178.手合わせ
鬼哭血戦十番勝負が終わったその日、集まった群衆が興奮冷めやらぬように、参戦し生き残った剣士たちもまた滾る血を御しかねていた。
ひとしきり各人の戦いを語り合うと、では自身であったなら他の剣士たちに対しどう戦うのか、なんてものを早速試してみたくなる。
とはいえ怪我人であったり、表に出るわけにもいかぬ者は我慢するしかない。だが、無傷である、もしくは無傷であるところまで魔術により治療された者は、戦いの興奮も相まってすぐに動き始めてしまう。
「ねえ、どーせもう今日は闘技場使わないんでしょ? ならあのだだっ広いところでやらない?」
そんな凪の提案に、人間の街の見物に出ようとして、アホみたいな人の数にうんざりし戻ってきたアルフォンスが乗っかる。
「あそこならば大きな魔術も使える。まだ見せておらん術技、見せてやろうではないか」
リナの娼館から戻ってきた秋穂はもちろん乗り気だ。
「私今日、まともに剣使ってないからねー。ちょうどいいからニナとシグルズも一緒に相手したげるよー」
愕然とした顔でベッドに横になっているのは、鬼哭血戦第七戦で敗北し、涼太の治療によって一命をとりとめた戦士ユルキだ。
そんな彼を冷ややかに見降ろしながら涼太は宣言する。
「絶対許可なんて出さねーからな」
「う、うむ。いやさすがに、アレに混ぜてくれというのはあまりにも図々しい話であろう……だが、せめて、な、見学ぐらいは……リョータから、こう、一言添えてはもらえぬだろうか?」
「はいはい。アイツらには絶対に戦闘はナシだって言っとくから、無理はしないでくれよ」
「おう! ありがたぐおっ」
そう叫んだ後で、腹を押さえて蹲るユルキ。
「……お前、やっぱそこで寝てるか?」
「まて、まて、待ってくれ。ぬおお、い、痛くはないぞ。だ、だから、そのような無体なことを言ってくれるな」
大丈夫かね、とか言いながらも送り出してはくれる涼太だ。
変な動きさえしなければ痛みもないので、ゆっくりと歩いて闘技場についていくユルキ。
仕方ねえなあ、とコンラードがこれに肩を貸してやる。こういうことを誰よりも先に、さらっとやってくれるのがコンラードという男だ。
涼太はこの間に、と幾つかの資料に目を通す。
ギュルディが涼太に回してくれた紙に記された資料は、紙が使い捨てにしづらいぐらいには値が張るため使いまわすことが前提であり、結構な量があるこれも、できるだけ早くギュルディに返却してやった方がいいものだ。
こんな凪の思い付きみたいな話も、一応闘技場の人間から許可は出たので、それが問題に繋がるとは涼太も思わなかった。
人間のやることなのだからヒューマンエラーは当然ありうるものだというのに。
「まったく、今日明日とせっかく休日をくださったというのに、お主もせっかちな男よな」
「いや、さすがに今日は興奮で眠れないでしょう。あんなにも優れた剣技を数多見せつけられ、どうして落ち着いていられましょうや」
「……まあ、な。私も剣でも振っている方がよほどマシだと思ったから付き合う気になったのだが」
「やはり……心の内は、平静ではいられませぬか」
「剣士の定めよ、心乱す方が未熟とわかってはいるのだがな。まったく、これで王都の頂だなどと片腹痛いにもほどがあるわ」
「人として当たり前のあり方でしょう。ですが、剣士たる我々は当たり前なんてものに従うわけにはまいりませぬ。せめても、ミーケル殿なれば間違いなく死者の館には入れておりましょう。その時まで、我らもまた精進せねばなりますまい」
「そうよな。死んだていどでアレが修練を怠るとは到底思えぬ。ふふっ、お主は人を盛り上げる術に長けておるのう。相変わらず出自からは想像もできぬ男よ」
「それは褒めていただいているのでしょーかー。これでも暗殺者としてもかなりの技量であったと自負しておるのですがー」
闘技場にかがり火を用意させ広くこれを見渡すと、日が落ちきった中での闘技場は昼間とはまた違った趣がある。
昼間に繰り広げられた死闘の跡などもはやなく、しんとした静謐な佇まいの中に、パチリと小さくかがり火が爆ぜる音のみが響く。
陽光の下と比べれば俄然視界は悪いものだが、それもまた戦場の条件の一つにすぎない。相手も同じ条件なのだからそこで文句を言う戦士はおるまい。
凪、秋穂、アルフォンス、コンラード、ニナ、シグルズに、見学のユルキで七人。
闘技場に出ると早速木剣にて打ち合いを始めるが、まだ大してやりあってもいない内に、闘技場の別の入り口から人影が姿を現してきた。
「こ、これは……」
「なんと……」
人影は二人。王都圏最強剣士ランヴァルトと、元暗殺者の剣士月光イラリである。
さしもの皆もこの二人の登場は予想外で、そちらに驚きの目を向ける。
が、真っ先に立ち直ったのは凪である。
「あらま、アンタたちも手合わせ?」
ランヴァルトの友を斬った凪であるが、それを特に気にしている風はない。
ランヴァルトは言葉もない様子であるが、イラリは特にここの面々に対し思うところはないので、自然な態度で接することができた。
「そのつもりだったんだが。他の者が使っているという話は聞いていないな」
「こっちもよ。案外、闘技場の連中も適当なのね。いいわよ、今更見られて困るようなものでなし、闘技場も馬鹿みたいに広いから私たちだけで占有する気もないし」
「そうか、すまんな」
お前は何を言っているんだ顔をするランヴァルトに、コンラードやニナ、シグルズ、そして観戦中のユルキもまた似たような反応だ。
そういった常識的な反応でない者の内アルフォンスは、コイツらの剣もじっくり見れるのならそれもいいか、程度。
そして秋穂は、面白いことを思いついた、と口を出してくる。
「ねえ、もう決戦も終わったんだしさ、せっかくだから私たちと手合わせしてみない?」
常識的反応組の顔が更にひどいことになる。もちろんランヴァルトもだ。
そして非常識組のもう一人、イラリはといえば、なんとこちらも嬉しそうな顔を見せてくるではないか。
「なんと! 良いのか!」
「うん。わたしたちは問題ないよー。どう? ランヴァルトさんは?」
声を掛けられたランヴァルトはというと、とても動揺してはいたものの、即座に思いついた無理な理由を口にする。
「さすがに、それは、な。剣士の常とはいえ、ナギと手を合わせて冷静でいられる気はせん」
「じゃあ私とやろーよ。アルフォンスもやりたいでしょ?」
「うむ。あのジジイを相手にあそこまで踏みとどまった剛の者よ、是非とも手合わせ願いたいものだな」
凪だけ仲間外れにされ、それでもランヴァルトの気持ちも理解できるため黙り込んだままむすーっとした顔の凪に、イラリが少し慌てた様子で声を掛ける。
「で、では、ナギとは私がやるというのはどうだ? お主の強固に過ぎる守り、是非とも試してみたかったのだ」
「あら、そっち? ええ、いいわよ。私も貴方の剣、ちょっと気になってたのよね。あー、それともう一つ。アンタさ、一度でいいからウチのニナとシグルズとやってみてくれない? あの二人にはきっとアンタやランヴァルトの剣が合うと思うのよ」
そう言って凪がニナとシグルズを指さすと、二人は期待に満ちた顔をイラリに向ける。
イラリは二人の子供を見て、気の良い兄ちゃんのような気安い笑みを返してやる。
「おー、それぐらいなら構わないぞ。そちらの二人、基礎はどれぐらいできている? こう見えて子供に教えるのは上手いと言われていてな」
そのままなりゆきでランヴァルトとイラリも手合わせに参加することに。
コンラードはとても困惑した顔で、本当にいいのかコレ、と見学者であり王都の剣士事情にも詳しいユルキに目を向ける。
ユルキもまたとても困った顔で首を横に振っていた。ダメ、という意味ではなく、判断がつかない、という意味だ。
とはいえ、現状、凪たちがランヴァルトやイラリを害する理由もなし、逆にランヴァルト側がギュルディ陣営の戦士を害する理由もない。
なら、いいのか? とコンラードも参加することにした。稀有な機会であるのは間違いないことであるし。
すがるような顔をしているユルキは可哀想だが無視した。コンラードも、こうした手合わせで負った怪我も即座に治してくれる涼太に逆らうつもりはないのである。
鬼哭血戦十番勝負当日の夜。戦士たちは命を懸けて神経をすり減らすような戦いをしてきたはずなのに、それはそれは楽しそうに、必死になって力を振り絞りながら汗を流していた。
手合わせとはいえ気の抜ける相手ではない。だが、剣の技量を試し合うような舞台にて、泣き言を言う剣士なぞ一人もいなかった。
一発勝負の殺し合いでしか得られぬ何かがあるのも事実。だが、技量を上げる、それだけを見るのであれば、こうして殺し合いにならぬ手合わせを繰り返す方が、ずっと効果的で効率的であった。
「アンタどんだけ攻め手持ってんのよ!?」
「ぜーんぶ防いでおいて何を抜かすか! どーなっとんのだ貴様の防御は!」
「け、剣が、何処から生えてくるのかまるで見えぬっ」
「生えるて。見えてないのに防いでるそっちのがおかしいんじゃないかなー」
「なるほど、アキホが言うのはこういうことですか。確かにこの二人の動きは私たち向けですね」
「いやそもそも、ナギとアキホの剣が独特すぎって話じゃねこれ?」
「おいユルキ。お前さんがどんな顔しよーと絶対に参加は認めんからな。ナギとアキホすらあのリョータには逆らわんのだぞ」
「ぐぐぐぐぐぐぐぐ、くっちっおっしっや~~~~」
「ええい、早くそちらは終わらせんか。コンラードも私を相手にしとるというのに余所見するんじゃない」
手合わせは深夜にまで及んだ。参加者全員、とても充実した時間を過ごせたそうな。
ギュルディが各貴族と行なう会合に付き合っていれば、おおよそその目的とするものが見えてくるものだ。
シーラはギュルディの護衛としてその傍についているので、ギュルディが今優先しているものが何なのか察することができた。
シーラが護衛につくのは、現状では何処も断れぬ流れになっている。それほど、王都が危険であるという認識はあるのだ、どの貴族にも。
「ねえギュルディ。ルンダール侯爵、後回しでいいの?」
一つの会合が終わり、すぐに別の会合へと馬車で移動する最中、シーラは確認するようにそう問う。
「後回し、でもない。できることはやっておいた。最低限だけどな」
「ギュルディなら、王都でもっと戦力かき集められるんじゃない?」
「それをやってはベルガメント侯爵に回る戦力が目減りすることになる」
「……私の目から見ると、それは随分と危ない橋を渡ってるなーって思えるんだけど」
「既にルンダール侯爵は行動を開始している。警戒すべき時期は終わってるんだよ。今は、とばっちりを抑え込むていどでいい。逆にあまりに過剰な反応をすると火の粉がこちらに飛びかねない」
シーラは疑問をそのまま口にする。
「何時?」
「指示が出たのが、そうだな、時間を逆算するに、凪の戦いが終わった直後辺りか。選択と決断、その時期がこちらの予測を当たり前に上回ってくるのだから、やはり侮れぬ相手だ、ルンダール侯爵は」
「それ、王都の貴族みんなが共有してる話?」
「いいや、現時点では私のところだけだな。……動きを読み切っていなければ、とてもとても、諜報で出し抜くなぞかなわぬ相手だ」
「ギュルディでもそうなの?」
「得意分野の違いとでも思ってくれ。市井の動向ならば圧倒的に私が有利だが、貴族同士や闇の住人の動向となればもう、ルンダール侯爵の目を誤魔化すのも、その動きを察知するのも並大抵のことではない。だが、今回は読み筋がはっきりとしていたからな、初動だけはどうにか押さえられた」
ほへー、と諜報活動に関してそれなりに知識のあるシーラも感心した様子である。
もしかして、とシーラは重ねて問う。
「動く時期もわかってる?」
「ああ」
「戦力規模も?」
「予測値ではあるが、おおむね間違ってはいないだろう」
何とも言えない、といった顔のシーラは最後の問いかけをする。
「じゃあ、結果も?」
「その状態でルンダール侯爵が先制したとして、負けるはずがなかろう」
「一方的にやられる?」
「それはさすがにない。だが、最大の目標はほぼ間違いなく果たされる。防ぎようがない」
「なら横から殴る?」
「殴らんよ。殴らんが、退場はしてもらう。そのためにこうして段取りをしているんじゃないか」
ギュルディが今していることは、鬼哭血戦十番勝負における賭けの勝ち分をいただくことだ。
ギュルディが得る予定のものは、伯爵位、である。陞爵なんてものが結果が出てから数日でどうこうなるわけがないのだが、そもそもギュルディの陞爵は既定のもので、これを他貴族が妨害しない、という話であったのだ。
これを少しでも早めるために、ギュルディは動いているのだ。
シーラには、ギュルディが伯爵になることがルンダール侯爵を退場させることに繋がるという話が理解できないが、何でもかんでも聞いていては自分の勉強にならないので、まずは自分で考えることにした。最近はずっとそうしている。
その結果、シーラは一つ学んだのだ。
『ギュルディも相手が強ければ読み違いをするし、裏もかかれる。その上で、都度方針を変えて、失策を補って、自分の欲しい結果に向かっていく。うん、簡単じゃないよね』
だからこそ、涼太一行の行状に振り回されながらも、これまでギュルディは自身の望む結果を導き出すことができてきたのだ。
『私も、もっと考えられるようにならなきゃなー』
よし、頑張ろう、と意気込むシーラを見るギュルディの顔を、締まりのないにやけ顔と評するか、愛情に満ちた微笑ましい笑顔と評するかは、人それぞれであろうて。




