第5話 外洋探索
■スレーライド大陸から東250㎞地点
肌に突き刺すようくらいに強烈な暴風雨、全てを呑み込むような大波がうねりをあげて、海は荒れに荒れていた。
「おい!早く水を掻き出すんだ!急げ!!」
「船長!後続の船が沈みやした!」
「クソッ!船の維持に注力だ!なんとしても耐えきるぞ!」
「皆のもの。これはラミエル様からの試練です。祈りましょう。さすればきっと……」
「ふざけてんのか、このクソ神父!!」
嵐の中を航行する帆船ではそんなやり取りがされていた。
荒波に打ち付けられた帆船は既にボロボロで、船内各所では亀裂が走り、そこから海水が侵入して浸水が始まっていた。
優秀な船員達や乗員の協力で桶によるバケツリレーや迅速なダメージコントロールなどの要因が重なって奇跡的に耐えて航行していた。一部は神だの祈りだのと非協力的な者もいて船員と衝突していたのは別の話だ。
「お、おい!あれ…アレを見ろ!」
船員の一人が指差す方角に目をやるとそこには巨大な竜巻が三つも出現していた。
「冗談じゃねぇぞ!?こんなの、防げるわけがねぇ!!」
「ヤバイよ!?ヤバイよ!?どうするんだ、船長!」
「おお、神よ……」
「もう、終わりだ……みんな、すまない……」
船長のその言葉を最後に帆船は竜巻に巻き込まれた。
ゴォーーーーーー!!!
バリバリバリ!!
帆船に乗っていた人達の悲鳴は竜巻の轟音と船の破壊される音に重なって聞こえなかった。
帆船は竜巻の中で粉々に砕け散り、ある者は海に投げ出され、ある者は船と共に粉々になった。
もし、この嵐で生き残れたとなれば、正しくそれは奇跡と言うものだろう
■扶桑帝国外洋探索艦隊 扶桑帝国より東300㎞地点
前回の定例会議から一週間が経過していた。
会議の終盤で外国の接触と貿易することが決まり、それについて関係各省と協議し、彩雲が接触した国を扶桑帝国第一の友好国として関係を築こうとする方向で決まった。また、その国へ向かうための正確な航路や海図の作成が急がれた。
今回は試作された海図や航路が正しいか判断するために組まれた艦隊である。また、扶桑帝国の領土外の海底資源探索の任務も平行して行っている。
探索艦隊は複数組まれており、そのうちの一つに総統である黒江も乗艦し、探索任務をしていた。
探索といっても配下と機械がやってくれることなので俺が特別に何かするわけではない。
「暇だ~」
「そうですね、ご主人様」
軽空母鳳翔で試験運用された自動化計画も満足のいく結果を出して、軍艦の砲弾供給や照準合わせなどを自動化する改装を施された軍艦で編成された。
あえてやることを見いだすなら、設備の点検や見張り台に立って辺りを警戒することくらいだ。
実際、見張り台に立って双眼鏡を両手に持って周囲を警戒している。
余談ではあるが、扶桑帝国の領海は設定されているが、EEZ (排他的経済水域)は設定されていない。領海は前世同様12海里、約22㎞。この世界は中世から近世の間の世界観であるから領海や排他的経済水域などの概念は無いと予想されている。よって、排他的経済水域は友好国と協議することで決めることにしている。
「ん?なんだアレ?」
「どうかしましたか、ご主人様」
「九時の方向に何か浮かんでる」
由佳莉や他の見張り員も駆け付けて一斉にその方角を注視する。
「何でしょうか?」
「分からん。駆逐艦をあの方角に向かわせろ」
「了解です!」
俺の指示で駆逐艦“吹雪”が艦隊から離れて現場に向かった。だが、近付き過ぎると、波に呑まれてしまうので接近には内火艇を使っていた。
■外洋探索艦隊所属 駆逐艦吹雪
吹雪が艦隊を離れる少し前。
「かんちょー、ちょう暇でーす」
「真面目に仕事しろ!バカモン!」
吹雪の副艦長がぼやくと、艦長が副長を叱った。
「だって本当に暇なんですもん。なんかこう海獣と熱いバトルをする的な展開が欲しいですー」
副艦長のぼやきも最もだ。
扶桑帝国が建国されてから今まで外敵や害獣が現れることは殆どなかった。それ故に軍では訓練や演習ばかりで本格的な戦闘は未だに経験していない。
「そんなことを言ってると本当に何か起こるぞ?」
「まっさかぁ~こんなに平和なのに一体何が来るんです?」
フラグを立てる副艦長に艦長は呆れ顔で溜め息を吐くと、水兵の一人がメモを片手に立ち上がった。
「旗艦瑞鳳より入電。九時方向に正体不明の漂流物有り。至急確認せよ、と」
「「マジで……?」」
フラグが成就した瞬間だった。
「これより艦隊を離れて現場に向かうぞ!」
「了解!」
吹雪は艦隊を離れて指定された現場に近付くと樽や箱、マストの一部のようなもの、木片などがそこらじゅうに浮いていた。
「明らかに人工物だな」
「船でも沈んだんですかね?」
「まだ分から……ん?あれは……!?」
艦長は漂流物の中に紛れていた何かを発見し、双眼鏡で確かめた。
「人だ!」
「マジかよ!?」
副艦長も双眼鏡を覗くと漂流物の木片に捕まっている人を発見した。周りには誰もおらず一人だけだった。
「内火艇を降ろせ。すぐに救助するんだ!」
「は、はい!」
副艦長をはじめその場にいた全員が慌てて動き出す。吹雪は一旦、機関を停止させて内火艇二隻を降ろして救助活動をはじめる。
救助されたのは耳の長い少女だった。
日頃の訓練のお陰で迅速な救助活動が行われ、救助された少女はすぐに医務室に運ばれ治療を受けていたが、意識がなかった。
「艦長、救助完了しました」
「ご苦労。さっき、総帥から本国への帰還命令が届いた。救助者を本国の病院に移送する」
「了解!機関始動。最大全速!」
吹雪は一足先に帰路ついた。
その後、吹雪を除いた探索艦隊は調査活動を中断して遭難者探索に任務を切り替えた。旗艦の瑞鳳から一式艦上偵察機・星雲を発艦し、付近の海域を空から目視と高解像度カメラの目が光らせ、軍艦からは水兵や見張り員が総出で目視による捜索をした。
この捜索は日が沈むまで行われたが、結局は救助された少女以外誰も発見できなかった。
捜索は燃料や今後の予定も鑑みて一旦打ち切られ、艦隊は予定より大幅に遅れて深夜に横須賀へ帰港した。
翌早朝から海上保安庁が該当海域の捜索任務に当たったが、未だに進展はない。