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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第十章 神も仏もありゃしない(仏はある)
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142.世界の真実を教えよう


 聖地シェレフテオに参拝する者の行列に、エルフの森よりきた二人のエルフ、イングとスキールニル、そして人間のアルベルティナが並ぶ。

 ここに加わる三人組、涼太、凪、秋穂。横入りに近い動きであるが、エルフ一行に文句を付ける者はいない。

 ランドスカープの国において、エルフとは神秘そのものだ。

 人間とは隔絶した魔術を駆使し、優れた戦闘技能を持つとされる。この辺りは、遥か昔に行なわれたエルフとの戦において人間側に知らしめられたことで、現在の人間は誰もこれを直接見てはいないが、幾つもの文献がエルフの脅威を書き残している。

 ただ、何せエルフの姿を見ることがないので、さながら幻の生物のように思われている。エルフは人間との問題を避けるため、生息域を人間のソレと被らぬよう気を配っているからだ。

 これはエルフ側の事情が大きく影響している。

 エルフ曰く、人間と本格的にかかわると、到底考えられぬような愚か者にも配慮しなければならない事態になりがちで、そんなことに時間も手間もかけたくはない、だそうだ。驚くべきことにこれはエルフの森全体の公式見解である。

 細々と交易をしているぐらいがちょうどいいのだそうだ。

 兵士数人がイングたちに頼まれた食事を持ってきた時、そこにフードで顔を隠した三人組が加わっていることに彼らは多少驚きはしたものの、彼らが思ったのは、探しているのは三人組であったのだし六人ならば先に言ってほしかった、である。

 ボロースの勢力圏からエルフを強奪したという前科を持つ涼太たちであるが、その情報を教会が掴んでいるかどうかも怪しく、また掴んでいたとしてもそこまで細かい情報を各地の教会で共有することはないだろう。

 なので兵士は涼太たちに対しても敬意を払った対応をする。


「エルフのお口に合うかどうかはわかりませんが、シェレフテオで有名な店ですと……」


 聖堂で提供できるもので味に自信がありかつ立ったまま食べられる料理などという極めて条件の厳しい食べ物を用意した兵士は、涼太が問うたシェレフテオでおいしい夕食が食べたいという希望にも丁寧に対応してくれた。

 結局、兵士が持ってきた食べ物を食べた後は、イング一行は参拝はせず列を離れて街に戻ることにしたが、兵士は余計なことは言わぬままこれを見送った。

 聖地は高位貴族や王族すら訪れることがある場所であり、そのうえ極めて裕福な平民が横柄な態度をとることもあり、対応をする兵士や神父たちは、こうした応用に長け弁えた対応ができる者が多いのだ。少なくとも、こうして対応の最前線に出てくる人員に関しては。

 その一番優れたところを初日に見ることになった涼太は、他所の街と比べても現代に近い接客を受けられる良い場所、と認識した。

 それに、と涼太は数歩前を歩くエルフのイングを見る。


『このエルフ。わがまま放題に見えて、意外と人間に遠慮や期待をしてる部分もある。根っこのところで比べるのなら、よっぽどスキールニルってエルフの方が人間を見下してるよな』


 スキールニルは恐らく、人間の大半は文化的文明的な対応ができる種族だと思っていないっぽい。

 だからこそそうできる人間を殊更評価するし、そうでない人間を見ても失望なんてしないし、そもそも人間の対応自体に期待なぞしていない。

 思わず苦笑してしまう涼太だ。


『或いは、事実を事実として認識することが、見下す、って表現で正しいのかどうかって話かもな』






 宿の一室に食事を運ばせ、そこに涼太たち三人とイングたち三人が集まる。

 その場で、エルフのイングはこうのたもうてくれやがったのである。


「あのね、六百年前にここの聖域作ったの、私なのよね」


 何故シェレフテオに来たのか、という涼太の問いに対する答えがこれである。

 イングはしまりのないにやにや顔で続ける。


「今日はここの聖域張り直しにきたんだけどさ。まさかねえ、こんなふうに人間が集まってる場所になってるなんてねえ。もう、しょうがないんだから、人間ってば」


 そう言って始まったイングの過去話である。

 元々イングはエルフの森で魔術の研究を行なっていたのだが、その頃にハマっていた魔術の攻撃的運用を試すために、森の外の人間の領域に出向いていた。エルフの森の近くでイングの攻撃魔術を行使することはできないので。

 当時ここら一帯は魔獣が多数徘徊する土地であり、人間もほとんど住んでいなかったことからここならば幾ら吹っ飛ばしても文句は言われない、と思っていたらしい。

 だが、イングが魔獣を魔術で木端微塵に吹っ飛ばすのを見た人間たちが、やるのならば人間の領域を広げるような形でやってくれないか、と頼んできた。

 当時の人間はイングの魔術のヤバさをこれでもかと目にしており、とてもとても下手に出てくるので、イングも気分よく応じてやったそうな。

 そうして片っ端から魔獣と、一緒に森やらを吹っ飛ばしていたら、その最奥にあった魔核と呼ばれる魔力の塊のような大きな石を発見したのだ。

 当時の時点でエルフは魔獣の発生原因がこの魔核にあることを突き止めており、人間がここらで暮らすのならばコレは不要だ。だが、さしものイングも魔核をどうこうすることはできなかった。やったらイングも含む八方が粉微塵に消し飛んでしまう的な意味で。

 なのでイングはこの魔核を封じる術式を施し、そしてなんやかやと付き合いの長くなっていた人間の面倒を少し見たあとで、エルフの森に帰ったのである。


「で、その後のことなんだけどねぇ。どうも人間がその後で、私のこと神様として崇めちゃったせいで、私にありえないほど魔力が溜まってきちゃったのよ。んでそれを逸らす術の一環として変えた名前が、今のイングってやつなの」


 もちろん、イングの変える前の名前は、ユグドラシル、である。

 涼太は頭を抱えながら問う。


「……もしかして、人間が社会生活を行なうために必要なことが過不足なく詰め込まれてる、どー見ても当時の人間が考えたとは思えないような大神ユグドラシルの教えっての、アンタが考えたものか?」

「そのとーりっ。ねえねえ、良くできてるでしょあれ? 当時の私、そりゃーもう、すっごい考えたんだから」

「ああ、今になってもまだまだ通用するすっげぇ出来の良いものだと思う。幾つかある明らかに後世になって付け足したみたいな教えを除けば、まだまだ数百年はあの教えで人間は発展していけると思うぜ」

「でしょ! やっぱ賢者って呼ばれるだけあってリョータはわかってるわね!」

「いやまあそれよりも気になる話が山ほどあるんだが。その、信仰先になったせいで魔力が溜まった、ってなんだそりゃ」


 一人一人の信仰は小さくか細い物でも、人間の集団が長年にわたって信じ続けていると、それは大きな魔力となっていくものらしい。その辺はイングも自身にソレがふりかかって初めて知ったことだそうな。

 信仰のせいで最も魔力が高まった時は、イングが既知の土地全てを覆い尽くすほどの強大な破壊魔術をすら行使可能なほどに魔力が溜まってしまっていて、これをエルフの身体がいつまで許容しきれるのか全く判別がつかなかったため、イングは必死になって集まる信仰を逸らす術を研究したのである。

 涼太は呆れた顔で言う。


「その結果がソレ、か。聖域よかよっぽどアンタの魔力のがやべえんだもんなあ。なんだってそんな強大な魔力を隠したり押し込めたりできてんだよ」

「なっはっはっはっは、エルフの魔術研究の偉大さを思い知るがいー……うん、まあ、それでも全部逸らしきるの無理だったんだけどね」

「はいはい、思い知った思い知った。エルフと人間とを比べたら本気でどうにもならんことがよおおおおくわかったっての。なあ、もしかして魔核ってのもさ、その信仰でできたものか?」

「おおっ! これだけでそこに気付くとはっ! やるわねリョータ! 人間ってさ、当時から森とか山とか川とかをさ、神様って呼んでお祈りしてたでしょ。魔核は多分ああいうのが積み重なってできたものじゃないかって。人間もそこまで研究進んでるのね、感心感心」

「いやこれはアンタの話を聞けたから思いついただけだ。人間の研究は正直、魔核に関してもその出自とかに関しては全く進んでないぞ。性質の詳細な研究結果は俺も見たことあるけど」

「ほうほう、それはどういうものかな」


 そこでイングと涼太とで魔術談義が始まり、これに時折スキールニルも口を挟んできた。スキールニルは基本的に我関せずな態度を取りがちであるが、魔術のことに関してならば思わず口を出してしまうこともあるようだ。

 暇になった凪と秋穂は、残るアルベルティナにエルフの森のこととかアルベルティナがここにきた理由などを訊ね、こちらはこちらでそれなりに時間を過ごしている。

 そこでアルベルティナが人間社会に戻るための練習として今回の旅に加わったと聞いた凪と秋穂は、じゃあちょっと街を出歩いてみよう、なんて話をする。

 涼太は話の途中であったが、がた、と音を立てて席を立つ。


「おい二人共、馬鹿な真似はよせ」

「さすがにその反応は傷つくなぁ」


 ちょっとへこんでる顔の秋穂と、不敵に笑う凪だ。


「ふっふっふ、今までの私たちと一緒にしてもらっちゃ困るわね。今の私たちは、潜入調査を完遂した凪と秋穂なのよ! ふふっ、修道院での私の純朴清楚な様子を涼太にも見せてあげたかったわね。私のあまりの働きっぷりに、あそこの責任者の一人が思わず誉め言葉くれるほどだったんだから」


 その褒めてくれた責任者とやらをぶっ殺したのも凪である。涼太は疑わし気な目を向けたままだ。


「本当に問題起こさないか? まだこっちの話まとまってないんだから、ここでどう動くかは決まってないんだぞ。わかってるか?」

「もっちろん、私もエルフと揉めるのは気が進まないしね」

「……ああ、うん、まあ、それなら、いいか」


 この街シェレフテオでは、旅をする若い女性なんてものもいるので、顔を隠すほどのフードをかぶっていることがそれほど不自然ではない。

 そういう街で慣らしておくのは、確かに必要なことでもあろう。三人共に。

 それに、イングとスキールニルが魔術談義に盛り上がってしまっていて、涼太はここを離れられそうにない。涼太自身も興味深い話であるだけになおさらだ。

 かくして猛獣二匹が再び街に放たれることになったのだが、それなりに躾けは進んでいるようで、外で粗相するようなことはなかった。






 スキールニルは、机に両肘を突き、額に手の甲を当てながら、ひどく落ち込んだ様子で呟く。


「大気、空気……この、何も見えないこの、空間に、私たちが生きるために必要なものをすら含む様々な要素が漂っている……そう、そう考えれば色々と納得のいくこともある。そういう、研究結果も出てる。ああ、思いつきさえすれば、それが最も妥当だと、わかったはずなのにっ……それを、人間が、人間がエルフに先んじて思いつくなんて……」


 あはは、と楽しそうに笑っているのはイングだ。


「空気には重さがあるから、下の方にたくさんあって、山の上の方は薄くなるねえ。おっもしろいこと考えるねえリョータは」


 恐ろしく衝撃を受けているスキールニルと感心しているイングであるが、涼太はといえばエルフの恐ろしさに身震いしている。


「……いや、さあ。科学もなにもない世界で、ふつーさー、基礎研究じみた真似してる連中がいるなんて思いもしねーよ。こまかーく条件をずらしながら何百年分も実験結果を積み重ねて、それをぜーんぶ保管管理共有して更なる研究に活かそうなんてさー、思いついたってそうそうできることじゃねーだろ。エルフって絶対どっかおかしいぜ」


 時間があるってすげーよなー、と呆気にとられるしかない涼太である。既に星の運行からこの大地は球形であり太陽の周りをまわっているというところまで掴んでいるのだから、エルフやべえ、という涼太の感想は何一つ間違ったものではなかろうて。そこまで観測できてしまうほど精度の高い観測手段を得ていることも含めて。

 エルフにとっては魔術の探究であるのだが、結果として自然科学を解き明かす研究にもなっているという話だ。

 年経たエルフはそれぞれ自分の得意分野の研究探究に時間のほとんどを費やすようになるそうだ。

 長大なエルフの寿命を費やしてなお、果てすら見えぬのがこの世の真実の姿というものであるのだから、彼らの向かう方向性は全く正しい、と涼太は思ったものだ。

 そんな話をしているのはとても楽しいものだが、スキールニルがショックで脱落してしまったので、ちょうどいいと涼太は話題を変える。


「なあ、イングはエルフの森とは人間に対する態度で違ってる部分があるのか?」

「んー、そうだねー。みんなあんまり人間好きじゃないからねー。良い出会い、あれば良かったんだけどねえ」

「アンタはあったのか?」

「うん。もうずっと昔のことだけど。今でもずっと、覚えてる。何度も何度も思い出して、その度すっごく楽しかったなって嬉しくなって。ナータン、パール、アニトラ、オーサ。ふふっ、きっと、この名前だけは死ぬまで忘れないと思う」


 全て経典に乗っている聖者の名だ。

 エルフと人間との戦は六百年より更に昔だ。だからこそ、人間社会に大いなる貢献のあったイングがエルフであるとは伝わらず、神であるとされたのだろう。

 イングほどの高い実力を持つエルフが人間に対してとても好意的であるというのは実に喜ばしい話だろう。

 だが、涼太はそんな彼女に、とても気の進まない話をしなければならない。


「で、だ。俺たちがここに来た理由でもあるんだがな。今、俺たちはアンタを崇める教会に、ケンカを売られて仕返しの真っ最中なわけだ。正直、もうどっちが良い悪いって話じゃなくなってると思う。それだけの数、俺たちは向こうを殺してきたしな。アンタらエルフが同族殺しをとことん嫌ってるのも知ってるが、すまん、そういう話なんだ」

「うん、聞いてる。新しくエルフと取引し始めた人間がそういう話してくれた。でも、そっかー。やっぱり、人間ってそうなるよね」

「俺たちは三人だけだしちょっと他の事例とは違うけど、まあ、人間の数が増えてくれば、アンタが今想像したような話になるよ。予想、してたんだろ」


 イングは苦笑する。


「それは人間だけの話じゃないけどね。数が増えれば、問題も増えるもんだよ。ただねえ、人間ってすぐ死ぬんだよねえ。だからエルフならゆっくりと解決できる問題も、人間は解決する前に死んじゃうもんだから、ならその前に相手を殺す、ってなりがちだよねー。どーしよーもないかー」

「……エルフも、そうだったのか?」

「もう覚えてるエルフも少ないぐらいの、大昔の話だけどね。でもなきゃエルフが人間と戦争しようなんてありえないでしょ」


 当時のエルフのあり方と、今、人間とエルフの間にある差とに関して、少なからず思い至ったもののある涼太だったが、今涼太が聞きたいことはソレではない。


「思ったより理解がありそうに見えるが、いいのか? 俺たち、これからもっと連中殺していくぞ」

「えー、それ私の前でやるのー? やめてよそーいうの、私も嫌いだし、アルベルティナの教育にもよくない」

「と言われてもな。アンタも凪と間違われたろ? 見つかったら否も応もなく殺し合うしかない。それに、少数で戦しようってのに攻めたらダメ、は流石に受け入れかねるぞ」

「今でも私に流れてくる信仰から考えるに、すんごい数いるよ? それ全部殺すの? 人間たちは信仰で力を得てないんだから、全部殺す必要はないと思うけどなー」

「やんねーよそこまでは。ここに巡礼にくる連中全部殺すとかどー考えても現実的じゃないし、そもそも意味がない。連中に、負けを認めさせられる分だけ、殺せばいい話だ」

「むむー。なら、しょーがないかなぁ」


 はあ、と嘆息するイング。


「人間だしね。短い人生、自分だけでも贅沢に過ごしたいって思うのも無理ないよ。エルフなら、それが長い目で見ればどれだけ自分たちにとって不利益なのか理解できるけど、そもそも人間はその長い目で見る先に辿り着けないもんね」


 人間同士の争いに関しては、好ましいとは思わないがそういうもんだ、という認識であるようだ。

 イングが接した人間というものが数百年前のそれである辺り、その頃から人間同士は争い合っていたのだろう。

 ともあれ、イングの承認が得られたのなら問題はない。涼太たちが、シェレフテオを攻撃するための準備は全て整った。

 ふと、思いついたことを涼太は聞いてみた。


「そういや、なんで今なんだ? その聖域を張り直すの、今でなきゃまずかったのか?」

「ううん。後百年前後はもつと思うけど、忘れたらマズイしね。全部リョータたちのおかげなんだよ。私が普段接してる年嵩のエルフは滅多に人間のことなんて話題に出さないのに、リョータがきた話を楽しそうに私に話してくれてさ。それで久しぶりに人間のこと思い出して、そういえば人間の領域に作った聖域、もうそろそろ限界かなーって」

「おい、忘れられない思い出の人間の話はどーした」

「あの四人はただの人間じゃなくて私の友達だもーん」


 悪いエルフではないが、色々と雑で適当な奴なんだな、と涼太はイングを理解した。

 そこで不意に落ち込んでいたスキールニルが復活して話に加わってきた。


「そうだリョータ。人間は聖域を展開する術式の解析をまだ済ませていないのですか?」

「あの規模の聖域の術式なんて人間がどうこうできるわけねーだろ」

「魔力ならば魔核を使えばいいでしょう。術式も、すぐそこに実物があるのですから人間が自分で研究すればどうとでもできるでしょうに」

「……どうだろうな。俺も聖域は見たが、あそこまでの結界術は聞いたこともない。ありゃ魔力云々の次元の話じゃなかった。うーむ、今なら魔力を阻害する物質の研究進んでるから、そっちから攻めた方が早い気もする。どの道ココ以外の魔核に関して、結界を張って封じ込めたなんて話は聞いていないから、王都の魔術学院でも研究は進んでいないんだろうな」

「魔力を阻害する物質? その話をもう少し……ああ、コホン。いいですかリョータ、よく聞いてくださいよ」


 そう前置きしてスキールニルが語った話だ。

 イングがシェレフテオに張った対魔核結界は、エルフの森が数多の基礎研究という積み重ねの上に完成させた、一つの魔術系統の頂点にあるような術式である。

 その稼働している実物が目の前にあるのだから、その意思と時間さえあれば人間も同じ技術を習得することができたはずだと。

 そして技術を持っているというのならば、わざわざイングが出向いてやるほどのことはない、というのがエルフの森の大半の者の見方である。

 本来、人間にそこまで施してやるほどのものではない、エルフの技術の結晶の一つを無償でくれてやったというのに、その後のことまで面倒見てやるなどとふざけるな、という話だ。


「最高峰の術式が目の前にあるのですから、研究を派生させればその系統全てを掌握するのも不可能ではなかったはずです。そ、れ、ほ、ど、のものを無償で、そこのイング様がエルフの森に無断でくれてやったというのに、どうして人間は研究すらしていないのですか?」


 幾らなんでも怠惰がすぎるだろう、とスキールニルは怒っているわけだ。

 涼太は肩をすくめるばかりだ。


「さてね。王都の魔術学院じゃ随分昔から権力争いが絶えなかったって聞くし、教会は魔術とは多少距離を置いているようにも見える。教会の意図は知らんが、自分の権威や野心にしか興味ない奴らに、教義の最も深いところにある聖域を触れさせたくないって思うのは、それほど不自然とは思わないな」

「だったら教会自身がそうすればいいでしょうに。イング様を神扱いしているというのなら、その神の技に興味を持たなかったのですか?」

「持った奴もいたかもしれないが、研究に高い金をかけずともこうして参拝者から金が稼げるってんなら、そこまでする必要はない、とでも考えたんじゃないのか? 研究もせず頼りっきりなやり方が理解できないのは俺も一緒だ」


 憤懣やるかたなし、といった風情のスキールニルと、そんなもんだよねー、と達観した顔のイングだ。

 イングはスキールニルを宥めるように言った。


「まあまあ、ほら、人間にもリョータみたいな魔術師もいるんだし。そう捨てたもんじゃないよ」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、俺は魔術師としてはあまり大したことない。けど、そうだな、シェレフテオの大聖堂、あの半分の大きさの建物を、俺の背ぐらいの高さに浮かべて大地を滑るように移動させた魔術師がいる、って言ったら驚いてくれるか?」


 イングとスキールニルが同時に涼太を見た。


「人間が?」

「そんな人間いるの!?」

「一人でやったわけじゃない。何人もの魔術師が、魔術だけじゃなく色んな技術を複合させて、動く城を作ったんだよ。アレを見た時、俺は正直腰を抜かすかと思うほど驚いたんだがね」


 すぐにイングが否定の言葉を口にする。


「ああいう大きい物持ち上げて動かす時って、全体をがっちり覆ってやらないと自重に耐えられないで底が抜けたり、最悪真ん中から折れたりするんだよ。そこまでやれたの?」

「やったことあるんかい。補強もしたって言ってたが、まあ、元々の建物の造りが特殊だったしな。アレ以外を飛ばすのは多分無理だろうなあ。興味、出たろ? 人間にもそういう魔術師もいるって話だ。ま、人間はいつでも当たり外れが激しいって思ってくれればそれで概ね問題ないと思う」


 人間が頑張った、という話を聞いて上機嫌になるイングに、動く城がめちゃくちゃ気になって仕方がない様子のスキールニル。

 涼太が聞きたかった、教会との戦に関するイングやエルフの立ち位置も確認できたことだし、涼太はこの後もイングやスキールニルの望むがままに、凪たち三人が散歩から戻った後も延々いつまでも魔術やらの話を続けるのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 自分を神として崇めている宗教が、娼婦や妾にするために誘拐や強要し売春組織をつくり、従わない者を殺す闇組織みたいに成ってるのを知っても何も感じないのかね?
[一言] たぶんエルフ流暗黒格闘術(魔術メイン)に加えて 元気玉(人間側の信仰力)を用いるやつがいたー! 百万の軍がエルフの森を攻めてもダメそうだった
[一言] 暴力沙汰が全く無いのは珍しいですね。 こういったほのぼの回も、たまには良いです。 魔術談義に夢中な涼太と、涼太と親しげに話すイングとスキールニルに対する、凪と秋穂の内心が知りたいですw
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