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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十二章 王都血戦
184/272

184.赤き衝撃ヨーゼフ


 不知火凪の反応速度は、ともすれば秋穂をすら超えるほどのもので。

 秋穂が飛来物の風を切る音を聞いてから身をかわすのが間に合うように、凪にもそういった人間離れした反応を期待することができる。

 だが、それでも及ばず。


「へ?」


 そんな間の抜けた声と共に凪の全身は、必殺の同時攻撃とばかりに襲いかかってきていたイェムトフントの戦士たちと共に宙を舞っていた。

 その時の凪の心境である。


『なにごとおおおおおお!? 痛いっ! すっごい痛いって! ていうか吹っ飛んでない今!? やばっ! 上どっち!? 敵は!? みーえーなーいー。後ろ、確か、壁』


 そこまで考えたところで、家の石壁に背中から叩き付けられる。

 一瞬、視界が真っ白になって呼吸が止まる。

 耳から入ってくる壁が崩れ落ちる音が、どこか別世界から聞こえてくる音に思える。

 身体がごろごろと転がっていて、視界も白いままで回っている。それすら自分のこととは思えない。

 そのまま白の中に溶け込んでしまいそうで。だがこういった経験も凪はしたことがある。これは間違いなく気絶の前兆で、こんなところで気絶なんてしたら一緒に息の根も断たれることになろう。


『目覚めよわたしっ!』


 気合いを入れ直すと、彼方に吹っ飛んでいた現実感も戻ってきてくれた。同時に全身の激痛も。

 だが、痛いの裏に微かに身体が床に触れた感触がある。

 これと気合で少し戻った視界を組み合わせれば。


『こんにゃろ!』


 手足を動かし、転がる勢いを殺しながら綺麗に立ち上がれるのだ。

 そして痛みも朦朧とする意識もそのままに屋内を真横に向かって走り出す。足音を忍ばせながら。

 何が起こったのかまだわかっていないが、敵にやられたのだけは確かだ。もう一発をもらわないためにも、今の家だかなんだかに叩き込まれた状況は利用できる。

 二歩、三歩、と動く間に、意識もはっきりとしてきた。

 視界が広がり、思考もより複雑化し、身体の反応から損傷具合もわかった。

 家の壁を蹴って跳び上がり天井の梁に手をかけ、凪が吹っ飛んできた方向から見えない側の屋根を外して外に出る。

 そして音もなく隣の家の屋根へ飛ぶ。

 この瞬間が敵に発見される可能性が一番高いと凪は思っていたが、敵からの攻撃は無し。

 そのまま更に隣の家の屋根に移り、屋根から飛び降り、先ほど凪が戦闘していた通りを見るべくちらと顔をのぞかせる。

 ここまでで、凪が吹っ飛ばされてから一分も経っていない。正体不明の不意打ちに吹っ飛ばされておきながら、秒の間に既に危険地帯より逃れている。

 移動と索敵を行ないながら、凪は同時に先ほどの攻撃のことを考える。


『なんか赤というか小豆色というかな色が見えた? それに、あの瞬間に仕掛けてきたってことは、最初の集団とは別口? 多分魔術、かな』


 幾つか予測を立てつつ通りを見渡す。

 イェムトフントの戦士たちはそのほとんどが吹っ飛ばされ動きを静止している。凪も、自身でもなくばアレには耐えられないだろうと思えるほどの衝撃だった。

 向かいの建物から、一人の壮年の男が出てきた。

 彼は特に周囲に注意を払う様子もなく、凪が叩き込まれた建物に足を向けている。


『衝撃波、かな。色がついてて目に見えるものだってのは初めて知ったけど。で、範囲は……んー、随分広いかー』


 破壊が及んでいる範囲をざっと見渡し、一撃の効果範囲と威力を類推する。


『てか、あの威力であの範囲ってちょっと、何よアレ。反則でしょあんなの。しかも不意打ちでやられたら反応なんて絶対に無理だったし。見てれば避けられるかな? ……んー、楽観は禁物かー。んじゃこっちも不意打ちといきますか』


 逃げるなんて思考は凪にはない。まともにもらっても即死しないのだから、最悪でも敵の力の底ぐらいは探ってやろう、なんて考えているのだ。

 もちろん思考の大半は、よくもやりやがったなぶっ殺してやる、であるのだが。

 凪の標的、赤き衝撃ヨーゼフが突っ込む凪に気付いたのは、一流ならばその気配に気付けるだろう、凪がそう思っている距離であった。

 ヨーゼフが凪に気が付いてどう動くか。

 振り向いて視認する。それで終わりだ、凪の剣がヨーゼフを斬る。

 音を頼りに攻撃を仕掛ける。武器を用いた、もしくは手足を用いたものならば、凪の方が速いし、凪なら見てから対応できる。

 なのでヨーゼフがここで生き残るには、振り向きもせず、手足の挙動を頼らず、迫る凪を仕留める手段。

 すなわち、赤き衝撃である。


「まずっ」


 凪の見る景色全てが薄く赤黒に染まる。

 咄嗟に真横に跳べたのは凪の人間離れした反射神経あってこそ。

 だが、それでも、効果範囲の外にまでは跳べず。

 勢いよく弾き飛ばされ、最初にコレをもらった時のように空中を景気よくすっ飛んでいく。だが、これも二度目だ。

 空中で足を伸ばし地面をこすらせ無理矢理減速。脚部が減速して上半身が減速しなかったので頭部が斜め下方に落ちていく。落ちるというか、飛ぶ方向が変化したというか。

 そのまま大地と激突、とはならず、衝撃は首と背中で器用に吸収すると二回転で凪は立ち上がる。

 すぐに走って視界外に逃げようとした凪であったが、ふと、その足を止める。


「何よ、追撃しないの?」


 ぼけーっと突っ立ったままのヨーゼフは、目を丸くしながら答える。


「……いや、そんな当たり前の顔で動かれるとは思わなかったものでな。お前、ソレ、魔術か?」

「ソレってどれよ。そもそも私は魔術なんてからっきしよ。当たり前の顔で魔術使ってくるアンタを滅多打ちにして殺してやりたいと思うぐらいには」 

「物騒だなおい。ということは、私の衝撃波を受けても動けるその頑強さは自前か? 信じられん……いや、なればこその数多の逸話か。うーむ、本気で惜しくなってきたな。お前、私のもとで働かんか? もちろん友なり仲間なりがいるのなら一緒に面倒を見よう。金に不自由するような生活は一切させんと約束するが、どうだ?」


 凪は胡散臭げな目でヨーゼフを見るが、ヨーゼフは特にふざけているようにも見えない。


「アンタそれ、本気で誘ってない?」

「冗談でこんな話をするものか。お前ほどの戦士が今日限りで潰えてしまうというのは、いっそこの世全てにとっての損失ではないのかとすら思えてくる」

「あらら、ありがと。でも、ま、こう見えて私もボスがいる身だし、それに、本気でそんな誘いをかけちゃうぐらい私に勝てるって確信してるアンタと、雌雄を決してみたいって今すっごく思ってるのよね」

「そう……か。それもまた戦士のあり方よ。こうしてみると、五大魔王というのも因果な役目よな。その美貌、素質、いずれもどれだけ時間をかけてでも口説き落とすに足るほどの価値があろう。しかし、剣を抜き我が前に立つのならばこれを殺さずにはおれぬ。惜しき事よ」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、だからってこっちからも誘ったりはしないわよ。私の友達はきっと、アンタみたいなのをこそ殺そうと思ってるだろうし」


 くくっ、と口元を押さえて笑うヨーゼフ。


「そうかそうか、それは残念だ。では」


 空気は変わっていない。弛緩した、冗談を言い合うような口調で、気配で、ヨーゼフは動いた。

 ヨーゼフにはわからなかったが、凪が動いたのはヨーゼフの赤き衝撃が放たれた後、である。凪は赤を視認してから動いたのだ。

 ヨーゼフからは、まるで目の前から消え失せてしまったかのように見えた。

 だが、右目の端の方で何かが転がるのが見えたのと、衝撃波の音に紛れて小さな衝突音が聞こえたのと、凪の悲鳴だか文句だかが聞こえてきた。


「これでも駄目かー!」


 凪は横っ飛びに跳んでいたのだが、その下半身を衝撃に引っ掛けられたようで、腰を中心に真横に向かってぐるぐると勢いよく回転しながら弾き飛ばされていた。

 ヨーゼフはその場から全く動かず、しかし呆れたような、感心したような声で言う。


「この一瞬で、あそこまで跳べるものか」


 その声と同時に二発目を放っている。

 それは赤い風に見える。

 ヨーゼフが見た方向ですらない、ヨーゼフがそうあれと望んだ方向に、赤黒い大気の塊が叩き付けられるのだ。

 それは塊であるが、より正確には壁であるかもしれない。

 凪にすら避けきれぬ高速で飛来するものを、壁と呼称していいものかは判断に迷うところであるが。

 この衝撃波、ヨーゼフが望んだ時に、望んだ方角に、自らより放たれる形である。衝撃波よあれ、とヨーゼフが心に思い描いてから実際に放たれるまでの時間差は無し。ヨーゼフが思った瞬間にはもう放たれている。

 そして放たれた衝撃波は平屋の家一軒を丸々覆うほどの広範囲で、文字通り瞬く間に通過するほどの高速である。

 後はヨーゼフ自身の反応速度だけが問題となる。だがこれすら、凪の踏み込みに反応できるほどのものを持ち合わせているのだ。

 最も重要な威力はといえば、相手が凪でなければほぼ即死である。ヨーゼフ史の中でも、これをもらって耐えた人間なぞ数えるほどしかいないし、次撃でその数えるほどもあっさりと沈んでいる。

 一人の人間に四度もこれを放ったことなどヨーゼフも初めてである。

 しかも三度目の衝撃波は、身体半分はかわすところまでいけていたのだ。

 ヨーゼフも、自身の術を見てからかわされるなんてこと想像だにしていなかった。

 なので、ヨーゼフが避けられぬように、と実戦で工夫をこらすのも、実はこれが初めてである。


『自在に操れるようになるため随分と訓練をしたものだが、やっていた私自身ですら、本当に役に立つことになるとは思っておらなんだな』


 真横に跳ぶのであれば、衝撃波の面積を横に広げてやればいい。それで、次は身体半分が避けるなんて真似もできまい。

 だが、不知火凪は、そんなヨーゼフの予測をすら上回る動きを見せる。

 凪はヨーゼフの衝撃波を見てから動いているのだ。だからそんな動き方も理論上は可能だ。瞬く間すら与えられぬ刹那の拍子に、放たれた衝撃波の違いを見定めるなんて真似ができればの話だが。

 凪は、ヨーゼフに向かって走りながら上へと跳んでみせたのだ。

 横に広げた分低くなった衝撃波を跳び越えようと。

 こんなもの、最早理屈だのなんだので説明できる現象ではない。

 そんなことができるなんて考えてもいなかった凪が、ヨーゼフの放った衝撃波がそれまでと違って横に長いものであると見切り、横に逃げず前に走りながら跳び越えた、のである。

 不知火凪という生命が見せた、戦闘という場においてのみ起こりうる奇跡という名の、超絶理不尽である。

 着地と同時に足が動き、凄まじい加速を見せる凪。

 だが、それでも、真正面からであるのだからヨーゼフも反応はする、できる。

 五度目の衝撃波。それも自身へと向かってくる凪に向かって放つのだから、今度こそ理不尽ですら圧し潰せよう。


『来る時がわかってるんならこっちだって備えられんのよ!』


 凪、衝突の瞬間に、剣を投げ捨て両腕を眼前に構え、両足を前後に開く。

 通過は一瞬、されど人体を一撃で即死せしめる衝撃。これを、不知火凪は真っ向から受け止めてみせる。

 後退すれば、凪の負けだ。

 だが、身体が堪えられると知っているのならば、後は単純に力の勝負。筋力もそうだが、姿勢の強さを確保できればかなりのところまで堪えることができよう。

 一瞬で速度がゼロになったが、すぐさま凪は走り出す。余計な惑わしは不要。ただただ一直線にヨーゼフを目指す。

 ヨーゼフの魔術、赤き衝撃は連続で放つことができる。少なくともヨーゼフはそう思っていたし、実際にその通り連射も可能であった。

 だがその連射速度が、現状では必要不十分であったとは。

 多数を相手取る時ですら、ここまでの連射は必要ではなかったのだ。だが、今は、連射速度が、低いと、再び放つまでに、時間が足りぬとヨーゼフは焦る。


『まさか、ここまでの技術が必要とされようとは……』


 連射可能になったこともまたヨーゼフの鍛錬の賜物であったが、より以上の連射が要求されるなぞ、完全に予想の外であった。

 凪の抜き手で頭部を半分に千切られたヨーゼフは、自身の辿ってきた道を思う。


『足りぬ、か。五大魔王と呼ばれ、いやさ五大魔王最強であるとまで自負するに至った我が赤き衝撃が、まだまだ、未熟であったとはな……』


 完全に息の根が止まったヨーゼフを見て、凪はようやく肩を落とす。

 呼吸が荒いのは、疲れもあるが全身を襲う痛みのせいもある。

 特に最後のがよくなかった。それまでの衝撃破は、衝撃を後ろに逃がすこともできていたのだ。だが、最後のは全部まともに我が身で受けてしまった。

 頭部にもらっては意識が危ういと腕で防いだせいで、いまでは腕は上に上げるのすらしんどい。最後の抜き手は完全に意地だけでどうにかした。

 ちょっと覚束ない足元のまま、凪は秋穂がいるだろうと思える方向にふらふらと歩いていく。


「これが、王都ね。なるほど、そりゃシーラもギュルディの傍を離れたがらないわけだ。こんなのが後何人いるんだか」


 身体中痛いし、強烈なのを食らい過ぎて頭がくらくらしているが、凪はだからと自身の生命の危機である、とは思っていない。

 三千と殺し合った時のあの苦しさを考えれば、凪は自分がまだまだ戦える状況である、と判断していた。

 非常識な戦績を持つ戦士は、当然その判断基準も非常識なものになるのである。



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― 新着の感想 ―
[一言] どうやって障壁出してるかが気になりますね。 壁じゃなくて剣山の様にできたら、凪は終わってたでしょうね。
[一言] 凪の理不尽な強さ好き
[一言] 慢心せずに威力上げるか回転上げるか衝撃波を槍型とかに出来たら最強になれたのに… てか平気で連発してるし現状でも数百人くらいは1人で倒せそう…
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