183.三剣のヴェサ
五大魔王、その名を名乗るからにはそこに大きな責任が伴う。
とはいえその責任、役割もそれほどややこしいものではない。ただ単純に、負けなければいいだけだ。
この絶対条件を成立させるに当たって、幾つか付随する条件がある。
そもそも戦わなければ負けようがないとか、数さえ十分に揃っていれば勝てぬ相手などいないとか、勝敗定かならぬ形で収めれば誤魔化せるとか、そういったつまらん真似を許さないための諸条件である。
その条件を満たすため、三剣のヴェサは秋穂を、赤き衝撃ヨーゼフは凪を、狙うと決まった。
「あーあー、お主はここらで負けて死んでくれんかのー」
「老こそいい年なのだ。無様を晒す前にさっさと引退したらどうだ」
そんな友好的とはとても言い難い言葉と共に、二人は同時に標的へと仕掛けた。
乱戦の最中。柊秋穂は、自身を狙っている五大魔王三剣のヴェサの気配に、全く気付いていなかった。
元より暗殺者、元より奇襲の術を磨いていた、そんなヴェサが暗殺実行の気配を、空気を、挙動を、見抜かれるわけがない。
ヴェサの放った必殺の刃は音もなく宙を舞い、半数以上の人員を失いながらまるで戦意の衰えぬイェムトフントの戦士たちの上空より秋穂を狙う。
そちらから投擲武器が飛んでくるはずがない、そんな角度より、投槍並みの重さを重力により得ることができた高速の剣が、秋穂の背後より迫る。
『ん』
秋穂はその場に身を深く沈める。
物は考えていない。そちらの方角から、そういった空気を切る音が聞こえた時、秋穂はこう動くと決めている。
秋穂がそうやって決めている方角や音は多岐に渡る。それら全て、これまでに打ち込まれた投擲武器の音や実物から得た、経験に基づいた判断である。
全く自慢にならないが、秋穂は飛んでくる矢や槍や剣やらに狙われた回数なら、ランドスカープどころか元の世界含めても一番であると自負している。
故に、これは偶然ではない。秋穂が、五大魔王三剣のヴェサの、成功率九割九分を超える不意打ちの初撃を回避したのである。
「………嘘じゃろ」
さしものヴェサもこれには驚きを禁じ得ない。
こんなもんヴェサにだってかわしようがない一撃だ。いやさ王都の著名な剣士であろうと、絶対にかわせないと長年信じていたものであったのだから。
驚天動地な出来事であったが、ヴェサは次にどうすべきかは知っている。
いつでも今回のような完璧な不意打ちができるわけではない。そんな時にどうするか、ヴェサはむしろそこからが本領発揮でもある。
イェムトフントの戦士の脇下をすり抜け、再び剣が秋穂を襲う。
なんと今度はこの剣を秋穂は剣で弾いてきた。
「何今の?」
不思議な手応えに秋穂は戸惑っている。他に、断続的に聞こえてくる大きな音に意識を向けているのもわかる。
秋穂は戸惑いながらも、イェムトフントの戦士への対応は一切怠っていないのだが。
そして周囲への警戒度が上がった。三度目の攻撃は、もう完全に見られていた。
「剣? 飛ぶ剣?」
まるで矢のような速さで空を飛ぶ剣。これが三剣のヴェサの秘術。この正体を乱戦の最中にあっさり見抜いてみせた秋穂の目の良さにヴェサは舌打ちする。
イェムトフントの戦士も残り少なくなっているが、彼らの戦意は失われていない。
正に今、秋穂に向かって真正面より跳び上がるように襲い掛かる戦士のように。
秋穂の側は胴を貫く、切り裂く、どうとでも好きにできるが、それで急所を失ったとて、腕さえ動けば落下する勢いに乗せ何が何でも斬りつけてやるという捨て身の飛び込みだ。
『ふん、実に暗殺者らしいのう』
その覚悟を、ヴェサも汲んでやる。このイェムトフントの戦士もまた飛来する剣を見て、秋穂を狙う魔術の存在に気付いたのだろう。
俺の背を使え、そう言葉によらず主張する飛び込みだ。追い詰められてもいるのだろうが、飛ぶ剣を見て即座にこの決断が下せるその覚悟のほどが素晴らしい。
完全に秋穂の視覚の外からになるヴェサの飛ぶ剣。イェムトフントの戦士の背を貫き、秋穂へと伸びる必殺の一撃。
あまりに見事な即席の連携であったが、秋穂の視点からすれば、そもそもこの飛ぶ剣とイェムトフントの戦士が連携に長けていると考える方が自然なのだ。
「甘い」
男の背より聞こえてくる音を聞き、男の身体の動きに神経を集中させる秋穂。
いや、身体の動きではない。秋穂が見ているのは剣に貫かれた肉の動きだ。
男の身体が不自然に揺れ、胸元に動きが見えた瞬間秋穂も動く。
横薙ぎの一閃。飛び出してきた剣ごと男の身体を両断する。
本来、よほどの剛力がなければ人一人を一撃で両断することなどできはしない。それを、見た目少女の秋穂が簡単に成し遂げてみせるのだ。
『えいくそ、どーいう身体しとるんじゃあの女は』
ヴェサがそんな愚痴を漏らしたくなるのも無理はなかろう。
そのまま秋穂の周囲のイェムトフントが全滅し、その場には秋穂と、縦にまっすぐに浮かぶ剣が一本。
「うーむ、結局、正体不明かー」
秋穂はこの剣を操る術者を戦いながら探していたのだが、少なくとも秋穂の視界が通る場所に誰かがいる様子はない。
激しい戦闘でもあったため、秋穂の現在位置は既に屋敷の前から離れてしまっている。
早々に凪と分断されたが、そちらからは大きな音が聞こえてくるのみで戦況はわからない。
じゃあコレをどうするか、となった時、秋穂は躊躇なくこの剣に背を向けた。
「いや、さすがに剣が相手じゃねえ」
ちょっと困った顔で、すったかたーと逃げ出したのである。
『思い切りがいいのー、黒髪のアキホよ』
当然コレを追う剣。その飛行速度を、秋穂の足は当たり前に超えてきた。人を斬る、刺す、そういった真似ができるほどの速度を出せる空を飛ぶ剣を、足で走って振り切れるのだから術者であるヴェサも苦い顔にならざるをえない。
『ほんとにっ、この女はっ、いったいどーいう身体しとるんじゃ!』
逃げる秋穂の行く先に、もう一本の剣が浮かんでいる。
「出し惜しむねえ」
秋穂は即座に真横に跳ぶ。それは建物の中に飛び込むといった形だ。
木窓をぶち破りながら足から飛び込む。両手は木枠の上端を持っており、部屋の中には木窓を蹴り割りながらも滑り込むといった滑らかさで入っていく。
追う二本の剣。屋内は家具が並ぶ応接室で、人一人が動き回るぐらいの広さはある。
空を飛ぶ剣は、さすがにこの広さでは勢いをつけて飛来するといった真似ができず、その場で滞空したまま秋穂に、まるで目に見えぬ戦士が剣を手にしているかのようにコレを振るってきた。
二本同時の攻撃だ。だが、秋穂はこの全てを危なげなく受け、避け、流す。
そして確信した。
『あー、そう、そうなんだ。ふーん、つまり、キミは、絶対に殺しとかなきゃマズイ相手、っぽいね』
外から見えない部屋の中。秋穂がぶち破った木窓から外は見えるが、そこから覗き込んだところで今秋穂を襲っている剣のような動きは絶対にできない。
これは、屋内に視点を持っていなければできない操作であるのだ。
『つまりこの剣の操者は、涼太くんの遠目の術に近い何かがあるってことだよね』
遠くを見通す目と、空を飛ぶ剣の組み合わせは、卑怯の二字しか出てこないぐらいにどうしようもないものであろう。
だが、秋穂も伊達に涼太の遠目の術を何度も見てはいない。
二剣の攻撃を防ぎながらこの部屋の天井二か所を斬りつけ、そして間を計って三か所目である天井の柱を斬り倒す。
直後、崩れ落ちる天井。巻き上がる綿埃。更に秋穂はこの家の柱を二本叩き斬る。すると家は内側に向かって上から崩れ落ちてくる。
ほんの少しだけこの家の持ち主のことが気にかかったが、秋穂の耳には人の気配は感じられなかったので、容赦なくやらせてもらった。
崩れ落ちる家からギリギリで飛び出し、煙に紛れるようにして敷地同士を遮る石壁の傍に転がり込む。
煙を吸い込まぬよう息は止めたまま、この壁の下部に両手を合わせながら衝撃を打ち込む。秋穂は全身がすり抜けられる穴の大きさを正確に把握している。なのでその大きさになるまで壁の穴を広げた上で、壁の奥へ吸い込まれるように消えていく。まかり間違っても壁尻なんてことにはならないのである。
『遠目の術はあくまで光学的に見る術だから、視界を遮ってやればこちらを見失うのは普通の目と一緒。もちろん、見失った後で再度発見したいんなら、対象が見える場所に目を移動させなきゃならない。術者の、操作によって』
秋穂は隣家の敷地内でじっと息を潜めていると、ソレの動く気配が見えた。
『うしっ、やっぱりだ。万全を期すんなら剣は使い捨てにするべきだけど、あの剣、どー見ても普通の剣じゃなかった。飛びやすくするのに魔術の剣が必須だったかな? どっちにしても、高価な剣を使い捨てできなかったね』
後はこの二本の剣の行く先を見極めるのみ。
この二本の剣が他者から見えにくい場所を飛んで移動するのを見て、秋穂は賭けの勝利を確信するも、まだ警戒は解かない。
二本の剣は案外に近い場所へ向かっていた。これを受け取るは、路地裏にいた一人の老人。
路地の中なのに、逃げ道が四方にある、いや秋穂ならば八方。体術に覚えのある者なら六方に逃げられる、そんな場所。
全てが自己完結できる殺し方、そんな暗殺者に相応しい単身での活動。そういった情報から、秋穂はあの老人を空飛ぶ剣の主であると断定した。
最短の方角は、自然と一番気にしてしまうものだ。だから秋穂は二番目に短い距離である方角より、老人を目指す。
音の無い走り方は、こちらの世界にきてから実戦で運用できるほどに洗練されたものだ。
それでも、任務中の五大魔王の耳は誤魔化せない。
「チッ」
自身の不覚を理解しているのか、舌打ちしながら収納しかけた二本の剣を飛ばす老人ヴェサ。
同時に身を翻している。この辺りの挙動に誤りはないし、それは秋穂も織り込み済み。
足止めを狙った二本の剣の動きも、勢いよく振り回した秋穂の強力な一閃で弾き飛ばされてしまったせいで、次の攻撃にうつるのが遅れてしまっている。
重力をすら無視する秋穂の両の足は、路地の壁面を走ることで遠心力を無理やり押さえ込み、走るヴェサの背へと迫る。
そんな秋穂の直上よりまっすぐ剣が降り注ぐ。ここ一番の時まで決して見せぬ、気配も感じさせぬ、そのために剣自体も小さめで、光沢もなく、更に、他二剣より速く動く。
秋穂の肩口に突き刺さらんとしていたその剣の切っ先には、八双に構えた秋穂の剣の平が置かれていた。
『残念』
そのまま背中に流すと必殺の三本目は地面に突き刺さる。
足を止めぬままの秋穂に、残る二本は後方。ヴェサまで秋穂の剣の間合いで後二歩。
老人、疲れからか足を緩める。後一歩。
そこで、後ろも見ぬまま振り返りざまに、何処から出したか四本目の剣。これは魔術ではなく、老人自らが振るうもの。
五大魔王三剣のヴェサ。最後の一手は自らが振るう四本目よ。
「知ってたけど、ね」
空中にある剣が秋穂に振るわれていた時、そこには確かな剣術があった。
空を飛ぶ剣を使って剣術を学ぶ? そんなことをするぐらいなら、自身で剣術を学べばそれで事足りよう。遠目の魔術は剣を振る時の目の高さに固定すれば剣術を運用するに不都合はない。
屋内にて空飛ぶ魔剣の相手をした時、秋穂が確信したのは遠目の魔術のみならず。この術者が剣術を学んでいることも、であった。対峙した一本目の剣と、二本目の剣とで動きに差異が感じられたこともこの推論を補足した。
秋穂の位置を確認もせぬノールックな一閃は正に珠玉の剣術であったが、そうとわかっていた秋穂に通用するはずもなく。
ヴェサの剣の逆側に踏み出した秋穂の抜き胴が、ヴェサの胴を真っ二つに斬り裂いた。
確実に胴を裂いた、それがわかっていても秋穂はヴェサに対し次の剣を警戒し、剣を構えて間合いを取る。
魔術なんてデタラメのある世界で、殺したからと油断していては命が幾つあっても足りないのである。
ヴェサ、必死の抵抗により、三本の剣がふらふらと秋穂に迫るも、ヴェサの意識が失われると同時にその全てが地に落ちる。
「……無念」
「どう殺されたのかがわかるだけ、まだ貴方はマシな方だったと思うけどね」
ヴェサに狙われた標的はきっと、何故自分が死んだのかもわからぬまま死ぬことになったであろうから。
地に伏すヴェサを見て、秋穂は不快げにこれを見下ろす。
「王都圏じゃこんなのが平気な顔でうろついてたんだ。いけすかない連中に、殺されたくなきゃ言うことを聞けって言われて従わなきゃならなかったんだ。ふーん」
秋穂は右を向き、左を向いた後で視点をその位置に固定し、告げる。
「私は言わないよ、そんなこと。従わなくてもいい、君らに望むことなんて何一つない。ただ、私が君らを殺すだけだから」




