、思わず声を出してしまうコンラード。
「なんだと!?」
「街の英雄だかも殺したし、街に協力者もいるしって話だったから、俺は結構危なかったんじゃないかと思ったんだが、実際はどうなんだ?」
「馬鹿を言うな。リネスタードの城壁は盗賊如きがどうこうできるようなものでは……」
そこまで口にしてコンラードは気付く。協力者次第では城壁は無力化されるかもしれない。
そしてコンラードは以前から、商業組合は近隣盗賊たちとつながりがあるのではという疑いを持っていた。
商業組合が護衛に付いていない時の盗賊の出現率があまりに高すぎるのだ。
そして商業組合が山の盗賊たちに協力していたのなら、あの規模の盗賊団ならば街を落とすこともありえない話ではなかろう。
近隣からの徴兵が間に合えば確実にリネスタード側が勝てるのだが、盗賊たちがその危険に気付かないとも思えないし、商業組合がついているのなら奇襲は確実に成るだろう。
ゆっくりと、コンラードはその視線をギュルディに向ける。
ギュルディは少し居心地が悪そうに頭をかきながら苦笑した。
「……まずは、話を聞いてもらえるか?」
「内容如何によってはこの場で叩っ斬る……いや、無理か。くそっ、どの道聞くしかねえじゃねえか」
涼太はおそるおそるといった調子で声を掛ける。
「あー、何かマズイこと言ったか俺?」
「それはもう」
「いや、最高の情報だ」
「…………ややこしい話があるんなら俺は席を外すが」
まずはコンラードが即答。
「いいや、お前は是非ともそこにいろ」
少し考えてからギュルディもまたこれを肯定する。
「ああ、リョータも居てくれたほうがいい」
「いやこれ遠回しに言ってるが、ぶっちゃけ俺お前らの話聞かないで逃げたいんだが」
「「駄目だ、逃がさん」」
「……はいっ」
ちなみに女の子テーブルでは、シーラがあちゃーバレちゃった顔をしていたので、凪と秋穂はこれはフリではなくガチであると確信していた。




