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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十一章 王都への浸透
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166.戦士たちの顔合わせ


 ベルガメント侯爵が鬼哭血戦十番勝負開催の宣言をしてから、丸一月が経った。

 様々な調整を要する大企画であるからして、これでもまだ開催には至っていない。

 しかしそろそろ王都についていないと、血戦前の顔合わせに間に合わなくなる。そんな時期に、まずはコンラードが王都へと辿り着いた。

 来るなりすぐに、あれから腕を上げたか試す、とか言ってシーラと凪と秋穂の三人が外に引きずっていったが。


「コンラードはいつ死んでもおかしくないんだから、鍛えられる時に徹底的に鍛えておかないと」


 という三人の意見に対し、コンラードは色々と言いたいことはあれど口答えしたところで意味はないので無言を貫いた。

 三日ほどコンラードいじめが続いた後で、今度はエルフのアルフォンスが王都にきた。

 王都にあるギュルディの屋敷にアルフォンスがきた時、日暮れ間近であったこともあり、涼太、凪、秋穂、ギュルディ、シーラ、コンラード、全員が屋敷に揃っていた。

 そこに申し訳なさそうな顔をして現れたのがアルフォンスである。


「……すまん、俺では断りきれん相手でな」


 そんなアルフォンスの隣にはもう一人のエルフ。見た目ではそうとわからないが、エルフたちの中でもかなりの高齢であるエルフがいた。

 凪はその顔を見るなり憎々し気にこれを睨み付ける。


「よくきたわねクソジジイ! 今日こそは以前の借り返させてもらうわよ!」


 いきなりやる気であるのは、このエルフジジイはエルフ流暗黒格闘術の達人であり、以前に凪がこてんぱんにボロ負けした相手であるからだ。

 秋穂は以前に見ていたのでその強さに対し驚きはない。だが、シーラやコンラードはそうはいかない。

 呆気にとられた顔のシーラ。


「……うわぁ……なに、コレ」


 相当に動揺しているコンラード。


「おい、おいおいおいおいおい、なんだ、これ。全然強く見えねえ。エルフなんだろう? ヤバイ相手のはずなのに、余裕で勝てそうに見えちまう。そんでもって勝てそうなのに、足が動かねえ。意味がわからねえよコイツ」


 涼太はそもそもイェルハルドというこのエルフジジイに対し、恨みもなければその強さも感じられずなので、こちらはこちらでアルフォンスと話をしている。


「もしかしてイェルハルドさんも混ぜろって話か?」

「ああ、できそうか?」

「ギュルディ?」


 一緒にいたギュルディに話を振ると、少し難しそうな顔になる。


「うーむ、話を聞く限り、相当に強い御仁らしいが、その辺はどうなんだ?」


 これには秋穂が答えてやる。


「うん、この人、っていうかエルフ相手だと、多分人類最強の戦士連れてきても勝てないんじゃないかなー。とりあえず凪ちゃんはボロ負けしたし、私もまず勝てない。ミーメの時みたいな逆転の可能性すらない。シーラ、どうする? 試しにやってみる? 絶対勝てないと思うけど」

「やる」


 即答するシーラに、凪が口を挟む。


「私が先よ! この間と一緒とは思わないことね! 今度という今度はぐしゃぐしゃに捻り潰してやるわ!」

「おーおー、相変わらず口だけは達者じゃのー。そっちの小娘もまとめて相手してやるから、表に出んかい」


 やったるわー、と凪とシーラが外に出て、じゃあ私もー、と秋穂も外に。アルフォンスも一緒に出たのは、初めて見たシーラに興味があったせいだろう。もちろん剣士としてという意味だ。

 そして残された涼太、ギュルディ、コンラードである。


「ギュルディ、もう負けるのは諦めたらどうだ?」

「……そうなるか。さすがにここまで出張ってきたエルフを、それもシーラたちですら敵わぬという者を断るわけにもいかんしな。本当にそんな奴がこの世にいるのか?」


 ギュルディがコンラードを見ると、コンラードはちらちらと外を見ていて反応が遅れた。


「ん? なんだ?」

「……いや、こっちはいいから外行ってこい。お前から見ても相当に強いんだろう?」

「わからん。全くわからん。全然見抜ける気がせんのだが、何かがおかしい、とも感じる。ああ、すまん、やっぱり俺も行ってくる」


 そそくさと外へと出ていくコンラード。

 ここまでされると涼太もギュルディも気になってくる。なので見物ということで二人も外に出るのだった。




 結局、陽が暮れきるまでの短い時間に、凪、秋穂、シーラ、アルフォンス、コンラード、全員が四回ずつ張り倒された。

 アルフォンスとコンラードは当初見学だけのつもりだったのだが、見ている内に我慢ができなくなったようだ。やはり圧倒的上位者との対戦というのは、得難い上達の好機なのである。

 全員それこそ涼太の治療が必要なぐらいであったのだが、涼太の治療でどうにかなるていどにしてあるところもまた、このエルフジジイ、イェルハルドの技量を表しているようで。

 夕食は全員で一緒にとったのだが、凪と秋穂とシーラとアルフォンスとコンラードの戦士組五人は、食事をしながら如何にイェルハルドを打倒するかを討論している。

 そちらはそちらで楽しそうなのでほっときながら、涼太とギュルディとイェルハルドは三人で話をしている。

 ギュルディは、エルフの重鎮であるというイェルハルドには極力丁寧な態度を心掛けている。


「イェルハルド殿は、鬼哭血戦にてどのような立場をお望みか? やはり大将にて最強の敵と戦いたいと?」

「いやいや、さすがにそこまであつかましくはなれんわい。人間の催しなんじゃから、ワシもアルフォンスもちょっとしたおまけていどの扱いで十分じゃて」

「決してお二方の技量を疑うわけではありませんが、私は立場上、エルフを危険に晒すわけにもいかないのですよ。……妥協案として、そこそこの敵にぶつける、というのは?」

「せっかくここまで来たのに、それはなかろう。お主の言いたいこともわからんでもないが、そこを曲げて、なっ、強くて面倒そうな相手とか、なっ、ワシに回してはくれんかのー。アルフォンスは雑魚の相手でもいいから、なっ」


 あつかましくはなれん、と言った口で即座にコレである。さらっと後進を売り飛ばしているところも下衆野郎的評価点は高い。

 考慮します、と明言は避けつつギュルディは最も気になっていることを問う。


「エルフとは、皆貴方のような達人ばかりなのですか?」

「そうじゃ、と言ってやりたいが皆まだまだよな。ワシと五分でヤれるのは三人ぐらいか。ワシでも手も足も出んのは一人しかおらんわい」


 ぴんときた涼太が口を挟んでくる。


「それは剣術だけでの話か?」

「ん? ああ、そうか、人間は魔術と剣術を分けてるんじゃったな。ワシらはエルフじゃからな、そこを分けたりはせんのじゃよ」

「ってことは、勝てない相手ってもしかしてイングか?」

「おう、アレを知っとったんか。アレものう、強いは強いんじゃが、何せ思慮に欠けていてのう……」

「いやアレ人数に入れてんのかよ。アレに手も足も出ないのはエルフだけじゃねーだろ。あんなもん、今生きてる人間が全員でかかっても木端微塵に吹っ飛ばされるわ」

「くはーっはっはっは、やはりリョータは賢者よな。ようわかっとるではないか。アレが相手ではワシでも抵抗すらできず五体バラバラに消し飛ばされるわい」


 物凄い目を細めているギュルディだ。


「おい、リョータ。そのイングという方の話、私は聞いていないんだが」

「聖地シェレフテオで起こったことは、基本的には外に漏らさない約束なんだ。勘弁してくれ」

「……まあ、それは、良しとしておくか」


 こういう機会に、涼太はイングの存在をギュルディに報せてくれたわけだ。

 エルフという種族にどこまでの力があるものなのか、それを聞きだしたいと思っていたギュルディの思惑を涼太は汲み取り、こうして話を振ってくれたのだから文句はない、むしろ感謝しかないだろう。

 そこまでの力があるイングはそれこそエルフの中でも重鎮中の重鎮であろう。

 そんな相手がまさか、ギュルディの地元で、ギュルディの承認した予算を使って、ギュルディ配下の研究所で、嬉々として魔術の研究をしているとは思いもよらぬのである。

 結局、エルフを断ることはできないギュルディは、参加が決定していた剣士の一人とその庇護者である貴族に大きな借りを作りつつ参加者枠を返してもらったのである。






 鬼哭血戦十番勝負は実際の対戦の前に、約束した通りに参加者がいるかをお互いが確認するために一度全参加剣士が集まることになっている。

 今決まっているのは、初戦は秋穂で、次戦はシーラ、そして五戦目にコンラードが出て、六戦目にアルフォンス、最終戦一つ前にエルフジジイ、イェルハルドで、最終戦は凪だ。

 残りの四つの戦いは、ギュルディに売り込みにきた戦士の中で、最も良い条件をギュルディに提示できた順に四人を受け入れた。

 如何に優れた剣士であるか、に一切頓着しなかったギュルディのあり方に、いっそ清々しさすら感じた涼太である。

 そういった事情があるため、涼太含め戦士組六人も集まった他の味方戦士に期待はしていなかったのだが、いざ彼らと顔を合わせてみれば、彼ら四人もなかなかに見どころのある戦士だとわかる。

 彼らにとって、評判を聞くことすらなかったであろう、アルフォンスやコンラードに対しても、四人は戦士としての力量を見抜いてきたからだ。


「……まいったな、これは。ひどく場違いな気がしてならん」

「げに。辺境は魔窟であるとはよく言ったものよ」

「いや、おい誰か、当たり前にエルフが二人もいることに突っ込む奴はおらんのか」

「ギュルディ様の用意した戦士に文句を付けようとは、お前もなかなかに度胸のある男よな」


 王都の優れた戦士というものは、他所と比べても層が厚いということだろう、と涼太たちは受け取った。

 だがそれは、まだまだ認識不足であった。

 実際に敵側の十人と顔を合わせた時、己の心得違いを凪も秋穂も即座に理解した。


「へえ」

「あらら」


 どの戦士と誰が対峙するか、といった話と各戦士の紹介が行なわれる。

 まず、初戦の秋穂の対戦相手だ。

 獣人マグヌス。これは、技量が読み切れない。つまり、凪や秋穂と同格の戦士だということだ。

 ぼそぼそと小声で凪と秋穂が会話する。


「秋穂。技だけじゃないわよ。アイツ、身体の造りがおかしい。アレ、私が前にぶつかったカマルクの血族と同じ匂いがする。その上で戦士としては連中より数段上よ」

「後は、実際に動いてるところ見ないと何とも言えない、か。こわいこわい」


 そして二戦目、シーラの相手となるラルフだ。

 こちらはもう敵意を隠すこともなくシーラを睨み付けている。シーラ・ルキュレとわかってこうできるのだから、或いは力量も見抜けぬあほう、とも言えるかもしれないが、勝ちの目もなく出てくるような愚か者にも見えない。

 極限まで研ぎ澄ました刃のような、脆さと鋭さが感じられる男だ。

 三戦目の対戦相手も、凪と秋穂の目を引く。

 ギュルディから暗殺組織の出であると聞いているが、その恵まれた体躯はむしろ戦場にあって磨き鍛えたと言われた方がしっくりくる。

 月光イラリと呼ばれる男だ。彼の技量も一つ抜けている。

 そして四戦目と続き、五戦目はコンラードの対戦相手だ。

 こちらはルンダール侯爵お抱え戦士であり、今回の鬼哭血戦十番勝負参加戦士の中で唯一の貴族階級にあるオーラという男だ。

 王都で最も有名な三人の剣士、十聖剣である閃光剣のヤーン、王都圏最強剣士ランヴァルト、そしてこの燦然たるオーラの三人の内の一人だ。

 これはルンダール侯爵の希望により成った対戦であり、辺境出で最も無名なコンラードをオーラの対戦相手に強く希望してきたのだ。

 六戦目はアルフォンスの出番だ。

 この相手は、三大侯爵の一人でありカルネウス侯爵が抱えている戦士で、マウリッツという男だ。

 武名を馳せるでもなく、どちらかといえばカルネウス侯爵が囲っているから、という理由で名の挙がる男であるが、実際に彼を目にした凪も秋穂も、それが意図してそうされている結果であると知る。


「うん、ギュルディの言った通りね。コイツならアルフォンスも文句は言わないでしょ」

「ていうか実際すっごい嬉しそうな顔してるよ、アルフォンス」


 マグヌスやイラリと比べても、遜色ない戦士に見える。

 七戦、八戦はそこそこの相手。そして九戦目のエルフジジイ、イェルハルドの相手だが、なんとこれが直前で変更になったらしく、大将であったはずの王都圏最強剣士ランヴァルトがここにきている。

 確かにランヴァルトは傍目に見ても優れた戦士だとすぐにわかる。覇気も剣気も十分。だが、ギュルディ側の戦士たち四人は、気の毒そうに首を横に振る。

 王都圏最強剣士とやれると聞いていた凪は不満気ではあるが、自身の対戦相手も極めて優れた剣士であるし、口をとがらせるぐらいで我慢してやった。

 ギュルディは直前にこれを聞き、条件を提示した上ではあるが了承したようだ。

 ギュルディ曰く。


「ランヴァルトともう一人の戦士ミーケルが大将の座を賭けて戦い、長年の悲願を叶えミーケルがランヴァルトを下したらしい。今の時点でより強いのはミーケルだからそうした、だそうだが凪はこれで問題あるか?」

「あーるーけーどー、ミーケルってのも弱い戦士じゃないみたいだし、むしろ一番不幸なのはそのランヴァルトってのだから、まあ、大目に見てあげるわ」

「すまんな。ランヴァルトとミーケルの間の因縁は昔から王都でも多少は知れていてな。敵味方関係なく、そのていどの配慮はしてやりたいと思うのだよ」


 そして大将戦、凪の相手のミーケルであるが、こちらは長年のライバルを下して意気軒昂。

 千人殺しを前にしても一切怯む様子はなく、王都圏最強の証明をここで示してみせん、と大した入れ込みようである。

 獣人マグヌス、復讐者ラルフ、月光イラリ、侯爵の秘蔵剣士マウリッツ、王都圏最強剣士ランヴァルト、そして遂に壁を突き破った元次席のミーケル、とここら辺りは、立ち居振る舞いを見る限りでは凪や秋穂にも明らかな格下だとわかるような相手ではない。

 同格、もしくはより以上の相手である可能性を考えねばならぬ、蹂躙する雑兵ではない、明確な敵である。

 彼らが三千の兵と戦ができるかといえばそれは不可能であろう。だが、多数の兵と長時間にわたって戦い続けるために必要な能力と、一騎打ちに必要とされる能力は、被る部分もあれどまた別の要素も関係してくる。

 なので彼らが凪や秋穂に勝利しうる可能性も存在する。

 その上で凪も秋穂も、心が沸きたつのを止めることができない。

 周囲の戦士たちを見れば、誰もが同じ心境にあるとわかる。それはエルフの二人ですらそうなのだ。

 鬼哭血戦十番勝負は、正に剣士の晴れ舞台であると、理屈ではなく参加戦士の全てがこれを実感するのだった。




 二十人の戦士たちが一堂に会する、そんな場で、何が小憎らしいかといえば、エルフジジイ、イェルハルドは己の秘技をすら用いて自身の技量を完璧に隠しにかかったことか。

 おかげでランヴァルトは己が身に迫った絶対の窮地に気付くことなく、エルフを相手に、どうやって殺さずに済ませるかを考えている様子すら見られた。

 一方、もう一人のエルフであるアルフォンスは、自ら対戦相手であるマウリッツの下へと足を運んだ。


「エルフ流暗黒格闘術のアルフォンスだ。当日、つまらん戦いにはしたくない。どうすればお前は全力で私を殺しにきてくれる?」

「……我が主が、そう望まれるのならば」

「ふむ。ではギュルディとやらに話を通しておこう。それで、本当に問題はないのだな?」

「エルフを殺しても、エルフ全体が敵に回らぬという保証がなければ、せいぜいが腕の一本を奪うていどだ」


 アルフォンスは目を丸くして驚いた後、大きく口を開いて笑い出した。


「ははははは、なんだ、お前自身は随分とやる気ではないか。何、心配するな、エルフの古老に話は通しておく。私が死んでも決してそれを理由にエルフが人間を襲うことはない」


 ここで言うエルフの古老とはイェルハルドのことである。決して嘘は言っていないアルフォンスだ。

 マウリッツは静かに告げる。


「その言葉を、ギュルディ様が発し、我が主が納得されたのなら、望み通り貴様を殺してやろう」

「よろしい。それでこそわざわざ遠出した甲斐があるというものよ」




 シーラの前に一人立つ戦士。彼がシーラに恨みを持つ者であるということは既にシーラも知るところである。

 そんな男がシーラに対し何を言うのかとじっと待つシーラ。彼は、表情を出さぬようしながら口を開いた。


「貴様は、カマライネン家を覚えているか?」


 少し考える。が、記憶にはない。


「覚えてない」

「そうか。だろうな。そういう家がどれだけあるか、お前は知りもせんのだろうな」

「あることは知っているよ。で?」

「……き、さまの、積み上げてきた悪行全てを、残された者が背負った苦難の数々を、貴様の身に刻んでやれぬのが無念でならぬが、これ以上貴様がのうのうとランドスカープの地をうろつき回るなどという許せぬ事態を、見過ごすことはできぬ」

「そんなに許せないんなら」


 くすくす、と笑うシーラ。


「別に、鬼哭血戦を待つまでもないのに」


 憤怒を隠しきれぬようになった男は、それでも剣には手をかけず告げる。


「ギュルディ様の庇護も、闘技場では通じぬ。貴様は、絶対に、かの地で殺す。同胞たちの無念、思い知らせてくれるわ」


 ふーん、と刺すような男の殺意にも全く動じることのないシーラだ。


「キミは、随分とお行儀が良いんだね。キミの先達は、待つ、なんて真似とてもできるような連中じゃなかったんだけど。人間、時間があればどんな人でも成長するもんなんだねえ、感心感心」


 シーラの煽りにも男は動じず。じゃあ次は、と別の手を試す。


「ギュルディのした約定があるからね、私に面と向かってケンカを売ってきたキミも、きちんと生かしたまま帰してあげるよ。よかった、ね」


 言葉と同時にシーラより垂れ流される殺気にも、男は眉一つ動かさず。別所の戦士の幾人かが反応してしまっているし、腕利きと見受けられた者のその全てがシーラの動きに反応できるよう備えている。

 それでも、男は平然とした様子でシーラに背を向け、この場を去っていく。

 これにはシーラもびっくりである。


『うわー。この人、これだけ腕あるのに本気で私が斬らないって思ってるよ。うわーうわーうわー、ちょっと見ない間に、王都って随分と、ゆるーい世界になっちゃってるみたいだねえ』




 秋穂と凪が並んでいるところに、二人の男が近寄ってくる。

 一人はもう顔を見ただけで誰かがわかる。獣人マグヌスだ。そしてもう一人は戦士ではない。彼の主である、ロッキーと名乗った。

 ロッキーは真剣な表情で秋穂に言った。


「黒髪のアキホ。私はお前に問い質さねばならぬことがある。お前が、フロールリジを殺したというのは本当か?」

「誰、それ?」

「……………………」


 フロールリジとは、凪と秋穂とシーラの三人で叩き潰した傭兵団ウールブヘジンの大将であった男だが、秋穂に対して名乗りはあげていない。

 ぶっ殺すぞ顔をしたロッキーが、それでも自制しながら説明すると、ようやく秋穂も得心したようだ。

 その末期を問われた秋穂は、そこまでしてやる義理もないのだが、ほんの少しだけ彼の心情に沿った形でフロールリジの最期を語ってやった。

 さすがにここで、がっかりした、なんて馬鹿正直な感想を述べたりはしないのである。

 そして実際に秋穂と戦うマグヌスはと言えば、こちらは凪に興味があるようだ。


「お前はレスクを、いや、デカイ女と戦ったと聞いている」

「蹴ったり殴ったりするの?」

「そう、それだ。同門でな」

「あらら。あの人、めっぽう強かったからよく覚えてるわよ。殺し合いの中であんなにも殴られ蹴られしたのあの時だけよ」

「……いや、待て。レスクに殴られて蹴られて、それで無事だったのかお前」

「鍛えてるからね。貴方はどう? 彼女以下なら、秋穂の相手は務まらないわよ」

「俺がレスクと比べてどうなのか。そいつを知る機会を永遠に奪ったのはお前だよ」

「残念、早い者勝ちよ」


 全く悪びれる様子のない凪に、苦笑するマグヌス。狼の顔だが、苦笑していると相手には伝わるものだ。ネズミよりはよっぽどわかりやすい、と凪は思った。


「ねえ、そっちの話も聞いたんだから、こっちの話も聞きなさいよ」

「内容によるが、何だ?」

「その口、不便じゃない? 話するのとか」


 人間の身体に狼の頭部、つまり口は狼そのもので。

 この狼の頭部になってからそれなりに経つが、マグヌスの実力もあってか、この顔を面と向かって揶揄する馬鹿には会ったことがない。

 逆に、こうして率直に疑問を問う者もいなかったが。


「話は不自由なくできるのだがな。実は、顎が、こう、横に動かし難くてな。堅い物をかみ切るのが少し、しんどいんだ。狼が、こう、顔ごと動かして肉を食いちぎるのには理由があったのだな、としみじみ思ったものだ」

「あはははははは、そりゃ、その顔になんなきゃわかんないことね」


 なのでマグヌス的にはちょっと面白いと思っていたこんな話も、披露する機会に恵まれなかった。

 そんなマグヌスの狼顔トークを悪気も悪意もなく率直に笑ってくれる凪に、マグヌスはここぞと笑い話を続け、隣でやや険悪な雰囲気を作っていた秋穂とロッキーには微妙な顔をされてしまうのである。




 王都の頂にランヴァルトあり、そう謳われる最強剣士ランヴァルトは、つい先日遂に不覚を取ることになってしまった長年の宿敵ミーケルに、彼の感じた印象を述べる。


「シーラは、以前とはもう比べ物にならんほど強くなっている」

「なるほど、お前が言っていたのとは随分と違うと思ったが、やはりそういうことか。確かにそれも道理よ。鍛え磨き上げているのは何も我らのみではなかろう」


 バツが悪そうな顔をするランヴァルトだ。


「ああまで完成されていた特異な剣術を、更に深化させるというのはちと考えが及ばなんだわ。さて、ラルフ殿が何処まで食い下がれるものか……」

「それよりもナギだ。お前はどう見た?」

「わからん。が、十分負けもありうる相手だ。そして千人殺しを考えれば、持久戦に持ち込まれれば勝機はない」

「なら、俺で良かったな。一瞬の差し足ならば俺が上だ」

「……ミーケル。私はな、お前が私に敗れた時期は、極力その気持ちを傷つけぬよう、戦いの話は避けるようにしていたんだが。そういった細やかな配慮を、私はお前に望んでもいいんじゃないか」

「くくくっ、それは失敬。お前の相手は完全に魔術に傾倒しているエルフのようだな。一度の不覚が取り返しのつかないものになる。気を付けろよ」

「とはいえ、あのアルフォンスというエルフよりずっとやりやすくはあろう。侯爵に魔術破りの剣を頼めば、ほぼ磐石と言っていい」


 ランヴァルトとミーケルの二人がイェルハルドの力を見抜けぬのは、決して二人の力量が劣っているという話ではない。

 今のイェルハルドを見抜くのは、それこそ凪、秋穂、シーラの三人にすらできぬことであるのだから。




 コンラードの対戦相手であるオーラという男は、貴族であるせいか顔見せが終わると戦士たちのいる場に残らず、貴族同士の集まりの方に出向いている。

 なのでコンラードは手持無沙汰であったのだが、他の戦士たちを見て、コンラードは怪訝そうに眉をひそめる。


『……どうしようもなく恐ろしいのは、およそ半数ていどか。案外に、俺でも勝ててしまいそうな気がしてくるな』


 元より、ロクに剣を学んでもいなかったというのにリネスタードで有数の戦士なんて呼ばれてしまうほどに戦闘の才があったのがコンラードだ。

 それが凪と秋穂より近代的なトレーニングと剣術の理を学んだシーラに師事し地獄のような鍛錬を繰り返すことで、五大貴族の一角の領地にて最強の戦士を打ち倒すまでに成長したのだ。

 そしてそんなコンラードの目から見て、明らかな格上と思われる相手は数えるほどしかいない。王都圏最強の剣士が集ったと思しき場所で、だ。

 ただ、だとしてもコンラードに慢心はない。ありえない。つい昨日も、コンラードは手も足も出ずぼっこぼこにやられたばかりなのだから。


『まさか、なあ。シーラ、ナギ、アキホの三人でも全く歯が立たない剣士がこの世にいるとは。あのアルフォンスという男も相当なものだが、それでもどーにもならなかったしなあ』


 思い出すだけで身震いするような恐ろしい剣であった。

 そんなことを考えているコンラードに、声を掛けてきたのは味方である四人の剣士たちだ。

 彼らはそれぞれ別の貴族を後ろ盾としている剣士であるが、王都圏の有力剣士同士は何やかやと横のつながりを持っているようで、四人の剣士たちは敵側である剣士とも交流があるらしい。

 この内の何人が生きて鬼哭血戦を終えられるものかわからぬというのに、剣士同士にはそれほど悲壮感はない。

 改めて簡単な自己紹介と共に話を始めた彼らは、辺境の出だからとコンラードを馬鹿にした様子はなく、案外に友好的な接触を試みてくれている。

 そうなればコンラードも社交性は低くはないのだ、快く応じてやると、彼らの目的は辺境の剣士の情報であるとわかる。


「……そうか、やはり辺境には辺境の戦があるか」


 そう語るのは四戦目で戦う男だ。彼はコンラードに対し、辺境のことを教えてくれた礼と言い、一つ助言をする。


「おぬしの相手、オーラ殿はルンダール侯爵自慢の剣士だ。……こういう言い方はよくないとも思うのだが、オーラ殿に不利益を与えるということはつまりルンダール侯爵に対しそうするのと同義だ。その、辺りをな、考えねばルンダール侯爵は必ず、相手が何者であろうと報復する。あの方に剣士同士の機微は全く通用せぬ」


 素直に意外そうな顔を見せるコンラード。


「鬼哭血戦ってな、そういう話はない、って聞いているんだがな」

「ルンダール侯爵に代表される、格式ある貴族の方々は、面目を潰されたなら絶対にこれを許しはしない。それは、契約よりも、信義よりも、あの方々にとっては優先されるものだ」

「そもそも、それがわかってる相手と約束も契約もないだろ。てか、闘技場での一対一の決闘で、勝ったら面目を潰すことになるから負けろ、ってそれ勝負自体が成立してないんじゃないのか?」

「王都を知らぬおぬしのその気持ち、私にもよくわかる。だから勝つなとは言わん。だが、勝ったならば、あの方は必ずお前に復讐する、それだけは覚えておいてくれ」


 脅しにきた、というわけでもなさそうだ。

 だが、これでこそ、なんて考えてしまうのがコンラードという男だ。


「わかった。わざわざすまなかったな。教わらなければ知らぬままだったところだ」

「そうか、わかってくれたか。あの方々の復讐は、当人のみならず周辺までもを巻き込む。理屈でも道理でもないのだ。その機嫌を損ねた時点であの方々は動くのだからな」


 もちろん、コンラードに負けてやるつもりなど欠片もない。命を懸けて勝利に貢献する、またとない好機なのだから。

 ただ、こういう話を聞いてしまうとどうしても、ふざけんなボケ、と即座にぶっ殺しに動くナギとアキホの気持ちが理解できてしまうコンラードであった。




 後になってコンラードがこの話をギュルディに確認すると、ギュルディは事もなげにこう言った。


「気にせず勝ってしまってくれ。いっそいたぶりまわすような殺し方をしても、向こうはどうこうすることはない。そんな余裕はなくなるさ」



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― 新着の感想 ―
ランヴァルトさんが不憫でならない5人係でも勝てないモノをどうしろと
[良い点] 年少組間に合ってないの草。 [一言] 結構和気藹々としてるのにこれから殺し合うんだよなあ。 いつものことだけど寂しくなるわ。
[一言] 以前から噂されてた王都圏最強剣士ランヴァルトさんがボス候補から噛ませ犬になってしまった
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