130.閃光剣のヤーン
実に馬鹿馬鹿しい真似をしてくれた十聖剣、閃光剣のヤーンに対し、凪の心中にはぬぐい難い侮りの心が生じてしまった。
こればっかりは自身にもどうしようもない。あんな馬鹿な真似をした相手を、尊敬なんてできるわけがない。
だからこそ、凪は構えを変えた。
『実戦でこれやるの、久しぶりかもしれないわね』
凪は両手に剣を握り、正面に構える。剣道で言うところの正眼の構えだ。
剣道では当たり前の構えだが、実戦では言うほど用いることはない。中段構えであるこれは、防御重視の構えでありかつ、敵を正面に捉えていなければならないものだからだ。
八方、どこから敵が来てもおかしくはない戦場での構えにはあまり相応しくない。とはいえ、要所要所で用いるとかなり便利な構えでもあるのだが。
今回凪は、慢心の心が生じてしまった自身の心を認め、慎重に、確実に、戦うことに決めた。
凪が中段で剣を構えた時、これを真っ向より突破できたのは、この世界では森のエルフただ一人だ。シーラや秋穂ですら足を使っての崩しを使わなければどうにもしようがないもので。
そのエルフにしてから、真っ向から崩すのはあまりに困難すぎ、それでもとなれば秘した技を開示せねばならなくなるため、一度正面から突破して見せた後は、正面以外から崩すような戦い方に変えている。
あまりに堅牢すぎるが故に、凪はあまりこれを実戦では用いない。
過剰に硬すぎるのだ。幾分かを攻めに回し、敵の処理速度を上げた方が効率が良いし、効率よく敵を減らしていかなければ結局回り込まれたりしてしまうため、より不利になってしまう。
凪のこの構えの時の強さは、父と、その友人との二人を相手にし続けたことで身に付いたものだ。
何せ二人共おっそろしく攻めが強い。
「いっやあ、凪ちゃん本当強くなったよなー。俺、結構本気だったぜこれ?」
道場にうつ伏せに突っ伏している凪が、木床に頬をすりつけながら返す。
「……加減、を、覚えろって、いっつも……お父さんに、言って、たおじさんが、何、してくれてんの、よ……」
「はっはっは、あの馬鹿よりずっと加減上手いだろ? アイツとこの勢いで手合わせしたら、マジで怪我するまで止まってくれないからな」
打ち身捻挫まではおっけー、なんて馬鹿げた基準の凪の父であるが、二度ほどその加減を誤って凪の骨が折れている。
凪も中学生になった頃の話で、いい加減これが虐待と呼ばれるものに極めて近しいとも理解していたが、凪の目的にはこれが必要だとも考えていて、怪我も己の不覚と受け入れていた。
凪が二人に聞いた話だ。
剣と剣で打ち合うというのなら、防御が極めて重要になってくる。だが、剣でそれ以外と戦うとなれば、如何に敵に気付かれずより速く斬るかが重要になるそうだ。
「それ以外って?」
「そりゃ、まあ、所謂飛び道具だな。片手で持てる急所に当たったら即死する系の」
何故か具体的言及を避けてきたが、言いたいことはわかる。
そんなわけで凪の父とその友人は、どちらも距離を詰めるための移動がめっちゃくちゃに上手いし、死角をぬって動いたり、敵の視界の外に逃げる術にも長けている。
面白いのは、凪が一番初めに身に付けた動きは、父やおじさんの動き回る剣ではなく、正統派の剣道の動きであった。
これは凪の父が道場を開き日本人に剣を教えるにあたって、まっとうな剣道の動きを学び直した時期と凪が剣を学んだ時期が重なっているせいで、凪の剣の根っこにはコレがあるのだ。
剣のみの動きならばおじさんより凪の父の方が上手いらしい。おじさんは凪の父と違って拳銃が下手ではないからこうなった、と彼は笑って言っていた。
中学生になった頃、色々と社会のことを理解できるようになった凪は思ったものだ。
『……いや、さ。おじさんもお父さんも。昔何してたかは絶対に教えないなんて言ってるけど、これもうほとんど答え言っちゃってない?』
父と母とおじさんと、三人共ロシア語をネイティブ並みに話せることを考えるに、その辺のマフィアなんかを調べたら何か出てくるんじゃないかと凪は思っている。が、調べる手段がないのと、本気で知りたいのなら当人に無理強いして聞けばいいと思っているので特に気にはしていない。
また、死生観のようなものは、一緒に暮らしていれば自然とわかってしまうものだ。
小学校高学年の頃には自然と凪は、父もおじさんも人を殺したことがある、と確信していたし、時折見せる母の反応から、それほど鍛えてはいない母もやったことがあると思われた。
それに気付いた最初の内こそ、自分も早く人を殺して三人に追いつかなければ、なんて馬鹿なことを考えたこともあったが、凪の父が呆れた顔で言った。
「いや、人を一人や二人斬ったていどで剣が上手くなるわけなかろうが。確かに、人を斬る前と斬った後とで多少なりと差はあるかもしれないが、そんなもの誤差と言っていいていどでしかない。そんなもののために刑務所で無駄に時間を取られるなんて馬鹿馬鹿しい話だろうに」
絶対にその時間真面目に鍛錬してる奴の方が強いぞ、と真顔で言う父に、そんなものか、と納得した凪である。
おじさんはこれに関しては口を挟まなかった。
『いやー、まー、躊躇するかどーかって部分ですげぇ差ができるんだがなー。多分、凪ちゃん、その時が来たら躊躇なんてしねーだろーなー。なら、わざわざ事前に人を斬っておく必要もねえわな』
凪の剣の殺意の高さはこの頃からのものだ。
それもこれも、相対している父やおじさんの剣が、そりゃあもう殺意と殺気に満ち溢れたものであったせいだろう。
両者共、凪を相手に殺意なんて込めたことは一度もないが、その剣筋は、如何に敵を斬り殺すかをひたすら煮詰めたようなシロモノなのだ。こんなものを何度も何度も受け続けていれば、そりゃ殺気も移ろうものだ。
異世界に来て、凪が殺意に一切怯えることがなかったのは、こうした鍛錬の日々のおかげであろう。つまり凪の目的は、完璧な形で果たされていたわけである。
また、凪の正眼の構えの強固さである。
これを最も深く試されたのは、エルフの達人との対決の時だ。
『いやいやいやいや、なんじゃこのニンゲンは。反応速度がもうコレ、生物のそれじゃないじゃろ』
エルフの達人が自身にとって最速ともいえる剣を繰り出したのに、凪はコレに反応してみせたのだ。
凪自身、もう見てから反応するだのといったことはしていなかろう。来た剣に対し、脳を介さず身体が反射で対応してくれた。そうでもなければ間に合わぬ。エルフの達人の神速剣とはそういったものである。
それはさながら堅牢な城壁のようで。
しかしそれがただ堅いだけの壁であるのなら対応はできる。この城壁には無数の銃眼が穿たれていて、防御の隙間を縫うように剣が放たれるのだ。
防御は、ただ防御するのみではいずれ必ず破綻するものだ。この合間に攻めを交え、敵にこれを警戒させて初めて有効な防御たりえるのだ。
特に凪の得意とする小手打ちは、通常は鎧の籠手がありさほど有効ではないためあまり警戒されておらず、面白いように皆が食らってくれる攻撃だ。
まあそれもこのエルフのジジイには通用しないのだが。
それでも彼の攻めを牽制する効果はある。
この戦いを見守っていたエルフ流暗黒格闘術を学ぶエルフたちは、このエルフの達人を相手にこうまで戦い続けられる凪に対し、思わずどよめいてしまうほど驚いていた。
その反応を聞き、エルフの達人はこれはあまりよろしくない、ともう少し本気を出すことにした。
小細工は抜き。エルフの剣には、人間の剣より劣るものなぞ何一つないと示して見せるため、エルフの達人もまた真っ向から反応速度と剣速とにて勝負を挑む。
それは、すぐに勝敗がはっきりと見えた戦いであった。
じわり、じわりと凪が押されていく。
見ている者にもわかるのだ。実際に戦っている凪の焦燥感は相当なものであったろう。
だが、それでも凪の剣が乱れることはなく。エルフの達人が打ち手を誤る瞬間を待ち構え、ひたすらに我慢を続けていた。
そして最後の一撃。
凪の剣が弾かれるその瞬間まで、凪は博打の一撃を挑むこともなく、不可能に目をつむることもなく、エルフの達人の失策を待ち続け、そして、敗れた。
「……こ、こんなにも悔しいの、ひさし、ぶりだわ……こ、このクソエルフ、絶対に張っ倒す。もう一本付き合いなさい!」
「けひゃーっひゃっひゃっひゃ、むりむり。そのていどでは千年かかってもワシの影すら踏めんぞい」
けたけた笑いながら煽るエルフの達人であったが、内心では不甲斐ない思いを抱えていた。
『なんということじゃ。ワシとここまでやれる相手が、エルフではなく人間で出てくるとはなぁ。まったくもって、若いエルフたちの不甲斐なきことよ。若い連中でコレとまともに打ち合えそうなのは、ふむ、アルフォンスと、後数人、といったところか。それも、コレが人間であることを考えればとんでもない話よな』
ま、弱点もあるようじゃがな、と次からは前後左右八方より攻勢を仕掛けることで、正眼で正面からという条件を崩していびることにしたのであるが。
もちろんエルフの達人から見ての弱点であって、通常はこの八方からの攻撃に対する凪の剣を見て、それが劣った剣であるなどとみなす者はいないのだが。
凪は、そんな自身の持つ最強の盾である正眼の構えにて、ヤーンを迎え撃つことにした。
この構えに慢心はない。
慢心するような余裕は持てない。この構えを維持するのに、凪はとんでもない集中を必要とする。
その集中した状態をこそ、凪は欲したのである。
慢心が消えると、ヤーンの剣の鋭さがよく見える。
一撃必殺を期した、速度、角度、威力、全て申し分のない一閃。
だがそれは、考えてから受けてすら間に合うものだ。
ましてや考える前に動く凪の剣を、突破するほどのものは何一つなかった。
同時に、そうでない剣である気配の欠片も感じさせることはなかった。
ヤーンの重心の位置も、剣の握りも、振り下ろされる剣筋も、剣先に乗った殺気すら、目に見える通りであったのだ。
『あ』
だが、これを受けた凪の剣を、ヤーンの剣がすり抜けた。
そう思った時にはもう刃は凪の肩口に叩き付けられていた。
それはどんな達人でもそうだが、受けた、当たった、そう確信したものが外された時、起こるはずだった反作用に身体が構えていたためソレが来ないことに対し身体はまず反応しなければならない。
そのうえで次に、ありえぬことが起こったと脳が認識し、起こった出来事に対応できるのはその更に後の話になる。
何故剣がすり抜けたのかはわからないが、ヤーンはそれを確信しており、故にこの一撃こそが唯一にして絶対の勝機であるとコレにて敵を仕留めることに注力している。
片や受ける凪側はといえば、呆気にとられたまま全てを決せられてもおかしくはなかった。
むしろそうでない相手に、ヤーンは出会ったことがなかった。
『な、に?』
だからヤーンは、その手応えの変化に戸惑いを隠せない。
完全に不意を打ち切った一撃であるのならば、あるべき手応えがなかった。
それは、骨をも断つはずであった一撃に、骨の手応えがなかった、というもので。
間合いも、踏み込みも、何もかもが完璧であったはず。なのに、骨がない。
斬った女は、ヤーンの一撃を受け半回転しながら斬り飛ばされている。
さくりと斬ったはずなのに、女の身体は後方に飛んでいる。
『なんだと!?』
そう、不知火凪は、絶対に反応することのできぬはずの一撃に対し、最後の最後で僅かに身をよじることに成功していたのだ。
ありえぬ事態。だが、ヤーンはすぐに追撃の一撃を放つ。
凪、これを剣で受けたりはせず、更に大きく下がることで剣を外す。いや、それだけではない。
咄嗟にヤーンは追撃の剣から片手を外す。その指の先を、凪の剣がかすめていった。
ヤーンは敵手である凪の傷を目視で確認する。
『骨は断てなかった。だが、出血はかなりある。ふむ。あの位置ならば、右手は使えぬな』
凪は右腕をだらりとたらす。右肩口前面に深く刻まれた剣傷からは、だらだらと血が噴き出しているのが見える。
通常ならばこれでほぼ決着と言ってよかろう。だがヤーンは再び眼前に剣を立て、剣を納めようとはしない。
何故なら凪の顔が、敗者のそれではなかったからだ。
「いっやぁ、参ったわ。私今、自己嫌悪でどうにかなっちゃいそう。何から何までぜーんぶアンタの仕掛けだったなんてね。これを真に受けて敵を侮ってたなんてもう恥ずかしくて穴掘って埋まりたいわ」
ヤーンは一呼吸を置き、口を開く。
「何から何まで、とは?」
「神への祈りも、馬車から剣を持ってきたのも、そうやって顔の前で剣を立ててその剣がまっすぐだって主張しているのも、ぜーんぶ仕込みだってことよ。アンタの剣が、途中から折れ曲がっていることを隠すためのね。多分、根本から少しのところで折れてて、そこからまっすぐ伸びてる形じゃない? まー持ち方まできっちり誤魔化してくれちゃってさー。お見事、天晴。完全にしてやられたわ」
ヤーンの剣は根本から少しのところで折れて伸びており、魔術によってこれを隠し、まっすぐ刀身が伸びているように見せていたのだ。
こんな形状の剣を鞘に入れておくこともできないので、宗教的儀式のフリをして馬車の内から持ってこさせ、その動きでもまた剣はまっすぐであると主張してみせる。
そして、先制の一撃で決める。
それが一騎打ちのヤーン、必勝の型である。
ただ、それだけであるのなら不知火凪の目を誤魔化すこともできなかっただろう。
ヤーンは一切の妥協をしなかった。
実際にまっすぐに伸びた剣を振り下ろすのと全く同じ挙動であるように、曲がった剣でもそう動けるよう何度も何度も微調整を繰り返し訓練を重ねてきた。
またヤーン自身が、これだけの戦果を挙げるに足る剣士でなければ、何かしらタネがある、と疑われてしまうだろう。それを許さぬためにも、彼は彼自身に圧倒的達人であることを課した。
十聖剣に列されていても誰も文句は言わぬ。そんな熟達した剣技を持ちながら、彼はその一撃の成功に、己の技量の全てを注ぎ込んだのである。
だから避けられぬ。だから気付けぬ。相手がどれほどの達人であろうとも、ヤーンの必殺剣は、それこそもらった当人にすら決してその正体を悟られぬほどの、不可視が故に閃光の如き速さの剣となったのだ。
凪は左前の構えにて、剣は左手に握っている。右腕は、力が入らないのかそういうフリをしているのか、力なくだらりと垂らしたままだ。
ここまではっきりと言われてしまえばヤーンにも誤魔化しようもない。
苦笑しつつ答えてやる。
「ただの一度でこれを見切ったのはお前が初めてだ。もっとも、生き延びたのもお前が初めてだからな、案外生きてさえいれば誰にでも気付けるていどの浅い仕掛けなのかもしれんな」
「馬鹿言わないで。結果起こったことから逆算して推測しただけで、今でも頭の何処かでこの推測を疑ってるわよ。はー、ありえないでしょ。そんな曲がった剣持ちながら、なんでアンタ剣の持ち方まっすぐの剣の時のままでいられるのよ」
「訓練したからに決まっているだろう。金色のナギ、か。私の剣を初めて凌いだ人間として、名は覚えておいてやろう」
「あら、まるで私に勝ったみたいな言い草ね」
ヤーンが凪との会話に乗ったのは、凪の出血がひどく、時間が経つことは己に有利であると思ったからだ。
凪もまたそうしたのは勝負を諦めたからだと思っていたのだが。
「なによ、貴方もしかして、戦場知らない口?」
アイツらは、このていどなら笑いながら走ってたわよ、と凪は駆ける。
勢いよく走ればその分だけ血はまき散らされる。それを、厭う様も見られない。
むしろ、それでも戦える自身を誇示するかの如く、嬉々とした表情でヤーンに向かう。
凪の一閃。ヤーンは曲がった剣で受け止める。見た目には空中で止まっているように見えるのだが、打ち込んだ凪はそこから、曲がった剣らしき手応えを感じ推測に確証を得る。
凪の身体が真横に跳ぶ。
まるで巨大な棍棒に真横からぶん殴られたかのような唐突さであるが、もちろんそれは凪の意志でそう動いたのであり、その跳んだ先は凪の狙い通り、ヤーンの死角となる斜め後方である。
ヤーン、首のみで振り向く。凪、好機ともう一度跳ぶ。更にヤーンの背後を回り、完全にその視界から消える。
『馬鹿なっ! なんっだこの速さは!?』
ヤーン、完全に背後を取られてしまったので前に跳びつつ振り返る。こんなにもあっさりと後ろを取られた経験なぞヤーンの剣士人生にもなかったものだ。
後ほんの僅か跳ぶのが遅れていたら、ヤーンの背に凪の剣が突き立っていたところだ。これをなんとかかわしたが、凪はもう跳んでいる。
『どういう動きだコレは!?』
必死に凪を追うヤーン。目で追うことすら困難なのは、ただ速さが速いというだけではない。
ヤーンが見にくい方、見にくい方に跳ぶその戦い方は、よほど戦士の間合いと視界を熟知していなければできぬものだ。十聖剣のヤーンですら動きを完全に追いきれぬ動きとはそういうものだ。
剣では防ぎきれない。
ヤーンの身に付けた鎧の各所が、凪の剣にて弾き削られていく。
その都度響く金属音が、少しづつヤーンの精神を蝕んでいく。
思わず声を出してしまった。
「その出血ではそう長くはあるまい! 焦る気持ちもわかるが道連れには付き合えんよ!」
「馬鹿言わないでよ! このぐらいならまだあと丸一日はもつわよ!」
んなわきゃねえだろ、という台詞は戦っていたヤーンだけでなく観戦していた聖堂騎士や従者たちも思っていたものだ。
今すぐ倒れてもおかしくはない。ああいった重傷を負った経験のある聖堂騎士の一人は、記憶を思い返してみて、やっぱりありえん、と何度も首を横に振っていた。
そして、遂に。
「いぎっ!」
ヤーンの右腕を外より凪の剣が強打した。
斬られるのだけは鎧で回避したものの、その威力を殺しきることはできず、ヤーンの右腕はあらぬ方向へと曲がってしまう。
同時に剣も飛んでいってしまい、残る左腕で予備の剣を抜いたヤーンだが、利き腕でない腕に持った剣一本では、勝負は決まったと言ってよかろう。
凪は、これでいて意外にも情けというものを持っている。だから最後に一言だけ聞いてやった。
「言い残すことは?」
「……今年で十になる息子がいる。そいつに、決して剣士にはなるな、と伝えておいてくれ」
「手紙なりなんなりで伝えはするけど、どう生きるかは息子さんが決めることよ」
「そう、だな。……まいった。剣士として悔いなくあろうとしてきたつもりだが、やはり最期の時ともなれば悔いも憂いも残るものだな。これまで殺してきた戦士たちのように、私は潔くはなれんようだ」
「剣士の死の際ってのは普通、ソレに思い至る余裕がないせいじゃないかしら。考える暇がなきゃ潔くなるしかないでしょ」
「くくく、そうかもしれんな。さあ、来い」
踏み込んだ凪の一刀でヤーンの剣は弾かれ、返す一撃でその首が飛んだのであった。




