始まりの街へ
森を抜けると、明かりは無く月明かりのみの草原が広がり、その草原の中には次の街までの道も作られている。
それでも暗く危険ではあるけれど、夜行馬の特性のお陰で問題なく目的地まで到達出来そう。
暫くたつと遠くの方で小さく一点の青白い光が見える──
『もう少しね。あれが目的地よ』
『そういえば街って言ってたけど、こんな遅くても大丈夫なの?』
『まだ入国禁止時間では無いはずよ』
『ふーん。……そっか』
──僕はルナリエの後ろから顔を覗かせ目的地がまだ先なのを確認すると、元の姿勢に戻し少し考え事をする。
しかしそれを邪魔をするかのように、ルナリエの腰の辺りまである長い髪が風になびかせながら僕の顔を擽ってくる。
少々不快感を感じてしまった。
それでも、夜でもはっきりと分かるほどに、その髪が元いた世界では見慣れないためなのかとても綺麗なのを感じ、不快感は薄れていった。
城の中や森にいたときはそこまで気が回らなかったけれど、ルナリエの髪はとても鮮やかな紅色で、顔立ちもそれに相応しい優しそうな印象を感じた。
笑顔を見せないのがとてももったいない。そう思う。
衣装は赤と白を組み合わせた見映えも美しい剣士そのもの。
下はスカートで太股辺りまでしかなく、膝上までの黒のニーソックスに膝下まである銀色のロングブーツを履いている。
ルナリエは元々はお嬢様だが、今の格好はとてもそんな風には感じなかった。
何か理由がありそうだけど、それは考えても分からないし、解説も求めない。
ただ求められることに答えるだけ。力になりたい。
はっきりとした事は分からないけれど、さっきの戦いで何かしらの能力があるのは理解した。
きっと役に立てると思う。
それにしても本当に自分でも不思議に思った。
なんでこんなにも楽しみだと思えるんだろう。
これからどんな事が待っているのか、どんな人達がいるのか、モンスターはいるのか、いろんな事を考えた。
もちろん覚悟はしている。
剣士や魔法使いがいる世界、たくさん傷付き痛い思いもするだろうし、本当に死ぬかもしれない。
怖くないわけじゃない。
だけど──あの場所よりも、遥かにマシだと思えた。
どんな形であれ、ルナリエに救われたという気持ちは変わらない。
もっとも本人はそんなつもりはなく、迷惑で余計な感情かもしれないけど……。
それでも、改めて自分を救ってくれた事への感謝を示すように、ルナリエの背中に頭をゆっくりと、添えるように触れる。
ありがとう。そう想いを込めて──
──私は急に何かが背中に触れた気がしたので後ろを確認すると、少年の頭だった。
さすがに夜だし眠いのかもしれないわね。
私は気にせず正面に顔を戻した。
そして、やがて目的地に着いた。
目の前には空を見上げるほどの大きな城壁と、それと同じくらい門自体も大きく、横にも縦にも広く作られている。
目の前には門番が一人いた。
私は一人馬から降りて門番に声をかける。
『悪いわね。こんな遅くに。入ってもいい?』
『あ、あぁ、ルナリエさんでしたか!どうぞどうぞ、お入り下さい』
夜遅くの訪問だったから、最初は警戒していたようだった。
基本的にこの時間での訪問者がいる場合は報告があるから、警戒するのも仕方がないわね。
だけど、私の姿を確認すると警戒心は抜け、すぐに受け答えし、門の横にあるレバーを操作し門を開門した。
開くと同時に門の軋む音がする。
それを確認すると私は手綱を持ち、馬を誘導して門の中へと進む。
『さすがに静かだね』
見当たるお店は全部閉まっていて、最低限の街灯の灯りしかない。
『まぁこの辺はね。まずは馬を預けないと』
そう言いしばらく歩き、目的の場所に近づくと少しだけ灯りも増えてきた。
『あそこね』
その店の前には看板があり、馬の飼育やら入国者の為の一時預り所やら色々書かれている。
『夜でもやってるの?』
『多分まだ大丈夫……。ていうかいつまで馬にまたがってるつもり?早く降りて』
『え、あ、はい』
急に命令したせいか少年を動揺させてしまった。
すると少年は急いで馬から降りる。
乗馬の経験もない子が上手く降りられるかしら?
……案の定体勢を崩し、膝から崩れ落ちた。
私はそれを見ると、少年に対して無言で手を指し伸ばし立たせてあげた。
『あ、ありがと……』
少年の感謝の言葉を確認した後、すぐに店の前に行き扉を開けた。
まだ営業中だったみたい。
中には優しそうな雰囲気の若い男の人がいた。
『ごめんなさい。こんな遅くに。まだ大丈夫だったかしら?馬を預かってほしいのだけれど』
『ん?あぁ。あんたか。珍しいな、こんな遅くに。構わんよ』
『そう。じゃあよろしく頼むわ』
『それで何日だ?』
『そうね──一応二日分渡しておくわ』
そう言い私は懐から銅色の硬貨数枚を店主に渡した。
『分かった。いつもの馬か?』
『えぇ。よろしく頼むわ』
私は店主と一緒に店を出て改めて馬の世話を頼むと、また別の所へ向かう。
『確かあの宿ね。この辺で一番安くて、まだ受付してる所』
今は持ち合わせが無いから贅沢は言ってられないし、特にこだわりもない。
それにすぐに休める所が欲しい。
元王女が持ち合わせが無いなんて、なんだか情けない……。
私は宿に入ると、受付にいる、見るからに足腰の弱そうな腰の曲がった白髪のお婆さんに声をかける。
『ごめんなさい。朝まで泊めて欲しいのだけど』
『はいよ。食事はどうするかい?』
『そうね……。この子にスープか何か作ってあげてくれるかしら?』
『へ?』
少年が私の顔を見て驚いた表情をみせる。
『勘違いしないで。さすがに何も食べさせないで働かせるわけないでしょ。お腹にいれないと力もでないでしょうしね。あと子供だし』
一言余計だったみたい。
最後の言葉を聞いた途端、少年が頬を膨らまし不満な感情を訴えてくる。
それを無視し、私はお婆さんとの会話を再開する。
『それと朝食はいいわ。あてがあるから』
『はいよ。それじゃあこれ、鍵ね。階段上がって一番手前の扉だよ』
『ありがと』
そう言い、私たちは二階へ上がり目的の場所へと向かい部屋に入る。