159.教会との決着
金と黒の二匹のガルム、ナギとアキホは聖都シムリスハムンより煙のように消え去った。
その後の足取りを探らんと教会関係者のみならず、諜報員を多数派遣していた各陣営も血眼になって探したのだが、二人の姿を見つけられた者はいなかった。
教会関係者の多数がそう信じているように、この二匹が聖都にもたらされたのは神罰である、という話を結構な数の有力者が信じたのは、そういった不思議もあったせいだろう。
二人が姿を消したのは不思議でもなんでもなく、シムリスハムン内の貴族用邸宅に隠れ潜んでいるせいなのだが。
「りょーたくーん、くーだーもーのー」
「はいはい」
居間のソファーの上に寝そべったままの秋穂。
「りょー、たー、ひーまー、なんか面白い話してー」
「はいはい、果物持ってきてからな」
凪は居間の椅子から半分ずり落ちながら首を背もたれに乗せて、ぐだーっと足を伸ばしている。
女二人の有様に、外での情報収集を終えて戻った飯沼椿は、ひどく残念そうな顔をした。
「神の遣わした死の女神。恐ろしくも麗しき戦乙女、なんて話がちまたじゃ流れているみたいだけど、とてもとても、そんな高尚なモノには見えないわね」
むすーっとした顔で、凪と秋穂は部屋の入口側に立つ椿に言う。
「なによー。当分は人生甘ったれてていーってことになってんのよわたしたちはー」
「そーだそーだー、つばきさんはひっこめー。もっと甘やかせー」
今でこそこんな呑気な顔を晒しているが、二人の帰還直後はそれはそれはもうひどい有様で。
凪の腕に風穴が開いているのもそうだが、そこかしこに細かな傷がついていて、内の幾つかは下手をすれば後に残るぐらい深い傷だった。
そしてこれが一番恐ろしいことなのだが、二人はその傷に自分で気付いていなかったのだ。
そして気付いていないままに、大量の水を飲み、幾つかのパンを口にした後で、その場にひっくり返って寝入ってしまった。
この場には女性もいる。血やら汗やら何やらで物凄い臭いと見た目になっている二人を、綺麗にする役目を椿は引き受けようか、と申し出てくれたのだが、前後不覚でぶっ倒れた凪と秋穂を他人の手に委ねるということが、涼太にとってはありえないことなのである。
二人の肌を見てしまうことに多大な抵抗を感じる涼太であったが、そこは譲れない点であり、決して間違えることはない。
綺麗にして、治療し、服を着せて、そしてベッドに放り込んで、その部屋の中で涼太は二人が目覚めるのを待つ。
で、翌朝普通に目が覚めた二人は、疲れて身体中が痛いから当分一歩も動かない、と宣言したという話だ。
二人が自堕落な生活を始めて、まだ二日目である。その時点で、この屋敷を手配した商人は不安そうであったが、涼太は彼に言ってある。どうせ三日もすれば飽きて動きたくなる、と。
そして案の定、三日目の午前中にまず凪が外に出たがり、午後には秋穂が退屈そうに部屋の中で鍛錬を始めた。
あれだけ大暴れしておいて、ものの数日でこれだ。商人の呆れ顔を見ながら涼太は言った。
「な?」
「……おみそれしました」
シムリスハムン脱出の算段はすでにつけてある。
問題なのは凪と秋穂の二人であり、この二人は夜間だろうと山中だろうと馬より速く突破する人外であるため、この二人だけならば人の目を避けて王都圏を脱出することすら可能だ。
なので合流場所を決め、二人が脱出した後で涼太は悠々と街を離れればいい。
シムリスハムンでの諜報活動は、現状涼太がそうしていても意味はない、とこの三日で涼太は判断した。
今後教会がどう動くかを知るのは重要なことであるのだが、それはきっと当分の間決まることはないだろう。そのぐらい教会の混乱はひどいもので、それが決まるまで付き合ってられん、という話である。
夜。月明かりのみを頼りに、建物の屋根をぴょんぴょんと音もなく移動する二人を見送りながら、涼太はしみじみと思った。
『厳重な警戒網を簡単にすり抜け、三千の兵士を物ともせず最重要人物をぶっ殺された挙げ句、逃げる姿すら捉えることができないってんだから、他人事ながら同情するよ、教会の連中には』
後に、アキホとナギの千人殺し、と呼ばれる恐るべき事件は、こうして幕を閉じた。
最終的な総被害者数は、千人どころではない、千と百六人である。
千人と戦ってこれを殺し尽くしたのではない。三千人以上と戦い、内の千人を殺してみせたのだ。それも、殺意に満ちた、兵士たちを相手に。
中には宗教的情熱に駆られ無防備に吶喊した群衆も含まれるが、彼らの殺傷能力は決して並の兵士に劣るものではなかった。
総大主教に、参列していた司教が二人死亡、聖卓会議は生き残りが二人のみ。十聖剣は全員が死亡した。幾人かの十聖剣は、凪にも秋穂にもそれと認識すらしてもらえなかった。
大聖堂内は正に惨劇という言葉が相応しい有様だ。そして、閲兵に集まった三千の兵が行進した主道は、遺体を片付ける役目の者にどれだけ給金を積んでも逃亡者が相次ぐような、この世のものとは思えぬ光景となっていた。
十日以上の間、完全に都市機能が麻痺してしまっていたのも無理はない。これを、たった二人の侵略者が為したなど、誰が信じよう。
その日、教会の権威は、回復不能なところにまで失墜したのだ。
涼太がソレを発見したのは、凪と秋穂を見送ってすぐのことだ。
自身と椿の出立に合わせ、妙な動きが教会でないものか遠目遠耳の魔術で確認していたところ、シムリスハムン大聖堂から少し離れた場所にある教会の建物の一つに妙な連中が押し込まれていることに気付いた。
そこは牢屋ではない。かといって刑務所というわけでもなさそうだ。
どちらかといえば犯罪組織が使うような、薄汚れた内装の建物だ。造りは牢屋に近いものだが、どう見ても、まっとうな牢屋だとは思えぬシロモノである。
『てかごーもん施設だよなこれ。こういうの、やっぱ教会にもあるんだなぁ』
ランドスカープという国において、証言を引き出させる手段の一つとして拷問は正式に取り入れられているものだ。
ただ、この施設の設備は、そういった合法的な拷問とはまた一線を画したものでもあるようで。
まあこの施設の一番の問題は、そこに収容されている人間なのである。
『……おうしっと』
顔立ちは、涼太にもよーく見覚えのあるもので。
ぶっちゃけ加須高校生であろうと思われた。現在、リネスタード在住の加須高校生が拉致されているという話は聞かない。王都圏にいる加須高校生は椿のみだ。
となるともうこれは、五条が率いる一党であろう。人数が少ないのは、既に処理済みか、はたまた逃亡に成功したのか。
涼太はまだ、リネスタードから五条たちを迎えに人が出されていることも、教会に先を越されて囚われた者がいることも、知らなかった。
ただ、この施設の管理者も彼らの処遇には困っているようだ。
凪と秋穂の関係者の可能性がある、という理由で連れ去られ、その情報を得ようとしていたようだが、あまりに非協力的であるため拷問して吐かせようとしたところ、何度やってもどれだけやっても、意味の分からぬことしか言わぬようになってしまったそうな。
有用な情報もなく、かといってコレを欲しがる者も他所にはいるだろう、なればこそ、彼が処分を判断できない。
それは凪と秋穂による千人殺しの後となればもっと大きな問題となる。この後、二人のガルムに対し如何に対応していくのかがはっきりしないことには、この既に拷問済みの者たちの処遇も軽々に決められないのだ。
いっそ、アキホとナギの情報を欲しがる他所の連中にくれてやれればいいのだろうが、今となってはそれがあの二人の機嫌を損ねる原因にもなりかねず、下手に動くことができない。
そして、恐らくだが今の教会の上層部はこの件に対処できない。それはこの施設の管理者にもわかっている。
いやそれどころではない。上層部が和平に動いた場合、最悪切り捨てられる危険性もある。
施設の管理者はとても無難な結論、全部殺して何も無かったことにする、に落ち着こうとしていた。
「そんな義理はないんだけどなぁ」
多少の損失は、きっとリネスタードの高見雫が受け入れてくれるだろう。それよりも、彼らの損耗の方をこそ憂うと思われる。
涼太は付き添いの商人に頼んで、リネスタードが五条たちを捜索しているという話を連中の耳に入れることにした。
そうしておけばきっと、きちんと交渉材料として活用してくれるだろう、という読みだ。
それで十分だと思っていたのだが、翌日、涼太はそれが手遅れであったと知る。
施設管理者は、宗教関係の秘密拷問官なんていう立ち位置なのだからよほど宗教的情熱にあふれた人物だと思っていたのだが、さにあらず。
彼は早々に教会に見切りをつけてしまった。拷問官というより諜報員としてのあり方が強かったのだろう。そして諜報員であるからこそ、現在の教会の追い込まれっぷりを理解していた。
忠義や信仰といったものを全く感じられない彼は、教会の諜報員という、ある種の絶対性を確保できる立場だからこそ、諜報員をしていたのかもしれない。彼は教会の情報と共に、別の組織と接触をとり教会よりの出奔を試みた。
当然、後始末はしたあとで、だ。
彼は施設を離れる直前、後始末をした遺体に向かって吐き捨てていた。
「このような無為な作業ばかりであったな、やってられぬわ」
憎々し気に遺体を見下ろす。諜報員として自分を規定していたのなら、有益な情報を得るための行動ならばさておき、一応やっておくかていどの仕事に駆り出されるのは彼の矜持が許さなかったようだ。
それはつまり、五条たちから得た情報に価値を見出していなかったという意味でもある。異世界からきた、遥か未来の知識を持っている、そんな話をした彼らを、さぞや侮蔑の目で見ていたことだろう。
街中には、まだ片付けの済んでない死体が山と転がっている。
ここに放り出しておくだけでいいのだから、遺体の処理も簡単だ。傷の種類を確認するほど、遺体を片付ける人間に余裕はない。
そして遺体の片付けをする人間がいても、あまりに数が多すぎるためいつまで経っても遺体は減らない。身内の遺体を探す者が多いせいもある。
涼太はその辛気臭い悲痛に満ちた空間を、一人歩く。
その悲鳴や慟哭を耳にすると、良い悪い云々ではないところで、とても居た堪れない気持ちになるものだ。
そして、幾つかの遺体が転がる通り沿いの一角に、腰を下ろした。
「……加須高校一年、楠木涼太だ。アンタは?」
目が見えていないだろう彼にそう呟くと、彼は弾かれたように身を起こす。
いや、そうしようとしたが、首が僅かに揺れたのみだ。
遺体であると判断されるような、そんな状態であるのだ、彼は。
「だ、誰だ。一年に、楠木、なんて名前、なかった、はず」
案外に元気な声がかえってきたことに涼太は驚く。
「学校の外に放り出されてたんだよ。不知火凪、柊秋穂の二人と一緒にな」
「おっ、お前、お前らが……わ、わかってんのかよ、お前らのせいで、俺たちはこんな、こんなことにっ」
「だからせめても、それを望むんならトドメぐらいさしてやろうかと思ってな」
「ふっ、ふざけんなよ。何がトドメだ。お前たちのせいで、俺たちがどんな目に遭ったか。全部、全部全部全部、お前らのせいじゃねえか」
「寝言は死んでから言え。こっちからは情報漏れなんざありえなかったんだ。あるとすれば高見さんの手紙ぐらいだ。それにしたって高見さんとの繋がりでしかない。凪と秋穂との繋がりは、お前らが口にしなきゃ絶対にバレなかったはずだし、黒髪繋がりで引っ張られたとしても誤魔化しようは幾らでもあったはずだ」
「あんなヒドイ目に遭わされて誤魔化すなんてできるものかよ」
「俺を誤魔化そうとはしているのにか? もう一度言うぞ、お前らがそこまでの情報源だと見なされたのは、お前ら自身がそれを口にしたせいだろう」
そもそも、と続ける。
「何を勘違いしてるのか知らんが、お前らが高見さんたちにしたこと思い出せよ。俺たちから見れば、お前ら全員敵にしか見えないんだぞ。高見さんも橘さんもそれを望まないのがわかっているから、せめても直接手を出すのだけは控えてやったんだよ」
涼太の強い口調に、男は嗚咽を漏らしはじめた。
「……なん、なんだよ。なんなんだよこれ。ひでぇよ、こんな、ひでぇ話あるかよ。この世の地獄みたいなところからようやっと放り出されて、同郷の人間に会えたっていうのに、それがなんで、こんな奴なんだよ。俺、そんな悪いことしたか? なんで、こんなことになっちまったんだよ……」
涼太は少し困った声になる。
「泣くなよ。水、ちょっと美味しいの持ってきたから機嫌直せって」
そう言って彼の口元に水袋を近づけ、飲ませてやる。
果実の味がほんのりと染みているちょっと贅沢な水だ。男は、必死になってこれをすすっていた。
「うめえっ、うめえよ。すっげぇうめえ。こんなうめえもん、飲んだことがねえ」
「そいつは何より」
固形物は食べられないだろうから持ってきていない。それが当人にもわかっているのかいないのか、男は笑みを浮かべながら言った。
「ああ、飯、食いてえなあ。ラーメン、ラーメンだよ。あと、カレー。レトルトのあれがいい。いやっ、やっぱり一番はフレンチトーストだ。かーちゃんの、フレンチトースト、甘すぎて、でも、そこがいいんだ……」
「食えるさ。俺は治癒の魔術が使えるんだ。傷を治して、ゆっくり養生しろよ。もう、痛いのも苦しいのも、ここまでだ」
「そりゃ、いい。最高だ。みんな、みんないるのか? そこにいるのか? 俺が、守ってやらなきゃなんねえんだ」
「ああ、いるよ。だからもう寝ろ。起きてても、苦しいだけだろ」
「ははっ、そうか、そうだな。でもよ、怖ぇんだよ。今、意識がなくなったら、二度と、目が覚めないんじゃないかってさ」
「今までだって、さんざ痛い目怖い目に遭ってながら、意識は戻ってくれたんだろ? なら、大丈夫さ。昨日そうだったようにな。また明日、もう少し楽になった身体でまた色々考えろよ」
「ああ、ああ、ありがとうな。すげぇ今俺、ほっとしてる。俺初めて知ったわ、人と話すのって、それだけで気持ちよくなるんだな」
彼の自発呼吸が失われ、心臓の鼓動がなくなるまで付き合った後で、涼太は一人呟いた。
「……もっと、ヒドイこと言ってやるつもりだったんだけどな。案外に、人に冷たくするのって難しいわ……」
結局涼太は、この男の名を知らぬままであった。この男が五条理人であると、知らないままであったのだ。
リキャルド師には、自責の念とやらに押しつぶされている余裕など与えられない。
どうすればいいのかわからない、そんな顔をした生き残りたちを導くことができるのは、最早リキャルド師以外いないのだ。
ただ、リキャルド師は自身が抱えている苦悩も処理していかなければならない。なので、素直に救援を頼むことにした。
聖地シェレフテオも、聖都シムリスハムン同様、二人のガルムの襲撃を受けた場所だ。この地も現在、復旧作業に苦労しているところだ。
だが、ここから人を引き抜く。リキャルド師の抱える苦悩を、正しく理解できる人物はこの地の者以外にありえないからだ。
シェレフテオ管理者一族の四男坊が、現在この地の最高責任者として、若いながらも皆を導き奮闘している。その苦労を知っていながら、リキャルド師は自身の窮状を伝え、どうにか人員をこちらに回してもらえないかと頼んだ。
四男坊も苦しいところだ。事情を全部理解した上、あの化け物たちと直接の接点を持っていたハンス神父を手放すのはおっかなくもある。後、ハンス神父自身が異常に数字に強く、大きな仕事を頼むに足る人物であるというのもある。
だが、伝え聞く聖都の窮状も相当なものだ。四男坊は断腸の思いでハンス神父の出向を許可した。
あの化け物共との交渉役ができる教会の人間は、恐らく国中探してもハンス神父以外にはいないであろうから。
その辺りがきちんと理解できる人間である四男坊は以後も聖都との連携を密にし、聖地シェレフテオの復興に尽力していく。
後始末含む様々な処置を指揮し、教会の立て直しを進めていたリキャルド師であるが、聖卓会議の生き残りはもう一人いる。
こちらは大きな後始末が一通り済んだところで、この件の責任をどう取るか、といった話を持ち出してきた。
後始末を進めるに当たって、リキャルド師は自身が教会の最高責任者であると認め、そう振る舞わねばならぬことも数多あった。そして、責任者であるのならば、責任を果たさねばならない、とこういう話だ。
リキャルド師はそういった申し出に抗うつもりはなかったのだが、その周囲の者が断固としてこれに反発する。
教会始まって以来の危機に際し、その立て直しに尽力したリキャルド師を非難しているこのもう一人の聖卓会議の男は、責任から逃れるためか立て直しには一切手を貸そうとしてこなかったのだから、シムリスハムン大聖堂の人間からすればふざけるな、となる。
だがこの男は大聖堂以外の残った司教や他の教会からの支持を得ており、そちらで生じている損失の責任を大聖堂に取らせたいという動きでもあった。
教会の権威が大きく失墜したのだから、当然国内の教会組織が抱えていた利権にも問題が生じているのだ。利益に意地汚い貴族共が、このような好機を見逃すはずがないのである。
またリネスタードとの取引を教会だけしていないこともあり、勢力を弱めた教会の利権は凄まじい勢いで削り取られている真っ最中で。
彼らは教会の権威の一刻も早い復活を望む。だが、それはまず混乱を立て直し、リネスタードとの和平をなしてから、というリキャルド師の方針とは対立するもので。
直接秋穂と凪の襲撃を受けていない他の教会が本当に望んでいるのは、権威が失墜する原因を取り除き、今まで通りの権威を保つこと、であるのだ。これでは話が合うはずがない。
かといって彼ら他教会が秋穂と凪に手を出すかといえば、そういうことにはならない。そんな恐ろしいものに、絶対に手を出すことはないだろう。なので、やっぱり話が合うことはないのだ。
かくして、教会勢力はひどい混乱の中、著しくその勢力を衰退させていく。
教会からの依頼を受けたギュルディの使者が、あの二人との仲裁の話を聖都に持ち込むと、教会側は即座に対応した。
ギュルディ側は秋穂と凪の望む休戦条件を持ってきており、これこそが、教会が欲していたものだからだ。
教会側も、たった二人の戦士が、一体何を条件に休戦を受け入れてくれるものかわからなかったのだ。
そうして提示された条件も、戦争賠償としては破格の条件であり、金銭ではなく教会の権威に関わるようなものばかりであったので、教会側は多少の交渉の後でこれに合意。
とりあえず表面的には、教会が敗北した、なんて話には見えないようなものになっている。
だが、その条件、教会が二人に対して行なう配慮は、誰がどう見ても敗者から勝者へとなされるものだ。
ただ幸いなことに、相手はたった二人なのだ。なので教会がした配慮とやらは、ほとんど目に見えるものではなく、教会は表向きはそれまでと変わらず存続していく。裏では経済的優位の全てを失いながら。
凋落しながらも贅沢を忘れられず、更に身を持ち崩していく聖職者が今後幾人も出るのだが、教会はこういった者を容赦なく全て見捨てることになる。助ける余力もないことであるし。
教会側も秋穂凪側もこれを戦争と受け取っていたのだが、公的にはアキホとナギの千人殺し事件、と呼ばれているのは、こうした事情が関係している。
ただこれだけははっきりとしている。
これ以上の継戦は教会組織の存続にも関わると停戦を望んだのは教会であり、教会側は秋穂と凪の二人に対し、勝利の術がない、と考えたことだ。
つまり教会は、秋穂と凪の二人に、負けたのである。




