182.Smell of the Game
動員される暗殺者集団の数があまりにも多すぎるため、またこれを指示し運用するのがルンダール侯爵のところであるため、ギュルディにもその全ての動きを把握することはできなかった。
基本的に、それ以前より存在が知られていた集団以外は、ギュルディにも今回どう動くのかがはっきりとしていない。
だが、何処を狙うのかが事前にわかっていた、という理由で一つの集団を捕捉することができた。
暗殺者集団イェムトフント。普段は狩人として活動し、ギュルディはもちろん、王都のほとんどの者に対しても暗殺者としての存在を隠し通すことができている集団だ。
王都圏ではこうした完璧に闇に潜みきった暗殺者の数が百人を超えるという。
そしてその大半は、ルンダール侯爵が押さえているものだ。
その恐るべき諜報能力といい、経済力に優れたベルガメント侯爵とて安易に手は出せぬ相手なのだ。
これを、より強まった経済力にて封じるよう動いていたベルガメント侯爵と、そうなる前に動いたルンダール侯爵。
今回の騒乱の大本にはそういった理由がある。
ルンダール侯爵配下の優れた人間たちが、ルンダール侯爵の口にしたベルガメント侯爵が裏切ったからコイツらを皆殺しにする、という命令を窘めずに乗ったのは、そういった話でもあった。
鬼哭血戦、鬼哭血戦十番勝負、教会権力の失墜、辺境の台頭、ギュルディの帰還。様々な理由が、口実が、王都の人間たちの間で取りざたされている。
それら全ては正しくもあるが、それらだけが理由でもない。
ただ、この辺の動き全てを正確に把握しているギュルディ・リードホルムは思うのだ。
「リョータたちがそこら中で暴れに暴れたせいで、理由も口実もそれこそ後付けですらどーにかなってしまうほどに揃ってしまったんだよなー。そもそもー、私が王都に戻るのにもう十年はかかると思っていたしー、こんな馬鹿げたほどに有利な状況が整うとも思ってなかったんだがー」
その主因たるリョータの両の手、凪と秋穂は、今日も元気に王都の闇をぶっ殺していくのである。
暗殺者集団イェムトフントは、事前の段取りはいつも通りに綺麗にまとまっていたが、それでも作戦参加者の緊張が解けることはなかった。
現在運用できる最大戦力で事に当たれ、という内容は、イェムトフントのやり方からは外れるものながらも、それだけの数を一度に突っ込んでもお釣りがくるほどの破格の依頼料が支払われている。
何故そこまでの戦力が必要なのかの下調べも済んでいる。
王都の表の戦力を向こうに回すことになろうとも、その全てを暴力にて圧し潰す、殺し尽くす、そういった意図をもっての今作戦なのだ。
闇に生きる誰もが思っていることだ。俺が表に出ていたのなら、俺がアレと戦っていれば、俺ならば奴等を簡単に殺してみせる。
特に今は鬼哭血戦十番勝負が終わってまだ二十日も経ってはいない。
闇の住人の晴れ舞台である鬼哭血戦を奪われた怒りも、鬼哭血戦十番勝負で見たあの華々しい戦士たちの姿も、記憶に新しいものだ。
こうした強い戦意もまた緊張に繋がるものだ。
同時に、決して失敗できぬ修羅場を幾つも潜り抜けてきた彼らの経験が、己の心を平静に保ってくれる。
五十人近い人数による同時作戦というイェムトフントにとってすら初となる試みにも、誰一人動きを乱さぬのはそういった訳がある。
「?」
襲撃予定地点の前。
貴族邸宅であるため、昼日中のことであるがその前の広い道路には人の姿は見えないし、人の通りもない。
そこに、二本の剣が突き刺さっている。
斜めに交差した二本の剣は、まるで自らがこの通りの主役であるかのように誇らしく大地に突き立っており、言葉によらぬ主張をイェムトフントの者たちへと伝えているようだ。
イェムトフントの首領は即断する。
待ち伏せはほぼ考えなくていい。ルンダール侯爵とイェムトフントの組み合わせであるのなら、そこはもう考慮にさえ入れずとも構わぬ部分だ。
首領が小さく手を振ると、彼らは二本の剣を無視して足を進める。
剣が突き立った道路を抜けるとすぐそこは貴族邸宅だ。ここにはベルガメント侯爵派閥からギュルディの派閥に動く、いや動かざるをえない立場に追い込まれた貴族が住む。この両派閥にとって重要度のとても高い貴族を仕留めるのが彼らの仕事だ。
ここまでくれば隠れる必要もない。
一気に動く。邸宅の四方を囲み、援軍が来る前に敷地内の全てを殺し尽くす。
そう動く前に、ソレはいた。
「この先、通るべからず」
金の髪が、走る戦士たちの視界に入る。彼女は、地面に突き刺さった剣に手を添えていた。
「警告は、したよ」
黒の髪が、ソコにいた。腰をかがめて剣を握り。イェムトフントの戦士たちは誰一人、その存在を認識することができていなかった。
「止まれ!」
首領が声を上げる。同時に二人が動いた。
二人は互いの剣を押し当てるようにしながら剣を抜く。二人の剣がこすれあって火花を散らす。
剣同士をこするその音で、イェムトフントの全ての戦士がはっきりと二人を認識した。
完全に剣を振り切ると、金の髪、不知火凪は通りの前方を向き、黒の髪、柊秋穂は通りの後方を、お互いの背を預け合い、一騎当千の暗殺者たちのど真ん中に、二人は現れたのだ。
イェムトフントの全員がソレの正体を即座に理解した。だがそれでも、今、ここで、引くだけはない。
首領の鋭く響く声は、彼ら全員の意思の代弁でもあった。
「殺せ!」
声に出さず彼らは心の内で叫んだ、応、と。
開戦直後に一人ずつ。しかしそこから次の一人を殺すまでがかなり大変だった。
全員、そう五十人全員が、凪と秋穂の一撃を受け止めるだけの実力者であったのだ。
とにもかくにも、どんな形であろうと一撃を止める。それさえできれば他の者がどうにかして凪と秋穂を引きはがしてくれる。
この時同時にイェムトフント側が攻めにかかりもするのだが、死角からの一撃すら容易く見抜かれ、複数人による同時攻撃もそもそもの速度差から同時攻撃が成立してくれない。
だが、それでも、一撃を防ぐことさえできるのならばイェムトフント側に勝ちの目はある。体力勝負でもいい、必殺の陣でもいい、仕掛ける機会は増えていくのだから。
秋穂は見た目ジリ貧な現状にも、全く動じる様子はない。
『強い、けど。強すぎるわけでも、ない』
革鎧の肘の部分で投擲武器を弾きながら、秋穂の剣が内側に巻き込むように振るわれる。
剣を引っ掛けられた眼前の戦士が体勢を崩す。だが、すぐに援護の戦士が割って入る。彼の狙いは、体勢の崩れた仲間の代わりに秋穂の攻撃を防ぐことだ。
この短い間の戦闘で、彼は秋穂の特異な剣を受ける間を掴んでいたため、こうした時は彼が率先して動くことは秋穂には読めていた。
『だから攻めないよー。そっちには』
秋穂は内に巻き込む形で剣を振るった後、追撃に動くのではなく、そのまま身体を小さくかがめるよう動いていた。
身体を抱きかかえるようにしゃがみこむ。その目は、後方より指示を出しながら、時折乱戦の最中にありながら同士討ちも恐れず矢を放ってくる面倒な戦士に向けられていた。
「しまっ!」
「遅い」
秋穂の狙いが後方の男にあることに気付くが、秋穂の身体は既に引き絞った弓のように構えを整えている。後はこれを放つのみ。
本来は飛び込んでの突きがこの技の形であるが、今の秋穂の身体能力でこれをすると、その全身が容易く宙を舞うことになる。
秋穂のこの技を知っていたわけでもないのだろうが、後方の男は秋穂の体勢と気配から、既に自身が秋穂の間合いの内にあると察したのだ。これだけでもこの男の武の素養の高さが知れよう。
ぎりぎり、男の防御が間に合う。それは隣の男の襟を引っ張り自身の前に置くことだ。
これで秋穂の飛び技の全ては封じられる。初撃さえ防げれば男にも動く猶予が与えられるのだ。
だが、相手は三千の兵を打ち倒した剛勇、柊秋穂である。
『多分、できるっ』
飛び込んだ秋穂の爪先が、盾となった男の鳩尾に吸い込まれる。ここで蹴り飛ばすように蹴るのか、衝撃を伝えきるように蹴るのか、はたまた衝撃を伝えぬように蹴るのか、秋穂には空中にありながら選択することができる。
そんな微細な操作により、秋穂の身体は盾となった男の前で一瞬だがぴたりと止まる。鳩尾に食い込んだ片足のみを支えに宙に浮いているのだ。
ここから秋穂の逆足が振るわれる。鳩尾に食い込んだ足先を支えに、逆足がその後ろにいる後方の男の側頭部を直撃した。
この予想外の秋穂の動きにも、イェムトフントの戦士たちは即座に対応する。
瞬く間に包囲の形が敷かれ、前衛後衛の形が整えられる。こうした役割分担は、上手く成立するのならば大きな戦力向上に繋がるだろう。
だが、柊秋穂がこれまでいったいどれほど包囲を受けてきたか。
『よいしょっ!』
眼前の戦士の内懐にまで踏み込んだ秋穂は、下方より右腕を振り上げる。
大地を蹴り出しながら振り上げた拳は、この戦士を容易く空中にまで跳ね上げる。
そこから、強く握りしめた左拳が唸りを上げる。
空中にある戦士の身体を真横からぶっ叩くと、彼の身体はさながら砲弾のように後方の戦士へ向かって吹っ飛んで行く。
指揮、或いは投擲、または魔術。そういった遠距離に位置することで優位を取れる立ち回りは、柊秋穂には通用しない。
狩人でもあるイェムトフントたちですら、魔獣ガルムは手に負えぬのだ。
包囲に強いのは当然秋穂のみではない。
「隙あり!」
離れたところにいる戦士が槍を大きく振りかぶりこれを投げる動きを見せても、凪は全く動く気配はなかった。
動いたのは槍を放つ男がこれを手離す寸前のこと。最早手遅れ。放たれた槍が凪に到達するまで瞬き一つ分の時間もない。はずだった。
なのに凪は動いていた。槍から手を離す瞬間、凪が振り向く挙動と大地を蹴り出す挙動が全く同時。
槍を放つべく伸ばした腕を戻す前に、凪は大地を低く滑り進んできていた。
動きの速さが違いすぎる。反応速度も、身体のキレも、そもそもの速さの単位が違うのだ。そしてこの速さは凪が望むがままに緩急をつけられるもので。
一流の戦士の投擲を相手に、大振り一つの隙を頼りに遠距離攻撃を仕掛けるだけの距離をあっという間に埋めてしまう。周囲を戦士たちに取り囲まれ、これら全ての攻撃を振り切りながら。
それが不知火凪、それが三千を打倒した奇跡の戦士だ。
滑り進む勢いを蹴り一つでぴたりと止める。槍を投げた男はその蹴りを受けた下半身がぐるりと空へと跳び上がる。
完全に重心が落ちきっていたはずの凪は、凄まじき下半身の力によりするりと立ち上がる、手にした剣を振り上げながら。
空中にある槍男はこれをかわしようもない。一閃で真っ二つにされ地に落ちる。
焦りから、取り囲む動きに僅かに乱れが生じる。こうした隙を見逃さないのも一流の証だ。
連携を取りきれず一人が斬られる。イェムトフントの戦士たちは味方の損失にも動揺を見せず、必死に包囲を完成させる。
『わお、やるぅ』
動揺しないのは暗殺者としての教育もそうだが、そんな余裕がない、ということの方が大きい。
厳しい鍛錬を潜り抜け、何度も何度も困難な暗殺を成し遂げてきた五十人もの類まれな戦士たちに、ほんの僅かな失策も許さない。それが不知火凪という戦士である。
包囲が完成した次の瞬間、包囲が瓦解した。
凪が肩口から敵の一人に突っ込み、鳩尾を肩で突きあげるようにしながら一撃。その姿勢のままで走り続ける。
凪の体当たりだ。受けた者は身動きなぞ取れず、凪はこれを肩に担いだ姿勢のままで包囲を抜け突進を続ける。狙う先は、魔術師。
『馬鹿な! どうやって私が魔術師だと見抜いた!?』
彼は交戦開始から一切攻撃に加わっておらず、距離を取って凪の動きを見切りにかかっていた。それだけで、凪は優先攻撃対象であると見抜いたのだ。
これはつまり、凪が開戦時より彼を含む全ての敵の配置、動きを把握しているということに他ならない。
敵の身体を肩に担いでの移動は、正面よりの攻撃のほとんどを無効化する。同時に凪からは正面が見えないということでもあるのだが、それを苦とする様子もなく、その動きに一切の迷いは見えない。
これを受ける魔術師の恐怖たるや。
『引くな! 今こそ好機よ!』
仲間の身体を盾に、恐るべき戦士が自身に向かって突っ込んできている。これに対し、魔術師は直接攻撃の術をもたない。やったとて仲間の身体を一発でぶち抜き致命傷を与えるのは不可能だ。
だが同時に、肩に人を担ぎ前も見えぬまま突進するという行為が、極めて危険であることも事実。
『左の肩に担いでいるということは、身体の正面は右側にあるということ』
魔術師から見て左側に凪の正面は向いていて、当然剣もそちら側だ。
そのまま突っ込んでくるというのなら、魔術師が自身の右側に突進をかわしながら術を放てば、凪の背中に叩き込める。それも凪の死角からの攻撃となる形で。
『ぎりぎりまでっ、堪えてっ、今っ!』
魔術師は飛び出す。だが、そこに見えたのは予想していた凪の背中ではない。
飛び出すのとほぼ同時に、凪は突進の速度を緩めていた。それまでの突進により肩に担いでいた男の速度はさして変わらぬまま放り出される形で、故に惑わされた。
速度を緩めた凪の狙いは当然魔術師で。
『読まれ、た、だが!』
魔術師が放つは稲妻の術。近接戦闘ですら用いることのできる強力かつ素早い一撃。
完全に態勢を整えていた凪は、両手で握った剣を前方へと突き出す構え。
魔術師が突き出す手と、凪の伸ばす剣先が交錯する。
『俺の』
魔術師は、腕を伸ばしきれなかった。
『稲妻より、速い、だと……』
心臓を一発で仕留めた凪が剣を抜くと、魔術師はその場に倒れ伏す。
その際、跳ねた血が口元にかかったようで、凪はその場に唾と共に吐き捨てる。
「まったく、油断も隙もない連中ね」
そんな言葉が上機嫌な声と共に発せられたのは、不知火凪という人間の性質がそういったものであるせいだろう。
老人と壮年の男が、並んで戦闘の喧噪を聞いている。
「聞きしに勝るのう」
老人の言葉に壮年の男は嘆息する。
「老の言葉を信じて正解というのも気に食わん話だが、なるほど、年の功とはこういったものか」
「そこは素直に褒めて認めぬか、可愛げのない」
凪と秋穂対イェムトフントの戦いを、二人は監視を悟られぬ距離で見ていた。
そもそも、ギュルディ一派とみなされている凪と秋穂が今回の戦いに参戦する理由はない。
それでも老人、五大魔王の一人三剣のヴェサはこの二人の動向の監視が必要と主張し、動いたとの報告を受けこの場に確認にきたのだ。
これに付き合ったのは同じく五大魔王の一人、赤き衝撃ヨーゼフである。
ヴェサはしみじみと語る。
「ルンダール侯の恐るべき先見の明よ。コレほどの怪物が予想もせぬ参戦をするというのであれば、それは確かに我らを予備兵力として運用するのも頷けようものだ。これを見逃しておったらルンダール侯爵に笑われておったところじゃぞ」
「頷くのは業腹であるが、全くもってその通りであるな。この二人は、今、ここで、絶対に殺しておかねばならぬ敵だ。この二人の参戦を見抜き、これだけの損害で我らの派遣が間に合ったのは老の手柄だ、向こう一年はデカイ顔をしても我慢してやろう」
「……お主はきっと、謙虚さというものを親の腹の中に置き忘れてきたのであろーなー」
イェムトフントと同時に仕掛ける。それも考えたが、そもそもからして単騎運用が最も効果的な二人だ。
慣れぬ連携に期待するぐらいなら、イェムトフントとの交戦で体力なりを少しでも消耗させてから仕掛ける方が成功率は高い。
そう判断したヴェサとヨーゼフは、イェムトフントの全滅をのんびりと待つのであった。




