コスプレ
久々に、労働をしてしまった。
あの後、万年床を一掃した私は、ついでに掃除をし、ゴチャゴチャだった机を片づけ、
気が付けば、4時間ぐらい作業をしていたようだ。
『ねえ、少々おなかが空きました。
何か食べるものは有りますか?』
「あるよ。」
私は戸棚から、カップラーメンを取り出した。
『またそれですの?
まあ、美味しいので、かまいませんが、
出来れば違うものが食べたいです。』
「さっきのと違うよ、さっきは醤油味で、これは味噌味。」
『でも、さっきのと同じに見えます。』
まあ、同じと言えば同じだけど。
他に食料は無い。
「しかたない、買い物に出るか。」
私は休みだからと、ほったらかしてあった髪をざっと梳かし、髪ゴムでひっつめた。
それから眼鏡をかけ、財布を持ち、サンダルを引っかけてドアを出ようとした。
『ちょ、ちょっとお待ちになって!
もしかして、下着で外に出るおつもりですか!?』
”下着?じゃないよ。”
『いいえ、どう見ても下着ですわ。
お願いですから、ドレスを着て下さいませ。』
”ドレス?そんなもん持ってないよ。”
『持ってらっしゃらないのですか!?
ならばせめて、下着のままでなく、もっと真面な物を着ていただけませんか?』
ジャージだって、十分外に行けるんだけどな。
でも、頭の中で、キャンキャン五月蠅く騒いでいる奴を黙らせるため、
私は仕方なく、たんすの引き出しを開けた。
『まあ、それなりに可愛いものが有りますのね。』
まあ、可愛いよね。
これのほとんどは、妹が飽きた服を持たされたんだから。
絶対に私には似合わないって分かっているから、
いつもは自分の持っていた服を主に着ていて、
これらには一切手を付けた事が無い。
『ああ、それ、そこの白いブラウス、袖がレースの可愛いもの。
それが着たいです。
それと、そちらのパステルグリーンのプリーツのスカートがいいです。
ちょっと丈が短すぎますが、下着で外に出る事に比べたら、よっぽど素敵だと思うんです。』
ノリノリだね、さすが侯爵令嬢。
でも、このスカートって、十分長いと思うんだけど。
『ねえ、早く、早く着て下さいませ。』
あーうるさい。
食と同様に、衣服にも執着が全然無い私は、
何の違和感もないまま、言われるがままにそれに着替える。
それに着替えて、取り合えず鏡に、自分の姿を映してみる。
まあ……、いいんじゃないの…?
さて、買い物買い物。
『ちょっと待って下さい。
先ほどは髪を下ろしていたのに、何で縛って出掛けるのですか?
それにそのメガネ、確か目は悪く無かったですよね。』
髪を縛ったのは鬱陶しいから。
メガネは他人との間に、壁を作る為だ。
『髪は降ろすべきですわ、絶対に。
それと、メガネはお外しになって!』
これが無いと、何となく恥ずかしくて、他人と話しずらいんだよ。
『でも、そうした方が絶対に可愛いです。
あなたの髪は、艶やかで、真っすぐで、とても美しい黒髪なのにもったいないです。
目だってとてもきれいな目をしていますよ。
お願いですから私の言う通りにして下さい。』
分ったよ……。頭の中でギャーギャー騒がれるぐらいなら、言われる通りにして、
さっさと買い物を済ませ、ゲームをした方がいい。
私は言われるままに髪を下ろし、眼鏡を外してサンダルを履こうとした。
『この服に、このサンダルですか?』
ホームセンターで1000円で買ったサンダル。
履きやすくていいんだけどな。
まあ、デザイン的にはおかしいか。
仕方ない、私は靴箱から、同じく妹がろくに履かなかった白い靴を取り出した。
まさか私が、白くてこんなに可愛い靴を履く時が来るとは……。
と、少し考えて部屋に戻り、
やはり妹に持たされた、淡いクリーム色のトートバッグに財布を入れた。
ふと目をやった鏡に映った自分を見て、かなりの衝撃を受けた。
――誰だ、これ――
まるでコスプレだ。
私はこの姿で外に出るのか?
『ねえ、何をしているの。
早く買い物に行きましょうよ。
私お腹がすきました。』
あ、ああ、そうだった。
これはコスプレ、これはコスプレ、
乙女ゲームと同じ。
だからこのまま外に出ても、誰も私と気が付かないだろう。
私は白い靴を履き、ドアを開けて外に出た。