102.昨日の敵に合流してみた
シェルヴェン領よりの援軍五千と、オーヴェ千人長率いる二千の軍が合流する。
敵ボロース軍五千もサーレヨック砦を越えて進軍し野戦の構えだ。
数の上での不利がある中でも、ボロース軍は強気の姿勢だ。それほどに、軍の指揮官が辺境最強の戦士ミーメであるということが効いているのだろう。
以前から辺境では期待されていたことでもある。ボロースの一族であり、最強の名をほしいままにしている戦士ミーメが軍を率いてくれればそれはきっと無敵の軍になろうと。
軍の規模が大きくなればなるほど、己の武勇を誇る大将というものはむしろ邪魔になるものなのだが、その辺は戦になれている者でもなくばわからぬことである。
それになんのかんのと言いながらも、全員突撃俺に続け、を本気で口にした挙げ句死んでしまわない指揮官というものは、それだけでも十分優れた指揮官と呼ばれるに相応しい働きができよう。
シェルヴェン軍側もそういったボロース軍の強気の理由はわかっている。わかっているが、少なくとも援軍五千の指揮官である初老の千人長は、個人の武勇頼りの馬鹿なぞ物の数ではない、とも思っていた。
オーヴェ千人長は部下の小隊長たちを引き連れ、初老の千人長の下に挨拶に向かう。
敗戦の直後であり、しかも敵の六倍の兵を持って挑み尚敗れたのである。堅牢な城が相手であったとはいえ、責められてしかるべき内容だ。
案の定、初老の千人長はオーヴェ千人長を見るなり、ここぞとばかりにその非をあげつらう。
その言い草は小隊長たちの大半が、後も先も知ったことかとコレをぶち殺そうと腹をくくりかけるほどで。オーヴェ千人長もこれまでこの初老の千人長に嫌われている自覚はあったが、まさかここまでの憎悪を向けられていようとは、と驚くほどであった。
初老の千人長からすれば、オーヴェ千人長が任務に失敗しこれを責め立てられる機会なんて滅多にないどころか、これから先もお目にかかることはないだろうと思えるものであり、今、ここしかないのだ。彼がオーヴェ千人長の上から物を言えるのは。
この絶好の機会に徹底的に口撃し叩いておくことで、今後のお互いの立ち位置をより優位なものにしようと思ってのことである。初老の千人長もまた必死であった。
もちろんそれだけではない。気に食わないオーヴェ千人長を表立って堂々と罵れる機会であり、それは彼にとってとてもとても心地よい時間である。
そういった初老の千人長の事情により、いつまでたっても悪口雑言嫌味の嵐が終わらないというヒドイ有様になってしまっていた。
さすがに見かねた援軍の副長が声を掛け、ようやく彼は収まったが、話はそこで終わりではなかった。
「ふむ、時にオーヴェ千人長。報告は受けているが、サーレヨック砦には随分と手強い戦士がいたそうだな。絶世の美女で、剣の達人。それが二人。いやはや、まるでおとぎ話のようではないか」
まだ嫌味が続くのか、とオーヴェ千人長と小隊長はげんなり顔であったが、オーヴェ千人長は初老の千人長の傍に控える副長の表情を見て、怪訝そうな顔になる。
『あの、顔はなんだ? なにか別の……』
初老の千人長は、大層人の悪い顔で、にたにたと笑う。
「その二人、このような者ではなかったか?」
彼の合図で三人が姿を現す。一人は男だ。これは見覚えがないが、残る二人は目に焼き付いている。城壁の上から時折ちらりと見えたていどであっても決して忘れることはできぬであろう、圧倒的美貌の女。黒と金の化け物二人。
「ばっ! 馬鹿な!」
何が起こったのか即座に把握したオーヴェ千人長は思わず声に出してしまう。小隊長たちはもう全員が臨戦態勢だ。
本陣に斬り込まれたと勘違いした小隊長たちが動く前に、オーヴェ千人長がこれを手を上げて制する。
初老の千人長はにやにや笑いのまま、偉そうにふんぞり返りながら言う。
「これが軍略というものだよオーヴェ千人長。地べたをはいずり回り敵と戦うのもいいがね、戦う前に勝てる算段を整えておくことこそが将の役目ではないかね? 強力な敵がいる、それを事前に把握したのなら、では次はどうする? 倒し方を考える? はっはっは、オーヴェ千人長にはそれが限界であろう。槍を握って前線で喚くだけならそこらの傭兵にだってできる。その先を見据え勝つ戦略を練られる者こそが真の将と言えるのではないかね?」
禿げ頭の小隊長が、衝撃のあまり立場を弁えず口を開いてしまう。
「嘘、だろ。寝返らせたのか? あの、化け物たちをっ。ありえねえ、いったいどんだけの金を使えば……」
そこまで口にしてから己の立場を思い出したのか、慌てて口をつぐむ。初老の千人長はこの無礼を咎めることもなく、高らかに笑い声をあげる。
「はははははっ! さもあらん! 貴様らには一生かかっても理解できんだろうよ! オーヴェ千人長、お主も末端、端くれであろうとも貴族の一員。このていどの策、息をするように張り巡らせられねば話にならぬわ」
そんな猪武者に軍を任せることはできぬ、総指揮は私が執る故、お主はすっこんでいろ、という言葉に、オーヴェ千人長は抗することはできず。
自身の領地から連れてきた三百人と小隊長たちを除き、残る兵全てを初老の千人長に奪われてしまった。
彼の前から下がった後で、小隊長たち全員が驚愕と屈辱に震えている中、オーヴェ千人長は平然とした顔で彼らに言った。
「あの方ならば万の軍勢であろうと過不足なく運用できる。数で勝り、戦場は平地となれば紛れは少なかろう。そう心配せんでも勝てるだろうよ」
小隊長全員、いやそこじゃねーよ、と突っ込みそうになったが口を開くことはない。
オーヴェ千人長は、これだけ嫌われ悪し様に罵られようとも、あの初老の千人長の能力は信用しているし、ならば任せても大丈夫だ、と平気な顔で言うのである。
そういう人間だと知っている小隊長たちであったが、こういう時はもう後ほんの少しでいいから、物分かりの悪い人間になってほしいと思ってしまうのである。
涼太たちがシェルヴェン軍に合流できたことには、貴族同士の関係が絡んでいる。
シェルヴェン軍が涼太たちを信用できるのか、という問いに対しては、間にギュルディの名を介しているから問題は無い、という答えになる。
凪や秋穂がどれほど暴虐の徒であろうとも、シェルヴェン軍を裏切ればそれはギュルディの顔を潰すことになる。もちろん逆もしかりだ。シェルヴェン軍が涼太たちを騙すようなことをすれば、ギュルディに対し面目が立たない。
そういった関係性にある以上、シェルヴェン軍指揮官である初老の千人長は涼太たちを用いるに不安は抱かない。
もちろんこれがお互いにとっての存亡が掛かった場面であれば、当然信用なぞしきれるものではない。だが、この戦場での勝敗はシェルヴェン領にとってはあくまで商業活動の一環でしかなく、ここで敗れたとて他で損害を取り返すことができる、ていどの認識である。
ついでに言うのであれば、オーヴェ千人長たちをこてんぱんに叩きのめし敗北を味わわせてやった兵、と聞いてそれだけでも気に入っていたところに出てきたのが凪と秋穂、王都圏でも滅多に見られぬ絶世の美女である。
初老の千人長はこれを大いに気に入り、慎重論を唱える幕僚もいたが彼らの意見を押し切って受け入れを決めたのである。
交渉担当である涼太は何度か初老の千人長と話をする機会があった。その時、涼太はこれを仲介してくれた商人の勧める通り、一つ自ら提案をした。
「千人長、俺たちは寝返り者です。だから、魔術師の俺はともかく、凪と秋穂の二人には前線での運用をお願いしたいのですが」
幕僚たちは、当然だ、といった顔である。ただ、その当然をきちんと自分から口にすることが大切なのだ。
だが初老の千人長は笑って言った。
「よいよい、我が軍門に下った時点でお主らの仕事は済んでおる。手柄を立てたい気持ちもわからんではないがな、今回は後方におれ。ボロースの竜退治は我らの手柄よ。なあお前たち、わざわざ辺境くんだりまで来てやったのだから、相応の見返りを得られぬではなあ。そう思わぬか」
彼の言葉に、特に血の気の多い幕下の将はしかり、しかり、と大声で応える。
涼太は頭を下げ、退いた。
千人長との話し合いが終わった後で、涼太はこの軍の副官のところに行き、本当に後方でいいのか、と問うた。
敵はボロースの手練ればかりを集めた戦闘集団ワイアーム戦士団の長で、きっと恐るべき手練れが同行しており、こういう強敵と対峙するのに凪と秋穂がきっと役に立つと添えると、副長は少し意外そうな顔をした。
「……お主らは別段手柄なぞ必要としておるまい。それとも我が軍への仕官を考えてのことか?」
「せっかく受け入れてもらえたのに、役に立たぬままでは申し訳ないと思いまして。それと、仕官云々は立場上無理があります」
「であろうな、ギュルディ殿の幕下だと聞いている。よかろう、義理堅い者は嫌いではない。折を見て出撃を千人長に勧めてみよう。とはいえ千人長の判断次第なので、そこのところは心得ておくように」
「ありがとうございます」
商人の言った通りだ。ギュルディの名は貴族同士の間ではかなり信用されている。
腹の底で何を考えているのかわからない、というのはどの貴族も一緒だが、貴族同士の機微を知り貴族らしいやりとりが可能な相手だという意味で信用されているのだ。
貴族は自身の領地であったり王都での役職であったりに縛られているものなので、気安く逃げるだのといった真似ができない。たとえ一人が逃げたところで、一族は必ず残っている。
なので貸しを踏み倒される心配がほぼない。そうした付き合いが当たり前になっている家同士が幾世代を積み重ねてきているのだ。そこに信用が生まれるのも当然のことであろう。
もちろん貴族家の間でも強い弱いはあるが、御恩と奉公的観点から強い側だとて安易に借りを踏み倒したりはできぬものだ。
どこの家でもそういった部分が理解できぬ馬鹿はいるものだが、その手の愚か者が家の主流になったりはしないのである。
さて、と涼太は考える。
『アイツら、ワイアーム戦士団とやりたそうだったしなぁ。かといって無理強いもできない。ホント、戦争って面倒だよな。いっそ勝手に乱入して横殴りでもしたほうがマシだったか』
その場合、シェルヴェン軍七千とボロース軍五千の双方が敵に回る。それは幾らなんでも無謀に過ぎよう。
つまり、現状は比較的マシな選択の結果である。
ともあれ、できることはした。残るは今後の戦場の推移を予想するのみ。
会戦予定地ははっきりしていて、双方これを破るつもりはないようだ。
涼太は遠目遠耳の術を用いて、敵ボロース軍の動きを探りにかかった。
オーヴェ千人長は配下の小隊長たちを引き連れ、軍の後方に位置する。
今回の戦でもう彼に仕事は回ってこないだろう。初老の千人長はそういう人間だ。とはいえ準備は怠らないのがオーヴェ千人長であり、小隊長たちもそれはよく知っている。
この後どう動くかを小隊長たちが相談しながら、先頭はオーヴェ千人長が、そうやって並んで歩いている彼らは珍しい声を聞いた。
女の声だ。軍中にあって女の声を聞くのは、よほど軍規に乱れがあるか、極めて特殊な事情があるかだ。
「やっ、久しぶり、でもない?」
とても気安い口調だ。しかも自分で声を掛けておきながら首をかしげている。
禿げ頭の小隊長が声のほうへと振り向く。
「女? おいおい、誰だよこんなところに女呼んだ馬鹿は……」
いきなりの文句に、声を掛けた女、不知火凪は目を丸くする。
「軍中に居ていいって言ったの総大将よ? いくらなんでも馬鹿呼ばわりはないんじゃない?」
「……………………」
禿げ頭、その場に足を止め硬直する。
続いて数人の小隊長がそれに気付き足を止め、そして先頭を歩いていたオーヴェ千人長は、とてもとても嫌そうな顔で振り向いた。
皆が自分のほうを向いたことで凪は改めて挨拶をする。
「コンニチワ、でいいのかしら? 軍隊の挨拶ってよく知らないのよね私」
真っ先に声を上げたのは禿げ頭であった。
「おっ、おっ、おまっ、お前っ」
そんな禿げ頭の言葉を遮って、オーヴェ千人長が憎々し気に言う。
「おい、なんの真似だ。決着でもつけにきたか?」
「いやいやいやいや、いちおー味方でしょ私たち。だからほら、挨拶でもしとこうかと思ってね」
そこには凪だけでなく秋穂もいる。金色のナギと黒髪のアキホの二人が、並んで立っていたのだ。
人懐っこい声を出す凪に、オーヴェ千人長は冷ややかな声で迎える。
「そうか、では挨拶は済んだな。ならとっとと我らの目の届かぬ場所に消えてくれ。お前らの顔を見ていると、今すぐ輪切りにしてやりたくなるんでな」
凪と秋穂の美貌を前に、恐るべき武勇を知った上で、尚こんな台詞を吐けるのだからオーヴェ千人長の肝っ玉は相当なものであろう。
ヒドイ言い草であるが、凪はからからと笑って言う。
「ご挨拶ねえ。実はね、私もそうかと思って確認にきたのよ」
「なに?」
「アンタたちの顔見て、殺してやりたくなるぐらい腹が立つかどうか。さっきはまるでそんな気起きなかったし今もそう。だから、きっと私はアンタたちを恨んではいないってことみたい。良かったわね」
コイツらはミッツとモルテンの仇だ。それに凪はコイツらが若貴族を惨たらしく殺したことも覚えている。小隊長の内の一人はあの時さんざ凪たちを煽った男だ。だが、あれのせいで危うく凪が敵に突っ込みかけ、それは致命的な行為であったと気付かされてからはそれほど恨む気持ちもなくなった。
決して好ましいものではないが戦術としては有効であったわけだし、そもそも、凪が砦でやった人間ダーツとやってること自体は大差なかろう。味方にやらかしてる分、凪のほうがタチが悪いぐらいだ。
それともう一つ、と付け加える。
「アンタたち、ほんっとうに強かったわ。そんだけ、じゃあね」
言いたいことだけ言いさっさと身を翻す凪。これに続く秋穂は、感情の篭らぬ目で一同を眺めたあとで、すぐに後を追った。
残されたオーヴェ千人長と小隊長たち。小隊長たちは呆気に取られたままだ。
だが、小隊長全員が同時に気付いたことがある。彼らが一斉に行なったのは、彼らのボス、オーヴェ千人長の表情を窺うことだ。
「……ふむ、敵を認める度量はある、か」
僅かにだが口の端が上がっている。
ああいうのを、オーヴェ千人長は好むのだ。
小隊長全員が思った。
『よりにもよってアレかよ』
禿げ頭が心底嫌そうに言った。
「オーヴェ千人長、俺たちだけじゃない、末端の兵に至るまで、あのクソ女共には恨み骨髄なんですぜ? どうか忘れんでくださいよ」
オーヴェ千人長は振り返り、心配げな小隊長たちの顔を見て苦笑する。
「わかっておる。私とて先の言葉に偽りはない。許されるのなら今すぐにでも寝首をかいてやりたいところだ。だが、貴族同士の話し合いで決まった処遇なのだから黙って受け入れるしかあるまい。間違っても暴走なぞ許してはならんぞ。やらかしたらどうなるか、お前たちならわかるだろう?」
あの女二人を襲ったら、初老の千人長が何を言ってくるものやら。
戦場外での立ち回りではオーヴェ千人長はあの初老の千人長に劣っているので、シェルヴェン領最強武将たるオーヴェ千人長は、案外に不自由な立場を強要されているのである。
ワイアーム戦士団団長にして五千の遠征軍大将ミーメ・ボロースは、その山を越えていくことを、幕僚たちの中で唯一不安に思っている人物であった。
配下たちの前ではおいそれとそんな姿を見せられないが、はっきり言ってミーメは、軍を指揮するということに心底からビビっていた。
『いや、だってよ! 俺こんな大軍率いたことねーし! そもそも指揮ってどーやるんだよ! 俺ぁ自分で突っ込んでお前らついてこいしかやったことねーよ!』
父が期待をかけてくれていると知ったミーメは無意識ではあるが、決して失敗はできぬと常の豪放な態度がとれずにいた。
さしものミーメも単身で七千もの敵を屠れるわけもなく。ならば兵を頼るしかないのだが、そのための手段が全くわからぬままなのだ。
その状態で敵軍はこちらより二千も多い。ミーメは普通に、山と砦を使って防げばいいのでは、と思ったのだが、幕僚たちは皆打って出るべし、と当然のように言うのだ。
彼らの驚くほど自信に満ち溢れた態度も理解できない。が、それをあまり表に出すのもよろしくないのはわかっている。
これで何度目になるか、ミーメは父がつけてくれた軍務に長けた副官をこっそりと呼び出し、二人だけで話をする。
彼は、何度も何度も同じ話をさせられているが、それでも根気強く説明を繰り返した。
「ミーメ様。ミーメ様とその配下、特に二人の戦士は、軍事行動においては破格の破壊力を有します。特に平地、突撃における頑強無比な鏃として運用できれば、ただそれだけで勝利を確定できるほどの恐るべき切り札たりえるのです」
「うーむ。そうは言うがな。俺も色々と戦を調べはしたが、お前がそこまで言うほどの突撃を、実際に成功させた例はほとんど見たことがない。確かにだ、あの二人は個人戦ならば絶対的な強さを誇るし、騎乗しての戦いでもその強さは全く損なわれないだろう。そういう奴を選んできたしな。だがそんなもの、敵に同じだけの強さの戦士がいればいいだけの話ではないのか?」
「ボロース五剣と五分に斬り合える化け物なぞそうそういてたまるものですか。むしろ、ああいった極端に剣に長けた戦士は戦に出ないことが多いのです。それはワイアーム戦士団の戦士たちを見ればおわかりでしょう?」
「まあ、なあ。でもなあ、俺にはとても信じられん。俺、そんなに戦で強いのか?」
ボロース軍において最も戦士ミーメの戦場での働きを低く見積もっているのは、間違いなく当人であるミーメであろう。参戦した兵士たちの大半が、ミーメがいれば負け戦なぞ絶対にありえないと信じている。それは戦に慣れた幕僚たちですらそうなのだ。
そしてミーメと一緒に従軍しているワイアーム戦士団の戦士たちを最も有効に活用できるのは野戦であり、だからこそ幕僚たちはサーレヨック砦での籠城ではなく山を越えての決戦を主張したのだ。
幕僚たちからすれば、何処の軍に行っても切り札扱いされるような一騎当千の化け物戦士が四人も五人もぞろぞろといる今回の戦は、兵数の差により敵軍の積極的行動を誘発させることができたうえで、実はこちらのほうがより強いという状況を立ち上げやすい、実においしい環境にあるのだ。
「五千規模の軍同士のぶつかりあいを、とにかく一度経験なさることです。ミーメ様がその戦場で、何を、何処までやれるのか。ご自身の目で確かめ、その手で感触を得てください。積み重ねた戦場での経験のみが、戦での確かな自信に繋がるのです」
副官は強い目でミーメを見つめる。
「失敗を、敗北を恐れてはなりません。警戒するのは大変良きことです。ですが、いざ戦が始まったのならば、決して恐れを理由に判断を下してはなりません。勝利は、そして敗北したとてそれを意味のある敗北とするためには、戦場では常に勇気を示さねばならないのです」
副官の言葉に、ミーメは友人が以前に言っていた言葉を思い出す。
『完璧な対応? そんなものできるわけないじゃないですか。集まる人数が増えれば増えるほど不確定な要素も増えていくんですよ? そもそも集まってくる情報からしてどれが正しくてどれが間違っているか、どれが敵の罠かなんて判別しきれないんですから。だから大将の仕事は、たくさんの選択肢の中から前へと進むもの、敵より速く動くものを選んで、そして部下が不安に思わないよう空元気を振り絞って自信ありげに命令してやることなんですよ』
ミーメはその友人が軍務においてボロース一の天才であると信じていた。故に、彼と同じものが見えていると思えるこの副官の言葉を、信じようと思えたのだ。
「……そう、か。わかった。俺もようやく腹が据わった。一番初めの突撃は俺が先頭を走る。誰一人ついてこれなかろうと、敵陣真っ二つにするまでは俺一人ででも絶対にやり遂げてみせるから、後はお前らがなんとかしてくれよな」
「はっ、お任せくださいませ」
そう言ったミーメの獰猛な表情を見た副官は、この戦の勝利を確信したのであった。




