146.カマルクの血族
秋穂が兵士たちを引き付ける囮役をこなしている間に、不知火凪は別所から聖域への侵入を果たしていた。
これもまたイングに気を使った形だ。犠牲は少なく目的を達しようというわけで、秋穂が注意を惹き付けている間に凪が管理者一族を始末する、という流れである。
できれば戦闘の要であるらしいカマルクの血族とやらも仕留めておきたかったのだが、戦闘能力が高い者を標的にしてしまうと目的達成に時間がかかってしまい、それは犠牲者の増大を招くので今回は避ける方向である。
いや、あった。
「……あちゃー、もしかして、読まれてた?」
凪が管理者一族の居住区に踏み込むために、どうしても抜けなければならない通りには、戦士の気配を漂わせる者たちが十数人、待ち構えていたのである。
お互い不意打ちは無し。
どちらかといえば凪の方が不意を打つ機会があった、と言えるかもしれないが、どの道強行突入せねば通りは抜けられず、そして彼らは今すぐにでも戦闘を始められるぐらいに意識を張り巡らせていたので、不意打ちしても効果は薄いと見たのだ。
十数人の戦士たち、彼らは凪は当然不意打ちを狙ってくると思っていたので、話し掛けてくるのは予想外だ。だが、内の一人の男が気安く凪の声掛けに乗ってくれた。
「そういうこった。ウチの裏をかこうなんざ百年早ぇんだよ。で、見たところ、アンタが金色のナギか?」
「ええ。そちらはカマルクの血族でいいの? あんまりまともな戦士っぽくない感じよね、貴方たち」
けらけらと男は笑う。
「単身で聖域に乗り込んでくるような奴に言われたかねえな。……カマルクの血族、戦闘組、参る」
「金色のナギよ。アンタらを突破して、管理者一族の首、もらい受けるわ」
カマルクの血族の者たちの、表情が凪は気になっていた。
あれは、間違いなく、勝利を確信した者の顔。
『何か、来る。魔術みたいな、理解も納得もできないようなのがっ』
凪は敵の攻めっ気を読み、これよりほんの僅かに早く動く。そうできてしまったということは、凪の戦闘の感覚はこの場の誰よりも優れているということだ。
凪がこちらの世界に来てまだ一年経っていないのだが、その戦闘経験を上回る者はほぼいない。対集団戦闘に関してはもう第一人者と言っていい。
ただ、個人としての能力がこの場の誰より勝っているというのは、ある意味前提条件みたいなものだ。
そうでもなければこの数の差は、如何ともしがたいものだろう。
ましてやここにいるのはカマルクの血族。誰一人として凡庸な戦士なぞいない、戦うために生きてきた者たちなのだから。
『はあ!?』
物陰から、一人の男が突進してきた。
それは大きな男だ。全身を金属鎧で覆っていて、それでも走れる。よほどの筋力があるのだろう。ただその男に関しては、よほどの筋力、では済まされない。
何せその男、凪と比べて約二倍ほどの身長があるのだから。
『なんなのよコイツはあああああああ!』
正確には三メートル超えの巨人である。
凪はかつて巨人の血を引くとまで言われた大女と戦ったこともあるが、あれよりデカイ人間がいるなんて想像すらしていなかった。あの女は辛うじて人の延長に見えたものだが、コイツは明らかに人類の域を逸脱している。
身長三メートル超で、体型は筋肉質。そんな超大男が全身を金属鎧で覆ってこちらに向かって走ってくる。
強い弱い関係なく、恐怖を覚えるのも無理はなかろう。
だが、巨人の動きを見定めるのを怠ったわけではない。
そしてその動きの限界を見るべく、凪は進路を変える。巨人も当然進路を変える。
その挙動は大きさを考えれば早い方と言えるかもしれないが、やはり俊敏と形容するのは難しい動きとなる。
突如、凪の剣が中空に向け放たれる。
激しい金属音。
何かが飛来した。それはわかっているが、確認に一手間必要だ。
いた。平屋の屋根の上。右腕が異常に長い、まっすぐに直立した状態で右腕の肘が大地につくほどだ。細くはない。だが、長いせいで細く見えてしまう。
そんな長い腕を振り回し、恐ろしく大きな弧を描くオーバースローで、何かを投げつけてくるのだ。
『何よアレ!? 武器!? いや腕よねアレ!』
まるで鞭を振り回すかのような動きだ。だがその鞭には筋肉が詰まっていて、放たれる物がなんであれ、恐ろしい速度が生じる。
実際、剣で受けた時はとんでもなく重かった。魔術で強化した剣でなければ間違いなく折れていただろう。
音はしなかった。
ただ、他の戦士たちの動きから類推し、そこに新たな戦士がいると読んだ凪は、身を捻りながらその場を飛ぶ。
ソイツは長い距離を跳躍してきた。そのせいで大地を蹴る音が聞こえなかった。
背に翼を付け、すいーっと地面すれすれを紙飛行機のように滑り進むその姿は、まるっきり鳥そのものだ。
だがその鳥には両手があり、口より細長い棒が伸びている。つまり吹き矢だ。
『さっきからなんなのよコイツらは!』
とんでもない初見殺しが続く。そうなってくると、今こうして凪の正面から突っ込んでくる女剣士も、何かとんでも技を持っているのではと思えてくる。
『ああっ! もうっ! ならこっちから攻めればいいんでしょ!』
女剣士に対し、間合いの僅か先から剣を振る。同時に、足先を滑らせ間合いを詰める。剣先を伸ばす小技で、急所をきちんと狙えていればかなり有効な技であるのだが、敵は伸びた後の剣先を見切ってのけぞりかわしてみせる。
が、さすがに凪の攻撃であり、女剣士はそこから攻めることもできず距離を開く。これは放たれた吹き矢がその後退を助けたというのもある。
凪はこの戦闘集団の危険さを認める。
『集中しろ、私。コイツらはきっと、魔術かなんかで自分の身体をいじってる。考えて対応してたら間に合わない。何もかもが起こるって覚悟して動け』
カマルクの血族、戦闘組アスタは交戦開始直後はまず金色のナギの観察に徹するつもりだった。
だが、それでは間に合わないと知る。
『あの予見。あれは、事実だ。コイツの速さならあの景色もありうる! でもそれは……』
まともにぶつかったら半分が死ぬ。それがアスタの見立てだ。だがアスタは予見したのだ。コイツの動きの速さには、もう一つ上があると。
今の速さでもとんでもないものだが、ナギにはもう一つ上があり、皆が今の速さに慣れたところで速攻を仕掛ければかなりの人数が仕留められてしまうだろう。
『読み切った!』
アスタは様子見の接敵も済ませてある。あの時、恐るべき剣先の伸びをアスタは予知の力で見切ることができた。
冷や汗ものではあったが、ナギの剣はアスタならば対応できるとわかったのだ。なら、アスタがコレを押さえている間に皆で仕掛ければ必ずや仕留められよう。
アスタが前に出て走ると、何も言わずとも皆アスタの考えを汲んでくれる。子供の頃から一緒の連中だ、動きを見れば何を考えているのかすぐにわかる。
ナギが回り込むのを、屋根上からの投擲が防ぐ。拳大の鉄球を高速で放るあの一撃を、剣で弾くとか意味がわからなすぎるが、あるていど動きを制する効果はある。
「金色のナギ! 勝負!」
予知の力はあるが、アスタが最も注力したのは剣術の修行だ。
アスタが読めるのはほんの僅かな時間のみ。だが、その僅かな時間を知れるのなら、剣術では圧倒的優位に立てる。
『え』
未来が見えた。だが、見えたのは、アスタの首が斬られているところで、何故そうなったのかが全くわからない。
わからないのだから受けるも避けるもしようがない。アスタは大慌てで後ろに下がり剣の間合いから外れる。
だがこれは、先ほどアスタがナギの剣をかわしたのを見て、ナギが強敵であると見て本気の惑わしを加えた剣だ。
そんな剣が、たかが後ろに下がったていどで避けられるはずもない。せめて剣筋だけでも見えていれば違ったのだろうが、ナギの最も得意な正面、それも全力を出し切れる状態での刺突を、見切れる者なぞ数えるほどしかおるまい。
突き出した凪の剣が、アスタの首横を突き抜け引き裂く。
『……見え、さえ、しないなんて……もしかして、コイツが、王都圏さい、きょうの……』
悲鳴のような絶叫が上がる。
「「「「「アスタああああああああ!」」」」」
最も速かったのは屋根上の右腕男だ。
これ以上ない、という勢いで右腕を振り回した後、男にできる最高速度にて鉄球を放る。
凪、鋭くコレを睨み返す。
『私を討ち取りたきゃ』
半歩下がって剣を振りかぶる。剣を平たく使い、飛来する鉄球にぴたりのタイミングで横に薙ぐ。
特にバッティングなんてものを学んだわけでもないが、さんざん目にしてきたものであるし、不知火凪という運動神経の塊にはそれで十分であった。
凪としては、弾き返す、ではなく、剣を当てて拾って投げる、といった感覚であった。
凪に打ち返された鉄球はまっすぐに右腕男へと飛び、この足に命中した。
『変化球の一つも持ってきなさい』
そこで、これまであまり動きを見せていなかった男が踏み出してきた。
「ええい下がれお前ら! 我が瞳術の餌食にしてくれるわ!」
飛び出してきたのは小男だ。身体を鍛えているようにも見えないその男は、仲間が死んだ後だというのに自信に満ちた顔で不敵に笑った。
「我が不動の瞳術! 破れるものなら破ってみせい!」
そう怒鳴った直後、凪の全身が硬直した。
『んなっ!?』
「は、ははははははは! 見たか! 金色のナギですら! 我が瞳術の前ではただの小娘にすぎん! 貴様らのような三流の異能とは格が違うわ! さあ、さっさと奴にトドメを刺せい!」
不動、と言う通り、凪の身体が動かない。
全身が突然別人の身体になったかのように重いのだ。
『ちょ、ちょっとちょっとちょっとおおおおお! 何よこれ! 問答無用で毒にしたり即死したり石にしたりなんて魔術はないって涼太言ってたじゃない!』
脳内で愚痴りつつも凪は別に涼太の言葉を疑ってはいない。そう涼太が言ってたのだから、きっとそうなのだ。
ならこれは別の何かだ。それに、凪はこの身体が動かない感覚に覚えがある。同じように、痛くて、重くて、そして、そう、痺れる、だ。
『電気!』
こちらをじっと見つめ続ける小男の視界を遮るように、凪は足元に転がる死体を無理やり引っ張り上げる。
『やっぱり動いた! 完全に動けなくなるわけじゃない。いや、多分ずっとあのままだったら動けなくなってたけど』
そして死体を使って小男の視界から外れると、身体が楽になった。
『アイツッ! つまり人間スタンガンってこと!? 見た相手に電流飛ばすとかそーいう感じかな……なら』
死体を盾にしながら凪は小男目掛けて走り出す。
「なっ! 何故我が瞳術が効かん! おっ! お前ら! 早く俺を助けんか!」
雄叫びと共に、巨人が突っ込んできた。
いやこれまでも巨人はずっと凪を狙っていたのだが、凪があちらこちらと走り回るせいで追いきれていなかったのだ。
それが、凪が足を止めたおかげでようやく狙いを定めることができた。
「アスタを返せえええええええ!」
走る速度から考えるに、凪が小男を斬る方が速い。だが、その後の体勢が悪くなる。
『ふん、なら、返してあげるわ。ちゃんと受け取りなさい』
突如急転換し、凪は巨人の方に向かう。そして、巨人の進行方向に向かって抱えていた死体、アスタの死体を放り投げた。
「うおおおおお! アスタあああああ!」
身体を低くアスタの身体を拾おうと屈んだところで、凪が跳ぶ。
この位置関係ならば、小男からも視界は通らない。その位置で、凪は巨人を仕留めにかかる。
が、巨人の陰から飛び出してきた丸い男が凪と巨人との間に割って入る。だがそれは幾らなんでも無茶な動きだ。
『このっ!』
凪の剣が一閃。それで丸い男は終わるはずだった。だが、凪の剣は男の身体を滑っていく。
丸い男の衣服が斬れ、その下にぬらぬらと脂ぎった体表が見える。
よく見れば男の顔も手も、油でてかてかと光っている。
『あっそう、そういうインチキ格闘家みたいなことするんだ』
直後、返す刀が丸い男を捉える。男の表皮は硬く、その上で油で滑るようにしてある。だが、そうとわかれば、そういうものを斬るように斬ればいい。
内臓をそこらにぶちまけながら丸い男が地面に潰れ落ちるのと、巨人がアスタの死体を確保しつつ、逆の腕で凪に拳を振り下ろすのが同時に起こる。
その腕、一歩脇によけながら真上に剣を振り上げ、腕に沿って斬り上げる。そして数歩前に踏み出すと、巨人の陰から小男の姿が見えた。
「好機!」
『口開く前に術使いなさいよ』
小男が凪の存在に気付いた時にはもう凪は手にした剣を振りかぶっているところで、彼の発言と同時に剣は投じられた。
一瞬、凪の身体が硬直するも、凪の放った剣が小男の顔に突き立つと、簡単に硬直は解けた。
そして凪の逆腕には、先ほど投じた曲がってしまった剣ではなく、アスタが使っていた剣が握られている。
『まったくもう。なーにが折れない曲がらない剣、よ。あっさり曲がっちゃったじゃない』
高速で飛来する拳大の鉄球を、剣の平で打ち返せばそりゃどんな剣だって曲がるだろうに。そんなこと想定して剣を作る馬鹿はいない。
巨人は足元をうろつく凪を蹴飛ばそうと足を動かすが、凪が巨人の死角に入ってしまいなかなか上手くいかない。
カマルクの血族の仲間たちが必死に巨人に言う。
「馬鹿! すぐに離れろ!」
『だから遅いっての』
凪は巨人の股下を潜り抜けながら、その頭上を斬り裂く。金属鎧如きが、十分な体勢で剣を振る凪を止められるはずもない。
巨人は悲鳴と共にその場に崩れ落ちる。その頭部を、凪が斬り飛ばす。
これで、カマルクの血族戦闘組の主力たちは、軒並み斬り伏せられてしまった。
戦闘の勝敗は、最後の一人が斬られるよりずっと前にはっきりとするものだ。
だがそれが確定するまでには猶予がある。だから人は諦めず挑んでしまうのだし、ましてや逃げられない理由があるというのならばなおさらだ。
この場にいる全員、何処かに異形を抱えた者たちだったし、その異形を戦闘技術に昇華していた。
幾つかの初見殺しは状況さえ整っていれば凪にすら通じそうなものもあった。
人の身体では到底なしえぬ技の数々は、超が付く一流相手ですら通用する珠玉の技術であったろう。
だが、それらも最早見る影もない。全てが凪一人に蹂躙され、誰一人逃げようとしなかった戦闘組は全員がその場で打ち倒されてしまった。
幼き時よりずっと共にあった仲間の全てが失われたのだ、唯一生き残ってしまった屋根の上の右腕の長い男が、この世の不条理を嘆き慟哭する。
「何故だ! 何故皆死んだのだ! 貴様はいったいなんなのだ! 何故こんなことになってしまったのか! そもそも! 貴様は何のつもりあって聖域を攻めるなんて真似をしているのだ!」
彼の叫びに、凪は驚いた顔を見せた。
「……いや、兵士が兵士に何を聞いてるのよ。命令されて人を殺す兵士が、戦の理由を知ってどうしようっての? そっちがそうであるように、兵士には一切関係のない何かしらの理由があって戦になって、それで負けて死んだってだけの話でしょ」
「何が戦だ! 聖地に戦を仕掛ける馬鹿が何処にいる! 聖域に攻め寄せる馬鹿が何処にいる! 教会に刃を向ける馬鹿が何処にいるか!」
凪は何を思ったのか、この戦士に丁寧に状況を説明してやった。
「元々、シムリスハムンの司教が私と秋穂に、妾になれって力ずくで迫ったのが始まりよ。司教なんて立場の人間がどうしてそんな真似をしたのかまでは知らないわ。でも、断ったら聖堂騎士が出てきて、これを斬ったら十聖剣が出てきて、で、司教を殺したら教会全体と戦になるっていうから、望み通り司教を殺して教会全体と戦を始めてやったのよ。ま、そんなくだらない話がきっかけよ。聞かなきゃ良かったでしょ」
右腕男にはこの凪の言葉の真偽を確認する術はない。だが、今、ここで、問われたことに真顔で答える凪が、凪にとってまるで価値のない存在である右腕男にわざわざ嘘を告げる理由もわからない。
小さく苦笑する凪。
「何も知らされずに戦うアンタたちを、哀れとは思わないわよ。兵士ってのはそういうもんだし。でも、まあ、いったい教会内部じゃどんな話になってるんだか、とは思うわね」
じゃあね、と告げ立ち去る凪。去り際に、わかってるとは思うけど、と付け加える。
「次は、外さないわ。来るんならそのつもりで来なさい」
兵士であることを捨て、復讐のために凪をつけ狙うというのならば、という意味だ。
それほどの激情は右腕男の胸の内にある。だが、もう少し時間が経てば、カマルクの血族の戦闘組をまとめられる人員が壊滅したことにも気付くだろう。
果たせこそしなかったものの、カマルクの血族戦闘組は、為すべきは為したのだ。ならば次に来るのは、如何に血族が生き残るかである。
復讐なんてものに現を抜かす暇なぞ、生き残った彼にはないのだ。
カマルクの血族が押さえていた侵攻路は聖堂の要所へと続く場所で、そこには聖地の管理者一族がいる。
そして、襲撃者がたった一人、少し後にもう一人増えた、という報告を受けた管理者一族にとって、下手に避難をするより聖堂の中の方が安全だと考えるのは別段劣った思考をしているわけではなかろう。
だがそのせいで脱出が遅れたのも事実だ。
カマルクの血族が避難誘導を始め、二線級の戦士たちが決死の足止めに走る。
またカマルクの血族の頭領は管理者一族の長に言って、一族は幾つかの逃走路に分かれて逃げることにした。
誰かが残ればいい、そんな発想であるが、これを主一族に言うのはつまり、守護を任されている自分たちの力では主たち全員は守りきれない、と明言しているということだ。
そんな言葉を発さねばならぬことに忸怩たる思いはあろうが、それは事実であり合理的な思考だ。
管理者一族の長は、同行しているカマルクの血族の頭領に問うた。
「……エルフと、この二人の戦士の間に、なにがしかの関係があると思うか?」
「全くの無関係ではないでしょう。ですが、どちらかがどちらかを利用した、と考えるのは合理的ではないように思えます」
たった二人で、国中の誰しもが敬意を払うシェレフテオの聖域を攻撃するなんていう、全く理解の及ばない蛮行を行なった相手であり、そこに彼らが納得できるような道理の通った理由なぞないのかもしれない。
それでも、理性と知性は決して捨てず、合理性の追求によって真実を探ろうとする姿勢は変えぬまま。
そして、眼前に金色のナギが現れた時も、最後の最後まで諦めず逃走の機会を探り続けていた。
「神を畏れぬか! 不敬を知らぬのではなく不敬と知って行なう悪行には! 神の慈悲をすら頼れぬぞ!」
少し、凪にとっても意外ではあった。
兵士も、管理職の連中も、凪たちの襲撃を非道で不当であると認識していたとして、それを襲撃者である凪にぶつけてくるとは思っていなかったのだ。
そんな言葉で足も剣も止まりはしないが、教会の人間を知る良い機会であるとも思ったので、問答自体には反応してやる。
「そう思うんだったら、カミサマの教え、もうちょっと真面目に守ったら? 殺すな、奪うな、なんて話を先に破ったのは教会側だって、何度言っても誰に言っても教会関係者からその件に関する納得のいく返答もらった試しないんだけど」
そんな言葉をぶつけてみても、返ってくる言葉は判を押したように同じ言葉だ。
つまり、教会の人間にとっての総意、もしくは教会の人間の基準に沿った行動であったと、アレはそういう理解でいいのだろう。
『ってことはああいうの、今後も何度も何度もやってくる可能性がある、と。アホくさ』
話が通じない、譲れない部分がぶつかっている、そんな話でも、会話を重ねることでお互いの妥協点を模索していく、なんてあり方が所謂大人な態度というやつなのであろう。
だが、その過程でどちらかが武力を行使してきたら、大抵の場合きちんと殴り返した後でないと再度の話し合いは成立しない。
『もしこれが、教会だけじゃなくてこの世界全部がそうだっていうんなら……』
残り三人になるまで殺して殺して殺して回るような人生も悪くはない、なんて考えてしまうほどに凪は不機嫌で苛立っているのである。