初恋 3
差し出されたお皿には、小さく切られたチーズが、
まるで飾り付けられたように数種類、
いいえ、ざっと見ても20種類以上乗っている。
「さ、どうぞ召し上がってみて下さい。
お気に召す物が有ればよろしいのですが。」
凄っ、これ全部食べてもいいの?
こんな高級品をこんなに沢山。
これ食べたら、ご飯食べれなくなりそう。
まあ、夕食代わりと思えばいいのか。
一食分浮いたわ。
ちらっとおじさまを見ると、にっこり笑って。
「私はいいから、全部味わってみてごらん。」
と言った。
では、遠慮なく。
一つ一つ、味わいながら食べてみる。
これはちょっと塩味がきついわね。
こちらはちょっと柔らかすぎる。
これは…硬いわ。
焼きたてなら丁度いいかもしれないけれど、パンが冷めると、きっと硬くて、口の中に残ってしまう。
パクパク。
ゴクン。
ふむふむ。
と、その中で口にした一品が、絶妙だった。
「これっ、これよ!これ絶品!」
「やはりあなたの舌は肥えていらっしゃる。
こちらは、クインズ山地の牛の乳で作られたチーズです。
雨の少ない山間部で放牧されているせいか、乳がとても濃いのです。
それで作られたチーズは、一級品の中の一級品と言われています。」
そうなんだ。一級品なんだ………。
「これが気に入ったのかい?
ではそれもいただこう。」
「はい、ありがとうございます。」
店長さんがニコニコ顔で、何やらさらさらと書いている。
「では、納品先はこのお嬢様のお店…で宜しいですか?
ご住所の方は?」
嘘っ、ムリムリムリムリ。
「申し訳ございません。
お恥ずかしい話ですが、持ち合わせが有りませんの。
また後日、時間が有りましたら出直してまいりますわ。」
多分二度と来ないだろうけど。
「あぁ、大丈夫だよ。
ここでの買い物に、現金は必要ないから。」
…………。
「店主、住所は知らないが、王城の裏門から東へ8軒目のパン屋さんだ。
行けばすぐ分かると思う。」
「はいはい。
それでしたらすぐ分かりますとも、すぐにお届けしましょう。」
待って、現金が要らないって、付けって事でしょうか?
「おじさま、やはり無理です。
私はとても支払い切れません。
お願いですから、これは白紙に戻して帰りましょう?」
絶対無理だから、支払えないから。
「そんなに困った顔をして、かわいい子だね。
代金の心配などしなくていいよ。
私からのプレゼントだ。」
「そんな訳には参りません!」
「困ったね。
それではこうしよう。
私が買った物で、君が毎日パンを焼いてくれないか?
余った分は店で売っても構わないから。
君もあれあれらを使ってパンを焼いてみたいんだろ?」
「それはそうなんですけど…。
本当はあんなに最高級な材料をふんだんに使って、沢山パンを焼いてみたいです。
パン職人にとって、一生に一度の夢ですわ。
でも…、金額の桁が違いすぎます。」
「でもね、
私も君の作る、最高級のパンを食べてみたいんだ。
お願いできないかな?」
あぁ、なんて素敵なおじさま。
私の言いくるめ方を心得ていらっしゃる。
「分りましたわ。
ぜひ作らせていただきます。
私、これから一生、おじさまにパンを焼かせていただきます!」
それぐらいしないと、小麦の材料代何て払えないわ。
「ほんとうかい。
とても嬉しいよ。
それでは残り少ない私の人生に、
ずっと一緒に居てくれて、私にパンを焼いてくれるんだね。」
「はい。もちろんです。」
?
ちょっと待って、おじさま、今の話のニュアンスが
チョットオカシクアリマセンデシタカ?
「これはこれは、おめでとうございます。
こんな目出度い場面に立ち会わせていただけるとは、
私は何て、果報者でしょう。」
「ちょっ、ちょっとお待ち下さい!」
「そうだ、今日は店はお休みだった筈だね。
店主、荷物を届けるのは、そうだな、3時間後にしてくれないか?
私達はこれから他の店に行かなくてはならないから。」
「承知いたしました。
それでしたら、ぜひ私の兄の店にお願いできないでしょうか?」
「アストラルジュエリ―ショップか。
ふむ、いいかもしれないな。」
「ありがとうございます。」
ジュエリーショップって何?
そこって確か、王室御用達の最高級宝石店ですよね。
そこに私と一緒に行って何するつもりですか。
そんなところ行くより、
私は早く店に帰って、届いた材料でパンを焼いてみたいの。
「そうだ、お嬢様、ちょうど最高級のイーストと、グレゴリー産の干した果実が届いたところです。
正式のお祝いの品はまた後日といたしますが、今日はサービスがてら、これらをお付けしましょう。
陛下の為に美味しいパンを作って差し上げて下さい。」
「ありがとうございますー。」
ラッキー―!
て、今、陛下と仰いませんでしたか?
陛下? 陛下!? 陛下~~~!!
確かに偉そうな人が迎えに来たけど、沢山の強そうな人が迎えに来たけどさ。
「まあ、お、おじさまの名前はヘイカ様と仰るのですね。
私初めて伺いましたわ。
そうそう、私、他用を思い出しましたの。
これで失礼させていただきますわ。」
ニッコリ笑ってそう言い切った。
やばいやばい。
早く逃げなくっちゃ。