115.カゾ
高見雫はその部屋の中心に立つ。
目の前には机があり、机の周囲には金属の管が何本も据え付けられている。
雫は首元に手を伸ばすと首飾りを引っ張って外し、その先に揺れているメダルを、険しい表情で机に、メダルがぴたりとはまるくぼみに、当てはめ押し込んだ。
くぼみから伸びた光の筋が五つ、机を伝って床を這い、壁の奥へと消えていく。
「ロック解除。主機、点火を許可する」
途端に、金属の管たちから歓声のような怒声のような声が聞こえてくる。これは伝声管であったようだ。
「おっしゃあああああああ! 待ってましたあああああ!」
「やったるぜえええええ! お前ら気合い入れろよおおお!」
「第三、了解。……お前ら、こっちにまで声届いてるぞ。少しは自重しろ」
雫のいる室内が震えだす。それは徐々に、しかし確実に、大きな力へと変わっていく。
室内にいるのは雫だけではない、緊張した様子の橘拓海が、そして情報整理担当が二人、伝達要員が三人、見学が二人である。
室内の震えが、震度を計測するほどに揺れてきた頃、伝声管から最初の声が聞こえた。
「第二! 出力十分だぜ!」
同じく怒鳴るように返す雫。
「報告は正確にしろって言ったでしょ! 数字で言いなさい数字で!」
「お、おう。第二魔導炉、機関出力、五十パー超えたぞ」
すぐに次の報告が。
「第三魔導炉、機関出力、規定値の五十を超えた。指示を請う」
これに答える前に最後の報告が。
「第一魔導炉! 機関出力五十! ちっくしょう! 今日はコイツご機嫌斜めだ!」
雫は伝声管三つに同時に指示を出す。
「よろしい! 主機三つ、同時接続よろし! 準備は!?」
「任せろ!」
「いつでもこい!」
「当然終わっている」
3、2、1、と雫が口でカウントダウン。
「接続!」
雫の指示と同時に、これまでの揺れとは比べ物にならない激しい衝撃が部屋を襲う。
いやそれはこの建物全体がそうなのであろう。一つ大きな轟音が鳴った後、断続的に振動音がそこら中から鳴り響き始める。
雫は振り返り拓海に問う。
「どう!?」
「……左がちょい弱い、かな。第三は安定しやすいから、どっちかっつーと一気に第一と第二を噴き過ぎたってことだと思うんだが」
「あんのお調子者たちっ! どーして本番でもこうなのよっ!」
まずは第一魔導炉への伝声管を開く。
「こら! 勢い良すぎよ!」
「すまん! コイツ今日ほんっと機嫌悪ぃんだ! あるていど強く出してやらねえと噴き上がらねえ!」
「調整利かないの!?」
「七十超えたところでなら安定させてみせる! 六十以下での安定はかなり厳しいと思ってくれ!」
「了解! こっちでも調整するから、だからこそ! 細かい報告忘れないでよ! 橘の判断ブレさせたらタダじゃおかないからね!」
「わかってる! 悪いが頼む!」
すぐに次の第二魔導炉へ。
「第二! 噴き過ぎてるわよ!」
「え? マジ? うーわ、こっちだと全然わかんねえ。もしかしてななめってるか?」
「まだそこまで話進んでないでしょうが! 予定通りに進めなさいよ!」
「は? いや今こっちじゃ数字五十五だぞ?」
その報告に驚き振り向く雫に、冷静に返す拓海。
「出力計じゃなくて、送魔線の数値拾うよう言ってもらえるか?」
拓海に言われた通りに指示すると、第二魔導炉から驚いた声がかえってきた。
「うおっ! やっべえもう六十いってたわ! 以後は出力計じゃなくて送魔量で計るわ!」
「それだけじゃ危ないから修理は同時にしといてちょうだい! 後! 計器は全部確認しろって言っといたでしょ! 次からはきちんとしなさい!」
「わ、悪い! ちっと浮かれてたかもしれねえ! 気を付けるわ!」
その後も、あれが足りないこれがおかしいと賑やかに時間が過ぎていく。拓海に安定していると言われていた第三魔導炉にもやはりトラブルは起こっていて、三機全ての出力を揃えるのに半時間かかってしまっている。
拓海がぼやき、雫が苦笑する。
「主機立ち上げにこれだけ時間かかってちゃ、急な移動は無理かぁ」
「起動試験まだ三度目よ? 現時点では十分な数字よ」
雫は表情を引き締め、全ての伝声管を開く。
「足並み揃ったわ! 各部最終報告!」
報告の順番は決まっているのか、各部署より順に報告があがってくる。
「第一魔導炉! ようやく機嫌治してくれたよ! いつでも来い!」
「第二魔導炉! 問題無し! 出力計も修理終わってるぜ!」
「第三魔導炉、全項目クリア」
「屋上観測班! 進路は問題だらけだが異常はなし!」
「外部観測班より伝達! 配置よろし!」
「下部浮遊ユニット、魔力は問題ありません」
「元調理室! 武装固定確認済みだ!」
「ニノイチキョウシツ、傭兵隊だ。欠員無し、装備の確認も終わっている」
よろしい、と雫は机にはめたメダルを三分の一ほど右に回す。
「下部浮遊ユニット接続! 各魔導炉全開運転開始!」
明らかに、地震とは一線を画す大きな揺れが起きる。
三度目の起動試験ではあれど、何度やってもこれには絶対に慣れないだろう、激しい振動に雫の身体が大きく傾く。
揺れの種類がこれまでとは違う。
揺れてはいるのだが、溜め込んでもいるようで、足掻き藻掻くように不規則に揺れるせいで立っているのも困難に。
だが、観測班や傭兵たちはともかく、魔導炉や下部浮遊ユニットで作業している連中に座り込んでいる余裕はない。
「くっそ! 相変わらず揺れやがんな! 第一! 最高出力到達! 今日の感じだと後十分ってところだ!」
「だ、だだだ第二っ! あーくそっ! まーた出力計ぶっこわれやがった! あの工房二度と使わねえ! 最大出力到達! こっちはまだまだ保つぜ!」
「第三、出力の伸びが悪い。っと、今、噴いてくれた。すまん、少し出過ぎてる。第一と同じぐらいしかもたん」
「浮遊ユニット、異常は何種類か確認されたが問題はなし。おいそこ! 計測機から目を離すんじゃない! ……あー、こちら、順調に推移中です」
現在出せる出力はもう最大にまであがっている。後はこれで、起動してくれるかどうかだけ。
ここは、加須高校校舎である。
雫のいる指令室は三階一の三教室にあり、正面のガラスの先には鬱蒼とした森が見える。
ここから伝声管が学校各所に繋がっている。
まずは内の一本目。第一魔導炉。一階玄関口のすぐ後ろに無理矢理作った部屋に置かれていて、中央に陣取るこれは最初期に作られた魔導炉で、実は一番安定しないものだ。一度爆発経験もある。
二本目は第二魔導炉。校舎一階右側にあるこちらは、出力は第一の二割増しという強力なものであるが、二機目の作成により増したはずの安定度がこのあがった出力分で相殺されており、あまり安定しているとは言い難い魔導炉である。
そして三本目が第三魔導炉に繋がっている。こちらは一階左方にあり、もう最初からど安定を目指して作られたもので、実は一番運用は楽な魔導炉だ。とはいえ、気を抜けばすぐに調子がおかしくなるのはどの魔導炉も共通している。こなれていない最新技術を詰め込んだものなのだから、当然といえば当然であろうが。
これら魔導炉が生み出した魔力を送り込む先が、四本目の下部浮遊ユニットである。
ユニット自体は校舎の下部に薄く広く作られているが、これの出力調整を行なえる部屋に伝声管が繋がっている。調整は魔術師でなくば難しく、ここの管理責任者はリネスタードよりきた魔術師だ。
五つ目と六つ目はどちらも屋上に繋がっている。
それぞれ屋上観測班用と、屋上から見下ろす先にいる外部観測班からの手信号を伝える伝言役用とである。
元調理室は、位置の関係上武器の持ち込みが一番しやすい場所にあったため、ここが武器庫になっている。
リネスタードの魔術師たちと協力して作り上げた武器、というか謎発明品のようなものが転がっているここは、起動の振動でヤバイことになりかねないので、専用に人がつけてあるのだ。
人間を収容できる部屋の一つに、傭兵隊がいる。彼らは兵士としての役割を全く期待できないここの連中の護衛役である。
現在、百人近い人間がこの加須高校校舎の中にいる。
その全員が、それを期待し、待っている。
第一魔導炉主任が祈るように呟く。
「飛べ」
第三魔導炉の主任は、内心の不安を必死に押し殺しながら言う。
「飛ぶんだろ」
屋上観測班の班長が、床に張り付きになりながら森を睨む。
「外すんじゃねえぞ、絶対に飛べよ」
橘拓海がそれまでの研究を思い出し、そして、最後の揺れに確信を得る。
「そうだ! 飛べ!」
下部浮遊ユニットに送り込まれた大量の魔力がユニットにより浮力へと変換され、それが、重力に抗い、めり込んだ地面をめくりあげ、元の世界ですら稀有な事例である、この質量の垂直方向への浮上を現実のものとした。
それまでで一番の揺れと、まるで大砲でも炸裂したかのような爆発音。
勢いよく振り回される身体。そして、脳の奥に霧がかかったかのような不安感。振り子のように揺れる床。
「観測班!」
振動でうるさい中、雫が叫ぶ。
すぐに観測班から返事がきた。
「外部観測班より! 離陸成功! 高さ一メートル! 繰り返す! 離陸成功! 高さ一メートルを維持!」
すぐにこれを雫は校内全てに伝えると、騒音の中でも校舎中から成功を喜ぶ歓声が聞こえてきた。
そう、これこそが、魔術師ダインが、ネズミの魔術師ベネディクトが、異界の賢者橘拓海が、自らが率いる研究チームの総力を挙げて実現させた夢の形。
異世界からすっとんできたとんでもなく巨大で頑丈な学校校舎を、空に浮かせるという途方もない企みを、現代の技術知識と魔術の融合により現実のものとしてしまったのである。
名称は、わかりやすく付けられた。
空に浮き移動できる、そしてその特性から戦闘にこそ用いるべき、と運用方法が定められたもの。
雫は男のロマンを解さぬ。
だが、今為すべきことを為すことに迷いなどない。戦闘とは戦場であり殺し合いだ。だが、それが必要だというのならば恐れず怖じず前へと踏み出す。
そんな雫の決意がこれを聞く全ての者たちに伝わるように、強く、大きな声で宣言した。
「これより本要塞はリネスタード救援に向かう! 機動要塞カゾ! 発進!」
学校の校舎一つ分。
その質量がどれほどのものであるのか、具体的な数字を出すことにさしたる意味はない。
今、必要なのは、その質量がどれだけの破壊をもたらすか、である。
加須高等学校校舎改め、機動要塞カゾが、地面より一メートルほどの高さに、浮かんでいる。
水の上でもなく、真空と大気の狭間というわけでもなく、普通に、大気中にて、噴射も風力利用もなく、大地の支えもないままに、そこにあるのだ。
これこそが魔術師ダインが夢を見るきっかけとなった魔術、浮遊術、である。
移動のために魔術を用いるのならば、移動のための速度を上げるにつれ、移動のための距離を延ばすにつれ、必要魔力が比例するように増えていく。これは魔術師の誰もがごく自然に納得する現象だ。
だが、ダインの発見した浮遊術は、浮かべる質量に応じて必要魔力は上がるのであるが、これが消費魔力と比例しないのだ。時に、消費した分以上の質量浮遊を可能にするのである。
この法則を突き詰めれば、これまで考えもしなかった大質量の物体も空に浮かべることができるのでは、と考えた魔術師ダインは、アーサの国において莫大な予算を獲得した時、遂にこれを実現する時がきたと確信した。
ダインが考えたのは『自ら移動する城壁』であった。
だが、ここでダインの研究は頓挫した。理由は簡単。この魔術により浮遊効率があがるのは、それこそ城壁一角を丸々持ち上げるぐらいの質量でもなくば成立せず、そこまでの莫大な魔力を魔術師が供給し続けるのは現実的ではなく、また持ち上げられる方の城壁にも魔術で強化した上でも浮かべて振り回せるほどの頑強さは望むべくもなかった。
これを知恵と工夫でどうにか乗り切ろうとしていたダインであったが、結局あまりにハードルが高すぎたせいでどうにもならず、アーサ国側に依頼以上の成果を挙げようとしていることがバレ追放されてしまったのだ。
だが今、鉄筋コンクリート造りという恐ろしく頑丈な大質量、学校校舎があり、また魔力の保管輸送を可能にする魔導炉と送魔線の概念がこの世界に送り込まれた。
大地深くに校舎安定のため打ち込まれていたアンカーは、異世界転移の際、ずっぱりと切断されてしまっていて、校舎は見た目の通りの箱状態になっていたのも大きい。
ダインが提示した目標に対し、拓海がその解決の役に立ちそうな技術を提示、これと魔術とをすり合わせるために必要な広範な知識をベネディクトが持っていた結果、三人が顔を合わせて呟いたのである。
「……いけそうじゃの」
「なんとか、なるのではないか?」
「問題はまだまだありそうだけど、おおよその目処は立つ、かな」
いける、と思ってしまった時の科学者技術者魔術師のヤバさは異常である。
また予算獲得技術が極めて高いダインが後先考えずその全身全霊をこの一度の機会に賭けてしまったので、本来であれば絶対にありえぬ予算が成立してしまっていた。こんな時に留守してるギュルディが悪い、というダインの言い訳を、魔術師たちは笑いながら受け入れていた。人間的には最低であるが、魔術師としては実に正しい反応である。
幾つもの細かな失敗を乗り越え、この新技術を用いた機動要塞カゾは完成した。
そして今カゾは、森の中を驀進中である。
森の木々はその背丈が十メートルを優に超えるものばかりであり、ふわりと浮かんだ校舎よりも更に高い。
だが、そんなものは機動要塞カゾの進行を妨げる理由にはなりえない。その巨大な質量を叩きつけるように進み、木々をなぎ倒し、一切速度を緩めぬその威容は、正に動く城壁である。
屋上観測班は森に突入する前に建物の中に避難済みだ。
「これ、屋上を覆うようにさ、ほら、魔力の壁とかそーいうのできなかったのか?」
屋上へと続く階段に腰掛けながら、屋上観測班の一人がぼやく。
「物質の強度を上げる方が、全くなにもない空間に障壁を作りだすよりずっと魔力効率がいいんだと。だからほら、校舎前面の窓ガラスなんてもうハンマーでぶん殴っても割れない超硬化ガラスになっちまってるぜ」
「あの工事大変だったもんなぁ。でも移動中はそのうえで魔力の壁みたいなもん出してるんだろ?」
「今回のコレは特別だとよ。カゾで森を抜けるにはこうするしかないんだから、なんとか補強して突破するっきゃねえって話だったろ」
浮遊最大高度が二メートルでは、森をなぎ倒す以外の手段が取れないのである。
外の轟音を聞きながら、女生徒が苦笑する。
「こういう時さ、無駄にへし折られる木々が気になっちゃうのって、私だけ?」
「わかる。すげーわかる。自然破壊しちゃまずいだろっての、頭に染みついてるよな」
「そんでリネスタードの人にすっごい変な目で見られる、と。むしろカゾで木を削り倒して土地を開拓してくれって言われるよね」
「こっちで暮らしてみてわかったが、森、マジで鬱陶しいよな。ばっかみたいにデカイし、ほっとくとどんどん広がってくらしいし、ついでに魔獣まで出てきやがる。ふざけんなっつの」
「そりゃみんな、森の一番奥に死者の国があるって話も信じるわよね」
雑談に興じていても、観測班は仕事を忘れたりはしていない。
外から聞こえてくる音の変化には全員が気を配っていて、これが変わると誰か一人が必ず外の様子を窺うようにしている。
「おい、かなり収まってる。一度、見てみる」
「気を付けろよ」
屋上への扉を開き外へ。一時的に、木々が途切れた場所付近に辿り着いたようだ。この間に、と観測班は一斉に動き出す。
現在位置の特定を、全て目視で行なわなければならないというのが、機動要塞カゾが森を抜けるための最大の問題点であるのだ。
現在、機動要塞カゾが森の何処を飛んでいるのか、全く情報はない。
外を見ようにも、なぎ倒され砕かれる木々の破片と、更に奥に広がる何処までも続く木々の群が見えるのみ。
なので頼りは最初に飛び出した方角と、下部浮遊ユニットの調整具合である。
浮かぶのみならず、八方への移動を可能にするのがこの下部浮遊ユニットである。これはほぼ完璧に魔術によって制御しきれているものであり、他の機械部品と比べてもここだけ異常に精度が高い。
もちろん浮遊ユニット自体は鉄でできた機械であり、その工作精度は他と比べて大差ないものであるが、操作可能範囲を他の機器とは比べ物にならないほど大きくとったうえで、操作機器の精度を限界まで上げているのだ。
これはつまり、操作する魔術師の技量に大きく頼る形にしてあるということだ。
魔術操作にあたる魔術師は三人。彼らが交代で作業を続ける。
彼らからの報告を受け、現在位置の予測を立てるのが指令室にいる橘拓海の仕事である。
「……やばい。やっぱズれてた。それもかなり」
川沿いに出てしまったが、予定通りならばこれはありえぬはず。
ネズミの魔術師ベネディクトの秘術により、校舎周辺のかなり正確な地図が作られており、拓海はこれをじっと見つめながら考えをまとめる。
今日の操作担当魔術師である人に、恐らくは右に偏る癖がある、それが拓海の出した推論だ。
もう少ししたら彼は次の魔術師と交代する予定だが、今のでおおよその調整幅は出せた。ならば、このまま彼に同じ調子で続けてもらうのが確実だろう。
拓海の提案に、雫が少し考えこんだ顔をする。
「んー、彼、確か……この間開店したウチの連中の高級食堂に入り浸ってたわよね。なら、給与はずめば受けてくれるか。おっけ、それでいくわ」
技術屋の要求を、監督者が実現可能かつスムーズに行われるよう調整する。こんな役割分担は随分前から二人でやってきたことだ。
そしてこれでどうにかリネスタード到着への目処は立ったと言えよう。
雫は最後の連絡をリネスタードへ送ることにした。拓海の計算した到着予定時刻を添えると、ふと思い出す。
指定した時間は、懲罰軍が山を越えリネスタードより視認可能になるだろう時間とほぼ同時刻であったと。




