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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第八章 辺境大戦
118/272

118.戦後のあれこれ


 ヴェイセルの言葉通り、懲罰軍の撤退は惨憺たる有様となった。

 将軍も、トーレ軍師も、もちろん幕僚たちも、必死になってその持てる力の全てを駆使し、一人でも多くの兵を逃がそうと尽力した。

 だが、兵を小分けにしておかねばいつあの動く城にまとめて踏み潰されるかわからない。山中には踏み入れないのではないか、といった予測を立てていたものの、実際にどうだかを確認する術は彼らにはない。動く城の動向を探れるような山中にありながら遠くまで視界の通るような場所は、撤退路としては甚だ不適切であろう。

 かといって小分けにした兵が山中を移動していれば、土地鑑のあるリネスタード兵が極めて優位な立地条件で襲撃を仕掛けてくる。

 山中、林中では視界も通らず、わかっている地理は大まかな主街道のみで、脇道裏道抜け道を通ってくるリネスタード軍とは進軍速度が圧倒的に違い過ぎる。

 なのでさほど大きな山でもないのだが、これを越えるのに懲罰軍は三日もかかってしまっていた。

 そして三日もあれば、アレが山の迂回を完了する。そう、機動要塞カゾが、だ。

 どうにかこうにか山中を突破した隊が、その眼前にカゾが迫るのを見た時の恐怖は想像を絶するものであっただろう。

 機動要塞カゾの中では、高見雫が時折橘拓海に指揮を代わってもらっていて、人を殺す指揮に少しでも慣れるようにしていた。

 それはとても苦しく辛いものであったが、カゾに襲われている者たちからすれば、なら今すぐ代わってくれ、と言いたかろう。

 そして懲罰軍にとって計算外だったもう一つ。


「んー、なかなかどーして。ヤるのがいるねぇ。さすがは王都圏の軍」


 シーラ・ルキュレは、単身で山中を駆けている。

 山中という条件下であれば、他の兵はシーラにとって足手まといにしかならない。

 一人で突っ込んで、一人で殺し尽くし、一人で次を探しに走る。それが一番速い。しかもシーラはそれを丸一日中やり続けていてなお体力に余裕があるのだ。

 敵味方を識別するために兵士たちは二の腕に色のついた布をまいているが、この必要性の大半はシーラの誤殺防止のためである。

 大抵の兵士はシーラの剣を防ぐことはおろか視認すらできず斬られていくのだが、中に数人、シーラの剣を目視するだけでなく、見事止めてみせる者もいた。

 今のリネスタードに、そこまでできる剣士がどれだけいるものか。

 老境に至った熟練戦士、若き感性に全振りの小男、剣の道の求道者、シーラの目で見てすら良いと思える剣士が幾人もいた。


『数だけじゃなくて、きちんと質も揃えてきてたってことかぁ。うっかり野戦なんてしてたらとんでもないことになってたね』


 軍師トーレなぞは優れた剣士を幾人揃えようと軍隊としての威力が増すなどとは欠片も思っていないのだが、シーラはやはりランドスカープの国で延々戦ってきた人間だけに、そこに価値を見出す部分もあるのだろう。

 良い戦士がいるとわかれば、シーラは俄然やる気が出てきた。

 もちろん良き戦士との戦いを望む部分もある。だが、そういう手強い敵をシーラが倒しておくことが、リネスタード兵の被害を減らすことに繋がるとわかっているのだ。追撃だからとこちらの被害がなくなるなんてことはありえない。

 むしろ、必死になった敵兵の反撃は常の戦では考えられぬ恐ろしきものとなろう。


『だから、がんばるっ』


 リネスタードにそれほど思い入れはない、なんて自分では思っているシーラだったが、シーラの人生の中で、生まれた街を除けば最も長く滞在しているのがここリネスタードなのだ。

 愛着なんてほど強い感情ではないのかもしれないが、シーラにもここを守りたい、なんて思いが全くないわけではなかった。




 一方、きちんと隊を率いて戦っているのがコンラードだ。

 自身がそう自覚している通り、コンラードは二十人前後の人員を引き連れ一隊を指揮するのが最も適している。

 その戦い方は、敵側からすれば恐怖そのものだ。

 地形を利用した陣地を作り、矢戦にて敵を防ごうと構えていても、そんなもの知ったことかとコンラードは正面から突っ込んできて、あっという間にこれを蹂躙してしまう。

 敵陣が崩れたところで他の兵士たちが突っ込んできて、敵の隊はもうどうにも立て直すことができず、踏み潰されてしまうのだ。

 この戦い方で最大百人ほどの数ならば対処しきってしまうのだから、コンラードは自身ですら驚くほどに強大な力を身に付けていた。

 追撃部隊の指揮は傭兵団の団長が執っている。コンラードがそうすることを兵たちには望まれていたが、コンラードは断固としてこれを拒否し、隊長として最前線で戦うことを希望した。


「……ほんと、アイツら何度言ったらわかるんだよ。俺は、軍隊の指揮には心底向いていないんだっつの」


 傭兵団の団長すら、コンラードに指揮官として上にいてほしいなんて言い出す始末だ。

 その能力がない、というのがコンラードが周囲を説得する最大の材料であるが、大将なんてものは飾られているだけで十分なのだ、なんて言い草も実はコンラードは理解はしている。

 だが、単純に、いざ戦となったというのに、自分が一番危ない場所にいないことが落ち着かない、というどうにも救いようのない理由がコンラードが前線に出たがる最大の理由であるのだ。

 なので傭兵団の団長にも、一番敵が厄介な場所、面倒な場所、に自身を送り込むよう指示している。

 団長はとても困った顔であったが、実際にそうするのが一番効率的であるし、自軍の被害も小さくてすむのだから、彼も仕方なくではあれどコンラードの主張を受け入れている。

 そしてそんなことをしていれば当然、追撃軍と懲罰軍との最大の激戦区にはコンラードが赴くことになる。




「……クソッ。地の獄のような撤退戦に加えて、とんでもないのが出てきやがった」


 そう毒吐くのは懲罰軍最強の戦士である、片刃剣使いの男だ。

 懲罰軍には多数の腕利きがいるが、片刃剣使いの男はその中でも別格であった。だが、彼は元々アクセルソン伯の領内の人間ではなく、そういった立場の弱さからあまり高い地位につけてもらえることはなかった。

 それでも剣術に長けた彼は周囲の兵士から敬意を集めていたし、そういったあり方が特に強いアクセルソン伯の軍はそれほど居心地が悪いわけでもない。時折、自身より弱いくせに剣の腕で上の立場になった者に剣にて配慮しなければならないのが業腹であったが。

 そんな彼の前に、コンラードが現れたのだ。

 この局地だけの話でいうのなら、追撃部隊よりも懲罰軍の方が数は多い。多いのだが、戦意の差というものがあり、懲罰軍側が押し込まれている。

 片刃剣の男は撤退に際し逃げる味方の援護をするため、迎撃に向いた場所に陣取り、逃げ損なった兵士たちを集めて陣地を作り上げていた。

 自主的に殿を買って出た形だ。それでも、追撃の猛攻を一時的にでも凌ぎきることができれば、本格的な敵の攻撃の前に逃げる機会ができるはず、と信じ腰を据えて迎え撃つ構えを取ったのだ。

 だがどうやら懲罰軍の撤退は思うほど上手くはいっておらず、片刃剣の男が敷いた陣も、敵に半包囲されている形だ。

 片刃剣の男は、随分前に最早逃げ切ることは無理だと悟っていた。それは集まった兵士たちにもわかっているようで。

 隊の指揮をする小隊長クラスの人間は皆、諦めたような、それでいて決して闘志を失ってはいない、澄んだ目をしていた。


『はっ、上等ではないか。戦士なればそうこなくてはな。お前らがそのつもりでいてくれるのなら、いつまでだってココは誰一人通しはせん』


 後のことは一切考えぬ捨て身の防戦にて、片刃剣の男の隊はこの追撃戦における最大の障害となっていた。

 そこに、コンラードが投入されたわけだ。


「はっ、はははははっ! 信じられねえ! お前! とんでもなく強ぇじゃねえか!」


 コンラードの笑い声。片刃剣の男も全く同じ感想を持った。

 こんな凄まじい膂力の男に、こんな馬鹿っぱやい剣には、片刃剣の男もお目にかかったことがない。

 コンラードと片刃剣の男との激戦は、周囲の者の戦意を否が応でも盛り上げていき、周囲では激しい戦闘が幾度となく繰り広げられていく。

 自身の剣術の特性から、武器を片刃剣に持ち替え戦い方を工夫してからは、男は負けたことどころか苦戦した経験すら数えるほどしかない。

 間違いなく人生最大の強敵だ。

 それとわかった片刃剣の男は笑みを浮かべる。


『……嬉しいな。きちんと剣で戦って死ねるなぞ、兵士としては上等すぎる死に様だ』


 片刃剣の男は完全に、ここで死ぬと腹をくくった。


「お前ら! 俺がコイツをひきつけている間に柵を組み直せ! 俺が戻ることは考えなくていい!」


 味方小隊長たちの苦渋の表情は、幸い片刃剣の男に見える場所にはなかった。

 戦いながら簡易な柵を作り直し、その外で、遂にたった一人となった片刃剣の男はコンラードと戦い続ける。

 コンラードにどういった意図があるのかはわからないが、片刃剣の男に対するのはコンラードただ一人のみで、残る兵士たちは柵の作り直しなぞ許さぬとこちらを攻めたてている。

 そして柵が完成してしまうと、追撃軍は無理攻めをやめ引き下がってしまう。

 そうなると残るのはコンラードと片刃剣の男のみとなる。


「どういう、つもりだ?」

「お前が負ければそれでケリだ。ここまでやったんだ、連中にもそいつはわかってるだろ」


 作り直した柵ていどなら、他の兵士には無理でもコンラードが一人で突破できてしまう。


「俺に勝てる前提というのが気に食わん」

「そうだな、もし俺が負けたなら、その時はもう少しお前らも踏ん張れるかもな。せいぜい頑張れ」


 それ以上の無駄話はなし。こんな追撃戦の真っ只中、足場も悪い山中にて、コンラードと片刃剣の男は一騎打ちに興ずる。

 技量でいうのならば片刃剣の男の方が上であったかもしれない。だがコンラードは単純な人としての性能の高さで片刃剣の男により勝る。

 どちらがいつ斬られてもおかしくない緊張感に満ちた攻防。これをいつまでも続けるのは体力以上に強靭な精神力を要する。

 これを技量によって上手くこなせる片刃剣の男は、この一点においてコンラードを打破しうると考えていたのだが、コンラードはそんないついつまでも続く長い緊張感にも、一切剣筋がブれることはなく。

 遂に、片刃剣の男の体力が尽き、立っていることすらできぬほど消耗したところで、コンラードは剣を止めた。

 もうどうしようもない。戦うことすらできぬと片刃剣の男も、これを見守っている陣地の内の懲罰軍の兵士にも理解できたところで、コンラードは言い放った。


「降れ。足止めの役目は十分に果たしただろう。賓客として遇するなんて寝言を言うつもりはないが、せめても命だけは助けてやろう。もちろん、飯ぐらいは用意してやるぞ」


 片刃剣の男には、これに返事をする力すら残っていない。

 代わりに、柵の奥の兵士が降伏の声を上げた。もちろん片刃剣の男に、これに文句を言う体力など残ってはいなかったのである。だから彼は投げやりに、仰向けに寝転んで空を見上げる。


『……もう、どーにでも、なれ』







 ベッティルは、アクセルソン伯の勢力下の貴族の郎党として生まれた。

 郎党とは特定の貴族に何代にも亘って仕え続ける平民の一族で、貴族は彼らを養い守り続けることで信頼できる腹心を確保してきた。

 幼いころより優れた知性を示し、周囲から将来を期待されていたベッティルは、今後ずっと仕えることになる同世代の貴族の側近となる。

 これは実に光栄な話であるのだが、ベッティルは何せ優秀であったが故にこそ、愚か者を殊更嫌う傾向にあった。

 そして貴族としての教育を十分に受けているはずのベッティルが仕える主となる男は、ベッティルが軽蔑してやまぬどうしようもないほどの愚か者であった。

 上が優れていようと劣っていようと、何処までも忠義を示すのが郎党のあり方だ。ベッティルもそう教わってきたし、そうでなくては郎党の意味がない、とわかるていどには賢さもある。

 だが、それでも、いや若きが故にこそか、ベッティルにはこの愚かな主がどうしても我慢ならなかった。

 せめても平時のみであったのなら我慢はできたかもしれない。

 だが、戦に赴き、生死の狭間に立って言い訳の一切効かぬはずの場に立っているというのに。己の矜持を満たすことしか考え得ぬ劣悪極まりない人間性を見せられては、彼自身にももうどうしようもなくなってしまった。

 そしてベッティルは主一族を裏切ったのである。

 主が戦死したというのに彼だけが生き残っている時点で、郎党としてはもう死んだも同然である。なのでそこから家を捨て、故郷を捨て、ただ一人のベッティルとなることに迷いはなかった。

 このベッティルという名も、リネスタードに逃げると決めた時に新たにつけた名前だ。以前の名は、最早ベッティルが生きるのに不要どころか障害にしかなりえぬ。

 そう真摯に語ると、リネスタードの武官の一人はベッティルの降伏を受け入れてくれた。

 武官は何度か頷いた後で、彼に命令を下す。


「捕虜になった兵士たちの中から、これはと思われる者を引き抜いてこい。小隊長待遇で迎えられるほどの者ならば幾人いてもいいぞ」


 怪訝そうな顔で問い返すベッティル。


「いや、それ、降ったばかりの私にやらせていいのですか? そのつもりは全くありませんが、懲罰軍の兵を集めてよからぬことを企むなんてことも……」

「はっはっは、ここにはシーラがいるんだぞ。やれるもんならやってみろ」


 この台詞一つで、この武官が軍務をほとんど知らぬ者であるとベッティルにはわかってしまった。

 如何な辺境最強とて、諜報や軍の統制をとるにはまた別の能力が必要なのだ。ただベッティルの立場を考え、裏切りの可能性が極めて低いことに思い至りこういった仕事を任せるのだろうとも推測できた。


『軍や兵の管理をしてはいるが、元は官僚、か? ふむ、ふむ、これは、もしかしたら俺にも運が向いてきたということか?』


 軍務に詳しい人間が少ないというのであれば、ベッティルにも出世の機会があるということだ。

 軍人にとってではなく、官僚にとってわかりやすい成果を挙げれば評価もされやすかろうと考えたベッティルは、早速どう動くべきかを思案し始めるのであった。




 ベッティルは捕虜を見て回る中で、ありえないものを二つ見つけてしまった。


『はあ!? アイツ! なんであの達人が捕虜になんてなってるんだよ! 誰がどうやってアレを降らせたってんだ! そ、れ、に! アイツだよアイツ! 斥候役としちゃありえないほどすげぇことやってくれた隊の! アイツ隊長やってたはずだろ!』


 最初にカゾに突っ込んだ騎馬隊の雄姿は、誰しもが見ていただろう。そんな騎馬隊の隊長であった男が、何故か怪我人として捕虜の中に混じっていたのである。

 また懲罰軍では五本の指に入ると言われていた剣の達人もいる。どちらも生きて虜囚となっていることがありえない人間だ。前者はどう考えても死んでたろ的意味で、後者はその性質からして。

 まずは騎馬隊の隊長をやっていた男のところへ行き事情を聞く。


「どうもこうも、俺にもわからんよ。あのデカイ城に巻き込まれて絶対に死んだと思ってたんだが、気が付いたら地面に半分埋まっててな。そのままとっ捕まったって話だ」


 ベッティルはこの男と少し話をして男の人物を探ってみる。頭の良い人間だろうというのはすぐにわかった。そして、そういった人間が懲罰軍やアクセルソン伯配下でやっていくことの苦労もよくわかる。

 なのでそういった方向で話を振ってみた。きっと軍に復帰しても、評価されるのは突っ込んだ勇気であって、あの場面で撤退を促すため必死にすがりついたことへの正当な評価は得られないだろうと。


「そうか? 将軍は引いてくれたんだろう?」

「……この結果で、将軍が生きていられると思うか?」


 生きて故郷に戻れたか、という意味ではなく故郷で生きていられるのか、という意味だ。アクセルソン伯配下の領地ならば、概ね何処も似たりよったりの価値観を有している。

 だがあの働きを、ベッティルならば正しく評価できるし、ベッティルの上官に当たる人物は理知的で理性的な人物に思えた。彼ならば理由をきちんと説明すれば理解してもらえるだろうと思えるほど、話の通り易い人物であった。

 その辺を説明してやると、騎馬隊の隊長はとても苦しそうに渋面を浮かべ黙り込んでしまった。彼もまた、アクセルソン伯配下にあって面倒を押し付けられそれでいて評価を得られないという待遇に苦しんでいたのだろう。

 少し一人で考えてみてくれ、と言いベッティルはその場を立ち去った。

 彼がリネスタード軍に参加することを決めたのは、三日後のことである。




 ベッティルはもう一人を口説くに際し、情報収集を先に行なった。そして今、ベッティルはかなり危ない橋を渡っている。


「ほう、捕虜がわざわざ俺を名指しで用事とはな」


 彼の名はコンラード。リネスタードの有力者の一人であり、その恐るべき武勇を今回の戦でも存分に発揮した男である。

 武侠に生きる者があの片刃剣の剣士を降したと聞いて、ベッティルは彼を説得するために力を貸してほしいと頼みに行ったのだ。

 降ったばかりの新参の裏切者。それが事もあろうにコンラードなどという有力者に頼み事など、不遜にもほどがある。そう言われればそれまでだ。だが、この男の評判とその行動から、コンラードは片刃剣の男を味方にしたいと思ってくれていると考えベッティルは動いたのだ。

 余計なことは言わず即座に話を切り出し、どうか力を貸してほしいとまっすぐに頼む。それが一番有効であると信じて。


「そうか、お前さんもそう思ってくれるか。ああ、そうだな、あれほどの男だ。彼の信念を汚すつもりはないが、ただ意地を張っているだけだというのであれば、それだけが理由で失われてしまうのはあまりにも惜しい」


 コンラードのその言葉で、ベッティルは自らの見立てが正しかったと、賭けに勝ったと確信した。


「よし、そういうことなら俺も一つ策を練るとしようか。ちょっと付き合え。アイツにはいつも付き合わされてばかりだからな、偶には俺の役に立つことに付き合ってもらおうか」


 そしてコンラードのこの一言で、ベッティルの思うものとは別の方向へ話は進んでいくことになる。

 コンラードが立ち寄った宿の一室に、ソイツはいた。


「っつーことだシーラ、ちょっと顔貸せ」

「いいよー」


 ベッティルもコイツだけは知っている。見たことはなかったが、その容貌の特徴を把握している。

 辺境の悪夢、ぬめる剣のシーラ・ルキュレ。辺境において出会ってはならない人物筆頭である。

 コンラードを連れていくだけで絶対に向こうは驚いてくれる、そう思っていたベッティルであるが。


「…………は?」


 片刃剣使い君の出した間抜けな声は、決して彼に責任があることではないだろう。

 シーラが鍛えに鍛えてきたコンラードと張り合えるほどの剣士であるからして当然、シーラ・ルキュレが普段から当たり前に垂れ流している剣気にも気付ける。

 呆気に取られている彼に、コンラードは得意げに言うわけだ。


「おい、お前もいっぱしの剣士だってんならシーラのことは知ってんだろ? どうだ、今からコイツと手合わせしてみないか? もちろん真剣じゃなく木剣で、殺し合いは無しでだ」

「そーだー、相手してやるぞー。かかってこーい」


 がばっ、と勢い込んで立ち上がる片刃剣の男。


「本当か!? あ、あのシーラに稽古をつけてもらえるのか!?」


 一流の剣士は、それこそ同門の剣士相手でもなくば手の内を見せるような手合わせはしてくれないものだ。

 やる時は本番で。殺し合いの中で生き残って学び取るしかない。だからこそ、ミーメのワイアーム戦士団のような団員同士で実際に木剣を打ち合って鍛え合うような環境は稀有なもので、優れた剣士、そして優れた剣士たらんとする者が集まるのも当然といえば当然のことであった。

 そんな滅多に巡り合えない幸運に出会い、それも辺境最強と謳われたシーラ・ルキュレにそうしてもらえるというのだから興奮するのも無理はない。

 片刃剣使いが持っていた、降伏した後ろめたさだの、負け犬であることを受け入れ難いだのといったもやもやしたものが一発で吹っ飛んでしまった。

 彼の食いつきの良さに、ベッティルはこっそりとコンラードに合図を送り、コンラードも嬉しそうに返す。


『お見事』

『だろ』


 片刃剣使いはシーラにぼっこぼこにやられて、ついでにコンラードもぼこられて。

 コンラードはすぐに立ち上がって食事に行けたが、片刃剣使いは全く身動きが取れないままだ。

 そんな彼の横に座って、ベッティルは言う。


「昨日までの腐った顔とは雲泥の差だな」


 ぶっ倒れながら、片刃剣の男は晴れやかに笑っていた。


「ああ。自分が如何に未熟であったかと思い知らされ、泣きたくなるぐらい恥ずかしいとも思うのだがそれ以上に、今はもっと、もっともっともっと剣を振りたくて仕方がない。今俺は、強くなる方法を山ほど教わったんだ。俺は、まだまだもっと、強くなれる」


 ベッティルは倒れる片刃剣使いの男に肩を貸して立たせてやる。


「でも、今日はもう飯食って寝ろ。そして、また明日、満足いくまで何度だって剣を振ればいいさ」

「おう。ああ、こんなにもわくわくするのは、剣を手にしたばかりの頃以来かもしれん。へばってて、今すぐ寝転がりたくて、でも、明日が楽しみで楽しみでどうしようもないんだ」


 片刃剣使いの男がベッティルと共にリネスタード軍に参加すると明言してくれたのは、この十日後のことである。十日の間、片刃剣使いの男はもう脇目もふらず、必死に剣を振り続けていたのである。





 ギュルディへの報告書類をヴェイセルが直接届けると、ギュルディはこれを一通り確認したあとで、少し失望したように溢す。


「近隣からの徴兵、傭兵の募集、それだけやっても、いざ見つかった有望な兵は皆、元懲罰軍だったと。まともにやりあってたらとんでもないことになってたかもしれんな」

「徴兵や傭兵が特別劣っているわけではありません。あの三人が別格なんです。よくもまあ、あんな連中がこっちに降る気になってくれたものです。きちんと優遇してあげてくださいね」

「うむ。軍務に長けた者は幾らいてもいい。……ヴェイセル。いずれ、お前の配下になるかもしれん者たちだぞ」

「それ、本気で言ってますよね。私が考えていた以上に、リネスタードには指揮官がいなかったみたいで。よくもまあ、それでここまで生き残ってこれたものです」

「はっはっは、全部シーラとナギとアキホがぶった斬ってくれたからなー。そんでもって今回はダインたちが一万をぶっ飛ばしてくれたしで、どーにか生き残ってこれたぞ」

「…………こんなヒドイ話は史上でだって聞いたことありませんよ、ホントもう。コレ、後世に残してもきっと誰も信じてくれませんよ」

「そりゃー、同じ時代に生きてる他所の連中だって何処まで信じたかわからんもんな」


 恐るべき幸運の積み重ねで生き残ってきたと再確認した二人は、しかしいつまでも幸運頼りではない。

 もう、運を頼る必要も、ないのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] ついででボコられたコンラードは泣いていいとおもうw
[良い点] またコンラードの侠の名が上がっちまうなあ
[良い点] 上から目線で申し訳ないですけど、主人公サイドと敵対した陣営はだいたいもれなく景気よく死没していくイメージだったので今回のように自陣営に引き入れる展開は新鮮でした。好き。
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