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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十章 神も仏もありゃしない(仏はある)
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149.じわりと戦が整っていく


 十聖剣の一人、ヴィンセントは、自身の出した申請が通らなかったことに苛立たし気な顔を見せる。

 自身と同派閥の聖堂騎士が苦笑している。


「さすがに、十聖剣ほどの方の死体を見せろはそう易々と通らないでしょうに」

「なんでだ。本気で敵を仕留める気があるんなら、死体なんざ一番の情報源だろうに。それも、ヤーン、クリストフェル、メルケルを殺ったんだぞ。手なんざ抜く余裕のない、剣筋を隠すこともできない、そんな傷が見られたってのによ」

「アキホとナギが斬った死体なら、幾つか見られたんだからそれで我慢してください」

「雑魚を斬った剣なんざ手抜きと変わらん。……はぁ、教会のこういう所が、あの三人が殺られた理由なんじゃねえのかね」


 不思議そうな顔をする聖堂騎士。


「のわりに、かなり熱心に見ていたと記憶しておりますが」

「強ぇよ。それだけはわかった。だがな、どんだけ強ぇのかがまるで見えてこねえ。せっかく向こうが剣筋やら手の内を晒してくれてるってのに、味方内で情報共有しないなんざアホのすることだぜ」


 ヴィンセントの発言の正しさは、聖堂騎士も理解しているところだ。だが、だからと十聖剣ほどの立場の者の遺体を、遺族に返さずこちらで見分させろというのもまた無理な話である。

 ぶつぶつと文句を漏らしながらシムリスハムンの大聖堂の中を歩いていると、向こう側から多数の人間が歩いてくる。

 その先頭を歩く男を見て、ヴィンセントの機嫌が更に悪化した。


「ん? おお、ヴィンセントか。貴様のような十聖剣の端にぶらさがっているような下郎にも、招集がかかっているとはな。せめても教会の恥をさらすような真似だけせねば、貴様ていどにはそれ以上は望まんよ」


 ヴィンセントは無言で道を譲り、その男、本来は同格である十聖剣の男に頭を下げる。

 教会内において、役職によって立場の上下があるのは当然であるが、それ以外にも血筋というものが重視されている。

 ヤーンやメルケルなどはその血筋からしても十聖剣に相応しいと言われていた男だが、クリストフェルなどは、ヴィンセント同様、外から入ってきた異物として血筋を重視する者たちからは毛嫌いされている。

 実際に血筋の良し悪しで発言権に差が生じているのだから、ヴィンセントも不愉快であっても頭を下げざるをえない。


「そういえば、一つ愚かな話を聞いたな。聖なる任務を果たし死者の館へと旅立った英雄を、事もあろうに穢すような真似を申請した馬鹿がいたと。今、すぐ、首を切って死んでくれぬものかな、そういう馬鹿は」


 ヴィンセントに負けず劣らず不愉快そうに十聖剣の彼は顔を歪める。


「最早、座視しえぬ。貴様のその地位、此度の騒ぎが終わるまでと知れ」


 そして、彼はヴィンセントに近寄り、その耳元に口を寄せ呟く。


「私は見たがね」


 それまでの言葉ならば聞き流すこともできたが、ソレはさすがに表情を変えてしまう。

 アキホ、ナギを難敵と見て情報を集めていたヴィンセントに対し、この男は以後、情報を流すことを拒否するどころか、妨害すると言っているのだ。

 ヴィンセントの表情が変わったことに満足した彼は笑って言った。


「もしこれだけの戦力を揃えた上で賊に後れを取るようであれば、それは十聖剣にはふさわしからざるということよ。その時は、任命時にまで遡ってその者の十聖剣任命をなかったことにしてくれよう」


 ここまで言われればヴィンセントにも理解できた。この男は、ヴィンセントを追い詰め追い込んだことを、宣言するためにここで待ち伏せていたのだ。

 彼らが去った後で、ヴィンセントは隣にいる聖堂騎士にぼそりと漏らした。


「……なあ、もしこれで教会が負けるようなことがあったら、それはもう、敵に負けるんじゃなくてただの自滅なんじゃないか?」

「そこまでの敵が相手だというのなら、望むところではありませんか」

「馬鹿言え、敵は弱いに越したことはないだろ」

「いえいえ、負けるほどの大損害を被るというのなら、アレをぶっ殺す良い機会じゃないですか」


 一瞬だけ、同意しかけて慌てて思いとどまるヴィンセント。


「そりゃ、あの下衆野郎と同程度にまで落ちろってことだ。それだけは勘弁してくれよ」


 現在残っている七人の十聖剣の内、五人までが程度の差はあれど、皆アレと似た思想の持ち主で、残りはヴィンセントと、もう一人、こちらはヴィンセントよりもヒドイ貧民上がりの戦士である。

 貴族の血を持ち、かつ出自には一切拘らない聖人の如き十聖剣メルケルは既に亡く、ド平民の出でありながら軍を指揮し誰にも後ろ指差されぬほどの武勲を重ね発言権を得ているクリストフェルもいない。

 十聖剣の残る三席を狙う戦いは、既に始まっているということだろう。

 ヴィンセントは一つ、とても不安になる話を思い出した。


「なあ、確か、招集がかかっているのって、十聖剣だけじゃなかったよな」

「ええ。イングヴェ騎士団から団長イングヴェと精鋭十数名が、ルーヌ道場からも剣士が数名、聖アニトラ聖堂からは三人衆全員が来るとも聞いています。他にも各地の司教が抱える精鋭が来るらしいですが、こちらはもうロクな情報もない者ばかりですね」

「……そいつら、きっと地元でそうするようにこっち来てもデカイ顔、するよな」


 聖堂騎士はその可能性に思い至り天を仰ぐ。


「ああっ、それに、欠けた十聖剣の席を狙ってくるなんて話もありえますね。そりゃあ釘を刺したくもなりますか」


 精鋭を集める、といえば聞こえはいいが、当然、そういった精鋭なんて呼ばれる連中はその大半が、山より高い自尊心を備えているもので。

 それらを統括しまとめあげる役目を誰が担うのか、となると、その名声から誰しもが納得する人選であった閃光剣のヤーンはおらず、席次的にも勢力的にも、今、ヴィンセントに嫌がらせをしてきた彼がそうする形になるだろう。

 それはとても気の滅入る未来予想図であった。

 ヴィンセントは小走りに動き出す。


「こうしちゃおれん。俺は司教様たちの専属護衛に名乗り出る。誰が何処を守るだの攻めるだのなんて手柄争いに巻き込まれるのはごめんだ」


 彼に続き聖堂騎士も動く。


「それが正解でしょう。こういうのまとめるの、ヤーン様本当に上手かったですよねぇ」

「言うな。泣けてくるから」







 元加須高校三年、飯沼椿は、基本的に愛人である子爵と同じ屋敷に住んでいるが、それは子爵の家族のいる本宅ではなく同じ王都にある別邸で、子爵は日中は城にて執務を行なっていて今は別邸の方に帰ってくる形だ。

 家長である子爵がそれを望み、また外に風聞が漏れることを嫌えば、一般的な貴族一家であるのならば子爵の望みが全て通ってしまう。

 つまり、子爵の妻は夫の外泊を見てみぬフリをせねばならず、既に成人している子らも同様である。この辺りには妻の実家の権勢も影響してくるが、少なくとも子爵に関しては、妻の実家とも円満な関係を築いており、特に問題にはならない。

 椿にはこの辺が理解できない部分でもあるのだが、子爵家の内情を把握している椿の使用人は子爵の不興さえかわなければ問題はない、と断言した。

 そして椿は子爵の妻ではないのであるからして、子爵家の妻に求められる様々な仕事や社交からも無縁であり、つまるところ日中は案外に暇なのである。

 そんな椿の状況を見計らったかのように、椿に誘いの手紙がきた。

 全く面識のない相手だ。

 だが、椿は以前からその存在が気になっていたこともあり招待を受けることにした。

 使用人は怪訝そうな顔だ。


「……あまり、交流相手としてお勧めできる相手ではありませんが」

「そうね、でも、一度会ってみたいとは思ってたのよ。まさか向こうから来るとは思ってもみなかったけど」


 椿は馬車に乗り、招待相手の下へと向かう。衣服も化粧も可能な限り整えているのは、そうせねばならぬ相手だからだ。

 その街区には独特の気配がある。王都にようやく慣れてきた椿にも、この区画の雰囲気だけは慣れそうにない。

 雑然とした活気があり、貧相な身なりの者が平然とうろついているのだが、通り一つ隔てただけでそういった汚れが見えなくなり、小綺麗に整えた者が小走りに通りを行きかう。

 そんな区画の中でも最も高級な建物の前に馬車は止まり、そして椿は中へと案内された。

 それこそ上級の貴族をすら受け入れられるような豪勢な待合室は落ち着かないことこのうえないが、そう見えないように振る舞うのも貴族のたしなみだ。

 そして、部屋に入ってきた一人の女性を見て、椿は自身の予測が正しかったことを知る。


「うわぁ、やっぱり神岸さんかぁ」

「そういうそっちは飯沼先輩ですよね。やっぱり大当たりだったかー」


 現れた女性、神岸彩乃こと現在王都の娼館で最も勢いがあると言われている売れっ子娼婦、リナは嬉しそうな、苦々しそうな、なんとも複雑な表情であった。

 椿の使用人とリナの付き人は共に状況が掴めず、反応に困ったまま。

 すぐにリナは付き人に、別室へ椿と共に向かうことを告げる。椿もまた使用人に二人っきりでの面会を望み、これを認めさせた。

 そして二人だけで、この娼館で時折使われる密談用の部屋にてお話し合いである。


「神岸さん、よく私が王都に来てることわかったわね。てか私の名前知ってたのもちょっとびっくりなんだけど」

「私、学校の美人は全員頭に入れてたから。それと飯沼先輩のことは教会の人が教えてくれたのよ。ほら、そっちにも行ったんでしょ、黒髪だからってことで黒髪のアキホと金色のナギの調査」

「……個人情報の保護をこの時代に求めるのはそもそも無理があるって話か」

「身分と立場による、らしいわよ。上位貴族の情報をそうぽろぽろと漏らす馬鹿は見たことないわ」


 つまり、そっちのが上ってことか、と目を細める椿に、そうね、とあっさりと返すリナ。


「ていうか、こんなところに来てまで先輩も何もないでしょ。ツバキでいいわよ」

「そうしてもらえると嬉しいわ。私もリナでお願い」


 最低限の事前説明が終わると、リナはまず何よりも先に気になっていたことを聞く。


「ねえ、高見先輩たち、今どうなってるの?」


 椿もまた一度は五条たち側に立ち高見たちを見捨てていたので、こう問うてくるリナの気持ちもよくわかる。

 なので椿は素直に現状の説明をしてやった。何より、リナは王都でも有数の娼婦として名を上げており、この王都で活動するのにリナとの接触は優位に働くと椿は思ったのだ。

 ざっと調べたところ、周囲に五条たちの姿が見えないのも好印象である。

 噂のアキホとナギとが学校に来て、リネスタードとの交流がなされ今では生き残った生徒たちはリネスタードの産業の中心で活動していると告げると、リナは少し、ほっとした様子であった。

 あの時点で学校に残るか出るかの選択は、生死を分けるものであると考えていたリナであったが、だからと残った者たちが全滅していればいい、などとは思っていなかった。

 リネスタードとの交流で五条たちよりよほど良い生活を送れていると聞いても、リナに嫉妬のようなものはない。

 椿はぼやく。


「こっちも随分と上手くやったと思ってたんだけど、貴女には負けるわ。五条たちは?」

「さあ? こっちの世界のスカウトに声掛けられてね。ほっぽりだして私だけ飛び出してきちゃったから、今どうしてるかは知らない」


 あはははは、と屈託なく笑う椿。


「それでここまで成り上がったんなら上等じゃない。味方はいるの?」

「もちろん。向こうでもこっちでも一緒よ。敵を増やす人間は、一時の隆盛はあっても結局は最後によってたかって潰される。成り上がりたかったら敵より味方を作らなきゃ」

「おー、さすがは芸能界出身。他にも具体的な手法とか知ってるんなら……」


 二人はお互いがどうやってここまで生き残ってきたのか、どんな目に遭ったのかなんて苦労話を、笑い話であるかのように語り合う。

 それを、こちらの世界の価値観に合わせる必要もなく、思うがままに話せることが、こんなにも楽しいだなんて二人共にとって意外なことであった。


「で、なんでリナは私の名前覚えてたの?」

「だから美人は全員覚えてるって言ったでしょ」

「……おう、そっか。リナから美人だと認識されてることに驚いたよ私は」

「良いルックスの活かし方を知らない人だな、とは思ってたわ。多分身近にもう一段上の美人がいたとかかな」

「……なんで見てきたように人の人生言い当ててくれてんのよアンタは……」


 そんな二人の話し合いの中で、椿からの言葉にリナは怪訝そうな顔をしていた。


「リナ。悪いことは言わないから、教会とは距離を置きなさい。ナギとアキホと、どっちも、ほんっきで洒落にならない相手だから。教会に勝てるなんて言うつもりはないけど、絶対に教会も無傷じゃ済まない。間違っても巻き込まれたりしないように、言い訳は十分に用意しといた方がいいわよ」

「……話には聞くわ。でも、殺し屋として警戒はするけど、それならこっちには関係してこないでしょ?」

「殺し屋じゃない。どっちも、単騎で何百っていう軍隊とやりあえる一人軍隊なの。それで勝つ、ってリネスタードの住民はみんな信じてる。あの二人の戦いをずっと見てきたリネスタードの住人たちがよ。まともじゃない奴らなんだから、まともに考えて対策怠ったら絶対にマズイ」


 リナはツバキの言葉を鵜呑みにしなかったが、軽視もしなかった。

 リナの耳に入ってくる二人の噂は、こんなツバキの話を聞き流せぬほどに常軌を逸していたせいだ。


「一度、自分で見てみたい、わね」

「……今から見ようと思ったら間違いなく命懸けよ。そもそもアンタ、王都から出られるの?」

「無理。ねえ、もしかして五条先輩と一緒に動いた私たちって、恨まれてる?」

「そういう奴もいるわね。あの二人がそうかどうかは知らな……ああ、思い出した。見掛けたらとりあえずで殺しとくって言ってたわ。高見と橘が揃って止めてたけど」

「やーめーてーよー。ねえツバキ、なんか上手いことやる方法ない?」

「アレを相手に、上手くやるなんて真似できるわけないじゃない。そもそも接触したいとも思わないわよ。ただ、そうね、伝手を使って、リナにはあの二人と揉めるつもりはない、ってことだけ伝えておくぐらいはできる。そのていどよ、できても」

「それで是非。ねえねえ、さっきさ、私味方増やして成り上がったって話、したわよね」

「そうね」

「その味方にツバキもならない? あー、ちょっと違うか、味方っていうか、うん、友達。それがいい。そっちがいい。ね、ね、そうしよっ」


 苦笑する椿。


「アンタも、相当に会話に飢えてるみたいね」

「そりゃーもー。なんでもかんでも話せる相手なんてここじゃ作れる気がしないもの」


 今度は苦笑ではなく晴れやかに笑う椿。


「わかる、わかるわすっごく。だから、私も貴女と友達になりたいと思ってるのよ。よろしくね、リナ」


 野心と野望に満ちたリナと椿の二人は、それが必要ならば心労ばかりが積み重なるような環境であっても喜び勇んで飛び込んでいくだけの根性を備えているが、それはそれとして、やはり安らぐ時間を欲しいとも思うのだ。

 異郷の地にて女が身一つで奮闘する。そんな立場にある労苦を共有できる友達を作れたのは、きっとこの世界であった幾つもの幸運の中でもとびっきりのものである、とリナも椿も思えてならなかった。






 シムリスハムンへと向かう道中、秋穂は少し気になっていたことを涼太に問うた。


「ねえ涼太くん。がるむ、って何のことだかわかる?」


 すると凪もこれに乗ってくる。


「あ、それ私も聞いた。おのれガルムめ、って言われたわ」


 涼太はといえば驚いた顔になる。


「え? なんでお前ら知らないの? 死者の館の話とかによく出てくるだろ。てか、風俗風習を知るため読んどけって渡した本にもあったろ」


 えへへー、と二人は同時に笑う。全部読まずに返してしまったのである。やはり慣れぬ文字の本は読書の楽しみより苦痛の方が大きい。


「おっまえら、あれ、結構するんだぞ。もう売っちまったし……まあいい、口で言った方が確かに早いわ」


 そう言って涼太はガルムの話をする。




 遥かな昔、真っ黒で巨大な四足歩行の魔獣がランドスカープの地を襲った。

 その巨体に相応しい剛力と、四足歩行の獣らしい俊敏さを備えた上で、奸智に長けたこの魔獣は数多の人間を襲い貪り食ってしまった。

 人々は神に救いを祈った。多数の者が祈り続けたのだが、そこは神の教えにある通り、神は人の都合に合わせて救いをもたらしたりはしない、との言葉通り幾ら祈っても魔獣を神が打ち滅ぼすなんてことはなかった。

 その神の教えを信じ、これは人間の力だけで攻略可能な試練である、と信じた者たちが集まり、知恵と勇気を振り絞り、遂にこれの退治に成功したのだ。

 皆が勝利に沸き返り、神の試練を乗り越えた人間の力を誇る祭りを執り行なった。

 その場に、もう二匹、魔獣が出た。

 姿かたちは最初の一匹によく似ていたし、内の一匹は最初の一匹より多少小さい個体で、色も同じ黒であった。

 だが、もう一匹が問題だった。

 こちらは最初の一匹より体躯も大きく、何よりも、その全身を覆う金色の体毛が皆の目を引いた。

 祭りの最中だ、魔獣を退治した勇者たちもその場にいたのだが、酒が入ってしまっては動きも当然鈍る。

 金色の魔獣は怒りの咆哮を上げ、周囲の人間たちを蹴散らしながら祭りの中心までの道を開く。

 そこにあった、最初の一匹の遺体をもう一匹の黒い魔獣が咥えると、二匹は森の中へと帰っていった。

 そして、二度と魔獣が現れることはなかった。


 後にこの三匹の魔獣はガルムと名付けられ、森の奥深くにあるという死者の館、エーリューズニルの番犬である、と言われるようになる。

 死者の館には、死後、勇敢な戦士が招かれるという。そしてガルムは、その勇敢な戦士を選別する任を負う、とされた。

 凪と秋穂の髪の色は、教会が教えるこの逸話を思い出させるのだろう。




 小首をかしげる凪。


「あれ? 前に涼太が言ってたでしょ。勇敢な戦士が死者の館に招かれるって話は、後世になってから付け加えられた話だって」

「そうだな。戦争時に戦士を煽る目的で追加されたものだろう。元々のイングの作った教えには、魔獣に無策で挑む蛮勇を戒める逸話もあったはずだし」


 秋穂もまた不思議そうな顔だ。


「それ、二つの話で矛盾してない?」

「戦士とそれ以外とで分けて考えてるんだよ」

「戦士の基準は?」

「自己申告」

「これはひどい」


 問題は、と凪が言う。


「それがこの先の戦況にどう影響するかよ。涼太にはわかる?」

「わからん。ちょっと考えるだけでも色々と影響はありそうなんだが、それが実際に戦場でどう出てくるかは全くの未知数だ。元々、たった二人の襲撃者に街が二つも落とされるなんてことは誰も想定していなかったんだからな。その先の戦も全て手探りで進めるしかないだろ」

「出た所勝負は望むところだけど、教会って随分と頭の良いの揃ってるんでしょ? 何か対策してくるんじゃないの?」

「一番近い事例は、シーラが王都圏で貴族を暗殺しまくった事件がそうなんだが、アレ、実は解決できてないからな。シーラを殺すために必要とされた経済的損失が大きすぎて、誰も払う気になれず辺境に逃げるのを見送るしかできなかった、ってのが真相らしいぞ。ギュルディがシーラを管理下に置いた時、王都圏の貴族の大半は本気でギュルディを支援する気だったって話だ」


 ふーん、と秋穂は納得顔だ。


「教会がシムリスハムンに集めてる戦力。冷静に見たらかなり過剰だと思うんだけど、アレはシーラの件が頭にあるせいって話かな」

「多分な。シーラ二人分を仕留めるつもりで動いてる。そう見るべきだ。二度もやらせるほどの間抜けは期待できないだろ」


 くすくすと笑う凪。


「シーラの真似なんて、しないのにねえ、私たち」


 うんうん、と笑う秋穂と、苦い物を飲み込んだような顔の涼太だ。


「……言っちゃなんだが、勝算でいうんならシーラのソレをもっぺんやる方がずっと高いと思うんだがなぁ」




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― 新着の感想 ―
[一言] 暗殺って有効な手段ですからね~。 凪と秋穂が暗殺に回ったら、そら成功率も高くなるでしょうね。 どんな手段考えてるか、楽しみです。
[一言] 宗教組織に敗北を認めさせる方法かあ。 信者がいなくなれば…根切りか?
[良い点] カタルシス前の溜めですら面白い。 [気になる点] 殺してしまえば其れで終いっつうのは確かなんやが、それでも、宗教組織に敗北を認めさせる筋道ってのが、未だに想像出来ない。 [一言] どんな精…
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