171.少年少女のちょーほーかつどー(前編)
手持ち三戦全敗が早くも確定したルンダール侯爵の狂騒はさておき。
時間は鬼哭血戦十番勝負開催の五日前へと遡る。
リネスタード子供組、ニナとシグルズの二人は王都手前の都市まできていた。
その都市に入る時、もっと言えばその都市が近づくにつれ、ニナがいつもよりも大人しくなっている、とシグルズは感じていた。
元々ニナは騒がしいタチではないのだが、いつにも増して無口であると。
そして街に入り宿を取ると、ニナは単独で出掛けると言う。
シグルズはあまり深くものを考えないし、まだまだ子供としての振る舞いが多い。それでも、勘は悪くないし、友達のことを見てもいるのだ。
「なあ、なんかマズイことでもあんのか?」
当人馬鹿丸出しな言動が多い中で、その時だけは追及されたくない、と思っていた瞬間にこうして真顔で言われてしまうのだから、ニナとしてはこのシグルズの時々やたら鋭くなるところが疎ましくて仕方がない。
「別に。知り合いがいるから顔を出すだけ」
「……んー、その知り合い、ヤバイ奴か? 俺も行くぞ?」
「ううん、いい」
納得していない顔のシグルズにニナは苦笑する。
シグルズのこの顔はニナを心配している時の顔で、こういう顔をされてしまうと、どうにも照れくさくて仕方がないのである。
「大丈夫。理性的な話ができる相手だとわかっているし、今の私はリネスタードの庇護下にあることも理解しているから」
「……そっか。なら、わかった。俺はここで待ってる」
「うん」
単身宿を出て歩きながら、ニナはシグルズのことを考える。
『ほんっと、普段はただの馬鹿なんだけどなー。どういう育ち方したらあーいう人間になるんだろ』
シグルズは宣言した通り宿で待ち続けるだろう。これはニナに問題が起こった時、ニナが宿に戻れさえすればシグルズは即座に協力できるようにしている、ということである。
ここ一番の危機への対応力は大人顔負けなのだ。出会ったばかりの頃はそれこそその馬鹿面ばかりが目についていたが、こういうところもあるとわかってからは、ニナの態度も軟化するようになった。
態度が軟化したのはこういったシグルズの優秀さが理由だとニナは思っているが、実際のところは何かと心配したり気にかけたりしてくるシグルズに絆された、といったところだ。
ニナが向かったのは、営業しているかどうか外からはとても判別できないような昼なお薄暗い古ぼけた宿である。
その入り口に立つと、中で人が動く気配があった。きっとニナの顔を見て驚き、思わず音を立ててしまったのだろう。
すぐに宿の入り口が開き、見るからに人相の悪い男が飛び出してきた。
「おっ! お前っ! どの面下げて戻ってきやがった!」
「頭に伝えて。筋を通しに来たって」
「筋だあ? てめえが兄貴を斬ったって話はこっちに伝わってんだぞ。んなもん首以外にけじめなんざありえねえぞ」
「それを、貴方が上に確認もせず実行に移して、本当にそれでいいの? 私がわざわざリネスタードからここまで出張ってきた意味、もう少し考えてくれないかな」
なんて生意気なクソガキなんだ、といった顔をした男であるが、こういう風に育てたのは他ならぬ彼らである。より正確には彼らの中の教育係であるが。この男自身も時折子供たちへの教育に携わっているので、大人相手だろうとはっきりと物を言えるガキという存在に、文句をつけても仕方がないとはわかっている。
「……いいだろう。頭が殺すと決めたらそりゃあもう、一番キッツイやり方で殺してやるから覚悟しとけよ」
ここで余計な一言を加えたくなったニナであったが、コイツらはリネスタードの気の良い連中ではない。
自制して特に返事もしないでいると、舌打ちしながら男は宿の中へとニナを迎え入れる。
頭は宿にいたらしく、すぐに部屋へと通された。
ここは以前ニナが所属していた暗殺諜報組織の本部である。ニナはこの組織から、監視者である男を斬って逃走したのだ。
だが、この組織の頭である男は、絶対にニナに手は出すなと厳命した上でニナを部屋へ通す。
ニナを案内した男や、ニナが来たという話を聞いて顔を出してきた数人の男たちはその指示に怪訝そうな様子であったが、部屋の中で椅子に座って待っていた頭は、ニナに敵意の視線を向けてはいなかった。
「久しぶりだな。随分と、大事にされているようだ」
ニナの血色はよく、食事も十分与えられているようだし、身綺麗にする余裕もある。
ニナもこれに嫌味を返すでなく素直に応える。
「うん。ちょっとありえないぐらいの好待遇だし」
「自分で言うな。理由は、わかってるのか?」
「リネスタードが私に配慮する理由はわかってるけど、そもそも、ナギたちが私に親切にしてくれた理由は今でもよくわかんない」
ニナがどういった流れで凪や秋穂と同行していたのか、そして今はどういう境遇にあるのかは、当然頭ならば掴んでいると確信しているニナは、細かな話までしてしまっても大した問題ではないと考えている。
「……本当に、わからんって顔してるな。どういう連中なんだ?」
「それは有料」
ぶふっ、と思わず噴き出してしまう頭だ。
「ははははは、教えを忘れていないようで何よりだ。筋を通しにきたと言ったな。ならお前自身の立場はリネスタードではっきりしたのか」
「うん。護衛見習い、だって。護衛って言うより、軍の指揮官候補とかそういう感じに近いけど」
「そりゃまた随分と買ってもらってるな。……わかった。以後、お前がリネスタードの庇護下にあると認め、追っ手はかけない。手打ちの話は、お前の上とするか?」
ニナが凪たち一行と同行している間に手が出せないのは当然として、その後リネスタードの庇護下に入ったことでこちらもまた手出しができなくなっていた。
手打ち自体もあくまで現状の追認でしかないが、直接出向いてお互いの立場を確認し合った、という行為が、筋を通す、ということになるのだ。
これは当人同士でなくとも話し合いの場がもたれた上で双方の納得があれば同じく筋は通したことになるが、今回ニナが自身で来たのは、迷惑をかけられ面倒をかけられ極めて不満な環境にあったのも事実だが、世話になった人間がいるのもまた事実であるからだ。
「ううん。私に預けてもらってる。ホント、好待遇だと思う。予算もあるから、幾つか条件付けてもいいよ」
「はっ、笑わせるな。ガキ相手に貸しだの借りだの抜かすほど落ちぶれちゃいねえよ」
そううそぶいた後で、頭は小さく嘆息する。
「せっかくきたんだ。一つ、愚痴を聞いていけ」
ニナは無言。頭は構わず話を始めた。
「お前がぶっ殺した馬鹿を筆頭に、結構いたんだよ、お前に嫉妬してた間抜けが。正直信じられんわ。普通、お前みたいな子供を相手に、大の大人が本気で嫉妬した挙げ句嫌がらせなんて真似するか?」
実際に大人と対等以上に立ち回ることのできるニナに対し、組織内で当たりの強かった者は多かったのだ。
頭や教育専任の者などはニナの成長を心から喜び、今後に大きな期待をかけていたのだが、彼らの目の届かぬところでニナは随分とヒドイ目に遭わされたものである。
もちろん彼らも子供相手に嫉妬したなんてみっともないことは言わない。これも教育でニナの将来のため、なんて顔をしてはいたが、やってることはただのイジメであった。
頭は突然、雰囲気を真剣なものへと切り替える。
「で、本家の諜報頭をやったのは?」
「それ、わかってなかったんだ。ナギだよ」
ニナが逃げ出した後、ニナたちを使ってナギ、アキホ、リョータの三人に殺し屋を差し向けた落とし前をとらされたのが、頭の組織の雇い主である、シェルヴェン領の諜報頭である。
更に殺意の大本であるシェルヴェン領領主夫人の首も取っており、それがリネスタードによる報復だとわかってはいたが、実行犯まではわかっていなかったのだ。
物的証拠は一切残っていないが、状況証拠からナギたち一党がやったと知らしめる示威行為もかねていたのだが、そういった企みをした涼太の意図は正確に伝わってはいなかった模様。
「一人、か?」
「一人で十分だった。私も手を出してないぐらいだし」
やっぱりどうにもならん相手か、と頭が呟くと、そりゃそうだよ、と当たり前の顔で返すニナ。
「三千、だよ?」
「おう、三千だな」
それには頭だけでなくニナまで溜息をついた。
「教会を真っ向から叩き潰したと思ったら、ロクに時間もあけず今度は鬼哭血戦だしね。頭もわかってると思うけど、私を通してどうこうなんて到底できる相手じゃないよ」
「……それでも、試してみるぐらいならいいだろう。ルンダール侯爵の動き、聞いていくか?」
「いいの?」
「貸し借りを忘れないんならな」
今度はニナが噴き出す番だ。子供相手に貸し借りなんてしないと言った口ですぐにこれであるのだから。
「うん、ギュルディ様にはきちんと伝えておく」
「それでいい」
そこで頭からニナに伝えられたのは、今回ルンダール侯爵の手足となって動く諜報組織だ。
ルンダール侯爵麾下の諜報組織は複数あって、それぞれが独自の指揮系統を持っている集団であり、案件一つ毎に担当を都度ルンダール侯爵が指示することになっている。
子飼いとする以上、彼らに仕事を与えるのはルンダール侯爵の役目で、だが、常時そうするほどの仕事もない。というより、子飼いとしている諜報集団が多すぎるのだ。
だが、それこそがルンダール家が隆盛を誇る理由の一つでもあり、この暗殺やら諜報やらの手数の多さにより、貴族社会を優位に立ち回っているのだ。
「鬼哭血戦で動いているのは愚者の左手だ。説明はいるか?」
「覚えてる。王都の各組織を教えてくれたのは頭だよ。死にたくなければ一度で確実に覚えろって言ったのも」
「……そうだったな。死んだ馬鹿の百倍賢かったよな、ニナは」
頭が以前の組織にいた頃の名前ではなく、今の名前、ニナで呼んだことに驚くニナ。それはその名を知っていたということだけでなく、その名である現在のニナのあり方を認めるという話だ。
手打ちをするとはそういうことでもあるのだが、まさか今の名前で呼ぶなんてことまでしてくれるとは思ってもみなかったのだ。
いたずらが成功した子供のようににやりと笑いながら頭は続ける。
「連中の今の根城は王都の金樫亭の三階全てを借り切って使っている。動員人数は最大の四十。当然、殺しに長けた三人もいる。ま、一人ずつやれるならお前が勝つだろうがな」
「どうしてそこまで?」
「まだそういうところが甘い。ルンダール侯爵の機嫌を取る必要が出たのなら、連中は味方にすら手を出してくる。あそこはそういう集団だ、警戒を怠るな」
むすーっとした顔で黙り込むニナ。自分の能力が足りない、そうはっきりと明示されてしまった時、ニナは昔からこういう顔をしたものである。とにかく、昔から負けず嫌いであったのだ。
そんなニナを見て懐かしさに顔を緩めかける頭であったが、そこらへんはさすがに自制する。
「ベルガメント侯爵は絶対にそういう見落としはされない方だ。そういう方に見捨てられぬよう、こちらも常に備えていなければならない。わかるな」
かなり驚いた顔を見せるニナ。このルンダール侯爵諜報組織のことに関する情報漏洩は、ベルガメント侯爵の認可があってそうしている、ということであるのだから。
そこまでの大きな話を、ニナに持ってくることが信じられないのだ。戸惑った様子で口を開くニナ。
「情報源は複数あった方が信頼性が増す。にしても、いいの? 内の一つが私で?」
「お前はナギ、アキホ、リョータと直接の接点がある貴重な人間だ。情報のやりとりをする相手としては、年齢以外は適任だ。そしてお前ならば年齢はそれほど大きな障害にはならないと、少なくとも私は知っている。できるな?」
仕事をこなす実力がある、そう認められることがニナにとっては何より嬉しいもので。
少し心がほんわかするような気持ちで情報をやりとりし、手打ちの形も綺麗に整えることができた。
だが、最後の瞬間、意識の隙間に滑り込ませるように頭が言葉を発した。
「で、他の奴らと連絡は取っていないな」
ニナが逃げた時、同時に逃げた者たちがいる。
「あれ以降一度も会ってないし、私の前に顔を出すほど間抜けだとも思わない」
「ならいい」
辺境に逃げ込んだ彼らは、当然後ろ立てなんてものもないし、である以上頭たちとの手打ちなんて話もない。見つけ出して殺す対象だ。
それを咎める立場にニナはない。
そのことを問われるとわかっていたニナの即答であることに、頭は満足気であった。
宿に戻ったニナは、シグルズに協力を頼む。一緒にナギたちの敵をぶっ殺そうと。
「いいぜ!」
迷いなき即答である。
こうしてくれるのがわかっているからこそ安易に頼み事はできないのだが、今回はそうするだけの価値が、ニナだけでなくシグルズにもある。
預かった子供から、リネスタードの戦力へと。それを証明する好機であるのだ。
ニナは古巣からもらってきた情報をシグルズと共有し、今後の作戦の説明を行なう。
リネスタードの諜報員も、当然王都には入っている。それは敵情視察といった意味合いももちろんあるが、どちらかといえばその役割は防諜である。
ルンダール侯爵が諜報員や暗殺者を多用するのはわかっているのだから、これへの対策も用意してあるのだ。
ただ、ニナが見るところリネスタードの諜報は荒事をあまり得意としていない。実際、リネスタードの諜報活動は基本的に商人によるものであるため、武力に関しては地元のヤクザを用いるていどのものが多い。
諜報や暗殺専門の人員というものがそれほど多くないということに、ニナは諜報自体には関わっていないながら気付いていたのだ。
「だから今回の標的は、愚者の左手でも特に殺しを担当している三人。コイツら三人共殺しておけば、連中が強く出ることができなくなる」
ニナの言葉に首をかしげるシグルズ。
「その辺がよくわからないんだよなー。そのちょーほーいんっての平民だろ? 平民同士で殺しなんてしたらマズイんじゃないのか? そいつらルンダール侯爵とは関係ないって話にしてるんだろ? なら尚更そーならないか?」
「理屈ではね。でもルンダール侯爵配下ではないけど、王都の騎士が捜査したとしたら、ルンダール侯爵の関係者が一言添えただけで殺しも大した罪として扱われなくなる。さすがに貴族や貴族と関係の深い人間を殺したらマズイけど、連中が殺すのはそういうマズくない相手だけだから」
「マズくない相手殺しても意味ないんじゃないか?」
「王都においてリネスタード陣営が下働きにつかってる人間、もしくはその家族を殺すの。取引してる相手ってのもあるかな。ギュルディ様配下だってなってても、それほど重要でない相手ならルンダール侯爵は殺しちゃうし、ギュルディ様がこれに抗議するには平民一人二人分以上の利益を吐き出さないとこれを咎めることもできない、そんな風に周辺を整えるのが、ルンダール侯爵の配下たちはものすごく上手いの。長年そういうことばっかしてきた人たちだから」
シグルズの眉根が寄るのを見て、ニナは苦笑する。
「まあ、諜報に慣れてないとそういう顔になるのもわかる。で、それが気に食わないから、殺しちゃマズイ人間って立場にある私たちが、そういうことする奴を先にぶっ殺しちゃおうって話」
「乗った! ……俺って殺しちゃマズかったんだ」
「レギン様の親族で竜の血を引くって話だしね。んで私はナギたちと友達だからリネスタードでは特に優遇されてて、そういう人間を殺すのはマズイってなる」
ただ、一つだけ問題がある。
これをクリアできるかどうかはニナにもわからないものだが、だからと避けて通るわけにはいかない。
ニナとシグルズは、十分に話し合った上で、王都へと入った。
結論から言えば、二人の要望は通った。つまり、リネスタードの諜報部はニナとシグルズによる暗殺の実行に許可を出したのだ。
これに許可を出せる人間など一人しかいない。
シグルズはボロース統治の要の一つであるレギンの親族で、ニナは最重要案件である凪、秋穂、涼太一行の数少ない友人だ。これの損失の可能性を飲み込める人物なぞ最高責任者であるギュルディ以外にありえない。
配下が懸念を口にするも、ギュルディはあまり彼の慎重論に乗り気にはなれなかった。
そもそも、ギュルディがそう仕向けたのでもないのであれば、シグルズの損失も、ニナの損失ですらも、許容範囲であるとギュルディは考えている。
これらの庇護者との激突を飲み込むという意味ではなく、彼らの庇護者たちも危地に自ら乗り込み死んだのならば納得するという意味でだ。
「あの二人を、子供だからと守ってやろうとする大人の立場も、わからんでもないんだがな」
だがギュルディは立場上あの二人に対して、何が何でも守ってやらねばならぬ、なんてことはない。
なら、ギュルディは自身の思考を優先する。それは、周囲の大人たちや、もっと言えば凪、秋穂、涼太の三人よりも、ニナとシグルズの考えを尊重するということだ。
「そうできる実力があり、確信があり、それでも子供だからと許されない。そんな悔しさを、多分、この国で誰よりも知っているのは私なんだよな」
幼少の頃よりぶっちぎった知性を持っていたギュルディである。
そして、子供であろうと何だろうと、実際に仕事をすること以上に、その仕事に必要な要素を知る手段はない、と知っているのだ。
暗殺もいい、諜報もいい、一騎打ちだっていい。どれだけ教わったとしても、自身で体験することに比べれば。
学習効率という点で考えても、そうできる実力があるというのなら、実際にやってみて、その上で学ぶとした方が絶対に学習速度は速い。多分これが一番重要な点だろう。少なくともギュルディにとってはそうだった。
『そしてその活躍を、見せてやりたい相手がいるってのも、わかるんだよなぁ』




