148.聖地陥落
アルベルティナの歌の効果に最も困ったのは管理者一族の三男であろうが、次点ぐらいの位置に柊秋穂がいた。
『えーっと、これ、どーしたもんかなー』
何せ、兵士たちがこの歌を聞いてしばらくすると、戦意を喪失してしまったのだ。それまでも秋穂に怯え恐れている様子はあったが、それでも彼らは必死に兵士の矜持にすがり、逃げ出すのだけは堪えていた。
だが、もう今の彼らは、戦うどころか逃げることすら放棄して、ぼうとした顔で歌に聞き入ってしまっている。
目の前に、これまでさんざん戦友たちを殺してきた秋穂がいるというのにだ。
兵士たちは皆とても落ち着き払った様子だ。
それは、興奮や恐怖が消え冷静に現状を考え受け止められるようになった結果、自らの命を諦め、せめてもこの素晴らしい歌を聞きながら死のうとしていたという話であるのだが、秋穂にもそこまではわからない。
それでも幾人かはふらふらとその場から逃げ出しているのが精神操作系魔術の難しいところだろう。同じ効果の魔術であっても、どんな影響が出るかには個人差があるのだ。
理由もわからず突如戦意が失われた相手を殺すのは、さしもの秋穂も躊躇われる。こういうのは理屈ではない。
まあ、この場の兵士はどう見ても今後に関わるような精兵ではない、という理屈も多少なりと後押しはしてくれているが。
そして秋穂にとって、またここまで生き残った兵士たちにとって、幸運であったのはすぐにまた別の大きな音が聞こえてくれたことだ。
シェレフテオの人間ならば誰しもが聞きなれている鐘の音。いつものそれと比べると妙に低く、不規則に鳴るその鐘の音を聞いた秋穂は、ほっと息を漏らしつつこの場を立ち去るのであった。
凪は本命である管理者一族の長を仕留めた後、さて、どう動いたものかと考える。
ちなみに凪が分散して逃げ散っていた管理者一族の中からド本命である長を捉えることができたのは、勘、である。なんとも理不尽な話だ。
この場合、女の勘なんてものではなく、戦士の勘とか獣の直感とかそういう種類のものだ。
長の一団と、それ以外を三つほど殺したところで、凪は追跡の足を止める。
四つの集団を潰したことで、恐らくは管理者一族の半数ほどは殺せたはず。ここから先は捜索範囲が格段に広くなることから、一つの集団を見つけるのにかかる時間が一気に跳ね上がる。
「ここまでか」
凪は行き先を変え、聖堂の鐘楼を登り始める。
高い。
塔は他にもあるが、ここが最も高いのだろう。
登っている間に、三男の信徒を煽る放送が聞こえ、そして歌が聞こえてきた。
信徒を煽る方はさておき、歌はちょっと意図がわからない。凪はアルベルティナの歌を聞いたことがないし、エルフ一行は既に発った後だと思っている。
「ま、これ落としちゃえば、後は逃げていいしね。街の人間が幾ら出てこようと特に問題はないか」
凪は鐘楼の頂上に出た。
こうして上から見下ろすと、聖堂が綺麗な円形であることに気付ける。
幾ら魔法があるとはいえ、ここまでの高くから見下ろして尚、全体像が視界に収まりきらない巨大な聖堂が、綺麗に丸であることに凪は少し感動した。
『涼太と秋穂の気持ち、ちょっとわかったかも』
でも鐘は壊す。
不安になるほど強い風に煽られながら、凪は吊るされた鐘を足で蹴り飛ばしてみる。
ありえないほどデカイ音が鳴る。
耳を塞ぎながら数度蹴ってみると、大体の強度は理解できた。きちんと蹴れば、鐘が割れるより上部の支えが砕ける方が早いだろう。
せーの、で凪が本気で鐘を蹴る。鐘は、振り子のように勢いよく振り上がり、そして、鐘楼の端に引っ掛かった後、上部の支えが砕け落ちる。
蹴りの威力はまだまだ残っており、巨大な鐘は床に一度、天井に一度、窓枠に二度ぶつかった後で、ごろおおおおん、という不安を掻き立てるような音と共に落下していった。
二十年前、国中の敬虔な信徒たちからかき集めた金の一部を使って作った、聖地シェレフテオの大鐘はこうして失われていった。
それを為した凪さんの最初の感想は。
「……うるさいっ」
であった。
スキールニルは、全てが終わった後でイングに確認する。
「どうします? この後でリョータたちと合流しますか?」
イングは得意満面で言った。
「ふふん、こういうのはね。恩に着せたりせず、何事もなかったよ、私は何もしてないよ、って顔して立ち去るのがさいっこうにかっこいいのよっ」
「……支払った労力分ぐらいは回収してもいいと思いますが。まあ、いいです。そもそもリョータたちから欲しいものなんてないですし」
「そう? あのリョータの言ってた、空飛ぶ城の話とかは?」
「どうしても知りたければリネスタードに行けばよろしい。そこまでするほどか、とも思いますが」
ふと、イングはアルベルティナが何かを言いたそうにしていることに気付く。
基本的にアルベルティナは自分から相手に何かを言うのが苦手だ。それもイングほど目上の相手にそうするのはかなりの抵抗があるのだろう。
逆に、スキールニルに対しては案外に気安く話しかける。スキールニルはイングよりもずっと子供に好かれるのだ。
そういう扱いが不本意であるイングは、殊更優し気な口調を心掛けつつアルベルティナに声を掛ける。
「どうしたの?」
「……えっと、ね。私、あれで、リョータたちの、役に立てたかなって」
ふーん、とちょっと意外そうな顔のイング。
「案外、あの子たちのこと、気にしてるんだ」
「うん。ナギもアキホもリョータも、敵だったのに私のこと殺さないでいてくれたから」
「なんで?」
「わかんない。でも、お礼はしたいなって、思ってて」
スキールニルはとても真顔のままで言う。
「機嫌を損ね、改めて殺されたりしないように、ではなく?」
えへへ、とちょっと照れくさそうな顔をするアルベルティナ。
「それも、ちょこっと、ある」
愉快そうに微笑むスキールニル。
「危機を忘れず常に備えるのは賢者のあり方です。それでよろしいでしょう」
こういうアルベルティナの正直で素直なところは、目上であるエルフたちからはとても好意的に受け止められている。
イングは、自分が声を掛けて話を聞きだしたのに、アルベルティナが笑い掛けるのがスキールニルであることに不満顔だ。
ふん、と二人の話をぶった切るように声を掛ける。
「ほら、二人共行くわよ。次はリネスタードね!」
結局こうなるのか、とスキールニルが嘆息し、アルベルティナは楽しそうに微笑む。
三人の旅はまだまだ続きそうである。
聖都シムリスハムンに第一報が届いたのは、聖地シェレフテオ陥落の五日後のことだ。
聖卓会議の面々は、一月後に迫った閲兵式のための準備に追われていた。
この手の大きな催しは、大抵一年近く前から予定を立て準備を始めるものだ。それが今回は発案から実施まで二月もないときた。
閲兵式は、スンドボーン大修道院がアキホとナギに攻撃され、壊滅的な打撃を受けたことにより、急遽決定したものだ。
それ以前からの情報収集により、アキホとナギの二人は教会勢力に対し直接的攻撃行為に出た、と判断されたのだ。
この、絶対に防げぬ暗殺者なる怪物を退治すべく、三千の兵と、個人戦闘力に優れた精兵部隊を作りあげたのである。
十聖剣の残る七人全てが今シムリスハムンに集結している。
これに加え、聖地シェレフテオにおけるカマルクの血族のような、各地にいる精兵たちを集め、どれだけの腕利きであろうと絶対に逃がさず封殺しきるだけの戦力を用意したのだ。
スンドボーンは、教会関係者にとっての急所であった。
ここが当分の間は利用ができぬようになったと聞き、教会上層部は司教殺害の公開を決定した。
同時にアキホとナギに神敵認定を下し、教会の威信をかけてこれを打ち倒すと決めたのだ。
実務に当たる者たちの間では、いざ武力行使となればもう決着はついていると考えられている。三千の兵と十聖剣七人と、各地から集めに集めた精兵部隊である、負けるなどと考える方がおかしい。
だから問題は、如何にあの二人を発見するか、そして見つけた後、如何に兵を展開しあの二人の逃亡を防ぐか、であると考えている。
それらの段取りを整えている間に、閲兵式の準備も進められている。
今回の閲兵式は、シムリスハムン司教の追悼式でもある。その途中でアキホ、ナギの神敵認定を行ない、この仇を取る、という流れだ。
シムリスハムンの教会関係者皆があちらこちらと忙しく動き回っている中、最も重要な利害調整を行なっている聖卓会議の一人、リキャルド師は他の数人の聖卓会議のメンバーと共にその報せを聞いた。
「申し上げます! 聖地シェレフテオに黒髪のアキホと金色のナギが現れました!」
その瞬間、全身から相当量の熱が失われた、そうリキャルド師は感じた。
聖地シェレフテオの聖域は、その奥に魔核を封じてある、王都圏で最も危険な場所である。
もしこの聖域が破られれば、王都圏のど真ん中に魔核がむき出しで放置されることになり、それは王都圏の壊滅をも覚悟せねばならぬ事態となる。
別の、まだ比較的若い聖卓会議の者が真っ青な顔で怒鳴る。
「なんだと! せ、聖域は! 聖域はどうなったか!」
「はっ、聖域は無事です」
その一言に、彼だけでなく全員がほっと胸をなでおろす。聖域とはそこまで危険な場所であるが故に、通常では考えられぬような腕利きがこれを守護している。その守りを、抜ける者なぞそうはいない。
「ですが、管理者一族の半数が殺害され、長殿も死亡。またかの地を守護するカマルクの血族は、戦闘組の大半が失われ、現在シェレフテオの防衛戦力はまともに機能しておりません」
「完全に守りを抜かれているではないか! それで聖域は無事とはどういうことか!」
「かの二人は、殺すだけ殺した後は、鐘楼の鐘を砕き捨て、そのまま逃走したとのことです」
流石に聖域に手を出すほど愚かではないか、と安堵した顔になったのはこの場の全員がそうである。
だが、シェレフテオにてアキホとナギの二人と接触したという神父が報告に来ていると聞くや、即座に、教会特有の段取り全てをすっ飛ばして、今すぐ話を聞かせろ、となった。
もちろんハンス神父である。
ハンス神父は涼太から、涼太たち三人の立場の説明を受けている。それを、一神父にすぎない立場のハンス神父が、教会のために絶対にやらねばならぬと心に定め、聖都シムリスハムンにて聖卓会議のメンバーへの面会を自ら望んだのだ。
彼の望み通り、すぐさま面会の場が設けられる。聖卓会議全員集合とはいかないが、聖卓会議のメンバーが三人と他に重責を担っている者が十名ほど同席する。
そこで聖卓会議の一員、リキャルド師はじっとハンス神父の言葉を聞いていた。
『概ね、聞いていた通りか。だが……』
本当に、そんな地方の揉め事が原因で、教会全体と事を構えるような者がいようとは。実際にこうして話に聞いてみてもにわかには信じ難い話だ。
教会が本気になって情報収集を行なえば、涼太が危惧していたような情報漏れはありえない話だ。
各地の情報が錯綜しているのは、単に聖卓会議が各地へ出す情報を出し渋っただけにすぎない。これにしたところで、何もかもを全土にぶちまけるのが正しいなんてことは絶対にありえないことだろう。
ハンス神父が全てを語り終えると、まるで尋問のような質疑応答の時間が始まった。
相手が圧倒的目下であるせいか、追及の言葉にもまるで容赦がない。リキャルド師はそんな他の者たちの強い言葉を時にたしなめながら、ハンス神父から聞き出せるだけの話を聞きだす。
他の者の質問というか尋問というかが、同じことを繰り返すようになった頃、リキャルド師はハンス神父に直接声を掛けた。
リキャルド師は聖卓会議の中心人物の一人だ。そんな彼が声を出せば、他の皆はきちんと黙ってくれる。
「君は、かの二人の戦力の恐ろしさを説いてくれたが。我らは無理をしてでも和解をするべきだと思うか?」
ハンス神父、リキャルド師の問いにごくりと唾を飲み込む。
「……いえ。あまりにも、教会の被害が大きすぎます」
これ以上は口にしない。ここでの和解は、敗北と同義だとハンス神父にもわかっているのだ。
だが、あの二人とこのまま敵対し続けた場合に被るだろう損失もまた、到底座視できぬものである。
そして、今、この時点で、教会の敗北を口にすることは許されない。それぐらいはハンス神父にもわかっている。
だが、老境にある者ならではの余裕かはたまた諧謔か、リキャルド師はくすりと笑って言う。
「いっそここで一度負けてみるのも良い薬かもしれんな。司教とはいえ、アレは随分と世俗に寄りすぎていた。だからこそ頼りになる部分もあったが、責められてしかるべき部分も確かにあったであろう」
同席していた他の者たちが驚き声を上げるのを笑いながら、リキャルド師は言葉を続ける。
「スンドボーンを狙ったというのも、案外にそういった教会のあり方への批判の意図があるのやもしれんぞ」
スンドボーンは色々と取り繕ってはいるものの、教会関係者専用の娼館であった。
また昨今、聖地シェレフテオでは商業的な活動が活発になっており、そこもまた責めるに値すると言われればその通りでもある。
「皆、少し肩の力を抜け。ハンス神父、おぬしもだ。狭窄な視野のままでは良き手も思いつかぬであろう。いいか、ハンス神父、今シムリスハムンではな、その二人組への対策として三千の兵を集めておる。もちろん、恐るべき達人に十分対抗できるだけの腕利きも集めている。確かに、聖域に攻撃を仕掛けられたのには肝を冷やしたが、既に対処できるだけの準備は整っているのだ。焦らず、確実に、粛々と話を進めていけばよかろう」
なんと、と目を見張るハンス神父。
「もちろん十聖剣もおる。つい先日、最後の一人がシムリスハムンに着いたところだ。これだけの戦士に狙われれば、如何な達人であろうと逃げることはできまい」
そこでリキャルド師はおどけるようにまた笑う。
「教会は何せ図体がデカいのでな、動き出すまでは時間がかかるが、いざ動けばその勢い、疾風怒濤の如くなり、だ。さて、これを聞いてもまだ不安はあるかね、ハンス神父」
恐れ入りました、と口にした後で、しかし、と続ける根性がハンス神父にはあった。
「被害を、犠牲を、少しでも減らす工夫を怠るべきではないでしょう。そこまで備えられたのであれば無用の心配ではありましょうが、どうか、ご自愛を」
個人を狙う暗殺にも注意するよう最後に付け加えると、リキャルド師は大きく頷いた。
そして穏やかに話しかける。
「よろしい。ハンス神父は十分にその役目を果たしたと認めよう。この後はどうする? 君が望むのならば、私のところでしばらく預かってもいいが」
この後、シムリスハムンに残るのであれば、ハンス神父を責める者は必ずや出てくるであろう。それを危惧しての言葉であり、この場の全員がリキャルド師の慈悲深さに感心していた。
もちろんこの心遣いにハンス神父も喜んではいるが、彼は首を横に振る。
「いえ、もしお許しいただけるのであれば、私は聖地シェレフテオの立て直しに尽力したいと思っております」
リキャルド師は笑みを深くする。
「そうか。よろしい、私から正式に辞令を出しておこう」
ハンス神父が退室し、他の面々も下がった後、リキャルド師とその側近が一人、部屋に残った。
部屋にいるのが側近のみになると、リキャルド師はとても疲れた顔で深いため息を吐く。
「……すべては、判断の遅れが原因だ」
それを求めていないとわかっているから、側近も慰めの言葉を口にしない。
「しかし、最速であっても司教殺害は防げなかったでしょう。十聖剣の失墜も」
「行かせるべきではなかった。あの時点では一人で十分であったはずなのだ。そして一人が斬られていれば、残る二人も十分な警戒をしたはず。最も度し難いことは、十聖剣が三人も斬られているというのに、敵の戦闘力を甘く軽く見積もった信じられぬ浅慮だ。あの時点で全力の対処に動いておれば、その後の被害は防げたはずだ」
司教殺害だけに目がいっていて、肝心の二人の剣士の存在を軽視してしまっていた。
その結果、敵が攻勢に出るという驚きの事態に全く対応できぬままスンドボーン、シェレフテオと続けざまにやられてしまった。
どちらも教会において大きな役割を担っている土地だ。
スンドボーンは慰安所としてだけではなく、教会直轄地として珍しくも教会が直接徴兵に使える街であったが、今は徴兵どころではなくなってしまっている。
シェレフテオは聖地巡礼を受け入れるという役割のみならず、かの地にはカマルクの血族という常識では考えられぬ戦士が多数おり、何か事あらば彼らを借り受けるなんてこともしていたのだ。
どちらも、正に今、役に立つ街であったのだ。
リキャルド師は、確認するように問う。
「リネスタードは?」
常時情報を更新しているのか側近の返答には澱みがない。
「アキホとナギへの支援の動きはありません。旧ボロースの掌握に手間取っている、という報告ですが、また別の報告によると、旧ボロースを新たな経済秩序の下に組み込もうとしたため混乱が生じている、とも言われております。ただ、同時に王都圏への交渉にも動いています。ギュルディの手数は、こちらの想像より遥かに多いようですな」
「……出遅れるか」
「各貴族はリネスタード、いえ、辺境区との取引確保に躍起になっております。出遅れ、というより、今は下手に手を出すべきではありません。各貴族あまりに動きが大きく、急激すぎるため、最終的な利害調整を押し付けられればとんでもないことになります」
「口惜しいことよな」
「まったくで」
現状、リネスタードと教会との関係は、司教が辺境で死亡したことを考えれば、相当に悪化してしまっている。
旧ボロースに配してあった教会勢力もギュルディの采配により骨抜きにされてしまっており、内から攻めることもできない。
もちろん、面目の関係から外から交渉を持つことも難しい。つまり、他の貴族たちがこぞって利権を確保せんと動いているというのに、教会は静観する他ないのである。
下手に無理押しなどしようものなら、教会は表向き公平な立場であることから、各貴族間の利害調整を押し付けられる目算が高い。立場が弱い時のそれは、労多くて実りの少ない役回りだ。こういうのは王に任せるのが良い。
「リネスタードとは取引がしたい。しかし、リネスタードの紐付きかもしれん恐ろしく厄介な狼藉者を殺さねばならない、と。ギュルディが教会を目の敵にするような理由、何かあったか?」
「非公式に何度かやりとりがありましたが、交渉に当たった者は皆、ギュルディに教会を害する意図はない、と判断しておりました。旧ボロースにおけるあの二人の活動に関する情報提供も、文句のつけようがないものが出てきたと」
そんなギュルディ側が教会へと密かに伝えた言葉がある。
『アレを怒らせたのはそちらだ。責任はそっちで取れ』
せめても情報提供と交渉の窓口ぐらいにはなる、とのことだ。
ご丁寧に、あの二人を怒らせないための交渉手法なんてものまで送られてきている。最初は嫌味かと思ったが、あちら側は真剣であったそうな。
あの二人の機嫌を損ねぬよう細心の注意を払って対応していたところ、司教が来て全部ぶち壊した、とリネスタード側は言っている。
そんな何処かふざけたような態度も、それが真剣なものであったと、スンドボーン、シェレフテオが攻められ教会側はようやく理解できたのである。
ちなみに、涼太たちへのリネスタードよりの支援だが、当然ある。
王都圏に広がっているギュルディによる商人網というか諜報網は、その大半を隠し通すことに成功している。
連絡員には実際に行商をさせているため、疑われる余地がない。更に基本的には情報のやり取りしかしないので、滅多なことではその商人がギュルディに肩入れしているとわからないのだ。
なので今こうして涼太たちへの便宜を図っているのは、隠形という点ではとてつもなく大きなリスクであるのだが、この連中へのケアを欠かすことのリスクと比べればまだマシである。
三人共、王都圏のギュルディ配下たちがリスクを負って世話をしてくれていることを理解しており、きちんと感謝しているのも大きかろう。
ただ、スンドボーンのみならずシェレフテオまでぶっ叩いた後で三人の世話をすることになった担当商人が、ガチでびびってしまっているのも無理はない。
聖都シムリスハムンにて明らかな過剰戦力が結集していることは、彼の耳にも入っているのだ。
彼は今後の方針にも関わることなため、下手をすれば疑われる恐れのある問いを、恐怖を堪えながら発する。
「……この後、いかがされるおつもりで?」
涼太は、心底びびった挙げ句それを隠すこともできなくなっている商人殿に、大層申し訳なさそうにしながら言った。
「うーん、いかがもなにも、ここまで全部想定通りだしなあ」
と、想定に関する説明をすると、彼の目が、下に零れ落ちそうなぐらい大きく見開かれるのであった。