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誰だ、こいつら喚んだ馬鹿は  作者: 赤木一広(和)
第一章 盗賊同盟
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011.天賦の才対天賦の才


 当初、ホーカンはその報告をどう受け止めたものか迷っていた。

 あまりに不自然で、あまりに意味がわからなすぎる。女が一人、砦入口から堂々と突っ込んできたと。

 そういったふざけた真似をしでかしそうな女が一人、辺境には存在するのだがそいつとは明らかに外見が異なる。

 盗賊団が集まった砦と知らず突っ込んできたのなら考えるまでもない。さっさと殺して終わりだ。

 では知っていて突っ込んできたのだとしたらどうか。やはり結論は一緒だ。盗賊同盟結成時、ホーカンが目を付けていた人外戦力であるエドガー、ヤンネに加えてカスペルまで加わっているのだ、盗賊団相手に単身で突っ込んでこられるような化け物が相手でもどうとでもなる。

 だが、何故そんな真似を、と考えるとまるで答えが出てこない。

 陽動を警戒し、直属の部下数名には周辺の捜索を命じてある。だが、元よりこの山中に張ってある警戒網に一切引っかからず盗賊砦の戦力をどうこうするほどの兵は展開できまい。

 となれば陽動自体に大して意味がなくなってしまう。

 これで砦に多数の捕虜でも抱えているというのであれば、知らぬうちに重要人物でもさらっていたか、とでも考えるのだがそういった心当たりもない。

 かなり手強い、そう聞いたが、相手が女でカスペルが嬉々として向かったという報告を聞いてからは、それで済むだろうと考え後は任せることにした。残るは周辺警戒に向かった連中の報告を聞いて、それで終わりだろうとホーカンは考えていた。

 だが、次なる報告はエドガーとヤンネが砦の床を崩し、カスペルごとその女を生き埋めにしようとしたこと、そして失敗し中庭に逃げられたこと、更に追撃したヤンネが殺されたというものであった。


「……火付けのヤンネ、噂ほどではなかったということか?」


 ホーカンの側近が眉を顰めながら報告者に問う。


「ヤンネの強さを俺はこの目で見ている。アレを斬れるほどの女なのか?」

「見たわけではありませんが、カスペル相手に、剣にて五分以上の戦いであったとか」

「信じられん……カスペルはどうした? まさか奴までやられたなどと……」

「生き埋めになって気を失っていました。命に別状はないそうです」


 だが続く報告者の言葉にホーカンも側近も安堵の顔を見せる。


「現在、エドガーが他盗賊たちを率いて女を取り囲んでおります」


 エドガーは長く辺境にてその武名を誇ってきた戦士だ。これまで挙げた戦果という意味ではヤンネ、カスペルより一段上として見られている。

 そのエドガーが現場にいるというのなら任せてしまっても問題ないだろう、そう思えるほどの男なのである。

 だがここまで大事になってしまったのならば、現場にホーカンが出ねば臆病の誹りを受けることになるかもしれない。ホーカンは精鋭である直属の部下を引き連れ部屋を出た。






『強い、強い、強い、強いわコイツ、ほんっとーに強いっ』


 凪の持つ剣では、エドガーの巨剣を受けることができない。技量に差があるのならば受け流すことぐらいはできようが、エドガーはただの怪力自慢ではないのだ。

 巨大な剣を如何に振るえば効果的なのか、これを長年にわたって研究し続けてきたのだろう。その切っ先には熟達した剣技にしか出せぬ鋭さがある。

 またエドガーはこれだけの大きな剣を振り回しておきながら、乱戦での立ち回りが抜群に巧い。味方に当てず、邪魔にならぬよう、それでいてその攻勢は怒涛の如き激しさを持つ。

 他の盗賊たちもまた、技量は大したことはないものの、凪の死角を突く、複数人で同時に襲い掛かる、といったことに慣れていて、とてつもなく鬱陶しい。

 更に更に、凪の身体は深く疲労の影響を受けており、動きにキレがなくなってきていると誰よりも凪自身が自覚していた。

 凪の心に、じわりと死が這い寄ってきた。

 敗北がそのまま死に直結する戦いだ。だからこそ、凪は窮地にあっても笑みが零れる。

 負けるぐらいなら、死ぬぐらいなら、何をやらかそうとどんな無茶をしようとも、誰に咎められることもない。何より自分が、悪いことをしたと思わないでいい。

 凪はもう剣にこだわってすらいない。生き残るためならば、勝つためならば、どんな卑怯な手段だって取れる。どんな馬鹿みたいな真似だってやってみせる。

 今の凪が考えるのは、ただただ目の前の敵を打倒することのみ。そんな全てを許された解放感が、凪には心地よかった。


『どうするどうするどうするどうする……』


 状況改善に向け必死に思考を巡らせる凪。

 周囲の状況を如何に活用するかを考えていただけに、その状況の変化にも敏感だった。


『何? 霧? 煙?』


 霧ならばいきなり凪の傍に発生した意味がわからない。かといって火元があるようにも思えない。

 白い煙はもわもわと広がっていく。それに気づいていない盗賊が斬り掛かってくるせいで、凪も煙から逃れ損ねた。いや、煙はむしろ凪目掛けて広がってきている。

 咄嗟に目を細める凪。煙の広がる速度は更に増し、凪の周囲は煙が包んでしまい外が全く見えない。

 この煙、凪には見覚えがあった。


「凪ちゃん!」

「秋穂!? 何よ、アンタも来ちゃったの?」


 凪の無事を見て、秋穂は全身で安堵を表す。そしてその肩でネズミ顔ですらわかるほど苦しそうにしているベネディクトである。


「ナ、ナギ、アキホ。いいから、早くっ」

「あ、うん。凪ちゃんは煙に紛れて城壁の外に。後は私がやる」

「は? いや、だってこれ私が……」

「べねくんもうもたないからっ、話はあとでっ」

「あ、え、あ、うん。……アイツ、強いわよ」

「知ってる。見た。それでも来たんだから、まあ任せてよ」


 ベネディクトの表情がもう本当にヤバイ。白いもこもこの毛の下がうっすらと青くなってきているような気さえする。

 凪はベネディクトを掴んで煙の中を走っていく。煙の中心はベネディクトであるようで、凪がこれを持って走れば煙もまた凪に沿って移動する。

 つまり、その場に残った秋穂が煙から出てくることになる。

 視界を完全に遮るほどの煙が突如敵の周辺に発生したとしたら、そこに人為があったと受け取るのは自然なことだ。ましてやこの世界の住人は、この世に魔術なる不可思議な力があることを知っている。

 そしてこの山中には、魔法使いが集まってねぐらにしている場所があると彼らは知っているのだ。

 エドガーは舌打ちしながら煙から離れるよう指示する。

 距離を取ったことにより、その煙の不自然さが盗賊たちにもよく見える。そして、煙が動いた。

 彼らの視線は煙に向けられていたが、動く煙の端から人が姿を現すとそちらに集中する。

 集中せざるをえない。

 一本にまとめられた黒く長い髪が背中にまっすぐ流れ落ち、その先端は動く煙に煽られふわふわとたなびいている。

 衣服は貧乏人が着るような亜麻の短衣とズボンだが、そんな野暮ったい服でも隠しようのない膨らみが胸部にはある。

 女性としての魅力をこれでもかと主張するその体型に加え、盗賊たち、そしてエドガーですら思わず目を見開いてしまうほどの美貌が、その胸の上にはあった。

 さきほどまでの金髪とはまた趣が違う。多少なりと垂れ気味の目じりのおかげか、顔全体から受ける印象はとても柔らかいものになっている。

 百人が見て百人が他に類を見ない美人である、と断言するほどの整った容姿であるが、触れ得ぬ高貴な、或いは高尚なる存在といった感じではない。親しみやすく、より好感の持てる顔立ちと言えよう。

 そしてこれはエドガーたちは知らないが、黒髪の彼女、秋穂の怖じることのない態度は、最初に城門を潜った時に凪が見せたそれに瓜二つのものであった。

 誰よりも先に我を取り戻したエドガーは、秋穂の美貌を見て思いついたことをそのまま口にした。


「えー、なんだ。どーいう意図でお前さんそこにいるんだ? お前さんを売り飛ばしていいからアイツ見逃せってんならさすがに無理だぞ。つーかどっちも見逃さねえのが盗賊ってもんだろ」


 秋穂は返事はせず。ただ、片手に持った剣の剣先を、エドガーへと向けて笑った。

 エドガーの口の端がひり上がる。


「そうかいそうかい、そーいうわかりやすいのは俺ぁ嫌いじゃないぜ」


 様子見もなにもない。エドガーは勢いよく踏み込み袈裟に大剣を振り下ろす。

 これを秋穂も一歩踏み出しながら斜め上へと剣を振り上げ、何とエドガーの大剣の軌道を斜め上へと弾く。凪ですらかわすしかできなかった剣を秋穂は綺麗に弾いてみせたのだ。


「何っ!?」


 エドガーの剣は斜め上へと流れていくが、秋穂の剣は弾いた反動でくるりと半回転。その回転はそのままエドガーへの斬撃へと繋がっている。

 大剣に身体が引っ張られていれば秋穂のこの剣を避けることはできなかっただろう。だがエドガーの見事な体重移動により大剣は簡単にエドガーの制御下へと戻り、エドガーの身体は秋穂の剣の殺傷圏内から外れていく。

 目を見張るエドガー。


「おいおい、すげぇなおい。俺の剣を弾ける奴なんざ、俺でも一人二人しか知らねえぞ」

「弱い人しか知らないことがそんなに自慢?」


 言うねえ、とエドガーは笑う。このていどの挑発に乗ってくれるほど安い相手ではないらしい。

 そしてエドガーは当たり前に周囲の盗賊たちに一斉攻撃を命じる。しかも今度は他の連中に槍を取りに行かせていたらしく、彼らは全員槍を構えていた。

 少し驚いた顔をする秋穂だったが、真後ろから迫る二本の槍を相手に、含み笑いを見せた。


『私相手に、槍、ねえ』


 左回りに半回転。右手から左手に剣を投げ渡しつつ迫る槍を真横から一撃。

 なんとその一撃で、槍を持って突きかかっていた男の体勢が崩れてしまったではないか。

 またそのせいで同時に突きかかった男の槍に、弾いた槍が当たってそちらもまた狙いが外れてしまう。その上、二本の槍が重なってしまい、どちらも下方に沈んでしまう。

 秋穂は前方の敵にこだわらず、その二本の槍の持ち主へと跳ぶ。重なった二本の槍の上に乗り、槍を手にしたままの男二人の首を同時に飛ばす。


『へったくそな槍』


 あっという間に二人が斬られたことに驚いた盗賊であったが、まだまだ威勢は衰えず秋穂に向かって槍を突き出してくる。

 その伸びてくる槍を、ある時は剣で、ある時は腕で、ある時は蹴り飛ばして、麦穂を払うように容易くいなしていく。

 そしていなして崩れたところを、剣の間合いに飛び込んで首を刎ねる。そんな動きを盗賊たちは制することができず。

 もちろんエドガーも黙って見ていたわけではない。槍とさして変わらぬ長さの大剣を振り回し、突き込み、秋穂を狙い続けていたが秋穂はむしろこちらには全く手を出さぬまま、盗賊を次々斬り倒していく。

 時に軽快に、時に重厚に、秋穂の戦い方は千変万化にして縦横無尽。次にどう動くのか、全く先が読めない。

 さしもの強者大好きエドガーの顔も強張る。


『またかよっ。さっきの金髪女も見たことねえ動きしやがったが、コイツはまたそれとも違う動きしやがる』


 エドガーの目は秋穂の体捌きの見事なまでの術理を捉えていた。


『コイツの動き、全部だ。全部が理に適った動きしてやがる。一切無駄がねえ。とんでもなく考え抜かれた効率的な戦い方だぞこりゃ』


 秋穂の剣は、まともな振り方では到底考えられぬ場所からでも加速し、どんな位置から攻め寄せられても堅固な態勢で受け止める態勢を整えてくる。

 動き一つに意味は一つではなく、幾重にもぎっしりと詰まった目的がそこにはあり、だからこそ受けと攻めを同時に行なうなんて真似も当たり前にできてしまう。

 戦闘中に両足を揃えてしゃがみこむなんて動き、どんな剣術道場であろうと絶対に忌避すべきと断言するようなものであるはずなのが、この女はこれを平然と行なったうえでその姿勢こそが最適な構えと誰もが納得するような動きを見せてくる。

 エドガーは確信する。この女の流派は、エドガーの見知らぬものではあるが素晴らしい術理を備えた恐るべき流派であり、この女はその流派の動きに熟達した猛者であると。

 しかもさっきの金髪と違って動きのキレがとんでもない。これは雑兵では絶対に凌ぐことができないものだ。

 なのでエドガーもまた戦い方を変える。


「てめぇらは下がれ! コイツは俺一人でやる! いいか! 巻き込まれて死にたくなきゃ絶対に手出すんじゃねえぞ!」


 秋穂の洒落にならない殺傷能力に、内心めちゃめちゃビビっていた盗賊たちはエドガーの指示にこれ幸いと後退する。

 呼吸を整える時間をもらえた秋穂は、肩を上下させながらじっとエドガーを見る。


「いいの? 味方ごと斬ってれば、一度ぐらいは私に当てられたかもしれないよ?」

「おっかねえこと言うねーちゃんだな。大体、それでもかわす自信はあったって顔じゃねえかてめえは」

「うん。そんな抜けたことしてたら、これ幸いと仕留めてあげてたよ」

「はっ、自信満々だねぇ。若い奴ぁそうでなくちゃいけねえが、年食った俺がいつまでも戦士やれてんのは、そういう粋がったガキを潰してきたからだってことわかってるか?」


 秋穂は呼吸が整うなり会話を打ち切る。ここまで話に付き合ったのはただ単純に、休める時に休んでおこうと思っただけである。

 自分の都合が合う間は話にも付き合うが、都合が合わなくなれば、その必要がなくなれば、即座に開戦である。

 その空気を一切読まぬ自分勝手さは、まさに長生きする戦士に必須の技術であった。もちろんエドガーにもこれは備わっており、会話で時間を稼ぎつつ状況の変化を待とうとしていたのだが、秋穂にそういった小細工は通用しなかったようだ。

 秋穂の足捌きはこれまたエドガーの知らぬものであり、秋穂が踏み出し踏み込む動きは地面を滑り進むようなぬめりとした動きだ。

 速いだけでなく意識の隙をついてくるような動きであったが、エドガーもまた一流の戦士である。きっちり秋穂に合わせて大剣をぶん回してくる。

 秋穂の剣は届かず、エドガーの剣が届く間合い、これを当たり前にぴたりと合わせてくるのだからエドガーの距離感覚も見事なものだ。

 そしてこの一撃は、剣の重量といい、エドガーの膂力といい、力の強さに隠れて見えにくい見事な技術といい、受けること許さぬ必死必殺の一撃だ。

 エドガーは二人ほどこれを受けられる人間がいると言うが、到底信じられるものではない。金属鎧であろうと、大盾であろうと、それこそ魔術による強化であろうと真っ二つに斬り裂く剛剣である。

 受けられないのなら避ければいい。そんな簡単に言えるようなものでもない。

 エドガーは剣の術理にも長けている。相手の呼吸を読み、体勢を見抜き、避ける動きをしきれぬタイミングで、避ける動きをとっても避けきれぬ部位目掛けて打ち込んでいるのだ。

 対する秋穂は、ならば受ければいい、と剣を斜めに構えつつ、剣の背に左手を添える。秋穂の左手には金属の手甲がつけてある。

 激突の瞬間、斜め上へと弾き流すその剣捌き、そして荷重移動の妙は到底余人の真似しうるものではなかろう。

 できぬを成し遂げた秋穂の笑み、やっぱりやりやがったかと冷や汗交じりのエドガーの笑み。二つの笑いが交錯する。

 ちなみにこの時、秋穂も実は冷や汗だらだらではある。

 ほんの一瞬動くタイミングを外せば、ほんの僅かに弾く向きを間違えれば、ただそれだけでこの受けはあっさりと破綻していた。この剛剣を相手に受けの失敗はそのまま死を意味する。

 エドガーの切り返しが速い。二撃目は頭上より振り下ろされるもの。これもまた斜め下に向け、右手で握り、左手で剣の背を抑え、強く大きく弾き飛ばす。


『いやー! こわいこわいこわいこわいー!』


 エドガーの怪力は、斜め下に弾かれた剣が大地に激突する前にこれを強引に引き上げられるほどで。もちろん腕力のみではなく技量も用いているが、エドガーの特に優れた膂力あっての無茶だ。

 腕の筋肉が酷使に抗議し絶叫を上げるのを無視して、エドガーは三度剣撃を見舞う。

 そしてこの三撃目。それまでの二つが布石になっていて、しゃがむも左右に避けるも極めて困難な振りであった。


『こんのっ!』


 流すも至難。ならばいっそ、と秋穂は空中に身を躍らせる。そんな秋穂の胴目掛けて大剣が振り上げられる。

 甲高い金属音。そして、秋穂の身体は空中へと放り投げられた。


「なんだぁ!?」


 これはエドガーの驚愕の声だ。

 秋穂は空中にてエドガーの大剣を剣で受けつつ流し、自身の身体は剣が限界を迎える前に後方へと弾き飛ばされるよう調節したのである。

 大剣の威力からか、秋穂の身体は低い軌道で数メートル後方まで吹っ飛ばされるも、秋穂は後方一回転のみで体勢を整えると大地を滑りながら綺麗に着地を決めた。

 ふふん、と得意げに笑ってみせる秋穂であったが、やはり内心はもう心臓ばくばくである。


『しっ! 死ぬかと思ったっ! てか今の十回やったら三回は死ぬっ! 死んでるっ!』


 とんでもなく恐ろしい目に遭った。だが、それだけに今の攻防にて秋穂が得たものも大きかった。


『うん、うん、やれる、いける。勝機見ーつけたっ!』


 真正面より秋穂はエドガー目掛けて突っ込んでいく。

 対するエドガーは秋穂の曲芸に心底驚いたものの、これまでの攻防からエドガーもまた秋穂の動きを掴んでいた。


『てめぇの速さにゃもう慣れた! こっちの剣先を読んで動くってんならそいつを外してやるまでだ! 大きな動きの時はお前! 絶対に俺の剣から目を離す瞬間があんだろ! その瞬間に剣の軌道をズラしてやりゃてめえの回避は破綻すんだよ!』


 二連撃だ。二つ目で大きな回避をさせ、その最中に軌道を変化させ仕留める。

 エドガーもまたこれまでのやりとりから確実な勝機を見出していた。

 両者の思惑が交錯する。

 組み立てを外されたのはエドガーであった。


『なんだと!?』


 一撃目の直後、エドガーは秋穂の姿を見失ってしまったのだ。一流の戦士たるエドガーが、眼前まで迫っていた敵の姿をだ。

 迷ったのはほんの一瞬。エドガーは連撃を果たせず振り切ってしまい身体の後ろに伸びている大剣に目を向けた。

 その先端に、少女、柊秋穂がちょこんと乗っかっていた。


『馬鹿な!』


 秋穂は先の攻防で、エドガーの大剣の動きを概ね把握できていた。そもそも巨大な剣はその巨大さ故に、動きがどうしても単調なものになりがちなのだ。

 これに加えて空中にてこの大剣を支えにする動きを、重心の持っていき方を試せたことが、このような馬鹿げた芸当を可能にしていた。

 剣の上を滑り降りてくる秋穂。驚くべきことに、この時エドガーは大剣から秋穂の重さを感じ取ることができないでいた。

 だが、ここからがエドガーが天賦の才の持ち主と言われる所以。中年と呼ばれる年までこの辺境区で一線の戦士として君臨してきたその理由である。

 それはもう考えての行動ではない。

 大剣から手を離す。それはわかる。だがそうしたところで踏み込んでくる秋穂は止められないし、無手でこれを防ぐ手段なぞ存在しない。

 なのに、そんな練習をしたことなど一度もないのに、エドガーはその場で選びうる最適解を掴み取る。

 肩口へと振り下ろされる秋穂の剣。これを、両手の平で挟み込むようにして、掴み押さえたのだ。

 秋穂も知るこの技こそ有名な『真剣白刃取り』である。それを、異世界で、技の存在すら知識にないはずのエドガーが、ぶっつけ本番で秋穂を相手に一発で成功させてみせたのだ。

 二十三人殺しのエドガー。その二つ名は、彼の実力を表すにはあまりに不足。その才を評すにはあまりに不十分。

 だが惜しむらくは、エドガーが今対峙しているこの女、柊秋穂もまた、非凡なる剣の才能を備えし恐るべき剣士の卵である。

 エドガーが両手で掴む動きを見せた時にはもう、その動きから白刃取りは成功すると判断し、更にその次の動きを秋穂は頭に思い描いていたのだ。

 秋穂もまたエドガーがそうしたように即座に剣から手を離し、肘を折りたたみながら更に前へと一歩踏み出す。

 その踏み出しは、それまでのものとは全く違う。ただの一歩で踏み固められた大地に足形を刻むような、中庭全てに地響きとして聞こえるような、強力無比な一歩であった。

 突き出した左肘。更に、秋穂はこれでも不十分だと判じた。

 なので右腕を、突き出した左肘とは逆側に向かって強く伸ばす。

 踏み出した強い強い一歩を沈墜勁と呼び、これでは足りぬと腕を左右に伸ばす十字勁を重ねる。いずれも中国拳法において威を発するための動きである。

 実戦においては逆腕は防御のために残しておいたほうが良い場合が多く、またそこまでやらなくても充分な威力なので秋穂が十字勁を使うことはあまりないのだが、今この時は、これが必要であると判断したのだ。

 エドガーの巨体が斜め後ろに向け半回転する。その動きは弾き飛ばされたと評するのが相応しい。

 エドガーは必死に左腕を伸ばす。右腕はもう全く動かない。

 幸い、回転の向きはいい。これに逆らわずエドガーは左腕で秋穂の首を握り掴む。


「……く、くそっ、動け、よ、俺。後少、し……」


 だがそこまでだ。

 秋穂の首を握り潰す前に、エドガーの全身から力が抜けていく。

 秋穂の肘打ちが入ったエドガーの右わき腹からは、骨と共に肉と内臓の欠片が千切れ飛んでいた。

 そのまま、秋穂の首から手を離し、ずるずると倒れるエドガー。

 彼を見下ろし、秋穂は心の中で安堵の息を漏らした。


『コレ、疲れてたら絶対勝てなかったよね。ほんと、凪ちゃんって無茶するよ……』



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