134.隠密(ただし人は死ぬ)
不知火凪はその時感じたものを、物凄く小さかった頃、父も母も、自分が思っているほど自分のことをいつでも見ているわけではない、と気が付いた時に似ていると思った。
考えてみれば当たり前のことで。でも小さかった頃は、父も母も、自分の一挙手一投足全てを見て把握していると本気で信じていたのだ。
見られていないことを、寂しいとは思わず、見つからないで色んなことができる、と思ってしまうのは、実に子供らしい正直さであろう。
潜入調査のため顔を傷だらけにしたことで女性としての価値が著しく低い、と断じられた凪は、男性との付き合い方ではなく、同性である女との付き合い方が大きく変化したと感じた。
特に若い女性からの視線は、敵意ではないのに不快だと感じるもので。
なめられるのを特に好まぬ凪であったが、自身の容貌や体型に関してなめられたことはただの一度もない。
凪が見くびられるのは大抵の場合においてその最も得意とする武の領域でのことだ。そしてこれを思い知らせることにも慣れている。
だが、見た目をなめられ、これを思い知らせるなんてこと、凪はこれまで考えたこともなかった。
『なんなの、この、まるで存在そのものを見下されているかのような感じは』
そう思えてしまう理由に思い至ると、凪はなんとも情けない気分にさせられた。
『別に、見た目なんてどうでもいいとか思ってたけど、いざこうして見た目でなめられるともんのすごく腹が立つわ。ああ、ほんと、人間なんて勝手なものね』
そもそも、顔や体型なんて努力でどうこうできる範囲はそれほど大きくはない、少なくとも凪の発想の内においては。
それでこんなにも見下されなければならないというのなら、それは凪の知るどんな理不尽よりも不条理なものであろう。
でも、だが。それもまた、こちらの世界に来てから凪は多少なりと理解できるようになってしまっている。
『りょーた、かっこいいしなー。そういうのいいなーって思うのも、わかっちゃうのよねえ』
自身の感情により美醜にフィルターがかかってしまうことまではわかっていないようだが。
当然だが、楠木涼太は美男子ではないし、順番でいうのならば逆なのだが、凪の中ではこれで納得が得られている模様。
凪と秋穂のスンドボーン大修道院での生活は、その大半が掃除と水汲みに費やされる。
傍若無人の極みのような凪であるが、掃除に関してはほぼ毎日実家の剣道道場の掃除をやっていたこともあり、修道院の掃除も一日で要領を掴んでしまい、そこからは同僚たちが驚くほどの範囲を手早く綺麗に掃除してみせている。
最初のうちは特に与えられた作業自体が少なかったので、凪は壁から天井までもを綺麗にして監督する立場の老修道女に褒められたものだ。
水汲みに関しては、腕力や体力がありすぎるとバレるのもよろしくないとのことで、適度に抑え気味にはしているが、それでもこの歳の女性としては考えられないぐらいの水汲みをこなしている。
顔の傷のこともあって、その一生懸命な仕事っぷりは特に中年、老人のおばちゃん連中に好評で、ものの数日で凪は随分と彼女たちに可愛がられるようになっていた。
特に水汲みは、中年、老人にはキツイ仕事であるが、だからと若い女は別の仕事をこなしていることで下働きの立場にはなく、凪のような若い下働きは貴重かつありがたいものであった。
ほぼ同じ仕事をしつつも作業量は一般的な量しかしていない秋穂は苦笑しながら凪に言う。
「凪ちゃん、ちょっと目立ちすぎ」
「あ、あはははは。でもほら、あのおばちゃんたちにあれ運ばせるの流石にさ」
「その気持ちもわからないでもないけどね。そうやって目の前のことに夢中になって目的忘れちゃうの凪ちゃんの悪い癖だよ」
「もー、わかってるって。でもほら、一生懸命仕事する分にはさ、悪いことじゃないでしょ」
こうした凪の立ち位置は、同僚から話を聞くという点に関してならば有利であるとも思うので、そちらは凪に任せるということで秋穂は大目に見ることにした。
おばちゃんたちの配慮に従えばこの修道院で男性と接点を持つ機会はそう多くはない。
だが秋穂は敢えてそこでおばちゃんたちの配慮に逆らい、少しずつではあるが男性との接点を増やすようにしていった。
彼らは秋穂の顔に傷があることは伝え聞いていたようだが、秋穂の体型を見たほとんどの男は、本当にその顔の傷は致命的なものなのかを確認した。
そしてそれを見ては、大きく嘆息するのだ。
「信じられんことをする。なんともったいない」
「お前も、どうして顔だけは守れなんだか」
「ああ、もういい。行け」
「さすがにこれは無理だ。お主も口惜しくはあろうが諦めろ」
失望されるというのは、全く縁のない相手にそうされたとしてもやはり心に響くものがある。
だがこの作業で秋穂は確信する。この傷をつけている間は、よほど抜けたことをしなければ自身の正体がバレることはなさそうだと。
秋穂が男性との接点を増やしていくと、彼らは折に付け秋穂に女性の世話をするよう命じてくる。
所謂売春行為を行なっている女性が、より快適に過ごせるよう様々な手配を行なうのである。
そこで出会った女性たちは、やはり男性たち同様秋穂の体型を見て警戒し、そして秋穂の顔を見てとても安堵し、嘲笑する。
かなり底意地の悪い言い方をしてくるが、彼女たちの精神が著しく歪んでいるだとかバランスが崩れているだのということはない。
健康的で、それなりにではあれど豊かな生活を送れているようだ。もちろん現状に大きな不満を抱えているようにも見えない。
むしろ、選ばれた人間である、とすら思っているフシが見受けられる。
『……なるほど。受け入れちゃえれば、これはこれで良い生活なのかな』
多少の家事ていどはするようだが、基本的に労働らしい労働は求められない。
殿方を喜ばせるためのあれやこれやを学ぶ必要はあるようだが、これらの中に教養や礼儀作法なども含まれるため、彼女たちは外の人間たちと比べればよほど健康で文化的な生活を送れていよう。
また彼女たちの生活にハリがあるのは、彼女たちの生活には、努力次第で至れるだろう上があるおかげだろう。
今秋穂が時折世話をしている女性たちは、この修道院では最下層にあたる娼婦で、ここから外に嫁に出せるだけのものを身に付けた中層の娼婦がいて、更にその上に、貴族並の生活を享受できる選ばれし者たちがいる。
そしてこれが一番重要なのだが、この修道院を訪れる客層がかなりよろしいものなのだ。
相手は何せ神職の者たちであるからして、社交性があり、内面に問題がある人物であろうときちんと外面を取り繕うぐらいはできる者ばかりだ。
最下層の娼婦として長く勤めている女性から秋穂が聞いたところによると、他所の娼館で働くよりよほど楽だし待遇も良いそうだ。
下働きの女性たちは、彼女たち娼婦と比べて貧しい生活ではあるが、それでも惨めな生活なんてものではないし、普段の生活の中で当たり前に笑顔を見ることもある。
『少し予想外だけど。それでも、やっぱり、辛そうな顔ばっか見るよりずっと良いよね』
ただ、秋穂が気になったのは、上の方の人間たちの顔、である。
スンドボーン修道院にきて、大体半月ほど経った現在、秋穂が修道院上層部の人間と思しき人物の顔を見たのは三度のみだ。
だが、その三人の顔が、秋穂は気になっていたのだ。
顔立ち自体は外国人のそれであり、秋穂にとってあまり馴染みのない顔であるのだが、その顔つきというか、表情というか、総じて気配とも言うべきものが秋穂の警戒心に引っ掛かった。
『あれ、控えめに言ってもヤクザやマフィアのボスとかそーいうの、だよね』
粗暴だとか粗野だとかいうのではない。人を人とも思わぬ、情の通わぬ、己の欲求のみを押し通す悪意の塊。そんな相手であるように、秋穂には見えた。
第一印象のみでそこまで断言するということこそ道理に合わぬものであろうが、秋穂にはそう感じられてならなかったのだ。
凪が無口キャラを通していたのは最初の三日が限界で、親切なおばちゃんたちに囲まれているうちに、自然と彼女たちと会話を交わすようになっていた。
仕事が終わると凪たち使用人は修道院の本館ではなく、敷地内に併設されている使用人用の小さな建物で寝泊まりすることになっていて、そこでは周囲に気兼ねなく話をすることができる。
基本的に全ての生活が修道院の敷地内で完結してしまうので、使用人たちの話題は修道院内でのことに限られる。
だからこそ、些細な変化にも彼女たちは敏感で、それらをああでもないこうでもないと口さがなく噂するのだ。
『いやぁ、おばちゃんたちの井戸端会議、なめてたわ。学がないだとか、文字を知らないとか、そういうの全くマイナスにならないのね。ほんっと、このおばちゃんたちよく見てるわぁ』
この修道院における勢力図なんてものを、おばちゃんたちは個人レベルまで正確に把握している。
凪はこのおばちゃんたちに気にいられたため、内緒だよ、なんて言葉と共に色々と教えてもらっていた。
そしてその内容を凪は秋穂に伝えなかった。すると、いつも一緒にいる秋穂にすら凪が秘密を守れていると知ったおばちゃんたちは大喜びで、更なる秘密を凪に教えてくれた。
実際には凪と秋穂で情報共有はしているのだが、それを表に出すのはよろしくないと思っているという話である。
スンドボーン大修道院は、修道院長の一族がこの地の全てを握っていると言ってもいい。
修道院、それもスンドボーン大修道院の規模ともなればその人事権は管轄の司教に委ねられるものだ。だがこの特異な土地は、常の宗教関係者の管理を拒む。というより、通常の倫理感覚ではこの地の運営はできない。
スンドボーンは、この宗教関係者専用娼館というあり方を許容しつつ、教義と齟齬をきたさぬようにしながらも、女を集め娼館を運営していかなければならない。
女の仕入れ、そして娼婦の管理というものは、決して綺麗ごとでは解決しえぬものばかりだ。だからこそ、教会の人間でありながら、教会の人間とは到底思えぬ冷徹で冷酷な人間が必要となるのだ。
これを、一族全てをこの修道院運営に特化させた修道院長たちが、数多の矛盾を飲み込みやりくりしているのだ。
その特異なあり方の醜悪さに、そんなもんだと思っているおばちゃんたちは気付いていない。
一人凪のみが、おばちゃんたちの話から漏れ聞こえてくる、修道院長の非情なやり方に腹を立てている。
修道院から逃げ出そうとする女への対処や、これを手引きした者への制裁など、まっとうな組織、いやさまっとうな神経の人間には決してできぬことであろう。
また、このおばちゃんたちも眉を顰めるものがある。
それは修道院長一族の若衆を中心とする集団だ。
彼らは若いが故に程度を知らず、管理者の目の届かぬところで無法横暴を繰り返す。
あまりに目に余る行為は上位者より咎められるが、それにしたところで、違反者への対処としては極めて甘く緩いものである。
彼らもいずれ、そんな無軌道の中から限度を学び、そしていずれはこの地を統治する者たちの一員となっていくのだが、現時点では社会を乱すのみの害悪でしかない。
『……まっずい、わね。以前ならいざしらず、今の私、かーなーり、我慢弱いからなー』
下手な因縁を付けられたら普通にやり返してしまいそうで。
『ま、その時はその時か』
これが言えるから、凪と秋穂は潜入調査なんて真似をしているのである。
凪は基本的に下働きの仕事しかしていないので、上位者との接点もなく、問題にぶつかる可能性は低い。
一方の秋穂であるが、こちらは自ら望んで男性と関わるような場所にいるのだから、問題発生率はより高くなろう。
これを避ける意味でおばちゃんたちは凪と秋穂に注意を促したのだが、秋穂はその言葉を無視したのだ。凪が気に入られて秋穂はそうでない理由はそれだけでも十分なものであろう。
とはいえ、この遭遇に関しては、あまりに間が悪い、運が悪いと言っていいものであろう。
「おお! いた! 多分アイツだろ!」
「あー、あれな。おおう、確かにありゃ胸でけーぞ。もう一人いるんじゃなかったか?」
「ま、いいんじゃね。一人いりゃ十分だろ」
賑やかに喚きながら歩いてきたのは若い修道士の二人だ。
修道士なのはその衣服でわかるが、その顔つき、表情、口調、どれをとっても、神に仕えてる気配は見てとれない。
そんな二人組が無遠慮に、本館の廊下を一人歩く秋穂の傍に歩み寄ってくる。
嫌悪感から、身体が反応しそうになるのを堪える。そして秋穂は、修道士が命じるがままにかぶっていたフードを外し、顔を見せてやる。
「うぎゃははははははは! なんだこりゃ! 普通ここまでやるか!」
「ぶひゃーっはっはっはっは! 誰だよこれやったの! いやこれむしろかっこいいだろ! 目の上の傷とかめっちゃ歴戦気配出てるじゃん!」
ちょっとだけ、スカーフェイスアートを褒められて嬉しい秋穂である。
「おうおう、ここまでくるとむしろ雄々しいよな。おっまえ、良い傷もらったなぁ。ぎゃはははははははは!」
「その顔なら大抵の奴ぁビビって逃げてくれるだろうよ! ぶひゃーっはっはっはっは!」
もし、本当に事故でこんな傷を顔に負ってしまった女の子が相手でも、多分コイツらは同じことを言って笑うのだろうな、と思えた秋穂だが、秋穂を笑いに来たのならもうこれで終わりだろう、と思い大人しくしていることにした。
だがコイツらの目的はそんなことではなかった。
「あー、笑った。これ、俺たちだけで笑って楽しんじゃ申し訳ねえ気がしてきたな」
「そうだなぁ。でもよ、さすがに五人も六人もで短剣刺してたらすぐに死んじまうぜ」
「あー、そっか。それがあったな。じゃあしゃあねえ、やっぱ二人でやるか。後でみんなに自慢してやろうぜ」
彼らの会話は、その場に秋穂が居ると思ってなされているものではない。口をきかず、だが命令だけには従う動物か何かだと思っているようだ。
おしこっち来い、なんて腕を引っ張られていく秋穂。
腕を取られる瞬間、やはり身体が反応してしまいそうになるも、腕ならば、となんとか我慢に成功する。
『ふふふ、さすがは私。凪ちゃんならこの時点で潜入調査が終わってるところだよ。こういう、忍耐っていうのが潜入には大事なんだよね』
だが、ちょっと嫌な予感がしている秋穂だ。
すぐ近くの一室に入ると、そこは大して身分が高くない相手向けの応接室の一つで、ここに入ると片方の男ががちゃりと鍵を閉めた。
そしてもう一人、秋穂の腕を掴んでいる男が言う。
「おし、んじゃお前さっさと服脱げ」
そういう趣味の持ち主がいるとは思わなかった、と秋穂は眉根を寄せながら彼に問う。
「その、私としようということで?」
「おうよ! その面見ながらじゃ気分悪いから後ろ向いてろよ! お前みたいな気持ち悪いのを相手してやるんだから俺らも随分と人間できてるよなぁ」
げらげら笑いながらもう一人も秋穂ににじり寄ってくる。
「だからさ、お前やってる最中短剣刺すけど、あんま声出すなよな。痛くてもきちーんと我慢してろよ」
ランドスカープの国にはそういう趣味が存在し、そこそこ認知度があると知っている秋穂は、確認のために口に出して問う。
「えっと、それは、している最中にざくざく短剣刺して、それで楽しいなって話、ですか?」
秋穂自身からそういう話が出たことに修道士は少し驚いた様子だったが、二人は同時に大笑いを始めた。
「うぎゃははははは! それだよそれ! なんだよお前話はえーな!」
「そうそう! 俺らさ! スンドボーンじゃさすがにそういうのやれねえのよ! でもめちゃくちゃ楽しいって聞くしさ! 貴族共の高貴な趣味って奴らしいから一度試してみたくってな!」
さすがに普通の娼婦にそれやったら管理してる連中に大目玉食らうが、客に出せない女の一人二人なら問題ないだろうと。
ついでに言うのなら、どうせやるのならせめても身体はきちんとしてる奴なら、ヤること自体も楽しめるだろう、と。秋穂を選んだことをとても得意げに彼らは語っていた。
「ああ、うん、そうなんだ」
と、秋穂が返した時には、秋穂は修道士二人の手首を掴んでいた。
「「っ!?」」
修道士二人、物凄い形相になるも声が出ない。
「痛い? でもま、短剣何度も刺すほどじゃないかな。……あー、ごめん、やっぱり多分、こっちのが痛いかな」
秋穂が腕を捻り上げていくと、二人の身体が床に沈み込んでいく。程なく立っていられなくなり、二人はその場にしゃがみこむ。それでも顔から激痛の色は消えておらず。
「声、出せなくなっちゃうんだよね。それでもって」
片方の腕を更に捻りながら離すと、修道士の一人は苦悶の表情のまま床に顔をこすりつける。
額を何度も床にこすりながら足をじたじたと動かしているのは、信じられぬほどの激痛に耐えるための挙動である。
そして秋穂は床に突っ伏す修道士の顎を片手で掴み、勢いよく横にズラす。それで、彼は呼吸も満足にできない状態に陥る。
こちらはもうこれで終わりだ。
後はほっといても呼吸困難で死に至る。
そして残る一人を、秋穂はゆっくりと処置する。
「あんまり、女の子にひどいことするものじゃないよ。でないと、ね」
秋穂は、残る一人が声を出せぬような状態を維持しながら、こきりこきりと一つずつ彼の骨を外していった。
「ごめんね。たまにこうやって、生きた人の骨をいじっておかないと腕が鈍るんだって。やっぱりさ、死体をそうするのと、生きたままそうするのとじゃ、全然、違うんだよねえ」
呼吸困難の修道士も、全身の激痛に震える修道士も、声も出せぬ両者共が今しているのは、心の中で必死に祈ることであった。
神に祈れば、天に通じる。そう教わってきた人間たちに囲まれて育ってきたのだ、修道士たちは。
だから彼らは普段それをどれだけ馬鹿にしていようとも、いざ最後の最後になれば、頼れるよすがの一つとして神様を頭に思い浮かべるのだ。
この状況で、頼れるものは神様ぐらいしかない、というのもあろうが。
そして、神様の教えの中にあるように、神様は人間に都合の悪い何もかもを無条件に解決してくれるような便利な存在ではない、と彼らに証明してくれるのである。
彼らは、修道士である自分たちに神の救いが届かぬことを呪った。
彼らは、彼らの危機に誰一人気付かぬ修道院の人間たちを呪った。
彼らは、それでも、今の苦しみが死に繋がるものだとは思っていなかった。自分たちがこんなところで死ぬなんて思いもしていないのだ。
だから、意識が消失した時彼らは、次に目覚める時はこの痛いのが治ってて、このクソ女を八つ裂きにする段取りが全て整っていろよ、とこの世の自分以外の何者かに心の内にて命じていたのである。
もちろん、彼らは二度と目覚めることはないのだが。
「さーてっと。やっちゃったぞー、どーしよっかなー」
とはいえ、秋穂は一応、こういうことをやらかしてしまった時の対処法を考えてはいた。
まずはカーペットをどかして床板をひっぺがす。これは、特に丁寧にやらなければならない。
板が割れたりしないように、丁寧に、慎重に引っ張り、板をはがす。
板を一枚分外すと、その下を覗き込む。ここは二階部であり、床板の下には一階と二階との間の隙間がある。これは冬に温風を通し建物全体を温めるための工夫である。
「よし、あった」
ここに二人の死体を放り投げ、板を慎重に戻し、ぴたりとはめこんだ後でカーペットを敷く。
「うしっ、完璧っ」
こんな雑な処理をしでかしたとしても、もしもの時は走って逃げればいいやー、な秋穂にとっては、必要十分な処置なのである。
 




