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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第一章 盗賊同盟
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002.柊(前編)


 凪の提案で、夜は二人で交互に眠ることにした。

 森の中に放り込まれたのが前日の朝であったから、もう二日も寝ていないことになる。

 先に涼太が眠ることになると、野外であろうと背中が石でごつごつしていようと、涼太自身も驚くぐらいあっさりと眠ることができた。

 夜半過ぎに起こされ凪と交代する。凪もまたかなり疲労がたまっていたようで、物陰に入るとすぐに寝息が聞こえてきた。

 太陽が沈み切ってしまえばもう灯りなんてものも期待できないと思っていたのだが、びっくりするぐらい星が綺麗で、川も河原も青白くだがきちんと見える。

 森の中を彷徨って、河原で人を見つけたと思ったらそこからは延々解体作業だ。あまり腰を落ち着けて物を考える余裕はなかった。


『ホント、ここ何処なんだよ。あんなクソでけぇ猪とかそもそも日本にいるのか? それに、不知火のあの腕力。意味がわかんねえ。昨日までそんな力なかった、なんて言葉を何処まで信じたもんだか……』


 涼太はまだ、ここが日本の何処かであると信じていた。

 これは涼太の知る常識の範疇の出来事であると。そして問題の解決にはやはり常識の範疇の判断を繰り返せば、積み重ねれば、それで十分だと思っていたのだ。

 それが一発でひっくり返されたのは翌日のことであった。


 翌朝、凪の目が覚める頃にちょうど日が昇ってきていた。

 涼太は凪と相談し、とりあえず川沿いに下流に向かって下っていくことになった。

 凪は植物の植生にも多少なりと知識があるようで、事態がより深刻であることを涼太よりも理解していた。


「ここら辺の木ねえ、日本にある植物じゃないわよコレ」

「げっ。海外ってことか?」

「少なくとも私が知っているような木じゃないわ。似てるんだけどね、どれも少し違うのよ。悪いけど、私もお手上げよ」

「……なんつーか、状況がわかればわかるほど、洒落になんない話になっていってねえかこれ」

「楠木は、携帯試した?」

「スマホは電波が届いてねえ。俺、この世にスマホの電波が届かない場所があるとか、都市伝説だとばかり思ってたぜ」


 くすりと笑う凪。


「なにそれ。ねえ、楠木ってさ……」


 こういったキャンプのような生活をしたことがあるか、なんて話題で二人は盛り上がる。涼太は全く経験がなかったのだが、それにしては筋が良い、と凪は先日の解体作業をビビらず最後までやり遂げたことを褒めていた。

 キャンプ話なら凪のほうがよほど話題が多いだろう、と涼太が話を振ると、次から次へと出るわ出るわ。

 意外な趣味があるんだな、と聞き役に回っていた涼太だったが、不意にぴたりと凪が話を止める。

 少しして涼太もそれに気づいた。

 音がする。それも。


「「人の話し声?」」


 二人は声のする下流に向かって河原を駆けた。

 砂利の上を苦労しながら走り、大小さまざまな岩を避け、大きな岩を乗り越えたその先から声は聞こえていた。


「アキホ! 何をしているさっさと逃げろ!」

「んー、大丈夫だよー。あれ昨日もやったしー」

「猪だぞ猪! 成獣の猪相手になーにを呑気にしている! というかもう間に合わん! かくなる上はこの私の……」

「あー、いらないいらない。ベネくんは少し離れててくれればいいよー。ていうか、私がやりたいから邪魔しちゃやだよー」


 会話は二人。だが人は一人しかいない。

 女の子、制服着用。制服は凪のものと同じ、つまり涼太の学校の制服である。

 こちらも有名な女生徒なので涼太は知っている。

 柊秋穂。ひいらぎ、あきほ。凪のような金髪碧眼といった飛び道具を一切使わぬ、純然たる黒髪黒目で勝負してくる一年最強美少女候補の一人だ。

 背中にかかるほどの長い髪だが、これを頭の後ろで一つに縛りまとめてある。

 学校指定サイズから一切外れぬ制服を着ていながら、肉感的、なんて言葉が自然と口をついてしまうような実にけしからん胸の持ち主であり、男子に多数いる胸部重装甲至上主義者たちから強い支持を得ている。その支持を彼女が喜ぶかどうかはさておき。

 一年生の間で美人で有名な娘は四人いるが、その内の二人がここに来ているとは。

 そこにとても好ましいとは思えぬ作為が働いているように感じられて、涼太の眉は自然とねじくれてしまう。

 だが、そんな猶予も今はないはず。隣の凪が飛び出そうとしているが、もう間に合わない。

 そう、柊秋穂の前には、凪が張り倒したものに勝るとも劣らぬ巨大な猪がいたのだ。

 秋穂は肩に乗せていた小動物を掴むと、真後ろに向けて放り投げる。


「なっ! 何をするっ!? いいから逃げろアキホ!」


 涼太の耳がおかしくなったのか、まるで放り投げられた小動物から声が聞こえてきたかのようである。

 そして突進してくる巨大猪。これを迎え撃つ秋穂の表情を見た涼太は、なんかなんていうかな既視感を覚える。


『あ、これ、もしかして……』


 その瞬間は、涼太にはよく見えなかった。何やら秋穂がちょこちょこ動いていた、遠間から見ておきながらそんな感想を持つ程度にしか見えなかったのだ。

 身を乗り出した凪はもっとよく見えていたのだろう。その顔には驚愕と、歓喜の色が見えた。

 突進してくる猪の真正面からひらりと身をかわし、真横から秋穂の背中が猪に触れた。そんな気安い動きにしか見えなかったのだが、こちらもまた軽トラ紛いの巨大猪の全身が真横に向かって吹っ飛んだ。

 衝突時の音の大きさは凪のそれをすら大きく上回る。地響きのようなその音に弾かれるように、大猪は真横にごろごろと転がっていった。


「むう、ちょっと外したかも」


 転がっていった大猪はすぐに身を起こす。足元がぷるぷるしているが、必死に身を翻そうとしているのが涼太にもわかった。

 猪の心なんて読めない涼太だが、今猪が何を考えているかはすぐにわかる。ヤバイ逃げろ、だ。


「にっがさないよー。猪おいしいからねー、たーべちゃーうぞー」


 ただの一歩で、吹っ飛んだ猪のすぐ傍にまで踏みこんだ秋穂は、両手を揃えてその頭部に打ち込んだ。

 大猪はその一撃で、全身を震わせたかと思うとゆっくりと横に倒れ、二度と立ち上がることはなかった。




「ええ! 不知火さんも居たんだ! 良かったよ! 私てっきり私だけかと思ってた!」

「私もよ。しかもその相手が柊さんだもの。ねえ、柊さんって、中国拳法系?」


 頬をかく秋穂。


「あー、まあ、バレるよね」

「学校に居た頃から目は付けてたわよ。運動神経良いってだけじゃなくて、明らかに武術やってる歩き方してたし」

「えー。私それ上手く隠せてなかった?」

「ふっふーん、私、隠し方と見破り方習ってるもの」

「のワリに、不知火さんあんまり隠してなかったよね」

「わかる人にはバレても構わないわ。そういう人にはきちんと警戒していてほしいもの」

「うん、してた。不知火さんって、学校に居るってのに剣呑な気配漂わせてることよくあったでしょ」

「あれは別に……誰にだって不機嫌になる時ぐらいあるでしょ」

「あははははは、不知火さんその頻度高すぎだよー」


 女子高生二人はそんな姦しい話をしながら、涼太を含む三人でたった今秋穂が仕留めた大猪の解体作業中である。

 もちろん秋穂も、当たり前の顔をしてナイフを持参していた。

 声や話し方はともかく、内容はとても女の子のするものとは思えぬ話題に、涼太は入っていける気がまるでしないので黙々と言われた作業を続けている。

 そんな涼太を、同じく会話に入っていけそうにないらしいもう一人、というか一匹がじっと見ていた。


「ふむ、君は、リョータ、でよかったかな」

「……ああ、そうだよ。そっちはベネディクト、でいいか?」

「うむ。ああ、ほっとした。アキホたちはもしかしたら私の名前を発音できないのかと思っていた」


 涼太は彼、というかソレ、を見下ろしている。

 ネズミだ。それも手の平に乗ってしまうぐらい小さなネズミだ。

 真っ白でふわっふわの毛並みのせいか、ネズミというよりはハムスターといった感じが近いだろう。でも当人はネズミだと主張している。

 その白ネズミが、明らかにげっ歯類な口で、涼太にも聞き取れる流暢な日本語で話をしていた。


「なあリョータ。君たちの国では、女性が強いのが一般的なのか? まさか、大猪を武器もないのに一撃で仕留めるなどと……」

「あれを俺たちの平均値に見立てるのは止めてくれ。それとこっちからも是非とも聞きたいことがあるんだが、答えてもらえるか?」

「ん? なんだ?」

「俺の知ってるネズミは日本語話したりはしないもんなんだが……アンタいったい何者なんだ?」


 白ネズミはうむ、と頷いた後で二足で直立し、腰に両手を当てて胸を反らす。


「我が名はベネディクト・クエスト。真理を探究する学徒、魔術師である」


 それだけ言うと、ベネディクトは逆に質問をしようとしてきた。今度はこちらの番だとばかりに。つまり、彼にとって涼太のした質問は先の返答にて全て答えきっているつもりなのだろう。

 不意に秋穂がこちらの話題に口を出してきた。


「そうそう、凄いでしょ。ベネくんって魔法使えるんだって。私も見せてもらったんだよ。ほんとに、本当に魔法がびゃーって出たの。ねえねえベネくん、不知火さんと楠木くんにも見せてあげてよ」


 ベネディクトは少し意外そうであった。


「そうだ、リョータよ。アキホはそちらに魔術が無いと言うのだが、幾らなんでもそんなはずなかろう。魔術も無しでお前たちの着ている衣服やらをどうやって加工したというのか。そんなきめ細かいもの、魔術も使わずできるはずがないだろう」

「だーかーらっ、そういう技術はあるけど私たちの世界に魔法はないのー」

「ええい、真理の探究者たる魔術師に向かって虚言を並べるなアキホよ。ならばどうして、リョータは魔力を有しておるのだ」


 え、と秋穂、凪、涼太の三人が固まってしまう。ベネディクトは言葉を続ける。


「私の目は誤魔化されぬぞ。いや、何かしらの都合で隠していたのかもしれんがリョータよ。今この場で戦力の出し惜しみは悪手以外のなにものでもなかろう。素直に言ってしまうがいい」

「え? 俺? いや隠すって……」

「だーかーらっ、私は魔術師だと言っておろうが。その私に、魔力を持った人間がそれを隠しおおせるものか。ほれ、リョータの体内からは……」


 涼太は片手を前に突き出し、ベネディクトに待ったをかける。


「待て、待て、待て。さっきから黙って聞いてれば聞き逃せないような単語がぼろぼろと出てきてるが、いったい、それは、どういう話なのか。一つ一つ順に説明してくれ」


 涼太は自分たちの置かれた状況を説明し、涼太と凪が現状をどう捉えているのかからベネディクトと秋穂に伝える。

 そしてその上で、涼太たちにいったい何が起きたのか、そしてこの森に来てから出会った数々の不思議を解説してほしいと頼んだ。

 白ネズミのベネディクトもここまで涼太たちが何も理解していないとは思っていなかったらしい。ならば、と一から全てを説明してくれた。


 ここは、涼太たちの居た世界とは異なる世界、らしい。

 涼太、凪、秋穂の三人は、召喚術によってこちらの世界に呼び出されたと。

 そしてなんとその召喚儀式の準備に、ベネディクトも参加させられていたという。


「君たちからすれば文句の一つも言いたいだろうが、何せこちらはこれこの通りネズミの身体だ。一度捕まってしまえばもうどーにもならん。実際の術の行使にはさすがにネズミの身体では大した魔力も出ないことから参加はしなかったが、そのおかげで私だけが命拾いしたのだよ」


 魔術師四十五人による超大規模術式だったらしい。

 そして儀式に失敗し、術に参加した術者は全員が干からびて死んだ。それはベネディクトにとっても予想外の結果であったようで、術式は完璧だった、と彼は何度も繰り返していた。

 一匹で残されたベネディクトはこれでようやく連中から逃げられるようになったのだが、儀式のための隠れ家は森の奥深くであり、ネズミ一匹にすぎないベネディクトにとってここを突破するのは至難を極める。

 困り果てていたところに、秋穂が現れたという話らしい。

 そして一番の懸念。元の国に帰れるのかという話だが、ベネディクトにも全くわからないらしい。

 そもそも、今回の召喚術は人間を招くようなものではなく、異界の強大な存在を呼び出すために行われたもので、そのために必要な準備は全て整えてあり、それが何故術者が全員死亡した挙げ句人間が三人なんて召喚内容になっているのか、ベネディクトにもわからないと。

 ここをもっと突っ込みたいと思った涼太だったが、他にも確認したい事項があったので一時保留。


「で、俺に魔力って、何?」

「まだ誤魔化すかっ。リョータは誰がどー見ても魔術師であろうに」

「詳しく」


 ベネディクト曰く、涼太には魔術師に必須の魔力というものが備わっているらしい。試しに、とベネディクトが簡単な光を作る魔術を一つ教えたら、すぐに使うことができた。

 それまで異世界転移なんていうとんでも話を聞かされても、うさんくさげに、或いはこれといって動じるでもなく、平静なままで聞いていた凪と秋穂の両名が、これには勢いよく食いついてきた。


「ちょっ! 楠木それ本当に魔法なの!? ねえねえ! 手品とかじゃなくて!? 本気で魔法って何それずるいっ! なんで楠木だけなのよ! 私もっ! ベネ君私も魔力ある!? あるわよね! あるって言いなさい!」

「うわぁ、まさかの楠木君も魔法使い展開。楠木君って、実はこっちの世界出身だとかそーいう話?」

「んなわきゃねーだろ。あと、不知火は落ち着け。ネズミ相手にお前が本気で掴みかかったら中身飛び出しちまうぞ」


 我に返った凪がベネディクトから手を離す。彼はとても怯えた顔をしていた。

 その後幾つかのことを確認したところ、涼太にはかなり優秀な魔術師になれる素養があることが判明した。あと、ベネディクトが日本語を話せるのも白ネズミの姿をしているのも、どちらも魔術だから、らしい。


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