153.天剣三人衆
凪は自身を取り囲む敵兵の数を、正確に把握していた。
『四十超えた、わね。まったく、斬るのが追いつかないわよ』
凪の脳内には頭上から自らを見下ろした俯瞰的な視点がある。実際に上から見ているというのではなく、敵の配置を頭に思い浮かべるのに、そういった視界で考えるのがやりやすいという理由だ。
ただ当然ではあるが凪の目は顔に二つついているのみなので、その視野の外の景色は音で聞いたり、事前に見たものから推測するしかない。
それだけで、頭上から見下ろしたかの如く全周囲を把握しているのだ。その情報処理量と速度は、ランドスカープのどの剣士であろうと及びもつかぬものであろう。今、凪と同じことができるのは、ずっと同じ戦いをしてきた秋穂と、同じく大軍に寡兵で突っ込み生き延びた経験のあるシーラぐらいだ。
対軍剣術という他の誰も想像すらしなかっただろう分野において、凪は間違いなく、ランドスカープの第一人者である。
ただ、それはやはり、かなりの集中力と体力を要するものだ。全周囲を殺意に囲まれひっきりなしに敵が死角からも襲ってくるなんて状況は、まっとうではないのだ。
『少し前から敵の動きが良くなった。そろそろ踏み込む?』
ちらと秋穂の方を見ると、秋穂は完全に自身の動きに集中してしまっている。
あれは動きを変えるつもりがない、という意思表示でもある。つまり、まだここで敵を削ることに専念するという話だろう。
『慎重ね。まあ、さんぜんにんだもんねー、敵の数』
この主道という戦場は、二人にとってとても有利な場所だ。
決して動かせぬ障害物のおかげで、大規模の軍が大きく展開することができず、遠距離攻撃もやり方が限られる。
そして一番面倒臭い、騎馬のみが縦横に駆け回って二人の体力を消耗させにかかる、といった手法が取れない。
これは、振り切るのも敵数を減らすにも常よりも体力の消耗が激しく、ウールブヘジンにやられたこれが色んなやり方の中で一番厄介な戦術であった。
他にも面倒な戦術はあるが、そちらは対策があるのでそれほど心配はしていない。
今、敵の赤騎士が軍編成を整え、敵隊長がこれを用いて必死になって二人を押しとどめつつ仕留める術を幾つも繰り出しているところだが、凪と秋穂にとっては、今こそが敵を有利に削り取れる好機であった。
『連中が味方の犠牲を減らそうなんて考えてる内は、まだまだ楽ができるわね』
汗だくで、呼吸も荒くなってきているが、これはまだ凪にとっては楽をしている、という認識なのだ。
イングヴェ騎士団団長イングヴェは、斥候よりの報告を受けるなり叫ぶ。
「マジか! 俺ぁついてる! てめえら! 今すぐ出るぞ!」
イングヴェは連れてきた二十人弱の兵を半分ずつに分け、主道の裏を通って現場へと急行する。
走るイングヴェの傍らには、アーレンバリ流の剣士が護衛として決して離れぬ場所にある。
彼は、斥候が伝えてきた凪と秋穂の戦いに、警戒心をこれでもかと刺激されていた。
『隊列のケツから突っ込んできた? それですぐに離脱するでもなく、次々と隊列を削り取っている? おいおいおいおいおいおい、マジか。本気か。もし、本当にそんな真似ができる人間がいるってんなら、俺たちでどうこうできるわきゃねえと思うんだが……』
そして、戦場が見える場所に辿り着き、アーレンバリ流の剣士は確信した。
『あ、駄目だこれ。絶対に無理だ』
優れた剣士は、敵の技量を見抜く術にも長けている。というかこの技術の無い剣士は遠からず自身より強い相手に向かっていって死ぬ。
そんなアーレンバリ流の剣士は、秋穂の剣の一閃を見ただけで、今のイングヴェ騎士団全員で一斉にかかっても瞬殺されるとわかった。もちろん全員の内に自分も含まれている。
「イングヴェ様、これは……」
「おいおいおいおいおい! どーなってんだよこの状況! 絶好の機会ってな正に今じゃねえか!」
どうやらアーレンバリ流の剣士とイングヴェとでは全く別のものが見えているようで。
「見ろよ! おい見ろ! 明らかにアイツへばってるぜ! それに! 今ならウチの連中が他の兵に隠れて突っ込みゃ不意を打てる! これだよ! こういうの待ってたんだよ俺ぁ!」
イングヴェ騎士団の精鋭たちには、雑兵を盾に、可能なら雑兵ごとあの二人を斬れ、と命じてある。
そして剣術比べなぞではなく、ただただ殺すことだけを考えるように、とも。
この指示を出すのを聞いた時はアーレンバリ流の剣士も、イングヴェ様も戦場をわかっておられるな、と感心したものだが、今となってはそんな感想も吹っ飛んでしまっている。
「イングヴェ様、なりません。あれに手を出せば皆死にます。疲れたぐらいで、あの剣が我らの手の届く所まで衰えるとは到底思えません」
そもそも、あのていどなら疲れた内に入らない。それはアーレンバリ流の剣士にとってもそうなのだ。
だがイングヴェは、目を欲望にぎらつかせていた。
「うるせえ! てめえには戦の機ってもんがわかんねえのか! 今だ! 今しかねえ! 今やらねえと先を越されちまう!」
文字通り、目の色が違う。これはマズイ、とアーレンバリ流の剣士が思った時には、イングヴェは通りに身を乗り出していた。
声を出さぬまま、通りの反対側に待機しているイングヴェ騎士団の残り半数に向かって、大きく右腕を振り回す。
これは、あちらは凪に、そしてこちらの戦士たちは同時に秋穂に向かって突っ込む合図であった。
「ばっ! よせっ!」
思わず素でそう言ってしまったアーレンバリ流の剣士を他所に、合図に従ってイングヴェ騎士団の戦士たちが突っ込んでいく。
誰も声を出さない。兵と兵の間を縫うように、標的二人の視界に入らぬように注意しながら移動していく。その様を見て、イングヴェは満面の笑みで何度も頷いている。
「ははっ、そうそうそれそれ! いいぞいいぞ、一発で決めてこいよ。そうすりゃ俺も、ははっ、遂に十聖剣かよ。この、俺が、十聖剣だぜ。たまんねえ、教会についたのは間違っちゃいなかったな」
そう言うイングヴェの欲望に歪んだ表情を見て、アーレンバリ流の剣士はイングヴェの説得を諦めた。
そして最初の一人が、兵士の陰から背後に回り、凪の間合いへと踏み込んだ。
「よし! 行け!」
それはとりたてて説明が必要な展開でもなかった。
踏み込むのと同時に、凪が踏み込んだ兵に向かって振り返り、当たり前にその兵士よりも先に剣を振って先に当てて先に殺した、それだけだ。
「っくあー! 惜しい! あそこで振り向かなきゃよう!」
イングヴェ騎士団の戦士たちは次々と仕掛けていく。同時に仕掛ける必要はない。他の兵士に混ざって機を伺い、死角から仕掛ける、それだけだ。それだけで勝てるはずなのだ。
だが、誰一人成功しない。確実に敵の目は逃れていたはずなのに、いざ斬り掛かるとなった時には確実に捕捉されていて、そして間合いの内にあれば抵抗の余地もなく、剣を振ることすらできず殺されていく。
「なんだよっ! くっそ! ここまで運が悪いってのはどういうことだ!」
アーレンバリ流の剣士は静かに告げた。
「イングヴェ様、あれは運ではありません。二人共、死角からだろうとこちらの戦士が踏み込んでいることに気付いていますし、そもそも技量の差がありすぎるせいでこちらの攻撃が全て封じられています」
「はあ? 後ろから来てるのにどうやって見るってんだよ」
「とんでもなく高い領域での話ですが、そういう技術も剣術には存在します。イングヴェ様の師匠は、確かそういったことができるほどの方だったと聞いていますが」
「馬鹿野郎。師匠とあいつらが同格だとでも言うつもりか? それに師匠だって、あそこまでの数で囲まれたらどうにもならんぞ」
「……アレと同格の存在が、そもそもランドスカープにいるとは思えません。私も、十聖剣の剣ならば止めてもみせますが、アイツらの剣を止める自信はまるでありません」
或いは竜の化身ミーメ、或いはランドスカープにランヴァルトあり、と謳われる王都圏最強の剣士、或いはぬめる剣のシーラ、そういった常識外れの剣士の一人であろうと彼は言う。
「そりゃいくらなんでも言い過ぎ……」
そんな話をしている間に、イングヴェの放った戦士はもう残り二人になってしまっている。
焦った顔でイングヴェは言う。
「おまっ! そんなヤバイ奴だってんならなんで先に言わねえんだよ!」
「そう、言いました」
くそっ、と舌打ちするイングヴェ。ちょうどその音に合わせて、最後の一人が斬り殺された。
「ふっざけんな! おい! どうすりゃアイツら仕留められんだよ!」
「そもそも、私ではアレに手も足も出ません。まあ、数で圧し潰すしか手はないんでしょうが……いったいどれだけの被害が出ることやら」
十聖剣がすぐ手の届くところにまで来ていたというのに、今イングヴェの手元に残っているのはアーレンバリ流の剣士ただ一人のみだ。
これだけは簡単に失うことのできない彼の切り札だ。
「くそ、一度出直す。教会に兵を借りる交渉しなきゃならねえ」
それまで生きてろよ、と勝手なことを抜かしながらイングヴェは主道を外れた奥の迂回路へと戻る。
苛立たし気に爪をかむイングヴェは、ぶつぶつと独り言を呟きながら、兵を集める段取りを考えている。そのイングヴェに続いて彼の後ろを歩くアーレンバリ流の剣士。
彼は一切の躊躇なく剣を抜いた。
金属同士の衝突音が鳴る。
「ほお、やはり、やる」
どこから現れたのか大柄な男が、イングヴェではなくアーレンバリ流の剣士に打ち込んできていたのだ。
すぐにこの剣を弾き、次の一撃を受け流す。
「うむ、見事」
今度は細身の男だ。
どちらも、とんでもなく鋭い打ち込みであった。
「貴様ら!」
そう、聖アニトラ聖堂、天剣三人衆の内の、二人であった。
さすがに名の知れた剣士たちだ。アーレンバリ流の剣士はたちまち防戦一方に追い込まれる。
それでも押し切られないのは、やはりアーレンバリ流の術理が如何に優れているかという証左であろう。
伊達に戦場剣術と呼ばれてはいないということだろう。もちろん、術理を真摯に学び、毎日を鍛錬に費やしているからこそでもあるが。
アーレンバリ流の剣士は、全身全霊を防御に向ける。余計なことをしていては、考えることすら失策に繋がりかねない。それほどに二人の攻勢は厳しいものだ。
彼の意識の表層をかすめるように、ほんの僅かに他のことが思い浮かんでいた。
『イングヴェ様、正念場ですよ』
アーレンバリ流の護衛に二人の剣士が向かっている。三人衆であるからして、残る一人がまだいるわけだ。
天剣三人衆最後の一人ディックは、最初の一撃で、イングヴェの片腕を深々と抉っていた。
大慌てで剣を抜いたイングヴェであったが、彼はひたすら自身の傷を気にしてそちらをちらちらと見ていた。
「ディック! てめえ! 作戦中だぞ! いくらなんでもコイツは言い訳がきか……」
ディックの剣が、イングヴェの剣を持つ腕を斬り落とす。
「ひぎゃああああ! 痛ぇ! 痛ぇ! ディック! 止めろディック!」
一瞬、イングヴェの視界からディックの姿が消えたのは、低く身体が沈み込み、イングヴェの膝を横薙ぎに斬ったせいだ。
膝より先がズレ外れ、イングヴェはその場に転倒する。
「やめろっ! やめろっ! やめろって! 手遅れになるぞ! 総大主教猊下がまとめてんだぞ今回の件は! ちくしょう! 痛ぇ! ちくしょう!」
ディックは両腕と片足を奪ったことで反撃と逃走の危険はなくなったと見たのか、そこでようやく動きを止めた。
「イングヴェ。お前が我が友にしたことは、こんな程度ではなかったよな。誇りある剣士をよってたかって嬲り殺しにするというのはどんな気持ちなんだ? 俺にはまるで理解できないんだが」
「取引の用意がある! き、騎士団は三人衆直下に入る! 聖アニトラ聖堂は数を揃える時は傭兵を頼っていたはずだ! 今なら! ランドスカープ最精鋭の騎士団がお前の下に……」
さくり、とディックはイングヴェの腹に剣を突き立てる。
「結局、俺もアイツも、お前を剣士だなどと考えていたことが過ちであったな。末期にはその人間の本性が現れるそうだ。予想通りすぎていっそ呆れるよ、イングヴェ騎士団長」
「聞け! 聞けって! 戦力だけじゃねえ! ウチの騎士団には山ほど護衛の仕事があるんだ! 年間の収入は倍以上になる! コイツを見逃そうなんざアホのすることよ!」
必死になればなるほど自分の都合しか話さなくなる。イングヴェとはそういう男であった。
やるせなさそうに、ディックは首を横に振った。
「……まだ見ぬ未来の犠牲者を事前に守ることができた。そう、考えるしかないか。この世には、ただ生きているだけで害悪な者が、本当にいるものなのだなぁ」
イングヴェがディックの友にそうしたように、腹に何度も剣を突き立て、確実で苦痛長き死を与えた後で、遂に激痛で声も出せなくなったイングヴェを放置し、ディックは二人の仲間の下へ。
「こちらは終わったぞ」
「おう、そいつは重畳」
「ディック、コイツは良い剣士だ。とても良い剣士だぞ」
二人の三人衆の前には、全身各所に傷を作りながらも、大きな傷はその悉くを回避しているアーレンバリ流の剣士がいた。
「……ぐっ、やはり、無理だったか」
彼にイングヴェの姿は見えないが、ディックがここに来たということはそういうことだと理解している。
ディックは、彼に一言だけ残し、三人衆の残り二人を連れてこの場を去る。
「誘うのは一度だけだ。全てが終わったら私の所に来い、いいな」
三人が去った後で、アーレンバリ流の剣士はその場に座り込んでしまう。
「……残った騎士団をどうするか、この後の身の振り方とか、教会への説明をどうするかとか、色々考えなきゃならんことはあるんだが……今は、ひたすらにっ……」
負けたのが悔しい、と溢し、建物に囲まれた街路の中から、屋根の隙間より見える青い空を見上げるのだった。
ディックたち三人衆が現場につくと、彼らが連れてきた兵たちは配置済みであったが、街路の反対側に来ているはずのルーヌ道場の者の姿はまだ見えなかった。
意外そうにディック。
「寄り道してきた俺たちより遅いのか。何をやっているんだアイツらは」
「ビビって逃げたのかもな」
「そんなタマかアイツらが。気難しい連中だが、剣に関してだけならば信頼に値する」
細身の男が冷や汗をぬぐいつつ、視界の先で暴れる凪と秋穂を見ながら言う。
「アレを見てもか? 正直、俺は逃げたいんだが」
大柄な男が鼻息荒く言う。
「ふん、俺たち三人ならば、十分勝機はある」
そんな話をしている間に、通りの向こうの街路の陰に、ルーヌ道場の戦士たちが並ぶのが見えた。
その表情を見てディックは、あちらは任せて大丈夫だと確信する。敵の強さを認め恐怖しながらも、前へと進む戦士の顔がそこにあった。
後はこちらだ。
ディックは、長く共にある親友たちに目を向ける。
こちらもまた文句の付けようのない、戦士の顔が二つ。
「よし、行くぞ」
ディックが主道に歩を進める。
途端、血の臭いが漂ってくる。いや、血と臓物の臭いだ。最も過酷な戦場の臭いだ。
ディックは怒声と悲鳴が入り混じる戦場で、そんな声すら吹き飛ばす大声を放つ。
「教会の神兵たちよ! 兵を引け! 兵引けええええええい!」
そんな声に、兵士たちがびくりとする。ディックは声を続けた。
「剣を引け! 黒髪のアキホと金色のナギは! 我ら聖アニトラ聖堂が天剣三人衆と! ルーヌ道場の戦士たちが引き受けた! 兵引けえええええい!」
ディックに彼らへの命令権なんてものはないのだが、これまでに散々武威を証明してきた恐るべき二匹の獣を相手に、兵を盾にするような真似はせず堂々と挑むと公言する彼らに、兵士たちも思わず攻撃の手を緩める。
どうにもならないところにまで踏み込んでしまっていた者を除き、兵士たちはディックの声に応えて後退する。指揮をしている隊長はそんな指示を出してはいないのだが、ここは任せるとでも思ったか兵士たちを咎める声はない。
兵の勇む声がなくなった戦場に、凪と秋穂の荒い呼吸音のみが聞こえる。
それぞれ、三人衆は秋穂を、ルーヌ道場の戦士たち七名は凪を、取り囲む。
秋穂は三人衆に問う。
「いいの? 戦争なんだから一緒に来ても文句は言わないよ?」
「戦なれば、三対一も許容してもらう。三千人も許せとまで言えるほど強欲ではないのさ」
「……たくさんじゃなくて、三人がいい、って聞こえるね。いいよ、私が試したげる」
刺突、足薙ぎ、袈裟、三つが同時に飛んでくる。
刺突をかわし、残る二つは、いつのまにか手に持っていた二本目の剣も使って同時に弾く。
三人が強敵だからこそ、秋穂は即座に深い集中状態に入る。
こういった判断を絶対に誤らないのが一流の証である。
さしもの秋穂も、この三人を同時に相手しては、全ての剣を流しかわすことはできず、真っ向より受け止めるなんて真似をせざるをえない。
それが故に、三人との戦闘は剣撃の音鳴り響く派手なものとなる。
聖アニトラ聖堂の天剣三人衆。彼らの武名からは特に三人で連携して戦うといった話は聞かれない。だが、お互い同士で何度も剣を交え訓練を重ねてきた同士であれば、何を言わずとも相手の動きを察し得るものだ。この辺りは秋穂と凪の関係と一緒だろう。
呼吸どころか心臓の鼓動すら一緒なのでは、と思えるほど精密精緻な連携は、これを観戦する兵たちの度肝を抜くに十分なものであったが、ならばこそ、より際立つのが秋穂の動きだ。
三対一をものともしていない。
三人衆と比べて、明らかに秋穂の挙動が速いということではない。
だが、その動きの一つ一つの正確さが、未来を知っているかのような立ち居振る舞いが、三対一を成立させているのだ。
まるで右手と左手とそれ以外とが、全て別の生き物のように動く様は、人間と似て非なる生物を見てしまったかのような、そんな気味の悪さを伴う。
ただでさえ秋穂の中国拳法の動きは、こちらの世界の人間には全く馴染みのないものであるのだから。
一部では奇剣だの剣の魔術師だのと言われているこの挙動には、さしもの三人衆も対処に困る。
『なんと奇っ怪な動きか。それでいて合理を感じさせるという点が何より理不尽で腹が立つ』
『気持ち悪ぃ! こんなに戦いにくい相手は初めてだクソ!』
『……こちらが攻め手を維持できていなければ、とうに不意を打たれて崩されていよう。後、さっき俺の膝を蹴ったアレは絶対に許さん』
秋穂の膝を崩す蹴りを食らっておきながら足も折れず堪えているのだから、三人衆の技量と基礎能力の高さは明白であろう。
大柄な男の下からの振り上げが、秋穂の体勢を縦に伸ばす。爪先立ちで伸びあがっているのだから、地上を用いた踏ん張りは利かぬはず。
なのに、上から振り下ろされる剣を受けた細身の男は、その剣の重さに愕然とする。
『コイツの剣には牛でも乗っているのか!?』
直後、秋穂がもう一本の手に持っている剣を横薙ぎに振るったそれを、ディックは剣の後ろに籠手を当て両手で受ける。
『んなっ!?』
受けた姿勢そのままに、ディックの全身が真後ろに向かってふわりと浮かぶ。
片腕のみで重心も乗せずそうしたようにしか見えぬ一閃には、ディックが振るう必殺の一撃に匹敵する威力があったのだ。
もちろんこれらには秋穂なりの術理があり、強い威力を発揮するための挙動をしたが故のことであるのだが、この理があまりにランドスカープの剣術からかけ離れたものであるため、三人衆ほどの剣の達人をもってしてもそれを理解することができない。
つまり三人衆の秋穂への印象は。
『『『人外の化け物め!』』』
である。秋穂当人がどれだけ否定しようとも、人類卒業認定はなされてしまっているのである。
聖アニトラ聖堂天剣三人衆の認定ならば、ランドスカープの誰もがその権威を認めてくれるだろうて。
秋穂は戦士としては軽装である。だからこそ当たれば勝てる、と皆が意気込むのであるが、それがどれほど遠い彼方にあるものなのか、三人衆ほどの技量があれば察しうる。いや、彼らでもまだ、その距離を正確に把握はしていなかろう。
敗北、死の予感がじわりと三人衆に忍び寄るが、そこで引き下がるほど、三人共が人間できてはいない。負けるのは、三人共が死ぬより大嫌いなのだ。
「ディック! お前が締めろ!」
「……ちっ、またお前に手柄を譲ることになるか。だが、負けるよりは、いい」
大柄な男と細身の男がそう叫び、秋穂から距離を取る。
一度攻勢を解いてしまえば、秋穂の攻勢を受けることになる。それでも三人は一時後退を選んだ。そして、秋穂はこの隙に踏み出そうとして、三筋の光を見た。
『なに?』
咄嗟に足を止める。今の光に踏み込んでいたら、身体のどこかが持っていかれていた、可能性がある。
大柄な男が大上段に剣を振り上げ、細身の男が脇より後ろに剣を引く脇構えを取る。
どちらの剣も、角度の関係でその長さが秋穂に見えぬ構えとなる。
両者共、きちんと秋穂の目の高さに合わせて剣の向きを調整しているのだから、この隠す所作は二人が狙って仕掛けたものであろう。
二人の構えと、ディックの配置。これを見て、先ほどの光は秋穂の錯覚ではなかったとわかる。
来るのがわかっていて避けられない。そんな三つの組み合わせを、三人は放つつもりなのだ。
構えの姿勢から、秋穂は三人の必殺剣を読む。そして、三人が同時に踏み出してくるに合わせ、秋穂もまた前へと、三筋の光の方へと向かって踏み出していった。
『よし!』
秋穂の喝采は、読み勝ったが故のこと。
同時に迫る大柄な男と細身の男の剣は、それまでと比べて間合いがほんの僅かに長くなっていた。
それは剣の握りを変えたせいで、既に気配を見せた三筋の剣閃から逃れるよう下がったところに刺さる剣であった。
柄の端の方を持つことでそうした二人だが、握りを変えたことで剣を保持する力が落ちている。そこに、強く踏み出した秋穂の剣を叩き付ければ、二人の必殺の一撃であろうと弾くことができる。それを秋穂の望む形に操ることさえも。
二人の剣を弾いた反動を得た秋穂の剣は、二人の真ん中を半身になってすり抜けてきたディックに向かって伸びる。
左の剣がディックの剣を弾き、同時に右の剣がディックの首を捉える。
必殺の剣が敗れた二人は、やはり動揺もあったのだろう。返す秋穂の二剣を避けそこね、こちらもまた同時に二人が斬り倒された。
「なん、たる、剣か」
「ぐうの、音も、出やしねえ」
「……くそっ、もう一度、やらせろ。次は絶対……」
三人が同時にどさりと倒れると、秋穂は細く長く、息を吐く。
すると、秋穂の剣の支配圏の外にいる凪の気配に気付けた。
「あれ、凪ちゃん。もしかして待たせた?」
凪の七人の相手は既に全員がその周辺に倒れ伏していた。
「コイツら、私を相手に様子見しようとしてたのよ。だから先手を取ってやったら案外楽に仕留められたわ。そっちは、そう上手くはいかなかったみたいだけど」
「こっちはいきなり全開だったよ。さて、んじゃあまた……」
二人の目が主道の先に向けられる。
そちらから、こんな戦地に似合わない声が聞こえたせいだ。
そして、何故か主道に陣取っていた敵たちが、左右に分かれて脇道へ抜けていっていた。
戦場は、再びその様相を変える。