010.人外の戦士達
楠木涼太は山中を小走りに進む。
涼太に凪や秋穂のような人間離れした体力はない。それは重々承知しているので、どれだけ急ぎであろうと不可能に挑んだりはしない。
道中は行った先で何が起きているかの予測と、予測に基づいた対策の準備だ。
今の涼太にはただの学生であった時とは違い、ベネディクトより教わった魔術がある。涼太が怯えさえしなければ、この魔術にて幾つかの問題は解決できるだろう。
『そのビビらないってのが一番の問題なんだけどな』
涼太には盗賊たちにぶっ殺すぞ顔で襲い掛かられたら、絶対にビビって動けなくなる自信がある。
そこら中に死体が転がる村の惨状を、笑いながら行なうような連中相手に怯えないなんてありえない。
だから率直に言って、たった一人で盗賊の砦に突っ込んだ凪のことが涼太には全く理解できなかった。
そして、凪の危機を知り焦り慌てるのはわかるが、一刻も早くその場に向かい加勢せんとする秋穂のことも。
『これ、多分、アレだよな』
二人の特徴を考えるに、涼太はとある症状を思い浮かべる。
『反社会なんちゃら障害、だったか……うん、いわゆるサイコパスってやつ』
本来の意味のサイコパスであると判定されるほどではないのだろうが、殺人に対する驚くほどのハードルの低さは、そういったなんらかの障害であろうと思えてならない。
スマホが使えればその対処方法も含めて調べられるのだろうが、無いものねだりをしても仕方がない。
涼太は今持っている知識をもとに、サイコパスと思しき仲間二人との付き合い方を考えなければならないのだ。
だがあの二人、字面から受ける印象からは随分と離れた存在にも思える。
少なくとも涼太に対してはどちらも親切だし、その尋常ならざる容姿を抜きにしても好意に値する相手だと思える。気の良い奴だと本気で思う。
他人の気持ちが理解できないような人間でもないし、一人で盗賊集団に突貫したことはさておき、極端に頭の悪い人間でもないと思う。
『つまり、普通に付き合う分にはまったく問題はないってわけだ。……アイツらがああなのは後天的な理由だよな? 生まれつきそうだなんてぞっとしない話は勘弁してくれよ』
そこまで考えて涼太は、人が死ぬということに関しては抵抗があるなんてものではないのだが、人を殺した凪と秋穂に対してはそれほど忌避するような感情がないことに気付く。
どうしてああなったのかといったことに興味はあるが、それは原因を特定して問題を解消するといったものではなく、ただ単純に二人のことをもっと知りたいと思えているだけだ。
それに、と肩をすくめる。
『俺の感情がどうあれ、俺はあの二人と一緒にやっていくしかない。だから俺が考えるべきは、正しいだの間違っているだのって話じゃなくて、どうやってアイツらと上手く付き合っていくか、でいいはずだ。二人が間違っているから俺がそれを指摘して修正するなんて真似、仲良くつるみながら上手くこなす自信なんてねーよばっきゃろー』
涼太は、向こうの世界にいた頃なら絶対に踏み込まなかっただろう場所まで思考を進める。
そもそも、本当に、どんな場合状況だろうと人は殺してはいけないのだろうか。もし、状況によって殺人に許可が出るとしたら、その状況をどう判断するかの基準が問題になるだけで、人を殺すということ自体は悪いことではないという話にはならないだろうかと。
頭を振って、涼太は思考を一度リセットする。
『我ながら、色々とテンパってんなぁ……』
涼太は自分の思考に自分でつっこみを入れる。他人を傷つけるなんて真似は悪いことに決まってんだろうがっ、と。
天井破砕箇所は、厳密に言うのならば凪の頭上ではなく、カスペルの頭上により近い場所だ。
そこはもうまっすぐ真下に瓦礫が降り注いでおり、人間離れした反応速度と運動能力を持つ凪やカスペルであっても、回避の余地なぞありはしない。
だが凪の居た場所はそこから僅かにだが外れており、戦闘中で集中していたこともあり辛うじて身体が反応してくれた。
中心となる破砕箇所から同心円状に天井は崩れてくる。凪の一つ目の跳躍は辛うじて崩れが広がる速度に勝っていたが、もちろん跳躍は永劫に空中にあるわけでもなければ減速しないわけでもない。
二つ目の跳躍のためと足を床についた凪であったが、上を見て、頭上に腕を振り上げることを優先した。
『間に合わないっ!』
腕へと瓦礫が衝突する瞬間、足腰に力を込めてこれを上方へと突きあげる。
最初の瓦礫はその挙動だけで容易く弾けたが、これに折り重なるようにして降ってきていたより大きな瓦礫が凪の腕にのしかかる。
押し上げるタイミングを完全に外された。だが、膂力のみで強引にこれを支える。腕、というよりも肘だ。両肘を頭上に突きあげる形で、腰を捻って足を踏ん張りデカイ瓦礫を打つ。
打撃はタイミングと当てる場所が極めて重要だ。これを外されれば強打は望めぬ。はず。だが外された一撃をそれでも効果的なものにする技術もまたあるのだ。
結構な重量の瓦礫に圧し潰されかけたが、これを凪がはじき返した影には、このような地味な技術がその支えとなっていたのである。
視界は降り注ぐ瓦礫片で塞がれている。音ももちろん判別ができるような状態ではない。
それは凪にとってそうだというだけでなく、盗賊たちにとってもそうであった。
火付けのヤンネは、二十三人殺しのエドガーに話を持ち掛けた。
曰く、二階の廊下に足止めするから、三階から床を崩して生き埋めにしろ、である。
エドガーは、そこまでするほどか? と問うた。そこまでするほどならば、むしろ剣を交えたいと思うのがエドガーという男だ。
これに対しヤンネは冷静に返す。
「わからん。だから念を押す。それでも生きていたのなら、それこそ俺たち二人がかりで戦わなければならんだろう」
「はっ、御大層な話だねぇ。まあいい、乗せられてやるよ……ん? なんだよ、何か問題か?」
「……クソッ、カスペルだ。あの馬鹿が足止め予定場所で暴れ始めやがった。今はまだ五分、らしい。嫌な予感は当たるものだな」
「ちっ、先を越されたか。まあいい、カスペルの奴がやばくなったら俺たちが動く、でいいだろ。アイツならかわすなりなんなりなんとかすんだろ」
「崩れてきた天井かわすなんて真似ができる奴がいるとも思えんが……」
二人で如何に床を崩すかの段取りを組む。
どちらも人間離れした膂力の持ち主であり、協力して事に当たれば石畳の頑強な床を叩き崩すなんて真似もできてしまうのだ。
この盗賊砦に居る者で、こういった人外の力を持つのは、エドガー、ヤンネ、カスペル、の三人が有名だ。
ホーカンもまた並外れた力を持つと言われているが直接見た者はいない。だが、ホーカン直属の部下たちが皆優れた戦士であるのは先の間抜け盗賊への制裁で皆が理解している。
この世界には時折、この三人のような単騎で十人以上の敵とやりあえてしまうような怪物がいる。
そういった怪物を殺すには、圧倒的な数で包囲するか、騙し討ちにするか、もしくは同じ怪物をぶつける、といった手段が取られる。
エドガーも、ヤンネも、そしてカスペルも、そういった怪物の退治経験がある。だからこそ彼らは怪物が出たとなればその対処は慎重になる。
雑兵相手ならば無茶も無法も笑って押し通せるが、同等の怪物相手ではそうはいかない。怪物を殺す時は、その時だけは、彼ら怪物たちもまた普通の人間と同じように敵の戦力を測り、確実に勝てる手を模索するのだ。
そうしてきたからこそ、彼らはこれまで生き残ってきたのだ。
強敵との戦いを望むエドガーも、女を殺したくて仕方がないカスペルも、押さえるべき要所を押さえてきたからこそ、数多居る辺境の無法者たちの中にあって、その名を売り辺境最強の一角とまで呼ばれるほどの戦士になれたのだ。
そうした修羅場を三人共が潜り抜けてきているとお互い知っている。だからこそ、カスペルが危機との報せを聞いたヤンネとエドガーは、お互い驚いた顔を見合わせることになった。
カスペルの戦いを見たことのあるエドガーが深刻な顔で呟き、ヤンネもまた同じ顔で答える。
「カスペルの剣、あれ、相当ヤベェはずだぞ」
「速さだけなら俺が上だが、アイツとにかく剣が巧いからな。それを地力で押し切るだと?」
お互い無言で頷き合うと、同時に配置につき、そして、用意しておいた巨大なハンマーを振り下ろした。
降り注ぐ瓦礫が一段落する前から、凪は周囲の気配を探るべく必死に目を凝らし耳を澄ましていた。
もしこれが人為的に引き起こされたものであるのなら、これで凪の目と耳を封じている間に攻撃する手を準備しているはずだ。
だから凪はその気配がわからなくても、大きな瓦礫は全て終わった、と思えた時にはもう身体が動いていた。
いや、動こうとしていた、だ。
凪の懸念通りだ。これを引き起こした火付けのヤンネは、瓦礫の中にまだ立つ姿を見つけるや階下へ飛び下り剣を抜き斬りかかっていった。
敵は見えない。が、敵を斬るべく踏み出した足の音は、それだけは凪は決して聞き逃さない。
『ホントに来たあああああああ! 私もう盗賊ってだいっキライっ! どうしてこう次から次へとズルイことばっかするのよ!』
音のした方向に目を向け意識を集中する。銀光が見えた。
『うっひー!?』
光り方から突きと断定し身をよじる。剣先は見えていない。突きならば何処を狙うかを予測し、とりあえず正中線全部外さなきゃマズイと奇声を上げながら真横に飛んだのだ。
そして次は、これはもうはっきりと見えた。巨体の男が、それに相応しい巨剣を凪目掛けて真横に振るってきていた。
『ホント! コイツら次から次へと! もうどうしてくれようかしらっ!』
咄嗟にしゃがむ。ぎりっぎり間に合ったが、剣風に巻き込まれた凪の髪が舞い上がる。
すぐに体の真横に剣を立てる。最初の男が大男同様真横に薙いできたのをこれにて受ける。
その受けさせ方が上手過ぎた。最初の男、ヤンネは自らの剣で凪の剣を押さえ込むように打ち込み、そのせいで凪はその場に一瞬とはいえ釘付けにされてしまう。
それでもその程度の隙ならば、巨体の男、エドガーの大きな剣を再度振るまでに猶予はあったはずなのだが、エドガーは剣に拘らず、そのぶっとい足で凪を蹴り飛ばした。
受けは間に合ったが、エドガーの強力な蹴りを防ぎきれるほどの体勢は望むべくもなく。壁際まで一蹴りのみで吹っ飛ばされてしまう。
蹴飛ばされたこともそうだが、壁に激突した時後頭部をしこたま打ったのがたまらなく痛かった。
目から火花が出るかと思ったほどだが、凪にちかちかする視界を回復させる時間は与えられない。
任せろ、の大声と共にエドガーが壁際目掛けて突っ込んできていたからだ。ご丁寧にその巨大な剣を両手で支え、突きかかるようにしながら。
剣は横だ。平べったく左右に広がっている剣を横に避けるは難しい。それにこの突き方は、多少ならば左右への変化ができるようにしてある。
だから凪はその場で真下にしゃがみこむ。それしかない。誘導されていると思えたが他に選べないのだ。何せ凪の目はまだちらつきが収まっていない。
男の大剣が凪の背後の壁に突き刺さる。いや、壁を貫き大穴を穿つ。そして、最初から狙っていたのだろう。エドガーは突きの勢いそのままに凪へと迫り、強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
両腕を交差させ受けるが、とてもではないが止められるものではない。
膝と背後の壁とに挟まれる凪。そして背後の壁は大剣の一撃で大きく崩れてしまっている。故に、凪はそのまま壁をぶち抜け外へと放り出されてしまった。
ここは二階だ。それも砦の二階であるからして、民家の二階とは高さが違う。
感覚としては、外に出された、というよりは、空中に投げ出された、というほうがより相応しいだろう。
場所は中庭。凪が大暴れしたせいでまだ各所に死体が転がるここへと、凪は蹴り出されてしまったのだ。
蹴られた箇所が痛い。とても痛い。
訓練では決して味わえない痛みだ。殺意を伴う攻撃はその痛みすら別格であった。それで死ぬかもしれないという恐怖が乗っていると、痛さもまた感じ方が全然違うものとなる。
油断すれば、弱気に飲み込まれれば、あっという間に行動不能になってしまうだろう。或いは緊張によって、或いは恐怖によって、或いは驚きのあまりに。
空中で凪は必死に歯を食いしばる。戦う姿勢を絶対に崩してしまわぬように。
とにかく着地だ。そう考え地面との距離を測る、だが、そんな凪の視界の端に、崩れた壁より飛び出してくる人影が見えた。
『ぎゃー! トドメ刺しにきたー! 来るなばかー!』
落着で崩れる凪をきっちり仕留めるべく動いたのだろう。身体の大きさから、大男ではなく動きがめちゃくちゃ速い男のほうだ。
時間的猶予はほとんどない。
着地と同時に反撃態勢を整えなければ。そこまで考えて凪の背筋が凍る。
『あれ!? 私今剣持ってるっけ!?』
大男に蹴飛ばされた時、両腕で受けた。その後は特に剣を意識はしていない。
祈るように右手を握る。ある。剣を握っている。目でも確認した。無意識ではあれど剣は手放さぬままで空中を飛んでいる。
『よーくやったわ私の右手! 後でベネ君心ゆくまで撫でまわしていいわよー!』
ベネはそういったペット扱いをとても嫌がる。が、凪だけでなく秋穂も、隙あらばかわいがろうと虎視眈々と狙っているのである。
不安要素はなくなった。後はやるのみ。
『こんっ! にゃろっ!』
大地に落着。同時に剣を持たぬ腕を叩きつけ受け身とする。また、横へと飛んでいた勢いに逆らわず一回転目は転がるがままで。
二回転目に入る直前、両足の裏を大地に叩きつけ踏ん張る。身体は起き上がった姿勢になり、その姿勢のままで大地を滑り進む。
両手で握った剣は大きく後ろに引いている。大地落着から一回転したのみで、凪はもうこの姿勢をとっていたのだ。
空から飛び降りてきたヤンネの顔が驚愕に歪む。
『空中から直接じゃなく! 着地してから攻めるべきだったわね!』
着地と同時に剣を突き立てるつもりであったのだろうヤンネは、体勢を整えた凪目掛けて飛び込む形になってしまっていた。もちろん、空中では動きは大きく制限されてしまう。
それでも凪が着地に手間取っていれば十分目論み通りに進むだろうタイミングであったが、凪の運動能力がこの予測を上回った。
それでも、と剣を下方に向け突き出す姿勢のヤンネ。凪は、落下の勢いを両足の踏ん張りで完全に殺しきった後で、逆に一歩前へと踏み出した。
普段の稽古では絶対にやらない超が付く大振りだ。
頭上目掛けて勢いよく振り上げた剣は、血の飛沫を更に高くへ跳ね上げる。
手応えも充分。くぐもった声と、大地への激突音。そして何やらやわらかそうなものが飛び散り潰れる音が背後から聞こえた。
できれば目でも確認したかったが、それを許してはもらえそうにない。
凪から少し離れた場所に、凪を二度も蹴り飛ばした大男、二十三人斬りのエドガーが地響きと共に二階から飛び降りてきていたのだ。
「いいぜ、いいぜいいぜいいぜえええええ! おめえが何処の何者かは知らねえが! 強い敵と殺し合えるってんならなんでもいいさ! なあおい! 俺はもうこれ引っ込みつかねえよな! やっべえ敵だがやるっきゃあねえよなあ!」
自分に言い聞かせるようにしながら、エドガーは獰猛に笑う。
凪は何かを言い返してやりたかったが、今はそれどころではない。
乱れに乱れた呼吸を整えるので精一杯だ。
全身を滴るのはもう、疲労からの汗なのか冷や汗なのか自分でもよくわからない。
ただ、ひどく疲れているのだけはわかる。
周囲には何処にいたものか、ぞろぞろと盗賊たちが集まってきている。
片や自分は疲労のせいで足を動かすのもおっくうなほどで。
『確か、父さんが言ってたわね。それが戦いなら、身体が整ってないうちは絶対にやっちゃ駄目だって』
最低限、その時の自分が全力を出し切れる環境を整えてから戦うべきだと凪は教わった。
だが、凪はもう一つ父から教わっている。
『けど、殺し合いをするっていうんなら。疲れてへばって、腕が痺れて足が重くなって、そうなってからが本当の殺し合いだって言ってたわ』
その証拠に、凪がへばっているのはあの大男にも見えているはずだというのに、大男は殺し合いができると確信しているようだし、凪を取り囲む盗賊たちも全く油断をしていない。
つまり彼らにとってもまだまだ殺し合いはこれからだ、ということなのであろう。
凪はからっからに乾いた舌先で、口の端を濡らす汗をなめとる。
『そうよ、これでいいのよ。私はここに、殺し合いをしにきたんだから』
一番苦しい時間は過ぎた。
凪がそう思えるようになったのは、左腕から血の筋が伸びて見えるようになってからだ。
出血はあるが、腕の動きが鈍るようなものではない程度。その程度ならと許容した傷だ。思った以上に出血が長いのでちょっと後悔しているのは凪だけの秘密である。
次の瞬間、意識が途絶えて倒れ伏しても不思議ではないほど苦しかった。
そんな時間がいつ果てるともなく続いていたのだが、左腕から血が流れるのに気が付いた時にはもう、物を考えられるぐらいには苦痛は弱まっていた。
苦痛が弱くなったのか、苦痛を我慢できるようになったのか、そもそも感覚が麻痺してしまったのかは凪にもわからないが、楽になったのだから理由などなんでもよかった。
もう相手の表情も見えるぐらいに回復してきた。
別段休息をとったでもないのだが、戦闘の最中にどんどん苦しくなっていって、それがある時点からふっと楽になるというのはどういった現象なのか凪にも全く理解できない。
『運が良いのかしら? よくわからないわね』
逆に凪へと断続的に襲いかかってきていた盗賊たちのほうが、凪の顔をよく見えていないように思える。
もう、夢中だ、必死だ、今にも泣きだしそうだ、それでも盗賊たちは凪に向かって突っ込んでくる。
『コレ多分あれよね、思考停止ってやつ』
勝つだとか負けるだとか負けたら死ぬだとかいったものを全部考えておらず、凪を殺さなければならない、という目的だけが頭にあるといった感じか。
ただ、そんな中でもたった一人、凪がコイツら盗賊たちを皆殺しにできない最大の理由である大剣を持った大男だけは、凪の変化に気付いたようだ。
気付いていながら、それを盗賊たちに伝えることをしていない。今の盗賊たちの狂騒に水を差すことを恐れているのだろう。
『殺し合いの最中だってのに他人の心配もしなきゃなんて、貴方も大変よね』
凪の剣の組み立てが、極度の疲労からくる全身の苦痛に抗っていた頃と比べて精密になってきているのは大剣使いの彼もわかっているだろうに。
そして凪の変化に、盗賊たちも程なくして気付くだろう。剣術の理を知らぬ盗賊であるが、ありったけを振り絞り必死になっているからこそ、凪の変化に敏感になっている者もいよう。
だが、相手は歴戦の名に恥じぬ古強者である。
「お前ら! ここまでだ! 一度待て!」
大男、エドガーの怒鳴り声に応えて、盗賊たちが一度下がる。
エドガーはとても虚勢とは思えぬ自信に満ちた顔で言った。
「よーしお前ら、このクソ女もそろそろ限界だ。もう少しのところまで来たぞ、よくやった。後はソイツにとどめを刺すだけだが最後に確認だ。間違っても良い女だからって加減しようなんざ考えるなよ? コレだけの女だ、両手足ふんじばったところでアレを食い千切られちまうぞ。まったく、見た目はとんでもねえ美人だが、中身はまるで発情期の猿みてえだな」
エドガーの馬鹿げた比喩に、思わず盗賊たちが笑みを見せる。
盗賊たちが疲労で崩れる前に、エドガーは笑いにて彼らの意識に余裕を持たせたのだ。こういった真似をごく自然にできるからこそ、誰もがエドガーを信頼するのだろう。
この間、凪は呼吸が整えられると休んでいたが、思わず口が出てしまった。
「何よ、盗賊のくせに随分と慎み深いじゃない」
かなりの疲労を溜めているはずの凪が返事をしたことに、エドガーはとんでもなく驚いていたのだがそこは年の功である。内心のみで驚愕を抑え軽口を返す。
「はっ、だったら俺たちの好きにやらせてくれるってのか?」
「いいわね、私を殺せたらそのご褒美よ。死体はあげるからイタズラでもなんでも好きにしなさいよ、このド変態共」
そのあまりに雄々しい物言いに盗賊たちが鼻白んでしまう中、幾人かはとても興奮した顔をしていた。
エドガーはそんな奴らにつっこんでやるほど余裕もないのでスルーした。ついでに、そいつらだけはさっさと死んでくれないかなーとか思いながら。




